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数学の未解決問題-2025

ミレニアム懸賞問題は広く知られているが、数学にはそれ以外にも歴史的・現代的に重要な未解決問題が多数存在する。ここでは、分野横断的に代表的な問題を整理し、数学研究の「現在進行形の前線」を俯瞰することを目的とする。

参考ドキュメント

  1. 小島寛之ほか「数学(者)にとって未解決問題とは何か」現代思想 2016年10月臨時増刊号「未解決問題集」青土社.
  2. 若松 敬一郎「未解決問題」Wolfram 数学の森(和文ページ). 特にソファー問題・内接正方形問題など幾何学的未解決問題の一覧を参照.
  3. 岐阜大学 探究型数学教材「ソファー問題」ページ. 問題の定式化と基礎的解説を参照.

1. 数学の未解決問題

数学の未解決問題とは、明確に定式化されているが、現在の理論と技法では証明も反例も得られていない命題を指す。未解決問題は次の二つの観点から重要である。

  • 理論の限界を照らし出す指標であり、新しい方法論や分野の誕生につながる原動力となる。
  • 他分野(物理学、情報科学、材料科学など)に派生する深い応用をもつ場合が多く、数学以外の科学技術にも影響を与える。

ミレニアム懸賞問題はこうした未解決問題のごく一部であり、それ以外にも歴史的に有名な未解決問題が数多く残されている。

2. 未解決問題の歴史的背景と分類

歴史的には、未解決問題の体系的なリストとしてヒルベルトの23問題が有名である。20世紀以降も、個々の数学者や学会が「重要とみなす未解決問題」のリストを提示してきた。

代表的な分類は次のようになる。

  1. 数論的問題
    • 素数の分布、ディオファントス方程式、超越数、算術幾何などに関する問題。
  2. 幾何学・位相幾何学の問題
    • 図形の最適化、空間の分類、幾何構造の存在・一意性などに関する問題。
  3. 解析・偏微分方程式の問題
    • 解の存在・一意性・正則性や長時間挙動などに関する問題。
  4. 力学系・確率・統計力学的問題
    • 反復写像の長期挙動、乱流、カオス、臨界現象などに関する問題。
  5. 論理・集合論・計算可能性の問題
    • 無限集合の構造、証明可能性、計算複雑性、アルゴリズムの限界などに関する問題。

このうち、ミレニアム懸賞問題は上記各分野から特に象徴的な七題を選び出したものであり、それ以外にも各分野ごとに多数の未解決問題が存在する。

3. 数論における主要な未解決問題

3.1 ゴールドバッハ予想

ゴールドバッハ予想は18世紀から知られる古典的な数論の問題であり、次のように述べられる。

  • 偶数版(強い形):
    任意の偶数 2n4 は、2つの素数の和として書けるか?

    n2, 素数 p,q で 2n=p+q ?
  • 奇数版(弱い形):
    十分大きな奇数は、3つの素数の和として書けるか?

奇数版については「すべての十分大きな奇数」が3つの素数の和で表せることが示されているが、偶数版は現在も完全な証明が得られていない。コンピュータ計算により極めて大きな範囲まで成立が確認されているが、「すべての偶数」に対する証明は別問題である。

3.2 双子素数予想とランダウの4つの問題

双子素数予想は、素数 pp+2 が同時に素数となる「双子素数」が無限に存在するかどうかを問うものである。

双子素数対 (p,p+2) は無限に存在するか?

この問題を含む素数に関する四つの問題を、ドイツ人数学者ランドウ(Landau)は1912年の国際数学者会議で提示している。これらはランドウの4つの問題として知られている。

  1. ゴールドバッハ予想(偶数は素数の和か)。
  2. 双子素数予想(双子素数は無限に存在するか)。
  3. 任意の連続する平方数 n2(n+1)2 の間に少なくとも一つ素数が存在するか(ルジャンドル予想)。
  4. n2+1 型の素数が無限に存在するか(ランドウの第4問題)。

いずれも現在の理論では手が届かない「基本的だが非常に難しい」問題とされている。

3.3 奇数完全数の存在問題

完全数とは、自身を除く正の約数の和が元の数に等しい自然数である。例えば

6=1+2+3,28=1+2+4+7+14

は完全数である。

偶数完全数についてはユークリッド–オイラーの定理により構造が完全に理解されている一方、奇数完全数が存在するかどうかは未解決である。もし存在するとしても極めて大きく、約数の構造に厳しい制約があることが知られているが、存在・非存在はいまだ証明されていない。

3.4 abc予想(ディオファントス解析における中心的問題)

abc予想は、互いに素な自然数 a,b,ca+b=c を満たすとき、a,b,c の素因数の積(radical)が c の大きさをどこまで支配するかを述べる予想である。

a,b,c が互いに素で a+b=c のとき

rad(abc)=pabcp

とおき、任意の ε>0 に対し、定数 K(ε) が存在して

cK(ε)rad(abc)1+ε

がすべての (a,b,c) について成り立つかどうかが問題である。

この予想はフェルマーの最終定理を含む多くの結果と深く結びつき、「ディオファントス解析で最も重要な未解決問題の一つ」と評されてきた。

京都大学の望月新一による宇宙際タイヒミューラー理論(IUT)に基づく証明の主張があり、専門誌掲載まで進んだが、その完全性と受容をめぐり国際的な議論が続いている。2025年時点でも、数論コミュニティ全体としては abc予想を依然として未解決とみなす立場が主流であり、その検証過程自体が「未解決問題のあり方」を考える事例となっている。

4. 幾何学・最適化における未解決問題

4.1 動くソファー問題(sofa problem)

動くソファー問題は、日常的な状況から生まれた幾何学的な最適化問題である。幅1の直角通路(L字型通路)を曲がって通り抜けられる「ソファ」の形状のうち、面積が最大のものを求めよ、という問題である。

  • 通路の幅を1と規格化したとき、「通り抜け可能な平面図形 S」について面積 A(S) の上限A=sup{A(S)S は幅 1 のL字通路を通り抜けられる}と、そのときの最適形状を決定することが目的である。

現在までに、上限 A に対して

  • 下界:少なくとも約 2.2195 以上
  • 上界:およそ 2.37 以下
    といった評価が知られているが、正確な値も最適形状も確定していない。

4.2 内接正方形問題(Toeplitz の正方形問題)

平面上の任意の単純閉曲線(自己交差のない閉じた曲線)に対して、その内部に四頂点が曲線上にある正方形が必ず存在するかどうかを問う問題である。これは Toeplitz の問題とも呼ばれる。

  • 問:
    任意の単純閉曲線 Γ に対し、頂点が Γ 上にあり、内部が Γ に完全に含まれる正方形が少なくとも一つ存在するか?

多くの特別な場合については存在が証明されているが、最も一般の設定での完全な解決には至っていない。

このような幾何学的未解決問題は、最適化・位相幾何・測度論など複数の分野をまたいで研究されている。

5. 力学系・離散解析における未解決問題

5.1 コラッツ予想(3n+1予想)

コラッツ予想は、整数列の非常に単純な操作から生じる問題である。自然数 n から始めて、次の写像で列を作る。

T(n)={3n+1if n is odd,n2if n is even.

この操作を繰り返したとき、任意の正の整数 n から始めても必ず 1 に到達するかどうかが問題である。

  • 予想:
    任意の初期値 nN に対して、反復列 n,T(n),T(T(n)), は最終的に 1 に到達する。

計算機によって非常に大きな n まで予想の成立が確かめられているものの、一般の証明は得られていない。力学系理論・確率論的モデル・測度論など、多様なアプローチが試みられている。

5.2 乱流・非線形方程式の長時間挙動

流体の乱流現象に関する数学的理解は、偏微分方程式(非線形方程式)の長時間挙動の問題として定式化できる。ナヴィエ–ストークス方程式の正則性問題はミレニアム懸賞問題に含まれるが、それとは別に以下のような問題が未解決である。

  • オイラー方程式(粘性ゼロ極限)における特異性形成の有無。
  • 乱流の統計的性質の厳密な導出。
  • 磁気流体(MHD)方程式におけるエネルギーカスケードの数学的理解。

これらは物理学的には重要な問題でありながら、数学的にも未解決の要素を多く含んでいる。

6. 論理・集合論・計算可能性における未解決問題

6.1 連続体仮説とその後

ヒルベルトの第1問題として有名な連続体仮説(CH)は、「実数全体の濃度は可算無限とその次の濃度の間に位置するか」という問題である。ゲーデルとコーエンの成果により、標準的な公理系 ZFC だけからは CH の真偽を決定できないことが示されている(独立性)。

この意味で、CH は「命題として未解決」というより、「採用する公理系次第で真偽が変わる」問題であり、数学における真理の概念そのものに問いを投げかけている。

6.2 大きな基数と新しい公理

連続体仮説のような問題に対しては、「大きな基数公理」など新たな公理を追加することで理論を拡張する方向が模索されている。これらの公理をどこまで受け入れるか、どのような意味で「自然な」公理とみなすかは、現在も活発な研究と議論の対象である。

6.3 計算可能性とアルゴリズムの限界

計算複雑性理論には、ミレニアム懸賞問題である P vs NP 問題以外にも多数の未解決問題がある。例えば、

  • NP と co-NP の関係(NP = co-NP か)。
  • BQP(量子計算クラス)と古典的複雑性クラスとの関係。
  • 具体的なアルゴリズム問題(グラフ同型性問題の厳密な複雑性分類など)。

これらは計算機科学と数学の境界領域に位置する現代的な未解決問題である。

7. 分野別の代表的未解決問題一覧

以下に、ミレニアム懸賞問題以外の代表的な未解決問題を分野別に整理する。

分野問題名一行での内容現在の状況
数論ゴールドバッハ予想任意の偶数 2n4 は2つの素数の和か大きな範囲で計算確認済みだが一般証明なし
数論双子素数予想双子素数 (p,p+2) は無限に存在するか近接素数の無限存在は証明されたが、差が2に限定された結果は未解決
数論ランドウの第4問題n2+1 型素数は無限に存在するか進展はあるが解決には程遠い
数論奇数完全数問題奇数の完全数は存在するか存在するなら非常に大きいことは示されているが真偽不明
数論abc予想a+b=c を満たす互いに素な整数の素因数の積と c の大きさの関係証明主張とその検証をめぐる議論が継続中
幾何学動くソファー問題幅1のL字通路を通り抜けられる最大面積の「ソファ」の形状と面積上下界は鋭くなっているが正確な値と形状は未定
幾何学内接正方形問題任意の単純閉曲線に内接正方形が存在するか多くの特別な場合で解決、一般形は未解決
力学系コラッツ予想3n+1 規則で作る数列が必ず1に到達するか巨大な範囲で計算確認済みだが一般証明なし
幾何学・確率体積最小の定幅図形問題など与えられた条件を満たす図形の最小体積・最大体積を求める問題多数が部分的結果のみの状態

まとめと展望

ミレニアム懸賞問題以外にも、数学には数論・幾何学・解析・力学系・基礎論など多くの分野にわたり重要な未解決問題が存在している。ゴールドバッハ予想や双子素数予想のような素朴な問題から、abc予想のような高度な理論に支えられた問題、ソファー問題のような幾何学的直観に基づく問題まで、その内容は多様である。

今後は、純粋数学内部の新しい理論展開に加え、計算機実験、大規模計算、確率モデル、他分野との連携など、多方向からのアプローチが未解決問題の理解を深めていくと考えられる。すべての問題が解決されることは望めないかもしれないが、それらに挑む過程で生まれる新しい概念や方法こそが、数学全体を豊かにし続ける原動力であるといえる。

関連研究・追加情報

  • List of unsolved problems in mathematics, Wikipedia. 未解決問題の総覧として参照.
  • E. W. Weisstein, “Unsolved Problems,” Wolfram MathWorld. 数論・幾何学・組合せ論など多分野の未解決問題の概要.
  • ランダウの4つの問題(日本語版 Wikipedia). 素数に関する基本的未解決問題の整理.
  • ABC予想(日本語版 Wikipedia). 数学的定式化とその重要性の概説.
  • 望月新一の IUT 理論と abc予想をめぐる議論に関する記事・レポート(Joshi 2024–2025 など). 未解決問題の「証明の受容」を巡る現代的状況の理解に有用.
  • 小島寛之ブログ「数学の未解決問題は、今と昔でどう違うか」. 未解決問題の歴史的位置づけと現代的意義に関する考察.