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振動試料型磁力計(VSM)による磁化測定の基礎

振動試料型磁力計(Vibrating Sample Magnetometer; VSM)は、一定磁場中で試料を機械的に振動させ、そのとき変化する磁束から誘導起電力を検出することで磁気モーメントを測定する装置である。Faradayの電磁誘導則に基づく比較的単純な原理により、粉末・バルク・薄膜など多様な磁性材料の磁化曲線を広い磁場・温度範囲で定量評価できる点が特徴である。

参考ドキュメント

1. VSMの位置づけと概要

振動試料型磁力計は、磁化特性(MH曲線、保磁力、残留磁化、透磁率など)を自動的かつ連続的に測定する磁力計である。均一な直流磁場中に置かれた試料を一定振幅・一定周波数で単振動させ、試料近傍に配置した検出コイルに誘起する交流起電力の大きさから試料の磁気モーメントを求める原理に基づく装置である。

VSMは操作性が高く、測定時間も比較的短いことから、研究室レベルから産業応用まで広く用いられている。温度制御ユニットや高磁場電磁石と組み合わせることで、数 K から 1000 K 近傍までの温度領域、低磁場から数テスラ級の磁場領域で磁気特性を取得できる装置構成も一般的である。

2. 動作原理:電磁誘導と磁気モーメント

2.1 Faradayの法則とVSM信号

VSMはFaradayの電磁誘導則に基づく。検出コイルに誘起される起電力 ε

ε(t)=NdΦ(t)dt

で与えられる。ここで、N はコイル巻数、Φ(t) は検出コイルを貫く磁束であり、

Φ(t)=AB(r,t)ndA

と書ける。試料の磁気モーメント m が作る磁場 Bsample が試料の振動によって時間変化するため、その磁束変化が検出コイルに起電力を生じる。

試料位置を z 方向に正弦波振動

z(t)=z0sin(ωt)

させると、コイルを貫く磁束 Φz(t) の関数 Φ(z(t)) となり、

ε(t)=NdΦdt=NdΦdzdzdt=NdΦdzz0ωcos(ωt)

となる。したがって、振動角周波数 ω、振幅 z0、および位置微分 dΦ/dz が既知であれば、検出される交流信号の振幅は試料の磁気モーメント m に比例することになる。

2.2 磁気モーメントと磁化の定義

試料の磁気モーメント m と磁化 M の関係は

M=mV

であり、V は試料体積である。磁力計としては、VSMが直接測定するのは磁気モーメント m に比例した電圧信号であり、試料の体積・質量が既知であれば磁化 M [emu/cm³] や比磁化 M/ρ [emu/g] に換算することができる。

3. VSMの装置構成

3.1 基本構成要素

典型的なVSMは以下の要素から構成される。

  • 電磁石または超伝導磁石(静磁場の印加)
  • 試料ロッド・振動子(ピエゾ素子、電磁振動子など)
  • 検出コイル(サーチコイル、ピックアップコイル)
  • ロックインアンプ等の検出電子回路
  • 温度制御ステージ(オプション)
  • 磁場センサ(ホール素子、NMRプローブなど)

試料は非磁性ロッドの先端に固定され、振動子により数十 Hz〜数百 Hz 程度で単振動させられる。振動方向は磁場方向に垂直または平行に設定されることが多い。検出コイルは試料の近傍に配置され、差動配置(例えば上下対称に巻いた一対のコイル)とすることで、背景磁場や外来ノイズを抑制する構成が一般的である。

3.2 検出コイル配置と感度

検出コイルは、試料の磁気双極子場の勾配(dB/dz)が最大となる位置に置くことで感度を最大化できる。代表的には、ヘルムホルツ型やグラジオール型のコイル配置が用いられ、差動結線により試料の振動に起因する信号のみを強調し、背景磁場の変動や外部ノイズを抑えるよう設計される。

感度は、コイル巻数 N、コイル面積 A、試料−コイル間距離、試料の磁気モーメントなどによって決まり、最適設計された研究用VSMでは 106 emu 程度の感度が得られるとされる。

4. VSMによる磁化曲線測定

4.1 MH曲線とヒステリシス

VSMでは、外部磁場 H を掃引しながら誘起電圧信号を取得することで、磁気モーメント m(H) および磁化 M(H) の磁場依存性、すなわち磁化曲線を測定する。得られる典型的なヒステリシスループでは、以下の物理量が定義される。

  • 飽和磁化 Ms
  • 残留磁化 Mr
  • 保磁力 Hc
  • 初透磁率 μi

外部磁場と内部磁場の関係は

Hint=HapplNdM

であり、Nd は試料形状による減磁係数である。VSM測定では通常、Happl に対する M を測定するが、磁化ループの定量的解釈には減磁場補正が重要となる。

4.2 測定モード

商用VSMでは、次のような測定モードが一般的である。

  • MHループ測定(ヒステリシスループ)
  • 初透磁率曲線、減磁曲線
  • MT測定(温度依存性、キュリー温度の決定)
  • 角度依存測定(磁気異方性評価)

温度制御を組み合わせることで、キュリー点やスピン再配列温度などの磁気転移を精密に評価することができる。

5. 感度と測定限界

5.1 感度指標

VSMの感度は、おおまかに

  • 最小検出磁気モーメント(例:106107 emu 程度)
  • 磁場の再現性・均一性
  • 試料位置決め精度
  • 電子回路のノイズ特性

などで評価される。測定系全体のノイズ電圧 en とロックインアンプの帯域幅 B を考えると、最小検出磁気モーメント mmin

mminenSB

と表現でき、S は磁気モーメントから検出電圧への変換感度である。コイル設計、振動条件、ノイズ対策により S を高め、enB を抑えることが高感度化の基本である。

5.2 試料サイズと形状

VSMでは、数 mm 程度までのバルク片、粉末を充填したカプセル、小面積の薄膜試料などが測定対象となる。薄膜では、膜厚がナノメートルオーダであっても、基板サイズを大きくして全体の磁気モーメントを増やすことで測定可能となる。ただし、基板自体の反磁性・常磁性バックグラウンドが無視できない場合には、基板のみの信号を差し引くなどの工夫が必要となる。

6. 他の磁力計との比較

VSMは、多数の磁力計の一種であり、原理・感度・装置構成が異なる。表1に代表的な磁力計との比較を示す。

表1 代表的磁力計との比較

装置原理代表的感度特徴
VSM振動試料による電磁誘導(Faraday則)106 emu幅広い磁場・温度、応答が速い
SQUID磁力計Josephson接合の超伝導量子干渉効果108109 emu最高感度だが装置が複雑
AGM(交番勾配磁力計)磁場勾配中の力測定(力検出型)VSMと同程度小試料に有利、構成が簡素
抽出型磁力計試料移動に伴う磁束変化(電磁誘導)106 emu高磁場に適する構成が多い

SQUID磁力計は極めて高感度であるが、低温・シールド環境が必要であるのに対し、VSMは室温付近での簡便な磁化曲線測定に適し、温度・磁場の範囲を拡張しやすい点が長所である。

7. 薄膜・ナノ構造に対するVSM測定

7.1 薄膜試料

軟磁性薄膜や強磁性多層膜などの磁気特性評価において、VSMは基本的な測定手段として広く用いられている。薄膜では以下の点が重要となる。

  • 実効体積 V=At(面積 A と膜厚 t)の評価
  • 基板のバックグラウンド磁化の補正
  • 面内/面外方向の磁場印加による異方性評価

薄膜に対して面内方向と面外方向の MH曲線を測定すると、磁気異方性エネルギー定数 Ku や有効異方性場 Hk を推定することができる。

7.2 ナノ粒子・粉体

ナノ粒子や粉末材料では、粒径分布や粒子間相互作用が磁化曲線に反映される。超常磁性粒子では、MH曲線がBrillouin関数やLangevin関数に類似した形状を示し、温度依存性測定と組み合わせることでブロッキング温度や有効磁気モーメントの解析が行われる。

8. 測定データの解析と校正

8.1 校正試料

VSMは絶対値の磁化を求めるために、既知の磁気モーメントを持つ標準試料を用いて校正を行う。代表的にはNi標準試料やYIG(イットリウム鉄ガーネット)などが用いられ、既知の飽和磁化 Ms,ref と体積 Vref から標準試料の磁気モーメント

mref=Ms,refVref

が決まる。標準試料の測定により、検出電圧の振幅 Vrefmref の比例係数を求め、未知試料の信号振幅 Vsample から磁気モーメント msample を換算する。

8.2 背景信号と補正

実際の測定では、試料ホルダやロッド、基板などによるバックグラウンド信号が含まれる。これらは通常、試料なし(空ホルダ)あるいは基板のみの測定を行い、その磁化曲線を差し引くことで補正される。

さらに、測定磁場が有限であるため、飽和磁化と見なす磁場の上限や、減磁場補正の取り扱いは、解析目的に応じて慎重に選ぶ必要がある。

まとめと展望

振動試料型磁力計(VSM)は、Faradayの電磁誘導則に基づき、一定磁場中で振動する試料の磁束変化から磁気モーメントを測定する装置であり、粉末・バルク・薄膜といった多様な磁性材料の磁化曲線、保磁力、透磁率などを広い磁場・温度範囲で定量評価できる基本的な磁気測定手段である。本稿では、VSMの動作原理、装置構成、磁化曲線測定モード、感度と測定限界、他の磁力計との比較、薄膜・ナノ材料への応用、校正とデータ解析の考え方、日本国内での展開などを体系的に整理した。

今後は、超伝導磁石との組み合わせによる超高磁場測定、極低温・高温・高圧・応力印加など多自由度環境でのその場測定、さらには時間分解測定や交流磁化応答との連携によって、磁気ダイナミクスや磁気熱量効果、スピントロニクス材料など新しい物性研究への展開が一層進むと考えられる。また、VSMから得られる膨大な磁化曲線データを機械学習やマルチスケールシミュレーションと統合することで、磁区構造や電子状態との対応関係を抽出し、磁性材料設計へと接続する研究も期待される。VSMは今後も、基礎磁性研究から応用材料開発に至るまで、中心的な役割を担い続ける装置であるといえる。

参考文献