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バンドアンフォールディング法

スーパーセル計算で得られる「折り畳まれた」バンド構造を、参照単位胞(primitive / conventional)のブリルアンゾーンへ写像し直す手法がバンドアンフォールディング(band unfolding)である。欠陥・合金・界面・歪みの電子状態を、理想結晶や分光測定(ARPESなど)と比較しやすい表現へ変換できる。

参考ドキュメント

  • Ref-P1: Popescu & Zunger, Phys. Rev. B 85, 085201 (2012) “Extracting E versus k effective band structure from supercell calculations on alloys and impurities”
  • Ref-J1: OpenMX マニュアル(日本語)「バンドアンフォールディング法」
  • Ref-O1: VASPKIT Documentation “Band-unfolding” セクション

1. folding問題の正体

スーパーセル(SC)は、欠陥導入・固溶・表面スラブ・再構成など「周期を大きく取らないと表現できない構造」を扱うための標準的なモデルである。一方で、実空間周期を大きくすると逆空間のブリルアンゾーン(BZ)は小さくなり、同じエネルギー窓に多数のバンドが密集して現れる。

  • primitive cell(PC)でのBZ:大きい
  • supercell(SC)でのBZ:PCより小さい(縮む)
  • PCの単純なバンド分散は、SCでは小さなBZに折り畳まれて見える(folding)

このため、SCの生バンド図は「情報が増える」というより「表示が難しくなる」ことが多い。アンフォールディングは、この折り畳みをPC側のBZに戻して(unfoldして)見通しを回復する操作である。

ARPESのような実験では、観測される周期性が「測定で見えている実効的な周期」になる。SC計算の周期(人工的な周期)と実験での周期が一致しない場合、そのままのバンド図比較は混乱を生みやすい。アンフォールディングは、比較対象の周期(参照単位胞)に合わせて電子状態を表現し直すための装置である(Ref-J1)。

2. バンドの「Bloch性(重み)」

アンフォールディングは、単にエネルギー固有値を並べ替える操作ではない。ポイントは「SCの固有状態が、PCのどの波数kにどの程度対応するか」を重み(spectral weight)として評価し、その重み付きでPC-BZ上に散布する点にある。

SCの固有状態を |ΨnK(バンドn、SC波数K)とすると、PCのBloch波(あるいはPC周期に整合する平面波成分)への射影によって、PC波数kでのBloch重み wn(k) を定義する。

有効バンド構造(effective band structure; EBS)は、概念的には次のようなスペクトル関数で表せる:

A(k,E)=nwn(k)δ(EεnK(k))

ここで δ は可視化のためガウス幅 η で平滑化されることが多い:

δ(Eε)12πηexp[(Eε)22η2]

EBSは「PCのバンド図と同じ見た目」に近づくが、重要なのは各点に強度(重み)が付随し、欠陥・乱れ・混成により重みが薄れたり広がったりする点である。

3. 変換行列Mとk点の対応関係

PCの実空間基底ベクトルを (a1,a2,a3)、SCの基底ベクトルを (A1,A2,A3) とすると、整数行列Mを用いて

(A1A2A3)=M(a1a2a3)

が成り立つ。逆格子側は概略として

B=(M1)Tb

B がSC逆格子ベクトル、b がPC逆格子ベクトル)で関係づく。

SC-BZが縮むということは、PCのある波数kが、SCではKへ「折り畳まれる」ことを意味する。一般に同一のKに対応するPC波数は複数存在し、そこにSC固有状態 |ΨnK のBloch性が分配される。アンフォールディングは、その分配を wn(k) として可視化する。

4. 平面波基底の典型

平面波基底(多くの擬ポテンシャル平面波DFT)では、SC波動関数は

ΨnK(r)=GCnK(G)ei(K+G)r

と展開できる(GはSC逆格子ベクトル)。PCの波数kに対応する重みは、PC周期に整合する成分を集めた形で評価できる。直感的には

  • あるPC波数kに対し、(k+g) の形(gはPC逆格子)で表される平面波成分が、SC波動関数の中にどれだけ含まれているか
  • それら係数の二乗和が wn(k) に対応する

というイメージである。Popescu–ZungerのEBSは、この考え方を一般のスーパーセルへ体系化した代表的枠組みである。

局在基底(原子軌道基底)の場合は、係数に加えて基底の重なり(overlap)や原子・軌道選択(局所投影)を取り込んだ形で類似の重みを定義する。界面・層ごとのk射影、局所バンド構造などの拡張は、この「どこに局在する成分を数えるか」を工夫した派生である。

5. 何が見えるようになるか

5.1 欠陥準位と局在

点欠陥はPC対称性を破り、Bloch性を弱める。結果として

  • バンド内部に現れる欠陥準位は、特定kに鋭い線として出るとは限らず、重みが広がったり薄れたりする
  • 局在が強いほどk選択性が弱くなる傾向がある(k空間でぼやける)

5.2 合金・組成揺らぎとバンドのブロード化

ランダム合金・固溶では、平均構造(仮想結晶)に対して散乱が入り、PCの単純なバンド線が太る(ブロードニング)・一部の重みが他kへ漏れる、という形で現れることが多い。BandUPやQuantumATKのEBSチュートリアルはこの文脈(合金のEBS)を明示している。

5.3 界面・再構成・歪みとゴーストバンド

表面再構成や界面で新周期が生まれる場合、参照単位胞の取り方により

  • 元のPCバンドが弱く残る(ゴースト)
  • 新周期由来の折り返し成分が現れる などの混合パターンになる。ここでは「比較したい周期(参照セル)は何か」を先に決めることが重要である。

6. 標準ワークフロー

  1. 参照セル(PCまたは比較に適した単位胞)を決め、PC-BZの高対称kパスを定義する
  2. 参照セルを拡張してSCを構築する(欠陥・合金・スラブなど)
  3. SC構造を緩和し、同一SCでバンド計算用の波動関数情報も出力する
  4. 参照セルのkパスに対し、SC側で必要なk点集合(折り畳み対応)を準備する
  5. 波動関数から重み w_n(k) を計算し、PC-BZ上に重み付きで描画する
  6. 必要に応じて原子・軌道・層投影を併用し、どの成分がどこに起因するかを確認する

実際のツールは上記を自動化するが、失敗の多くは「参照セルの選択」「変換行列の指定」「k点対応の不整合」に起因する。

7. 主要ツールの比較

系統代表例入力の核特徴
EBSの古典的枠組みPopescu–ZungerSC固有状態のPCへの射影合金・不純物・欠陥のEBSを体系化
平面波DFT向けポスト処理VASPKIT / VaspBandUnfolding / fold2Bloch-VASP波動関数係数(WAVECAR等)SC波動関数を読み、重みを算出して可視化
投影情報を用いたunfoldPyProcarPROCAR(位相因子を含む設定が必要)既存の投影解析と連携しやすい
他コード組込み/周辺OpenMX(組込み)入力でunfold指定コリニア/ノンコリニア両対応を明記
商用・統合環境QuantumATKEBSオブジェクト合金例を含むチュートリアルが整備

8. 注意点

  • アンフォールディング強度はARPES強度そのものではない
    実験では遷移行列要素、光の偏光、最終状態効果、寿命による幅などが効く。EBSは「周期性とBloch性の地図」であり、比較の前提として差を意識すべきである。

  • 参照セルの選び方が結果の解釈を支配する
    PCかconventional cellか、基板周期か被覆層周期か、どのBZを「正」と見なすかで、見えるものが変わる。

  • SOC・ノンコリニアではスピノル波動関数に対応した実装を使う
    波動関数の自由度が増えるため、対応していない実装では重みの扱いが破綻しうる。OpenMXはノンコリニアでも対応すると明記している。

  • 重みの規格化(合計が概ね1になるか)のチェックが有効である
    参照セル・変換行列・k点対応が正しい場合、同一状態の重みは対応するk集合に分配される。合計が極端にずれる場合は設定ミスの可能性が高い。

9. まとめ

バンドアンフォールディング法は、スーパーセル由来の折り畳みを参照単位胞のブリルアンゾーンへ「重み付きで」戻し、欠陥・合金・界面・歪みの電子構造を見通しよく比較可能にする手法である。参照セル選択、変換行列、k点対応、波動関数出力の整合が結果の品質を決めるため、手順の各段で整合性チェックを挟むことが有効である。