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鏡面研磨のノウハウ

鏡面研磨は、金属・合金の組織観察やEBSD(電子線後方散乱回折)解析を行うための前処理として不可欠な技術であり、表面に残る加工変形層の厚さが観察結果を大きく左右する。機械研磨と化学的作用を組み合わせた研磨工程を体系的に設計することにより、再現性の高い鏡面と変形層の少ない観察面を得ることができる。

1. 鏡面研磨の目的と要求される表面品質

鏡面研磨は、金属組織観察およびEBSD測定において、以下の条件を満たすことを目的とする。

  • 幾何学的に平坦で、表面粗さが観察・測定の空間分解能より十分小さいこと
  • 機械研磨による加工変形層が、電子線やX線の情報深さ(数10〜数100 nm 程度)よりも薄く抑えられていること
  • 汚染や残留研磨剤が残っておらず、電気伝導性・帯電特性が観察条件に適合していること

特にEBSDでは、表面からおよそ上部10〜200 nmの結晶方位情報が支配的になるため、加工変形層や残留応力を十分に除去した表面が必要とされる。

本稿では、線材試料を想定し、EBSD用・MBN(磁気バークハウゼン雑音)測定用の試料準備から樹脂埋め、粗研磨、バフ研磨、最終コロイダルシリカ研磨までの一連の手順を整理する。

2. サンプル準備

2.1 カット

線材などの細長い試料について、以下のように長さを調整する。

  • EBSD用
    • 長さ 10–15 mm 程度にカットする。
    • 万一の研磨時の欠損や研磨痕の失敗を考慮し、3–4本程度を準備する。
  • MBN測定用
    • 磁気特性測定に必要な長さ(例えば 80 mm 前後)で2本程度を準備する。

カットには、キーエンス顕微鏡下で位置を確認しながら、ニッパやプライヤなどの工具を用いる。ワイヤーソーなどの精密切断装置は必須ではないが、切断部近傍に塑性変形が入りやすいことを意識し、最終観察位置から十分離れた位置でカットすることが望ましい。
熱処理後にカットを行う場合には、カット部に生じる加工硬化層がEBSDやMBN測定に影響しない位置取りになるよう配慮する。

2.2 熱処理

必要に応じて、組織調整や内部応力の緩和を目的として熱処理を行う。

  • 装置例:ミラー下に設置された真空炉
  • ベース圧力:おおむね 7×10⁻⁴ Pa 以下を目安とし、4–5時間程度の真空引きを行う(アルゴン置換は行わない条件を想定)。
  • 昇温条件:
    • 昇温速度約 10 ℃/min
    • 所望の熱処理温度に到達後、約 5時間保持
  • 冷却:炉冷を基本とし、急冷が必要な特別な条件がない限り、温度と炉材の安全性を優先する。

注意点として、冷却水の流量を事前に必ず確認し、特に 800 ℃以上を扱う場合は石英管の耐熱性を考慮しつつ、可能な限り装置近傍に在室して温度履歴と装置状態を監視する。

2.3 樹脂埋め

小片試料を安定に保持し、研磨時の取り扱いを容易にするために樹脂埋めを行う。

  • 使用材料
    • 2成分混合型の常温硬化樹脂(説明書記載の配合比・硬化時間に従う)。
  • 配置の工夫
    • EBSD用:SEM内で試料を約70°傾けて観察することを考慮し、樹脂円柱の片側半分に試料を寄せて配置する。
    • 異なるサンプルを1つの樹脂に埋める場合は、左右に整列させ、識別しやすい配置とする。
    • 各ワイヤー間にわずかに隙間を設けて樹脂が流れ込むようにすることで、研磨時に各試料が独立して支持されやすくなる。
  • 厚さ
    • 樹脂の厚さが厚すぎるとSEMホルダに収まらない場合があるので、全体厚さ10 mm以下を目安とする。
  • 固化
    • 樹脂を充填したモールドは水平な場所に置き、1日程度放置して完全硬化を待つ。

試料識別のため、配置パターンや長さ、特徴的な形状に差をつける、または樹脂にマーキングを行うなどの工夫をしておくと誤認識の防止に有効である。

3. 研磨工程の全体像

機械研磨から最終仕上げまでの流れを表1にまとめる。

3.1 研磨工程の概要

工程使用材粒度・粒径の目安目安時間主な目的
粗研磨耐水研磨紙(エメリー紙)#300 → #600 → #1000 → #2000各3–20分程度(#300)
各3–10分程度(その他)
切断面の整形、断面の露出、前工程の傷の除去
中間研磨バフ+アルミナスラリー1 µm → 0.3 µm → 0.05–0.1 µm各10–20分表面粗さの低減、機械的加工層の薄層化
最終研磨バフ+コロイダルシリカ(pH 9–10, 0.04 µm)0.04 µm約30分残留加工変形層の化学的除去、EBSD適合表面の形成

各工程の間では流水や超音波洗浄を行い、研磨粒子の持ち越しを避けることが重要である。特に最終工程のコロイダルシリカ研磨では、乾燥によるシリカの固着を避けるため、研磨直後に入念な洗浄を行う。

4. 粗研磨

4.1 研磨紙による整形

樹脂埋め試料を、#300程度の耐水研磨紙上で研磨し、埋め込んだ線材断面の幅が約1 mm弱となるまで削る(断面幅が最大となる位置まで研磨するイメージである)。目安時間は10–20分程度とし、適宜流水で冷却・洗浄する。

続いて、#600、#1000、#2000の順に粒度を細かくして研磨を行う。各粒度で3–10分程度、研磨方向を途中で変えながら、前工程の傷が完全に消えるまで研磨を継続する。

4.2 注意点

  • 研磨中は水やエタノールを適度に用いて潤滑・冷却し、摩擦熱による組織変化を抑える。
  • サンプルが樹脂から脱落しないよう、過度な押し付けを避け、樹脂と試料の界面を意識した力加減とする。
  • 後の超音波洗浄で試料が外れることを防ぐため、線材を半分以上削り落とさないようにする。
  • 樹脂の上面と底面の平行度が保たれるように研磨し、測定時の試料傾き誤差を抑える。
  • 粒度ごとに最終研磨方向を縦・横と交互に変えると、前工程の傷が残っていないかを確認しやすい。

5. バフ研磨(アルミナスラリー)

5.1 アルミナによる機械研磨

粗研磨後、回転バフとアルミナスラリーを用いて表面をさらに平滑化する。粒径の異なるアルミナ砥粒を順に用いる。

  • 1 µm アルミナ:約20分
  • 0.3 µm アルミナ:約10分
  • 0.05–0.1 µm アルミナ:約10分

このとき、試料ホルダを下方向へ軽く押し当て、わずかに摩擦を感じる程度の力でバフと接触させる。各粒度での研磨後には3–5分程度の超音波洗浄を行い、顕微鏡観察により深い傷が残っていないかを確認する。傷が残っている場合、必要に応じて一つ前の粒度に戻って研磨をやり直す。

5.2 研磨条件の考え方

アルミナバフ研磨では、表面に残る加工変形層の厚さを徐々に減らしつつ、表面粗さをサブミクロンオーダーまで低減することを目標とする。押し付け圧が大きすぎると、新たな加工層を形成してしまい、EBSD用試料として不利になるため、軽い荷重で時間をかけて仕上げる方が望ましい。

6. 最終研磨(コロイダルシリカ)

6.1 コロイダルシリカによる化学・機械研磨

最終研磨には、pH 9–10程度、粒径0.04 µm前後のコロイダルシリカ懸濁液を用いる。これは機械的作用に加えて化学反応により表面の加工変形層を選択的に除去できる点でEBSD試料の仕上げとして広く利用されている。

  • 使用方法
    • コロイダルシリカ溶液を水道水で約1:5に希釈し、ビーカー中で均一に混合する。
    • 研磨中、少量ずつバフ上に滴下しながら研磨を続ける。
    • 研磨時間は約30分を目安とし、バフの回転は遅く、試料は軽く当てる程度とする(押し付ける必要はない)。

この工程では、機械研磨による残留応力や表面歪みをケミカルに除去することが主目的であり、過度な荷重や高速回転は避けるべきである。

6.2 洗浄と乾燥

コロイダルシリカは乾燥すると表面にシリカが強固に固着し、除去が困難になる。そのため、

  • 研磨終了後はすみやかに試料を取り外し、表面を下向きにして5–10分程度の超音波洗浄を行う。
  • 洗浄後はエタノール等を用いて水分を置換し、表面を傷つけないよう注意しながら乾燥させる。

水分除去の際、キムワイプやキムタオルで強くこすると、ミクロな傷が発生するため、軽い押し当てや局所的なタッチにとどめる。

6.3 EBSDに適した表面の判断

顕微鏡観察により、以下の条件を満たしているかを確認する。

  • 肉眼および光学顕微鏡で観察しても研磨傷が認識できないこと
  • 残留シリカ粒子などの付着物が見られないこと
  • 粒界や第二相に過度な凹凸が生じていないこと(最終研磨の時間が長すぎると粒界リリーフが過度に強調され、EBSDパターン品質が低下する)

表面状態が不十分な場合は、コロイダルシリカ研磨時間や荷重を調整しながら再度工程を組み直すことが望ましい。

7. 安全と設備利用上の留意事項

  • 研磨機を用いた手研磨時には、回転部への髪の毛や衣類の巻き込みを防ぐため、蓋の開閉状態や作業姿勢に注意し、集中して作業を行う。
  • コロイダルシリカ溶液は皮膚に対して刺激性があり、手荒れを引き起こす可能性があるため、耐薬品性の手袋を着用する。
  • 共同利用施設の研磨装置や超高圧電子顕微鏡施設の研磨機を利用する場合には、事前に担当教員や施設担当者へ連絡し、使用目的と時間帯を明確にした上で予約する。

鏡面研磨は習熟に時間を要する工程であり、初期段階では2–3回程度のやり直しを前提とした時間配分と試料本数の準備が望ましい。

8. サンプル保管

鏡面研磨後の試料表面は極めて傷つきやすく、わずかな接触や摩擦でもEBSDや高倍率観察に影響する欠陥が生じる。

  • 表面保護には、キムワイプやキムタオルを小さく切り、試料表面を軽く覆うようにして包む。
  • 過度にこすらず、圧力をかけないように注意する。
  • 小型のプラスチックケースなどに収納し、他の硬い物体との接触を避ける。
  • 長期保存の場合は、湿度変化や腐食の影響が予想される場合に備え、乾燥剤の同梱や雰囲気管理を検討する。

まとめと展望

鏡面研磨は、金属組織観察やEBSD解析における最も基本的かつ重要な前処理であり、カット・熱処理・樹脂埋め・粗研磨・バフ研磨・コロイダルシリカによる最終研磨という一連の工程を通じて、加工変形層の少ない平坦な観察面を形成する技術である。本稿では、線材試料を想定した具体的な手順と、それぞれの工程で意識すべき力加減・時間・洗浄方法を整理し、EBSD向けに最適化された鏡面を得るための考え方を示した。

今後は、機械研磨とイオンミリングや電解研磨など他の仕上げ手法との組合せ、さらには自動研磨装置や振動研磨の導入による再現性向上が一層重要になると考えられる。また、研磨条件とEBSDパターン品質・解析結果を定量的に結びつける取り組みが進めば、材料系ごとに最適な鏡面研磨プロトコルが体系化され、微細組織解析やその場観察の信頼性向上に大きく寄与するであろう。

参考ドキュメント

  1. 鈴木清一・脇田昌幸「EBSD解析による鋼のミクロ組織変化のその場観察」新日鐵住金技報 404 (2015).
    https://www.nipponsteel.com/tech/report/nssmc/pdf/404-07.pdf
  2. 日本金属学会「EBSD法の原理や測定条件の考え方」まてりあ 60, 10 (2021).
    https://www.jim.or.jp/journal/m/pdf3/60/10/645.pdf
  3. Oxford Instruments EBSD入門「EBSD の仕組みは?」(日本語Web解説)
    https://www.ebsd.jp/ebsd-for-beginners/how-does-ebsd-work