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第一原理計算ソフトウェアと特徴

第一原理計算ソフトウェアは、同じ密度汎関数理論(DFT)を基礎にしつつ、基底関数・全電子/擬ポテンシャル・実装思想(性能最適化、拡張手法、対象スケール)の違いにより多数に分かれる。研究テーマに対して「何が得意で、何が苦手か」を最初に整理して選ぶことが再計算コストを下げる鍵である。

参考ドキュメント

1. ソフトが分かれる理由

第一原理計算の中心は、電子密度からポテンシャルを決め、Kohn–Sham方程式を自己無撞着に解く枠組みである。

[122+Veff[n(r)]]ψi(r)=εiψi(r),n(r)=iocc|ψi(r)|2

ここで「波動関数や密度をどう表現するか」が実装の分岐点であり、主に次で分類される。

  • 平面波 + 擬ポテンシャル/PAW:周期固体に強く、収束が体系的である
  • 局在軌道(LCAO/NAO/LCPAO):大規模系・欠陥・界面で計算量を抑えやすい
  • 実空間格子:局所性や多重解像度で柔軟に扱える場合がある
  • 全電子(FP-LAPW, NAO all-electron, KKR等):内殻も含めて精密だが計算が重くなりやすい

2. チェックリスト

  • 対象:周期固体/表面・界面/分子・クラスター/液体・アモルファス
  • 必要物性:構造最適化、バンド、磁性(SOC含む)、フォノン(DFPT/有限差分)、GW/BSE、輸送、スペクトル
  • スケール:原子数(10–100、10^2–10^3、10^4級)、サンプル数(ハイスループットか)
  • 品質要件:全電子が要るか、擬ポテンシャルで十分か、相対比較か絶対値が要るか
  • 運用:ライセンス、HPC環境、周辺ツール連携(ASE等)、既存コミュニティ資産

3. 代表ソフトウェアの分類一覧

表中の「得意」は実務での傾向であり、最終的な優劣は対象系・入力設定・擬ポテンシャル/基底セット・収束条件に強く依存する。

系統ソフト例表現/基底の要点得意な場面注意点
平面波(PW)VASPPW + 擬ポテンシャル/PAW周期固体の標準的ワークホース、参照計算の統一有償ライセンス、計算コストは大きくなりやすい
平面波(PW)Quantum ESPRESSOPW + 擬ポテンシャル、統合スイートオープンソースで広範囲、教育・共有がしやすい擬ポテンシャル選定の作法が品質を左右する
平面波(PW)ABINITPW + 擬ポテンシャル、DFPT等の拡張オープンソース、線形応答(フォノン等)と相性がよい入力流儀に慣れが要ることがある
平面波(PW)CASTEPPW + 擬ポテンシャル(商用系で流通)GUI/商用環境と組み合わせたい場合ライセンス形態・環境依存に留意
局在軌道(LCAO/NAO)SIESTA原子軌道(有限範囲NAO)+ 擬ポテンシャル大規模系、欠陥・界面、計算資源が限られる場合基底の作法が収束と精度に効きやすい
局在軌道(LCPAO)OpenMX擬原子軌道の線形結合(LCPAO)日本語資源が充実、材料・磁性・大規模に強い場面がある完全基底でないため「収束の見切り方」が重要
混成(Gaussian+PW補助)CP2KGaussian and Plane Waves(GPW/GAPW)分子/固体/液体をまたぐAIMD、比較的大規模基底セットと設定の習熟が効率に直結する
実空間・マルチ表現GPAWPAW、実空間格子/平面波/局在基底Python主導の解析・ワークフロー、柔軟な表現HPC運用・依存関係の整備が必要な場合がある
全電子(FP-LAPW)WIEN2k全電子・フルポテンシャルLAPW精密参照、内殻も含めた厳密性が欲しい場合計算が重く、入力・運用に専門性が要る
全電子(FP-LAPW)FLEUR / Elk全電子・フルポテンシャルLAPW全電子系の研究用途、手法開発寄り学習コスト、系のサイズに限界が出やすい
全電子(NAO all-electron)FHI-aims数値原子中心軌道の全電子高精度とスケールの両立を狙う場合利用条件や環境整備の確認が必要
Green関数・KKRSPR-KKR / JuKKR等KKR Green関数、相対論等磁性・輸送・分光など特定物性に強い一般DFTとは流儀が異なり学習が必要

4. 分子・クラスター寄り(量子化学系)

固体でもクラスター近似や分子吸着の局所モデルで役立つ。分散力、励起状態、開殻分子の分光などで選ばれることが多い。

  • ORCA:DFTから多体法まで幅広く、学術利用が容易な形態で提供されることがある
  • NWChem:大規模並列を意識したオープンソース
  • Psi4:オープンソース、教育・自動化にも向く
  • Gaussian:商用の定番枠として参照されることが多い

5. 目的別

  • 周期固体の標準計算(構造・バンド・磁性の基礎):PW系(VASP/QE/ABINIT)を軸に統一しやすい
  • 欠陥・界面・巨大セル、反復サンプルが多い:局在軌道(SIESTA/OpenMX)やCP2Kの優位が出やすい
  • AIMD(液体・アモルファス・界面の統計):CP2K、PW系、状況によりGPAW
  • 参照精度(全電子、比較検証、内殻の厳密性):WIEN2k/FLEUR/Elk/FHI-aims
  • 輸送・分光・磁性の特定物性(Green関数/相対論が効く):SPR-KKR系

6. 注意点

  • 擬ポテンシャル/PAWデータセットと基底セットが、コード差より結果差を生むことがある
  • 収束指標(カットオフ、k点、スメアリング、セル/原子緩和条件)を「比較軸」として固定する設計が重要である
  • 同一テーマ内では、参照コード(高精度)と探索コード(高速)を役割分担して運用すると強い
  • ワークフロー化(自動化)で再現性が上がる。ASEのような共通インターフェースで複数コードを統合する設計も有効である

まとめ

第一原理計算ソフトウェアは、平面波・局在軌道・実空間・全電子・Green関数といった表現の違いにより強みが分かれる。対象スケールと必要物性、そして運用制約(ライセンス・HPC・自動化)を先に固定し、参照計算と探索計算を役割分担するのが実務的である。