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ランダウ理論と自由エネルギー

ランダウ理論は、相転移近傍での自由エネルギーを秩序変数の多項式で表し、対称性と安定性から転移の型や応答を整理する現象論である。ギンツブルグ–ランダウ(GL)形式は空間変化と場との結合を自由エネルギー汎関数として書き、界面・ドメイン・渦糸などの空間構造を扱える。

参考ドキュメント

  1. V. L. Ginzburg and L. D. Landau, On the Theory of Superconductivity (1950) (PDF) https://www.physics.umd.edu/courses/Phys798C/AnlageSpring22/Landau and Ginzburg On the Theory of Superconductivity J Exptl Theoret Phys 20 1064 (1950).pdf
  2. 永井康介, 講義ノート:超伝導の基礎(Ginzburg–Landau理論、ξ・λ・κの導入を含む)(PDF, 日本語) https://park.itc.u-tokyo.ac.jp/YNagai/lectures/2024/SCandTM/Superconductivity2024.pdf
  3. 上智大学(講義資料), ランダウの現象論:秩序変数による自由エネルギー展開と一次・二次相転移(PDF, 日本語) https://pweb.cc.sophia.ac.jp/got-lab/text/toukeirikigaku2/toukei206-12.pdf

1. ランダウ理論の基本

1.1 秩序変数(order parameter)

相転移に伴い

  • 高温相で 0(または対称性により平均が0)
  • 低温相で有限 となる量を秩序変数 η とする(例:強磁性の自発磁化 M、強誘電の分極 P、秩序化合金の規則度、構造相転移の歪み成分など)。

1.2 自由エネルギーの多項式展開(均一系)

相転移温度 Tc 近傍で η が小さいとみなし、均一系の自由エネルギー密度を

f(η)=f0+a(T)η2+b2η4+c3η3+d6η6hη+

と展開する。

  • 対称性により ηη が同等なら奇数次(cη3など)は禁止され、偶数次のみが残る
  • 安定性のため高次係数(たとえば d>0)が必要になることがある
  • h は外場(磁場Hに相当)など、秩序変数に一次結合する項である

実務上は、対称性で許される不変量(invariants)の最小集合で展開を作ることが出発点である。

1.3 平衡条件

平衡秩序変数は

fη=0,2fη2>0

で定まる。

典型として奇数項なし、6次項無視の最小模型

f(η)=f0+a(T)η2+b2η4

では、b>0のとき

  • a(T)>0(高温側): η=0が安定
  • a(T)<0(低温側): η2=a/b が安定 となる。よく用いる温度依存は a(T)=a0(TTc) である。

2. 転移の次数と平均場

2.1 二次(連続)相転移

奇数項なし、b>0a(T)=a0(TTc) とすると

η(T)={0(T>Tc)a0(TcT)b(T<Tc)

であり、秩序変数は連続的に立ち上がる(平均場で臨界指数 β=1/2)。

感受率(例:磁化の χ=η/h|h0)は

χ12a(T)1TTc

となり、平均場で γ=1 を与える。

2.2 一次(不連続)相転移

  • 対称性により cη3 が許される場合
  • b<0 となり 6次項 dη6 が安定化する場合 などでは、ηが不連続に跳ぶ一次相転移が起こり得る。潜熱や相共存が現れ、ヒステリシスの設計・解釈に関係する。

2.3 自由エネルギー地形

  • 二次相転移:単井戸がTcで平坦化し、二重井戸へ滑らかに変形する
  • 一次相転移:二つの極小が共存し、ある温度でグローバル最小が入れ替わる という見方が汎用的である。

3. ギンツブルグ–ランダウ自由エネルギー:空間変化を入れる

ランダウ理論を「場の理論」へ拡張し、秩序変数が空間でゆっくり変化すると仮定して勾配項を加える。

3.1 GL汎関数

スカラー秩序変数 η(r) について

F[η]=d3r[f0+aη2+b2η4+K2|η|2]

が基本形である。K>0は空間変化のコストであり、界面幅や相関長を支配する。

3.2 変分から得るGL方程式(オイラー–ラグランジュ)

δFδη=0K2η+2aη+2bη3=0

を得る。境界条件(表面、界面、欠陥)を与えることでドメイン壁や核生成の形が決まる。

3.3 相関長とドメイン壁のスケール

高温側(η0)で線形化すると

K2η+2aη=0

より、相関長(コヒーレンス長)

ξ=K2a

が得られる(a0で発散)。ドメイン壁幅は概ね ξ と同スケールである。

4. 超伝導のGL自由エネルギー:ゲージ場との結合

超伝導では秩序変数は複素数 ψ(r)(位相を持つ)であり、電磁場とのゲージ不変結合が本質である。

4.1 自由エネルギー密度

fs=fn+α|ψ|2+β2|ψ|4+12m|(iecA)ψ|2+B28π

ここで e は有効電荷(クーパー対なら2e)、B=×A である。

4.2 GL方程式と電流

ψA に関する変分から、(i) ψの方程式、(ii) 超伝導電流とマクスウェル方程式が得られる。 この枠組みで

  • コヒーレンス長 ξ
  • 磁場侵入長 λ(London長) が導かれ、比
κ=λξ

により第1種・第2種超伝導体が分類される(境界エネルギーの符号と対応する)。

5. 代表例と自由エネルギーの形

5.1 秩序変数と項の対応

対象秩序変数の例低次の局所項典型的な結合項
強磁性MaM2+bM4HM, 異方性 Ku Mz2, 交換 A(M)2
強誘電(Landau–Devonshire)PaP2+bP4+dP6EP, 電歪 QεP2, 勾配 g(P)2
構造相転移歪み/モード振幅 QaQ2+bQ4(+cQ3)弾性 1/2Cε2, 相互結合 εQ2
濃度相分離濃度 cf(c)(二井戸)勾配 $κ
CDW/SDW複素振幅 Ψ$aΨ

5.2 相分離・ドメイン形成との関係

GL自由エネルギーは

  • 相境界エネルギー
  • ドメイン壁エネルギー
  • 渦糸や欠陥コアのエネルギー を一貫した形で与えるため、フェーズフィールド法や組織形成計算の自由エネルギー源として頻用される。

6. 係数はどこから来るか

6.1 係数の同定

  • a(T) は転移温度や感受率の温度依存から同定されることが多い
  • b,d は非線形応答(例:強誘電のP–E曲線、高磁場でのM–H)や比熱・潜熱などを制約にする
  • 勾配係数K(またはg)は界面幅、ドメイン壁エネルギー、散乱での相関長などと関係する

6.2 第一原理計算との接続

  • 対称性に沿ったモード座標(Q)や分極(P)に対し、エネルギー曲面を計算して係数をフィットする
  • 有効ハミルトニアン(effective Hamiltonian)や粗視化モデルからLandau/GLの形へ写像する
  • 得られた自由エネルギーを、相図、ドメインパターン、応答関数の予測に用いる

7. 注意点

  • ランダウ理論は平均場であり、臨界近傍では揺らぎが支配的になって臨界指数が変わることがある
  • GLは秩序変数が小さく、空間変化が緩やかである領域(勾配展開が正当化される領域)で信頼性が高い
  • 実材料では欠陥、弾性拘束、界面、不均一性が係数や境界条件に入るため、自由エネルギー項の選択が結果を決めやすい
  • 複数秩序変数(多軸分極、多成分磁化、複数モード)の場合は、許容結合項の網羅と過剰パラメータ化のバランスが重要である

まとめ

ランダウ理論は、秩序変数と対称性に基づく自由エネルギー展開によって相転移の型と応答を手早く見通す枠組みである。GL自由エネルギーは勾配項や場との結合を含む汎関数として定式化され、界面・ドメイン・渦糸などの空間構造を変分問題として扱える。係数同定を実験・第一原理と往復しつつ、適用範囲(揺らぎ・勾配展開・境界条件)を明確にすることが、材料問題への有効な適用条件となる。