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実験計画法(DOE)

実験計画法(DOE: Design of Experiments)とは、限られた実験回数で因子(組成・プロセス・熱処理条件など)が特性に与える影響を、統計モデルとして切り分けて推定するための設計手法である。材料研究では、探索(スクリーニング)から最適化(応答曲面)までを、再現性と効率を両立して進める基盤となる。

参考ドキュメント

1. DOEが効く材料研究の典型例

  • 多因子(温度、時間、雰囲気、冷却速度、組成、添加量…)で、どれが効いているか不明な初期探索
  • 交互作用(例:熱処理温度×添加元素)が効きうる系(相変態、析出、焼結、界面反応)
  • 実験コストが高い(放射光、長時間熱処理、試料作製が重い)ため、回数を最小化したい場面
  • 得たい結論が「最良条件」ではなく「寄与の分解」「設計指針」である場面

2. 基本用語と基本式

  • 因子(factor): 操作する入力(温度、組成、圧力など)
  • 水準(level): 因子に設定する値(低・中・高、あるいは連続値)
  • 応答(response): 出力(磁化、硬さ、導電率、収率、相分率など)
  • 実験行(run): 1条件での実験(またはシミュレーション)1回

最も基本の回帰モデル(主効果+交互作用)

y=β0+i=1kβixi+i<jβijxixj+ε

ここで xi は因子(しばしば -1, 0, +1 に符号化)、ε は誤差である。

3. DOEの“3つの原則”

DOEは「割付表」だけではなく、実験の信頼性を担保する運用が核である。

  • 反復(replication):同一点の繰返しで実験誤差(ばらつき)を見積もる
  • 無作為化(randomization):実行順の偏り(装置ドリフト、試料劣化)を平均化する
  • 局所管理/ブロック化(blocking):日ごと、ロットごと等の系統差をブロック因子として分離する

4. 代表的な設計の使い分け

設計の目的は大きく2種類である。

4.1 スクリーニング(効く因子を絞る)

  • 2水準要因計画(全因子・部分因子)
    • 主効果と交互作用の分離ができる(ただし部分因子は交絡に注意)
  • プラケット・バーマン計画(PB)
    • 多数因子を少ない回数で“主効果中心”にふるい分ける(交互作用は基本的に捨てる設計)
  • 直交表(例:L8, L16, L18…)
    • 因子が多い場合に少ない実験数で主効果推定がしやすい(交互作用の扱いは設計思想に依存)

4.2 最適化(連続因子の最良条件・曲率を推定)

  • 応答曲面法(RSM)
    • 中心複合計画(CCD)やBox-Behnken計画で2次多項式を推定する
    • 材料では、温度・時間・組成(連続)・焼結条件などの“曲がり”を捉えるのに向く

5. 交絡と分解能(Resolution)

部分因子計画やPBでは「真の効果」が別の効果と混ざって見える(別名関係、交絡)ことがある。 分解能(Resolution)は、その混ざり具合の指標である。分解能III/IV/Vの意味はJISの用語定義にも整理がある。

目安

  • 分解能III:主効果は推定できるが、主効果と2因子交互作用が交絡しうる
  • 分解能IV:主効果と2因子交互作用は分離しやすいが、2因子交互作用同士が交絡しうる
  • 分解能V:主効果と2因子交互作用は概ね明確に分離できる

6. 混合系(組成)DOE

合金組成や配合は、通常

i=1qxi=1,xi0

の制約(単体:simplex)を持つため、通常の因子計画(“足し算独立”)と異なる。 このとき混合計画(mixture design)を用いるのが定石である。

基本の混合モデル(Schefféの多項式の一例)

y=iβixi+i<jβijxixj+i<j<kβijkxixjxk+

材料の「A-B-C三元組成」最適化や、添加剤比率最適化に直結する設計である。

7. 最適設計

因子の種類(離散/連続)、制約(実験不可能領域)、取りたいモデル次数が複雑な場合、D最適計画のような最適設計を用いるとよい。 D最適は設計行列 X に対して |XTX| を大きくする(推定分散を小さくする)発想で説明されることが多い。

材料例

  • 「温度は3水準まで」「組成は特定領域のみ合成可能」「測定は1日10点まで」などの制約下で、推定精度を最大化する設計に落とし込める。

8. DOEの標準ワークフロー

  1. 目的の明確化(スクリーニングか最適化か、交互作用を見たいか)
  2. 因子と範囲の決定(材料的に壊れない領域、相が飛ぶ領域を含める/除外する判断)
  3. 設計選択(例:PB→部分因子→CCD、あるいは混合計画→RSM)
  4. 実行計画(無作為化、ブロック、中心点反復)
  5. 解析(主効果・交互作用・曲率・残差診断)
  6. 次の計画へ更新(DOEは一発勝負ではなく、逐次的に狭めていくのが強い)

9. 注意点

  • 反復ゼロ:誤差が見積もれず、有意差も信頼区間も語れない
  • 交互作用を捨てる設計で、実は交互作用が支配的(相変態、析出、界面反応で起こりがち)
  • 組成を通常DOEで扱ってしまい、xi=1 制約を無視して解釈が破綻する(混合計画を検討すべき)
  • 実行順を固定して装置ドリフトを“効果”と誤認する(無作為化・ブロックの不実施)

まとめ

DOEは、材料研究における多因子問題を「少ない回数で、因果に近い形で分解する」ための基盤技術である。スクリーニング・応答曲面・混合計画・最適設計を目的に応じて使い分け、反復・無作為化・ブロック化をセットで運用するのが要点である。