フェーズフィールド法の数値解法
フェーズフィールド方程式は、自由エネルギー汎関数の勾配流として構造が決まるため、数値解法にも保存則と散逸則を反映させることが重要である。離散化の選択は、界面幅の解像、非線形性、連成場、計算資源の制約により支配される。
参考ドキュメント
- Phase-Field Recommended Practices Guide: Numerical Implementation(NIST) https://pages.nist.gov/pf-recommended-practices/bp-guide-gh/ch2-numerical-implementation.html
- L. Q. Chen, Applications of semi-implicit Fourier-spectral method to phase-field equations, Computer Physics Communications (1998) https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S001046559700115X
- 名古屋大学 PFM 講義ノート:第11章 Phase-field法1(凝固) https://www.material.nagoya-u.ac.jp/PFM/docs/Lecture_H20/H20_Chapter_11.pdf
1. 支配方程式
代表例は、非保存のAllen–Cahn(AC)型と、保存量を扱うCahn–Hilliard(CH)型である。
- AC(反応拡散型)
- CH(4階拡散型)
数値的な要点は次の通りである。
- CHは空間4階(または2階×2の分割形)であり、陽的時間積分は安定条件が非常に厳しい
- 非線形自由エネルギー(多井戸、対数項、CALPHAD等)により剛性が増す
- 連成(熱・弾性・流体など)では未知数が増え、単純な解法では収束が不安定になりやすい
- 正しい解に見えても、質量保存や自由エネルギー減少が壊れると物理的解釈が崩れる
2. 無次元化とメッシュ設計
2.1 界面幅と格子幅
界面を有限幅として表すため、界面幅Wを十分に解像する必要がある。目安として界面に対して数点では不十分であり、界面が滑らかに表現される格子幅Δxを選ぶ。
2.2 代表的な時間スケール
- 拡散支配(CH)では、
が半分になると必要なΔtが急激に小さくなる傾向がある - 界面移動支配(AC)でも
は に強く依存する
このため、計算領域と解像度を先に固定し、時間積分は半陰・陰を基本に設計するのが定石である。
3. 空間離散化:FDM/FVM/FEM/FFTの使い分け
3.1 有限差分法(FDM)
直交格子で最も簡潔に実装できる。ラプラシアンは例えば2次精度で
となる。CHの4階項は、二重ラプラシアン(
3.2 有限体積法(FVM)
保存形(
3.3 有限要素法(FEM)
複雑形状や弾性・熱との連成に強い。一方、CHの4階をそのまま弱形式化すると
CHの分割形(混合形式)の例:
未知数を
3.4 スペクトル法(FFT)
周期境界条件が自然な相分離・粗大化問題で強力である。空間微分がフーリエ空間で代数演算になるため、半陰解法と組み合わせて高速に計算できる。非線形項は実空間で評価し、FFTで往復する実装が一般的である。
4. 時間積分:陽・半陰・陰、そしてエネルギー安定化
4.1 陽解法(推奨されにくい理由)
陽解法は実装は容易だが、CHでは安定条件が厳しすぎて現実的な計算が困難になりやすい。小さなΔtが必要となり、計算時間が大幅に増える。
4.2 半陰解法(IMEX)という基本戦略
線形で剛な項を陰的に、非線形項を陽的に扱う。 例(概念):
FFTなら
4.3 エネルギー安定(離散散逸)を満たす設計
フェーズフィールドは連続系で自由エネルギー
(少なくとも数値的に破れにくい) - CHでは
が保存 を満たすことが望ましい。
代表的な考え方:
- 凸分割(convex splitting) 自由エネルギーを凸部と凹部に分け、凸部を陰的、凹部を陽的に扱うことで無条件エネルギー安定を狙う。
- 安定化付き半陰解法(stabilized semi-implicit) 非線形の外挿に安定化項(線形)を足し、エネルギー安定を担保する設計がある。
- SAV/IEQ系(補助変数法) 非線形自由エネルギーを補助変数で扱い、線形問題として解きつつエネルギー安定を得る設計がある。
5. 非線形・線形ソルバ:収束性は前処理で決まる
5.1 単一方程式(ACなど)
- 陰解法ではNewton法(または準Newton)+Krylov法が基本である
- 収束が悪い場合、時間刻みを下げるより前処理・スケーリングの見直しが効くことが多い
5.2 CH(混合形式)のブロック構造
未知
5.3 マルチグリッドとAMR(適応メッシュ)
界面近傍だけ細かくしたい問題では、適応メッシュ(AMR)が計算量を劇的に下げうる。ただし、CHの質量保存はメッシュ更新・補間で壊れやすいため、保存性を意識した転送が必要である。
6. 境界条件:モデルと離散の両方で整合させる
頻出の選択肢は以下である。
- 周期境界:FFTと相性が良い
- Neumann(勾配ゼロ):
- CHでは無流束条件
が質量保存に直結する - 追加で
を課す設計もある
- CHでは無流束条件
- Dirichlet:濃度や秩序変数を固定するが、保存則との整合に注意する
境界条件は「連続系として妥当」でも「離散で破れる」ことがあり、保存量とエネルギーのモニタリングが必須である。
7. 連成問題の時間発展:モノリシックか分割か
熱・弾性・流体などと連成する場合、代表的に2方式がある。
- モノリシック(全未知を同時に解く) 収束が良く、強連成に向くが、実装と前処理が重い。
- 分割(staggered) 実装しやすいが、連成が強いと不安定化しやすい。必要なら反復(Picard反復など)で補う。
8. 検証と比較
モデルが正しく実装されたことの確認には、以下が有効である。
- MMS(Method of Manufactured Solutions)で収束次数を確認する
- 公開ベンチマークで、形態・統計量・計算性能を比較する
- 物理指標として、質量保存誤差、自由エネルギーの単調性、代表長さスケーリング(粗大化則)などを定義して点検する
9. 代表的なフレームワーク
- 一般に、FEM系は陰的時間積分+Newton-Krylov+PETSc等の線形ソルバで頑健性を確保する設計が多い。
- FFT系は半陰解法と組み合わせ、線形ソルバ無しで高速化する設計が多い。
- いずれも、数値の安定化は「モデルの物理」と「離散の構造(保存・散逸)」の両方から評価する必要がある。
まとめ
フェーズフィールド法の数値解法は、空間離散(FDM/FVM/FEM/FFT)と時間積分(半陰・陰)を基礎に、保存則とエネルギー散逸を離散化でも壊しにくい設計へ寄せることが要点である。特にCahn–Hilliard型では、混合形式やエネルギー安定化(凸分割、安定化付き半陰、補助変数法)と、前処理・マルチグリッドの選択が計算の成立性を決める。