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ギブス自由エネルギーに基づく合金設計

合金設計における「どの相が、どれだけ、いつ安定か」は、温度T・圧力P・組成に依存するギブス自由エネルギーGの比較として定式化できる。Gを相ごとにモデル化し、平衡条件を満たすように最小化することで、相図・析出・偏析・熱処理窓を定量的に決めることができる。

参考ドキュメント

1. ギブス自由エネルギー

合金は、複数元素が複数相に分配し、しかも温度や熱履歴で状態が変わる系である。相安定性と組織形成を一貫して扱うには、状態量のうち「T,P一定で平衡を決めるポテンシャル」が必要であり、それがギブス自由エネルギーである。

  • 定義

    G=HTS

    ここでHはエンタルピー、Sはエントロピーである。

  • 基本微分形(閉じた多成分系)

    dG=SdT+VdP+iμidNi

    μiは化学ポテンシャル、Niは成分iの物質量である。

合金設計で重要なのは、組成と温度の関数として相ごとのGを用意し、全体系のGが最小となる相の組合せと相分率を求めることである。相図とは、その最小化問題の解集合(条件を走査した地図)である。

2. 化学ポテンシャルと平衡条件:相図

2.1 化学ポテンシャルの定義と意味

化学ポテンシャルは、成分iを微小に加えたときのGの増分である。

μi=(GNi)T,P,Nji

多相平衡では、各相でのμiが一致することが平衡条件になる。

  • 2相平衡(相α,β)の一般条件

    μiα(T,P,{x})=μiβ(T,P,{x})(i)
  • より実装に近い表現(全G最小化) 相の物質量をn(ϕ)、相のモルギブスエネルギーをg(ϕ)(T,P,x(ϕ))とすると、

    Gtotal=ϕn(ϕ)g(ϕ)(T,P,x(ϕ))

    を、物質収支

    ϕn(ϕ)xi(ϕ)=Ni(i)

    の下で最小化する問題に帰着する。

2.2 活量と非理想性)

溶体相では非理想性が一般であり、

μi=μi+RTlnai,ai=γixi

と書く。γiは活量係数で、相互作用が強いほど1からずれる。合金設計では、析出・偏析・溶解限などがγiに支配される局面が多い。

3. 混合自由エネルギー

相図の直観を得るには、まず混合による自由エネルギー変化ΔGmixを押さえる。

3.1 理想溶体

二元A-B(Aのモル分率をxとする)で、理想混合のエントロピーは

ΔSmix=R[xlnx+(1x)ln(1x)]

理想溶体の混合自由エネルギーは

ΔGmixideal=RT[xlnx+(1x)ln(1x)]

である。エンタルピー項がゼロなので、混合は常に自由エネルギー的に有利である。

3.2 正則溶体(相互作用パラメータΩ

エンタルピー的相互作用を最小限で入れると

ΔGmix=RT[xlnx+(1x)ln(1x)]+Ωx(1x)

となる。Ω>0なら異種原子の混合が不利になり、ある温度以下で相分離(混和ギャップ)が生じ得る。

  • スピノーダル条件(自発的分解の領域)2ΔGmixx2<0正則溶体では2ΔGmixx2=RTx(1x)2Ωであり、例えばx=0.5では臨界温度Tc=Ω2Rが得られる。

3.3 共通接線(2相共存組成)

二元系のモルギブスエネルギーをg(x)とすると、α,βの共存組成xα,xβは共通接線条件で与えられる。

g(xα)=g(xβ)=g(xβ)g(xα)xβxα

三元以上では共通接平面に一般化される。CALPHADが内部で行っているのは、実質的にこの幾何学条件を多相・多成分で満たす最小化である。

4. ギブス自由エネルギーの内訳

合金のGは、単一の「化学項」だけでは精度が足りない場合が多い。代表的には

G=Gref+ΔGconf+ΔGex+Gmag+Gph+Gel+
  • Gref:純物質(端成分)基準
  • ΔGconf:配置(混合)エントロピー起源(理想混合など)
  • ΔGex:過剰ギブスエネルギー(非理想相互作用)
  • Gmag:磁気寄与(Fe系などで相境界を動かし得る)
  • Gph:格子振動(フォノン)寄与(高温で効く)
  • Gel:電子励起寄与(必要な場合)

設計上は、どの寄与が相境界や析出温度を動かし、どの寄与が二次的かを見極め、モデルの複雑度と入手可能なデータを釣り合わせることが肝要である。

5. CALPHAD:G(T,x)を相ごとにモデル化し、相図へ落とす枠組み

5.1 コアアイデア

CALPHAD(CALculation of PHAse Diagrams)は、各相のギブスエネルギーを温度・組成の関数として表式化し、利用可能な実験値と計算値に整合するようにパラメータを最適化し、二元・三元を基盤に多元系へ外挿して相平衡を計算する方法である。出力は相図だけでなく、活量、化学ポテンシャル、比熱など、Gから導ける量全般である。

5.2 過剰ギブスエネルギー(Redlich-Kister型)

二元溶体相の過剰項は、例えば

Gex=xAxBn=0NL(n)(T)(xAxB)n

のように展開することが多い。L(n)(T)を温度多項式で表し、実験相境界、熱量、活量、第一原理生成エネルギーなどを同時に満たすように決める。

5.3 規則相・化合物相

B2、L1_2、σ相など、サイト占有が重要な相は、単純溶体モデルでは表せない。そこで亜格子(sublattice)を導入し、サイト分率yでGを記述する枠組み(CEFなど)が用いられる。概念的には

G(ϕ)=endmembers(sublatticesy)Gendmember+RTsublatticesiyilnyi+Gint

のように、端成分(endmember)の線形結合+配置エントロピー+相互作用で組む。

5.4 データベース(TDB)

CALPHADの成果物は、相ごとのG関数を集約したTDBファイルとして流通する。国内では、CALPHAD由来のTDBを集録したデータベースが公開されており、既存の熱力学計算ソフトと組み合わせて相図・熱力学量を算出できる。

6. 計算科学との統合

CALPHADは現象論モデルである一方、近年は計算側の情報をGに組み込みやすくなっている。合金設計の見取り図として、次の統合が頻出である。

6.1 第一原理計算(DFT)による 0 K エネルギーと温度効果

  • 生成エンタルピー(0 K近傍)ΔHf=EalloyixiEiref
  • フォノン自由エネルギー(準調和近似など)Fph(T)=kBTqνln[2sinh(ωqν2kBT)]

を用いて温度依存Gを補強するアプローチがある。多元化合物や大きな単位胞相では計算コストが課題になるが、CALPHADモデルのアンカーポイントとして価値が高い。

6.2 クラスター展開・モンテカルロ:統計熱力学

規則—不規則転移や短距離秩序が強い場合、配置自由エネルギーをより物理的に扱うために

  • クラスター展開でエネルギーを有効ハミルトニアン化
  • モンテカルロで有限温度の秩序度・比熱・相境界を推定 し、結果をCALPHADのパラメータ化へ還元する経路が有効である。

6.3 拡散・析出・粒界偏析

Gが整えば、駆動力は化学ポテンシャル差として得られる。例えば組成場c(r)の自由エネルギー汎関数

F[c]=(f(c,T)+κ|c|2)dV

から、拡散を駆動する化学ポテンシャルは

μ=δFδc

で与えられる。ここでf(c,T)にCALPHAD由来の自由エネルギー密度を用いると、相図整合な相分離・析出の相場を再現しやすい。さらにモビリティ(拡散係数)まで含めれば、時効硬化や偏析の時間発展を予測できる。

7. 合金設計での比較表

設計課題問いの形Gに基づく計算出力得られる設計判断
単相固溶体を維持したいどのT,xで相分解しないか相境界、スピノーダル、相分率組成窓、熱処理窓、危険領域
析出強化相を狙うどの相が析出しやすいか平衡相分率、駆動力、溶解限時効温度、ターゲット組成
脆性相を避けるσ相などを出さない条件多相平衡計算、相安定域禁止組成、温度制約
溶製・凝固の割れや偏析を抑える凝固経路はどうなるか液相線・固相線、Scheil計算合金元素の上限、凝固条件
粒界偏析を制御するどの元素がどれだけ偏析するか化学ポテンシャル、活量、相互作用添加元素の選別、熱処理設計
高エントロピー合金の相安定性単相か多相か多元相平衡、相分率、活量単相化の方針、相制御

8. 手法の比較表

手法強い点弱い点位置づけ
CALPHAD + TDB多元系の相平衡を高速に走査できる。G由来の量を一括で出せるデータ範囲外の外挿、未知相、準安定の扱いに注意が要る合金設計の地図生成エンジン
第一原理(DFT)0 Kの相対安定性、端成分・化合物の基礎量を与える高温・乱れ・大単位胞で重いモデルの基準点、未知相探索
フォノン(準調和等)温度依存Gの補強、相境界の温度シフト非調和・液体近傍で難化高温域の精度改善
クラスター展開 + MC規則相、短距離秩序、臨界現象に強いモデル構築にデータが要る秩序化・相転移の精密化
相場(フェーズフィールド等)組織の空間発展を扱えるGと移動度の精度が支配的組織設計への接続

9. 注意点

  • データベースの適用範囲を超える 合金設計では多元外挿が魅力であるが、二元・三元の根拠が薄い部分では相境界が大きく動き得る。対象系に近い評価体系(論文・TDBの由来)を確認すべきである。
  • 準安定相と平衡相の混同 実材料の時効や急冷では準安定相が支配する場合がある。平衡計算と準安定拘束計算を分けて議論すべきである。
  • 磁気寄与・体積寄与の軽視 Fe基などでは磁気寄与が相境界を動かし得る。高温ではフォノン寄与の無視が誤差要因になる。
  • 不確かさの見積り不足 相図計算は点推定になりやすい。入力データやパラメータの感度解析、複数データベースの比較が有効である。

まとめ

ギブス自由エネルギーは、多成分・多相の平衡条件を一つの最小化問題として統一し、相図、活量、化学ポテンシャル、駆動力といった合金設計に直結する量を与える。CALPHADは相ごとのG関数をデータと整合する形で構築し、多元系の設計空間を現実的な計算コストで探索する基盤である。近年は第一原理・フォノン・統計熱力学の結果をGモデルへ接続する流れが強く、相安定性の地図と組織形成の時間発展を同じ自由エネルギー基盤で連結する設計が中心的になりつつある。

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