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マグノン・フォノン相互作用

マグノン・フォノン相互作用は、スピン(磁化)自由度と格子(弾性)自由度が結合することで、固体の動的応答や輸送現象を決める根幹の相互作用である。近年は、結合により生じるハイブリッド励起(マグノンポラロン)や強結合状態が、スピン流生成・熱輸送・非相反伝搬・量子トランスダクションに直結する基盤として再評価されているのである。

参考ドキュメント

  1. 日置友智, マグノン‒フォノン間のコヒーレント振動, 日本物理学会誌 80(5) (2025). https://www.jps.or.jp/books/gakkaishi/2025/05/05/80-246_researches2.pdf
  2. C. Kittel, Interaction of Spin Waves and Ultrasonic Waves in Ferromagnetic Crystals, Physical Review 110, 836 (1958). https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRev.110.836
  3. R. Ramos et al., Room temperature and low-field resonant enhancement of spin Seebeck effect, Nature Communications 10, 5162 (2019). https://www.nature.com/articles/s41467-019-13121-5

1. 基本概念と位置づけ

1.1 マグノンとフォノン

  • マグノン(magnon)は、秩序化した磁性体におけるスピン(磁化)の集団歳差運動が波として伝搬するスピン波(spin wave)を量子化した準粒子である。各モードは結晶運動量 q とエネルギー ωm(q,ν) をもつ。
  • フォノン(phonon)は、結晶格子振動の正規モードを量子化した準粒子であり、音響(acoustic)分枝と光学(optical)分枝をもつ。音響フォノンは ωpvs|q|vs は音速)で表されることが多い。

1.2 マグノン・フォノン相互作用の直観

スピン秩序は結晶対称性や原子間距離に依存し、格子変形は磁気異方性や交換相互作用を変化させる。したがって、格子ひずみ(フォノン)が磁化運動へ力を及ぼし、逆に磁化運動が弾性波へ応力を及ぼす双方向の結合が生じる。これが磁気弾性結合(magnetoelastic coupling)であり、マグノンとフォノンの混成(反交差)や散乱(減衰)として観測されるのである。

1.3 マグノンポラロン(magnon polaron)

マグノンとフォノンが同じ qω で共鳴条件を満たすと、両者は混成してハイブリッド正規モードを形成する。この混成励起がマグノンポラロンであり、分散の反交差、線幅の変化、熱スピン変換(スピンゼーベック効果など)の共鳴異常として現れるのである。

2. 相互作用の起源:ミクロ機構

マグノン・フォノン結合は一つの機構に限られず、材料・対称性・周波数帯により支配項が変化する。ここでは主要な起源を整理する。

2.1 磁歪起源:スピン軌道相互作用を介した結合

スピン軌道相互作用により、結晶ひずみは磁気異方性エネルギーを変え、磁化方向とひずみの積で表されるエネルギーが現れる。立方晶の基本形として、磁気弾性エネルギー密度は

Fme=b1(ϵxxmx2+ϵyymy2+ϵzzmz2)+2b2(ϵxymxmy+ϵyzmymz+ϵzxmzmx)

で与えられる。ここで mi は単位磁化ベクトルの成分、ϵij はひずみテンソル、b1,b2 は磁気弾性定数である。薄膜では面内・面外境界条件や残留応力により、有効な結合形が変わり得るのである。

2.2 交換歪起源:交換相互作用の距離依存

交換相互作用 Jij が原子間距離 Rij に依存するため、格子振動が Jij を時間変調し、スピン波と結合する。スピン格子ハミルトニアンの一例として

Hex=ijJij({R})SiSj

を考えると、Jij({R})Jij(0)+α(JijRij,α)uij,α+ の展開により、フォノン変位 u とスピン演算子の結合が現れる。反強磁性体や低次元磁性体では、この項が強く効く場合があるのである。

2.3 双極子相互作用と弾性境界:薄膜・表面波での特徴

薄膜のマグノン分散は双極子場(反磁界)に強く影響され、表面弾性波(SAW)や導波音波と結合すると、モードの対称性・局在・非相反性が顕著になる。したがって薄膜系では、結合の強さだけでなく「どのマグノンモードがどの音波モードと重なるか」が決定的となるのである。

3. 連続体理論:LLG と弾性波方程式の連成

3.1 磁化ダイナミクス(LLG 方程式)

磁化 M(r,t) を用いると、Landau–Lifshitz–Gilbert 方程式は

mt=γm×Heff+αm×mt

である。ここで m=M/Msγ はジャイロ磁気比、α はギルバート減衰、Heff は有効磁場であり、交換・異方性・外場・双極子場・磁気弾性寄与を含む。

磁気弾性寄与は

Hme=1μ0MsFmem

として有効磁場へ現れ、ひずみ(フォノン)が磁化歳差へ駆動トルクを与えるのである。

3.2 弾性波方程式(運動方程式)

変位ベクトル u(r,t) に対し、連続体弾性の運動方程式は

ρ2uit2=jσijxj+fi(me)

である。ここで ρ は密度、σij は応力テンソルであり、等方弾性なら

σij=λδijϵkk+2μϵij

λ,μ はラメ定数)である。磁気弾性の寄与は、磁気弾性エネルギーから

σij(me)=Fmeϵij

として応力に含められ、結果として fi(me)=jσij(me) の形で弾性波の駆動源となる。すなわち磁化運動が音波を放射し得るのである。

3.3 線形化と結合モードの導出

平衡磁化を m0 とし、微小揺らぎ δm と音波変位 u を考える。LLG と弾性方程式を δmu の一次で連成させると、共通の qω をもつ固有モードを解く問題へ帰着する。結果として、マグノン分散 ωm(q) とフォノン分散 ωp(q) が交差する近傍で反交差が生じ、モードの性格(磁気的/弾性的)が混合するのである。

4. 2モード模型:反交差と混成角

共鳴近傍では、マグノン1モードとフォノン1モードの 2 次元有効模型が有効となる。非散逸の単純化では

(ωm(q)g(q)g(q)ωp(q))(cmcp)=ω(cmcp)

となり、固有周波数は

ω±=ωm+ωp2±(Δ2)2+g2

である。ここで Δ=ωmωpg は結合定数である。Δ=0 で分裂幅 2g が現れ、これが反交差の大きさを与える。混成角 θ

tan2θ=2gΔ

と定義すると、Δ=0θ=π/4 となり、磁気成分と弾性成分が等分混成するのである。

散逸を含める場合、ωmωmiκmωpωpiκp とし、線幅(寿命)や共鳴線形の変形を扱う。強結合の議論では、反交差が線幅に埋もれない条件が本質となるのである。

5. 量子ハミルトニアンによる表現

二次量子化を用いると、マグノン消滅演算子 aq とフォノン消滅演算子 bq に対して

H=qωm(q)aqaq+qωp(q)bqbq+qgq(aqbq+aqbq)+

の「ビームスプリッタ型」結合が基本形として現れる。駆動場やパラメトリック条件下では

aqbq+aqbq

型の項が有効となり、増幅・スクイージングに類する現象が議論されることもある。量子情報・マイクロ波—音波変換の文脈では、この表現が直接の出発点となるのである。

6. 散乱と減衰:寿命・線幅・エネルギー散逸

6.1 マグノンの減衰に対するフォノン浴の寄与

マグノンは格子との相互作用により散乱・緩和し、有限の寿命をもつ。摂動論的には、フォノンを浴とみなした自己エネルギー Σm(ω) により

  • 実部:周波数シフト Δωm
  • 虚部:線幅 Γm(寿命 τm1/2Γm

が与えられる。ギルバート減衰 α の温度依存の一部がスピン格子緩和に起因する場合、マグノン・フォノン結合はその顕在化経路となるのである。

6.2 フォノン減衰(音波吸収)としての側面

逆に、音波が磁性体を通過するとき、共鳴条件でマグノンへエネルギーが移り、音波吸収が増大する(磁気音響共鳴)。これは超音波吸収、表面弾性波の減衰、共振器の Q 低下として観測される。したがって、マグノン・フォノン相互作用は「磁気応答の読み出し」にも「音波の制御」にも利用されるのである。

7. 輸送現象への現れ

7.1 マグノンポラロンによるスピンゼーベック効果(SSE)の共鳴増強

温度勾配により生じるスピン流生成(SSE)では、マグノンと音響フォノンが共鳴混成する磁場条件で信号が増強・変調する現象が報告されている。共鳴条件は、マグノン分散が磁場で可変であることを利用して ωm(q,H)ωp(q) を満たす点を走査することで実現される。室温・低磁場での共鳴増強の報告もあり、応用上の重要性が高いのである。

7.2 異常の形:増強、符号反転、ヒステリシス

材料によっては共鳴異常が増強にとどまらず、符号反転やヒステリシスを伴うことがある。これは、混成モードの成分比、散乱機構、磁区状態、さらには複数分枝の交差条件が複合的に効く可能性を示唆する。したがって、SSE の共鳴異常はマグノン・フォノン相互作用の「指紋」として機能し得るのである。

8. 表面弾性波と非相反伝搬

表面弾性波(SAW)は、薄膜磁性体と強く結合しやすい。SAW の変位場は表面近傍に局在し、薄膜の磁化ダイナミクスと空間的に重なりやすいためである。さらに、磁化により時間反転対称性が破れ、薄膜構造により反転対称性も破れると、マグノン・フォノン結合は非相反(+kk で結合強度や吸収が異なる)を示し得る。これにより、一方向伝搬・方向選択的吸収・音波のカイラリティ制御などが議論されるのである。

9. 強結合とコヒーレンス

9.1 強結合の意味

強結合とは、結合分裂 2g が損失(線幅)より十分大きく、エネルギーがマグノン系とフォノン系の間で可逆的にやり取りされる領域を指す。実験的には、反交差が明瞭に分離して観測されることが第一の指標となる。

9.2 音響共振器による結合増強

SAW 共振器や音響共振器は、フォノンの状態密度と場の集中を高めることで結合を増強する。室温でスピン波と音波の強結合を実証した報告もあり、マイクロ波—音波—スピンの変換素子としての展開が期待されるのである。

10. 物質選択:何が結合を大きくするか

結合の大きさや観測のしやすさは、単一の指標では決まらない。主要因を整理する。

  • 磁気弾性定数 b1,b2:磁歪起源の結合強度を直接に規定する。
  • 弾性定数と密度(音速 vs):フォノン分散とモード体積、ひずみ振幅に関与する。
  • 飽和磁化 Ms と有効磁場:マグノン分散の磁場可変性と共鳴条件を決める。
  • 減衰 α とフォノン損失:反交差の可視性、コヒーレンス時間を決める。
  • 幾何と境界条件:薄膜厚、基板、応力、SAW モード、磁区構造がモード重なりを決める。

フェリ磁性絶縁体(例:YIG)では低減衰が利点となりやすい。一方で強磁性金属や高磁歪材料では結合自体が大きくなり得るが、損失との兼ね合いが重要になるのである。

11. 理論・計算による定量化

11.1 第一原理量の役割

  • 弾性定数 Cij、フォノン分散:DFT/DFPT により評価可能である。
  • 磁気弾性定数 b1,b2:ひずみ下での磁気異方性エネルギー差や応力—磁化応答から評価される。
  • 交換相互作用 Jij とそのひずみ微分 Jij/ϵ:交換歪型のスピン・フォノン結合を規定する。

これらを連続体理論(LLG+弾性方程式)へ落とし込むことで、反交差幅 2g、磁場依存、モード成分比、線幅変化の予測が可能となるのである。

11.2 現象論モデルとの接続

磁気弾性エネルギー Fme を用いれば、音波のひずみ場から有効磁場 Hme を計算できる。逆に、磁化運動による磁気弾性応力 σij(me) から音波の駆動源を得る。したがって、材料定数(bi,Cij,Ms,α)が揃えば、結合現象の定量議論が可能になるのである。

12. 代表的な観測手段

観測手段主に得られる量マグノン・フォノン相互作用の現れ方
非弾性中性子散乱(INS)ω(q)、線幅分散の反交差、寿命変化、ソフト化
非弾性X線散乱(IXS)主にフォノン分散磁気状態変化に伴うフォノン変調、混成効果(条件依存)
ブリルアン光散乱(BLS)表面マグノン・フォノン薄膜・SAW 系での反交差、非相反性
SAW 共振器・音響共振器共振周波数、減衰強結合、結合分裂、方向依存吸収
スピンゼーベック効果(SSE)スピン流起電力マグノンポラロン共鳴異常(増強・変調)
超音波吸収・弾性測定吸収係数、弾性率磁気音響共鳴、弾性異常

まとめと展望

マグノン・フォノン相互作用は、磁気弾性結合や交換歪を起源として、分散の反交差(マグノンポラロン形成)と散乱(寿命・吸収)の両面から物性へ現れるのである。古典的枠組み(磁気弾性波、反交差)は 1950 年代から確立しているが、近年は「輸送(SSE、熱伝導)」「ナノ構造音響共振器」「非相反・カイラル音波」「室温強結合」へ研究の重心が広がっている。特に、SAW 共振器は、フォノンを局在化して結合を増強し、マグノン系と音波系の可逆変換を室温で狙える素子として注目されている。

今後は、材料定数(bi,Cij,α)の第一原理評価と、薄膜・共振器・表面波の幾何学設計を結び付けることで、室温での強結合領域の拡大、非相反音波・スピン流の制御、さらにマイクロ波—音波—スピンの高効率変換へ発展する展望である。

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