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マンガン(Mn)

マンガン(Mn)は、鉄鋼の品質を左右する脱酸・脱硫や合金設計に深く関与し、材料強度・加工性・耐摩耗性を動かす遷移金属である。さらに電池正極材(Mn系)や酸化剤(過マンガン酸塩)としても重要であり、資源供給と精製能力の偏在が材料技術の選択肢そのものを規定しうる元素である。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名マンガン
元素記号 / 原子番号Mn / 25
標準原子量54.938
族 / 周期 / ブロック第7族 / 第4周期 / dブロック(遷移金属)
電子配置[Ar]3d54s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)α-Mn(複雑な立方晶)
基本的な酸化数0,+2,+3,+4,+6,+7
主要同位体(研究上重要)55Mn(天然存在比ほぼ100%の安定同位体)
代表的工業形態フェロマンガン(FeMn)、シリコマンガン(SiMn)、電解マンガン金属、電池用二酸化マンガン(EMD等)
  • 補足
    • マンガンは酸化数の取り得る範囲が広く、金属材料では合金元素として、化学材料では酸化物・塩として役割が分かれる元素である。酸化状態の切替は反応性・色・電子状態を大きく変えるため、同じMnでも用途で支配因子が入れ替わる。
    • 鉄鋼分野では、脱酸・脱硫といった溶鋼精錬の化学と、固溶強化・焼入性・組織制御の材料学が同時に効く。したがってMnは、工程側と材料側の両方から最適化される元素として位置づく。

2. 歴史

  • 分離と元素としての確立

    • マンガンは鉱物として古くから利用されてきたが、元素としての位置づけが確立する過程では、酸化物から金属を得る還元・精製の発想が重要であった。元素の単離・命名の文脈は、鉱物学と化学の接続として読み取れる。
    • Mnは鉄鋼と共進化した元素の一つであり、合金化と精錬の体系化が進むほど重要性が増す。材料規格と供給形態(FeMnなど)が整うことで、Mnは「単体金属」よりも「機能を与える添加材」として社会実装されてきたと言える。
  • 電池・化学材料としての拡張

    • Mnは鉄鋼用途に加え、二酸化マンガンが電池材料として広く使われることで、資源の用途構成が拡張してきた。近年はリチウムイオン電池正極材でもMnの役割が再評価され、精製品(硫酸マンガン等)の供給体制が材料選択に影響する局面が強まっている。
    • この流れは、元素の価値が「金属材料」だけでなく「化学材料・電池材料」の側からも定義されるようになったことを示す。したがってMnの歴史は、材料の主戦場が用途によって移動する好例としても読める。

3. マンガンを理解する

  • 多相変態(αβγδ

    • マンガンは温度上昇に伴い α-Mn(立方晶)から β-Mn(立方晶)、γ-Mn(fcc)、δ-Mn(bcc)へと相が切り替わる。相の切替温度域(例:αβ が約727 ℃、βγ が約1095 ℃、γδ が約1133 ℃、融点が約1246 ℃)が明示されており、高温プロセスで相状態が変わり得ることが分かる。
    • この相変態は拡散・欠陥・相平衡の議論に直結し、Mnを含む合金の熱履歴で析出や相分率が変わる理由の基盤になる。したがってMnを扱うときは、化学成分だけでなく温度域と相状態を同時に意識するのが理解の近道である。
  • 酸化数の広さと酸化物化学

    • Mnは +2 から +7 まで幅広い酸化数を取り、酸化物・オキソ酸塩・錯体の化学が多様である。材料科学では、酸化物(例:MnO2)が電池材料や触媒・吸着材として、過マンガン酸塩が酸化剤として現れ、金属Mnとは別の顔を持つ。
    • この多様性は利点である一方、同じ「Mn系」と言っても化学状態が異なれば性能支配因子が変わることを意味する。研究や設計では、Mnの価数・配位環境・相(結晶相/非晶質)を区別して議論する必要がある。
  • 鉄鋼への寄与(溶鋼精錬と材料設計の接点)

    • 鉄鋼分野でMnは、脱酸・脱硫や特性向上のために添加され、FeMnやSiMnとして供給されることが多い。需要の多くが製鋼用途である点は、資源統計・用途整理でも繰り返し示されている。
    • Mn添加は、溶鋼段階の化学(不純物制御)と、固体化後の組織制御(強度・靱性・加工性の調整)を同時に動かしうる。したがってMnの理解は、製錬反応と固体材料学の両方をつなぐ形で深まる。

4. 小話

  • 名前と記号

    • Mnという記号は国際的に共有され、化学状態(Mn2+MnO2MnO4など)を短く表現できるため、材料・化学の両分野で有用である。特にMnは価数の取り得る幅が広いので、化学式で状態を明示する習慣が理解の助けになる。
    • 金属MnとMn化合物では性質が大きく異なり、同じMnでも用途と取り扱いが変わる。記号が同じでも「どの形のMnか」を問う癖が、学術的な誤解を減らす。
  • マンガン団塊の直感

    • 団塊は海底に散在する塊状資源であり、見た目の直感と、供給源としての現実(採鉱・環境・制度)が大きく隔たる点が興味深い。資源工学の観点では、分布が広いことが直ちに供給安定を意味しない。
    • 材料の観点でも、団塊が複数金属を含むことは分離・精製の設計を難しくする一方、複元素同時供給の可能性も与える。Mnは、資源と材料が同じ言葉で議論されやすい代表例である。

5. 地球化学・産状(地殻〜海底資源まで)

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • 酸化マンガン鉱(例:MnO2 系)
  • 炭酸マンガン鉱(例:MnCO3
  • ケイ酸塩鉱物(例:パイロルース石、テフロ石などのMn含有鉱物群)
  • 海底資源(マンガン団塊:Mn・Fe酸化物を主成分とする塊状資源)

補足:

  • Mnは金属のまま自然界で産出するより、酸化物・炭酸塩・ケイ酸塩として産することが整理されている。したがって「鉱石→化学処理→還元」という経路が最初から前提になりやすい。
  • 海底のマンガン団塊はMnとFeの酸化物を主成分とする塊状鉱物資源であり、太平洋・インド洋の深海底に広く分布することが解説されている。さらにNi・Cu・Coなどを伴う高品位団塊が議論対象となり、資源学と金属供給の論点を増やしている。

5.2 鉱床と資源分布の論点

  • 陸上鉱床では、国・地域ごとの鉱石生産と埋蔵量が供給安定性を左右する。USGSの資料では、世界の生産・埋蔵量の国別分布が整理され、供給の偏在が示されている。
  • 海底資源(マンガン団塊)は、分布が広い一方で、採鉱・揚鉱・環境影響・国際制度(公海・管轄)を同時に扱う必要がある。資源量の話がそのまま供給量に直結しない点が、陸上鉱床と異なる難しさになる。

5.3 海底資源(マンガン団塊)

  • マンガン団塊は深海底に散在し、Mn・Fe酸化物を主成分とする塊として示されている。写真・分布図とともに、深海域での分布と調査の考え方が説明されている。
  • 団塊資源は、MnだけでなくNi・Cu・Coなど複数金属の同時回収の発想と結びつく。したがってMnの資源論は、単元素の需給ではなく、複数元素の同時供給と精製の設計問題として立ち上がる。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 採掘・選鉱・前処理

  • マンガン鉱石は酸化物・炭酸塩などの形で産し、目的とする精製品(FeMn、電解Mn、電池材料用Mn化合物)に応じて前処理が変わる。鉱種により不純物(Fe、Si、Pなど)の扱いが変わり、後段の還元・溶解・電解の負荷を左右する。
  • 海底団塊を視野に入れる場合、鉱石の粒度・含水・付着泥などが工程条件を変える。陸上鉱床の延長として扱えない要素が増えるため、資源評価とプロセス開発が一体になる。

6.2 還元・製錬(FeMn/SiMn を含む)

  • Mnの金属製造や合金製造では、酸化物からの還元が基本操作になる。概念式として、炭素還元は
MnO2+2CMn+2CO

のように表せ、実系では酸化物段階(MnO 等)やスラグ反応を介しつつ進む。

  • 鉄鋼用途ではFeMnやSiMnが添加材として用いられ、溶鋼精錬(脱酸・脱硫)と特性向上に寄与する。Mn需要が製鋼動向に強く左右されるという整理は、用途説明の中核になっている。

6.3 電解マンガン金属・高純度化学品

  • 工業的には電解法が主流であるという整理があり、鉱石を焙焼・溶解し、電気分解で陰極に金属Mnを析出させる流れが述べられている。高純度化学品(例:硫酸マンガン)は電池材料の原料ともなり、金属製錬と化学精製の境界が曖昧になる。
  • 電池材料の側では「高純度マンガン硫酸塩」の供給が重要になり、IEAの整理では精製能力の集中(例:高純度マンガン硫酸塩の供給で中国が大きな比率を占める)が示されている。材料開発が資源精製の地理条件に引きずられ得る点が、近年のMnの特徴である。

6.4 二酸化マンガン(電池・酸化剤)

  • 二酸化マンガンは乾電池や正極材に使われ、Mn系電池材料の代表例として位置づく。さらに過マンガン酸塩は酸化剤として広く用いられることが用途説明に含まれている。
  • 同じMnでも、金属Mn・酸化物Mn・オキソ酸塩Mnでは電子状態と反応性が異なるため、求められる純度規格や不純物管理が変わる。したがって製造ルートは、最終用途でほぼ決まると考えるのが理解しやすい。

6.5 リサイクルの論点

  • 鉄鋼に入ったMnはスクラップ循環に組み込まれやすく、元素として「単離して戻す」よりも「合金成分として循環する」色合いが強い。ゆえにリサイクル議論は、Mn単体の回収より、鋼材品質(成分窓)を維持できるかという材料側の制約が前面に出やすい。
  • 電池由来のMn回収は、Ni・Co・Liなどと同時に扱われることが多く、回収プロセスは複元素分離として設計される。Mnの位置づけは、回収の経済性だけでなく、精製品の需要(電池用硫酸塩等)と整合して決まる。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と金属結合

  • Mnは 3d5 の半充填に近い電子配置を持ち、スピン状態や結合様式が環境で変わりやすい側面を持つ。酸化数の広さは、Mnが多様な結合相手(O、S、ハロゲン等)と安定な化合物を作れることの反映である。
  • 金属Mnの脆さや粉末の反応性は、単純な金属材料としての扱いに制約を与える一方で、化合物・合金として機能を取り出す方向を自然に促す。結果としてMnは「金属単体」より「合金・酸化物・塩」で社会実装されやすい。

7.2 同素体と相変態

相(同素体)結晶構造温度域(常圧の代表)
α-Mn立方晶室温〜約727 ℃
β-Mn立方晶約727〜1095 ℃
γ-Mnfcc約1095〜1133 ℃
δ-Mnbcc約1133 ℃〜融点(約1246 ℃)

補足:

  • 相が変わると格子の対称性・欠陥の入り方・拡散のしやすさが変わり、合金中のMnのふるまい(固溶・析出・界面偏析)にも影響する。Mnを含む高温プロセスでは、相状態の想定違いが反応や濡れ性、生成相に波及し得る。
  • したがって相図や熱分析の議論では、Fe系に比べてMn単体の多相性が見えにくいことを意識し、相と温度をセットで記述する癖が有効である。

7.3 磁性(磁気秩序と格子の結合)

項目内容備考
室温の磁性(純Mn)常磁性として扱われることが多い低温で秩序化が現れる
磁気秩序化温度95 K(α-Mn の反強磁性的秩序)低温で反強磁性が現れる
磁性の難しさ複雑結晶構造と磁気自由度が絡む合金化で多彩な磁性が生じ得る
  • 補足

    • α-Mn は複雑な結晶構造を持ち、低温では反強磁性的な秩序が現れるが、室温では常磁性として扱われることが多い。磁性が単純な強磁性・反強磁性の二分類に収まりにくい点が、Mnの物性の読み解きを難しくしている。
    • 合金系ではMnが反強磁性や交換相互作用の設計因子になり、耐食・強度・相安定性と磁性が同時に動くことがある。したがって磁性は、Mnを「材料として使う」ときに忽然と前面化する性質の一つである。
    • 強磁性・反強磁性の有無は交換相互作用と熱ゆらぎの競合で決まり、秩序化温度を境に常磁性へ移る。α-Mnでは低温で反強磁性的秩序が現れることが整理されている。
  • 磁気秩序化

    • α-Mnの反強磁性的秩序は約95 Kで現れるとされ、室温では常磁性として扱われる場合が多い。これは、Mnが「強磁性金属」のように単純な磁区工学の議論に直結しにくいことを意味する。
    • 一方で合金や化合物ではMnが交換相互作用を強く変え、磁性が機能として立ち上がる。材料研究では、Mnは磁性を「抑える/整える」側にも「作る」側にも働き得る設計自由度を与える。

7.4 熱・力学・輸送

項目備考
融点1246 ℃固液相変化
沸点2061 ℃液気相変化
密度7.21 g cm320 ℃付近(参照値)
機械的特徴硬いが非常に脆い加工・粉化で取り扱いが変わる
粉末の反応性酸素・水と反応しやすい表面反応・安全性に関係
  • 金属Mnは「硬いが非常に脆い」という性格が強く、部材として単独で使うより、合金元素として性質を付与する使い方が中心になりやすい。粉末化すると反応性が上がり、保管・雰囲気管理が問題になり得る。
  • 融点・沸点・密度のような基本値は入口として有用である一方、Mnは相変態温度域をまたぐと構造が切り替わるため、温度依存性を含めて理解するのが材料側では重要になる。
  • Mnは粉末化で酸素・水との反応性が増すという整理があり、表面反応が取り扱いに影響する。熱処理や粉末冶金、電池材料の前駆体製造では、雰囲気と水分が材料状態を変え得る。
  • 多相変態を持つ金属は、温度域で比熱・熱膨張・拡散の傾向が変わり得る。Mnの場合も相変態温度が明示されているため、温度窓を越える操作では相状態変化を疑うことが論理的出発点になる。

7.5 電気化学と酸化還元

  • 過マンガン酸塩が酸化剤として用いられることは用途説明に含まれており、Mnの高酸化状態が化学機能に直結する代表例である。酸化剤としての有効性は、Mnが電子を受け取りやすい状態(還元されやすい状態)を作れることに対応する。
  • 電池材料では、Mn酸化物が正極反応の担体となり、元素の酸化還元がエネルギー変換に組み込まれる。材料設計では、価数変化だけでなく結晶相・欠陥・溶出(電解液との反応)も同時に効くため、Mnの「化学状態」を明示して議論する必要がある。

7.6 酸化状態・錯体化学(固体と溶液の接点)

  • Mnは多価を取り、固体では酸化物・スピネル・層状化合物などに入り、溶液では配位環境に応じて反応性が変わる。酸化数の広さ(+2+7)は、固体化学と溶液化学を同じ語彙でつなぐ入口になる。
  • 例えばMn酸化物は、電池・触媒・環境浄化などで「表面の酸化還元」として機能が現れる。固体表面の化学が性能を支配するため、結晶相・粒径・欠陥が化学反応そのものを変える点が研究対象になる。

7.7 拡散・欠陥・相平衡(合金中のMn)

  • 鉄鋼用途では、Mnは脱酸・脱硫や特性向上のために添加されるという整理があり、溶鋼段階の反応と固体段階の特性が連続している。合金中のMnの分配や偏析は、熱履歴と相平衡に依存するため、相変態温度や冷却条件の取り方が重要になる。
  • Mnは用途が大きい元素であるため、微小な成分差でも大量生産に拡大されやすい。ゆえに材料設計では、化学成分の微調整が工程条件(精錬・熱処理)と結びついて最終特性を動かすという見方が有効になる。

7.8 同位体と分光

  • Mnは天然では安定同位体 55Mn が支配的であり、元素としての同位体の複雑さは相対的に小さい。これは同位体分布に由来する解釈の揺れが小さいという意味で、分析・同定の議論を単純化し得る。
  • 一方でMnを含む固体では、酸化数や局所構造の違いがスペクトル形状として現れやすく、相同定や価数推定の主要因になる。したがって分光の読みは、同位体より化学状態と局所構造に軸足を置くのが合理的である。

8. 研究としての面白味

  • 多相変態と複雑結晶構造

    • Mnは相変態温度域と結晶構造の変化が明示されており、高温操作や合金化で相状態が切り替わる余地が大きい。構造変化が拡散・欠陥・界面に波及するため、計算・その場計測・熱分析が噛み合う題材である。
    • α-Mnの構造は複雑で、単純金属の直感が外れやすい。だからこそ、結晶学と電子状態を往復する研究設計が成立しやすい。
  • 電池材料としてのMn再評価

    • Mnは二酸化マンガンとして古くから電池に使われてきたが、近年はリチウムイオン電池の正極材でもMnの位置づけが変化している。供給側では高純度マンガン硫酸塩など精製品の重要性が増し、精製能力の集中が材料選択の制約になり得る。
    • これは、材料性能だけでなく、精製・供給の地理条件が研究開発の現実的境界条件になっていることを意味する。研究は物性だけで完結せず、原料と精製の設計を同じ図に置く必要がある。
  • 海底資源(マンガン団塊)と資源工学

    • マンガン団塊は深海底に広く分布し、Mn・Fe酸化物を主成分とする資源であることが示されている。資源量・分布の理解に加え、採鉱技術と環境影響評価、国際制度が同時に研究対象となる点が特徴である。
    • 材料研究の観点でも、団塊から得られる複数金属の分離・精製が課題になるため、プロセス化学が材料選択を左右する。資源と材料の境界が溶けるテーマとして研究価値が高い。

9. 応用例

9.1 材料設計の軸

  • 鉄鋼(脱酸・脱硫、特性向上)

    • Mnは製鋼工程で脱酸・脱硫や特性向上のために添加され、FeMnやSiMnが主要な供給形態として挙げられている。鉄鋼需要に強く結びつくため、建設・自動車など下流需要がMn需給へ波及しやすい。
    • Mn添加は合金設計の自由度を増やすが、同時に相平衡・偏析・熱履歴の影響も受ける。したがって材料特性の議論は、成分と熱履歴を組で扱う方が再現性が高い。
  • 軽合金(Al合金への添加など)

    • Mnはアルミニウム合金の添加元素として用いられ、強度や耐食性の調整に関わることが整理されている。単体Mnの脆さとは対照的に、合金中では微細組織制御や析出挙動の制御因子として働き得る。
    • その結果、Mnは「構造材としての軽量化」と「加工・耐食の成立」を両立するための裏方因子として現れる。用途は表に出にくいが、材料の成立条件を支える元素である。
  • 電池・化学(MnO2、硫酸塩、過マンガン酸塩)

    • 二酸化マンガンは乾電池や電池正極材に使われ、過マンガン酸塩は酸化剤として幅広く用いられるとされる。化学状態を選ぶことで、電気化学反応と化学酸化反応の両方に応用される点がMnの特徴である。
    • 近年は電池材料の原料として高純度精製品が重要になり、供給体制の偏りが材料選択に影響し得る。研究開発では、元素としてのMnではなく「どの形のMnを、どの純度で使えるか」が現実の制約になる。

9.2 具体例

  • 鉄鋼添加材(FeMn、SiMn)

    • FeMnやSiMnは製鋼の添加材として位置づけられ、脱酸・脱硫や特性向上に用いられる。Mn需要の多くが製鋼に紐づくという整理は、供給・価格の変動要因を理解する上で重要である。
    • Mnは単体金属では脆いが、鉄鋼に少量添加して性能を動かす形で価値が最大化されることが多い。したがってMnは、少量添加で大きな効果を狙う合金設計の代表的要素である。
  • 電池(乾電池、Mn系正極、前駆体)

    • 二酸化マンガンが電池用途に使われることは用途説明に含まれており、Mn酸化物の電気化学的な役割が示されている。さらにリチウムイオン電池材料の側では、精製品供給の集中がサプライリスクとして整理されている。
    • Mn系はCoやNiと組み合わせた正極設計の文脈でも現れ、性能・安全性・コストの同時最適化で選択される。したがってMnの応用は、材料物性だけでなく資源制約を織り込む設計問題として理解すると筋が通る。
  • 環境・化学(酸化剤、分液・有機合成、殺菌等)

    • 過マンガン酸塩が酸化剤として、分析や有機合成、殺菌、漂白などに広く利用されることが述べられている。高酸化状態のMnが還元される過程を利用して、反応を駆動するというのが化学応用の核である。
    • 金属材料としてのMnと違い、化学用途では溶解性・反応速度・副反応が支配因子になる。したがって用途に応じて、金属MnとMn塩・Mn酸化物を峻別して扱う必要がある。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給偏在と統計

    • USGSの資料では、世界のマンガン鉱石生産と埋蔵量が国別に整理されている。生産・埋蔵の地域偏在は、物流・政治リスク・価格変動が材料供給へ波及し得ることを意味する。
    • さらに同資料では、政策文脈(例:EUの重要原材料に関する制度動向)が参照されており、元素の供給が制度の議論に組み込まれていることが分かる。材料研究でも、供給条件が「外部条件」ではなく設計条件になりつつある。
  • 精製能力の集中(電池材料側の制約)

    • IEAの整理では、高純度マンガン硫酸塩の供給で中国が非常に大きな比率を占めることが示されている。資源があっても精製能力が偏ると、材料として使える形(高純度塩)に変換する段階で制約が生じる。
    • これは、研究開発で「Mnを使う」と言っても、実際には調達できる化学形態と純度が選択肢を決めることを意味する。したがって政策・産業の動きは、材料研究の実装可能性と直結する。
  • 海底資源と国際制度

    • マンガン団塊は深海底に分布し、調査・開発は国際制度と結びつくことが解説されている。陸上鉱床と異なり、資源評価・技術開発・制度設計が同時に進む必要がある。
    • そのため、Mnの供給を論じるとき、陸上鉱石・海底資源・精製能力を分離して扱うと見落としが出る。材料技術の選択肢を評価するなら、供給のボトルネックがどこにあるかを複数段で見るのが合理的である。

まとめと展望

マンガンは、鉄鋼の精錬化学と合金設計を同時に動かす元素であり、酸化物・塩として電池や化学材料にも広く現れる。今後は、電池材料用の高純度精製品供給の偏在と、陸上鉱床・海底資源の選択肢が交差し、Mnをどの化学形態でどの純度で確保できるかが材料技術の実装可能性を決める局面が強まると見込まれる。

参考文献