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金(Au)

金(Au)は、酸化されにくい化学的安定性と、非常に高い価値密度を併せ持つため、材料(電極・配線・触媒)と社会制度(通貨・備蓄・責任ある調達)が同時に効く元素である。工業材料としては微量でも機能を決めやすい一方、供給の一部が零細採掘(ASGM)と結びつき、環境(とくに水銀)と人権・紛争の論点が不可分になりやすい。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名
元素記号 / 原子番号Au / 79
標準原子量196.96657(主に単一安定同位体に由来)
族 / 周期 / ブロック第11族 / 第6周期 / dブロック(遷移金属)
電子配置[Xe]4f145d106s1
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)fcc
代表的な酸化数0,+1,+3(条件により 1,+5 等も議論される)
主要同位体(研究・産業)197Au(天然の安定同位体)、198Au(放射性同位体として医療・トレーサに用いられることがある)
代表的工業形態高純度金(4N〜)、合金(金合金、はんだ・ボンディング用等)、化学品(塩化金酸、塩化金、金シアン錯体、触媒用ナノ粒子)
  • 補足(金を元素として扱う際の要点)
    • Au は化学的に不活性という理解が出発点であるが、実際の材料機能は表面・界面・微量不純物・結晶粒・応力に強く依存するため、同じ Au でも純度・微細構造・合金系を明示して整理するのが有効である。
    • 工業的な Au は、地金・合金・化学品(錯体や塩)・薄膜・ナノ粒子という複数の形で流通し、用途(装飾、電子、触媒、医療、投資)ごとに要求仕様が大きく異なる。議論の対象がどの形態かを最初に固定しないと、性能・規制・需給の議論が混線しやすい。

2. 歴史

  • 古代からの利用と金属としての特異性

    • 金は自然界で単体(金自然金)として産出し得るため、製錬(酸化物を還元して金属に戻す)を必要としない金属として早期に利用が広がった。これは、鉄や銅のように冶金技術が社会実装の前提となる金属と対照的であり、金が貨幣・装飾・儀礼に早くから組み込まれた理由の一つである。
    • ただし、自然金は銀を含むエレクトラムなど合金状態で産出する場合もあり、色や硬さ、加工性は産地と組成で変わる。古代金属加工史の文脈では、この不均一性が価値評価・鑑別技術・合金化(硬化)へ繋がったと理解できる。
  • 近代以降の重心の変化

    • 近代の金利用は、貨幣制度や中央銀行備蓄と結びつき、政治・金融制度の側が需要を駆動する局面を持ってきた。現代でも、金が投資・備蓄として需要を持つことは、素材としての価値とは別の軸で需給を動かし得る。
    • 一方で工業用途は電子実装・半導体・接点材料などの発展とともに増え、微量で高信頼性を作る材料として位置づけられてきた。近年は、ナノ粒子触媒やバイオ診断など、表面化学と光学特性を活かす用途が拡張している。

3. 金を理解する

  • 化学的安定性と貴金属としての意味

    • Au が貴金属として扱われる根拠は、酸化されにくく、湿潤環境でも腐食しにくいという化学ポテンシャルの性質にある。これにより、導電性を必要とする表面(端子、接点、ワイヤ)で、酸化皮膜による接触抵抗増大を避ける目的で Au が選ばれる。
    • ただし、安定であることは反応しないことと同義ではなく、王水による溶解やシアン化物による錯形成のように、適切な化学環境では選択的に溶解・分離できる。この二面性が、精錬・回収・リサイクル技術の基盤になっている。
  • 価数(+1 と +3)と錯形成

    • Au は溶液化学で Au(I) と Au(III) をとり、配位子(Cl⁻、CN⁻、S系配位子など)との相互作用により安定性が大きく変わる。貴金属でありながら錯体化学が豊富である点は、湿式精錬・電析・表面処理に直結する。
    • とくにシアン化物は Au を [Au(CN)2] として安定化し、低品位鉱石からでも回収できる枠組みを与えた。一方で毒性・事故リスク・廃液管理が不可避であり、材料・環境・操業の同時最適化が要請される。
  • ナノ粒子の触媒活性という逆説

    • バルク Au は反応性が低い金属として知られるが、ナノ粒子化し、特定の担体(酸化物など)との界面を設計すると、CO酸化などで高い触媒活性が現れることがある。これは、表面原子配位の変化、電子状態、界面電荷移動などが反応障壁を変えるためと理解される。
    • したがって Au では、組成が同じでも粒径・形状・担体・界面欠陥で反応性が大きく変わる。触媒として議論する場合は、粒径分布と担体状態を含めた構造情報が必須である。

4. 小話

  • 元素記号 Au はラテン語由来である

    • Au はラテン語 aurum(黄金)に由来し、英名 gold と一致しない。Fe(ferrum)などと同様に、元素記号が言語史を反映している例である。
    • 材料・資源の議論では、Au が金属(金地金)、合金(ジュエリー用)、化学品(塩・錯体)、回収対象(金含有スクラップ)として別物であることが多く、用語の切り分けが混乱防止に効く。
  • 電子材料での Au は量よりも界面の設計が効く

    • Au は高価であるため、工業用途では薄膜やめっきとして使われることが多いが、性能は厚みだけでなく下地金属との拡散、界面反応、バリア層の設計に強く依存する。
    • 例えば接点では、Au 自身の導電率よりも、酸化皮膜を作らないことが接触抵抗の安定性に効く。つまり Au は材料の内部よりも表面機能材として働く場面が多い。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • 自然金(native gold)およびエレクトラム(Au–Ag 合金)
  • 金テルル化物(例:カラベライト AuTe2 など)
  • 石英脈・熱水鉱脈中の微粒金(硫化鉱物と共存することがある)
  • 砂金(河川・海浜の漂砂鉱床)

補足:

  • 金は地殻中で微量であり、経済的鉱床として濃集する場が限られる。熱水活動、変成作用、マグマ活動、風化・運搬・堆積などの地質過程が、Au を特定の空間へ集める条件を作る。
  • 砂金のような漂砂鉱床は物理選鉱が効きやすい一方、硬岩鉱床(lode)では破砕・粉砕と化学抽出が前提となり、環境管理と操業条件が重要になる。

5.2 鉱床タイプと回収の論点

  • 造山帯型(orogenic)金鉱床

    • 剪断帯や脈系に沿って金が沈殿するタイプで、石英脈中の微粒金として現れる場合がある。鉱石鉱物学が回収性(シアン浸出の効きやすさ、前処理の要否)に直結する。
    • 硫化鉱物と共存する場合、金が微細に包有されると溶出が難しくなり、酸化焙焼や加圧酸化などの前処理が必要となることがある。
  • 浅成熱水(epithermal)鉱床

    • 低温熱水により金銀が濃集するタイプで、Au–Ag 比や鉱物集合が多様になり得る。回収では銀との同時回収、ヒ素など不純物の管理が課題になりやすい。
    • 低品位でも大量処理で成立する操業があり、環境影響評価と水処理が操業の成立条件になる。
  • 漂砂(placer)鉱床

    • 比重差により金が濃集し、選鉱が成立しやすい。ただし零細採掘と結びつきやすく、水銀アマルガム法の使用が環境問題(大気・水系への水銀放出)へ直結しやすい。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 破砕・粉砕と選鉱

  • 硬岩鉱床では鉱石を破砕・粉砕し、比重選鉱や浮選で濃縮してから湿式処理へ送る構成が多い。金が硫化鉱物と共存する場合、浮選で硫化物精鉱へ濃縮し、その後に酸化前処理と浸出を組み合わせる流れが用いられる。
  • 漂砂鉱床では重力選鉱が中心になりやすいが、回収効率を上げるための薬剤使用が環境へ波及することがある。水処理と廃滓管理は操業継続の前提である。

6.2 シアン浸出(cyanidation)

金の代表的抽出反応は、酸素存在下でシアン錯体として溶解する反応で表される。

4Au+8CN+O2+2H2O4[Au(CN)2]+4OH
  • シアン浸出は低品位鉱石にも適用できる一方、CN⁻ の毒性管理が必須であり、漏洩防止、分解処理、監視体制が不可欠である。操業設計では回収率だけでなく、処理水・残留シアン・副反応(銅などとの錯形成)を含めた系全体の収支を管理する必要がある。
  • 工程としては、活性炭吸着(CIP/CIL)や亜鉛置換(Merrill–Crowe)などで溶液中の金を回収し、溶離・電解採取・溶融で地金化する構成が広く用いられる。

6.3 精製(高純度化)

  • Miller 法(塩素吹き込み)では、溶融金に塩素を吹き込み、不純物を塩化物として除去することで高純度化する。大規模精製で処理量に優れる一方、最終純度は工程条件に依存する。
  • Wohlwill 法(電解精製)は、電解により 99.99% などの高純度 Au を得る方法として知られ、電子材料・標準材料用途の高純度地金供給に関係する。精製法の選択は、必要純度、処理量、エネルギー、排ガス・廃液処理の制約で分岐する。

6.4 零細採掘(ASGM)と水銀

  • 零細採掘では水銀アマルガム法が用いられることがあり、金回収と引き換えに水銀が環境へ放出される。これは地域の健康被害や生態系影響に直結し、国際的には水銀削減・代替技術導入が重要課題として扱われる。
  • 水銀に関する国際枠組みとして水俣条約は、ASGM を含む水銀排出源への対策を求める方向で制度化されており、金供給の一部は環境政策と制度的に結びついている。

6.5 リサイクル(都市鉱山)

  • Au は電子基板・コネクタ・めっき部品などに広く含まれ、リサイクルでは前処理(破砕・分離)と湿式回収(浸出・溶媒抽出・沈殿・電解)が組み合わされる。金は微量でも価値が高いため、回収効率と不純物分離が経済性へ直結する。
  • 国内でも、金属資源の循環利用は重要課題として整理されており、金を含む都市鉱山の回収は資源安全保障と廃棄物管理の交点に位置づけられる。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 熱・力学・輸送

項目値(代表値)備考
融点1064.18 ℃固液相変化
沸点2856 ℃液気相変化
密度19.32 g cm3常温付近
結晶構造fcc常温
電気抵抗率条件で変化純度・加工で差が出る
熱伝導率条件で変化電子散乱に敏感
  • 補足
    • Au は高密度で延性に富むが、工業材料としては純金の機械強度よりも、薄膜・めっき・合金化による硬さと信頼性設計が主題になりやすい。加工硬化、粒径、下地との界面拡散が支配因子になり、単一の物性値で議論すると外れやすい。
    • 電気・熱輸送は不純物散乱や粒界散乱の影響が大きく、微細化した配線や薄膜ではバルク値からのずれが顕在化しやすい。材料設計では形状と微細構造を含めて扱う必要がある。

7.2 電気化学(標準電位とその解釈)

半反応(例)標準電位 E(V, 25 ℃)意味(要点)
Au3++3eAu正の値で大きいAu が貴金属として酸化されにくい側に位置する
Au++eAu正の値Au(I) と Au(0) の変換が電析・溶解に関係する
  • 標準電位は酸化還元の向きを直感化するが、実系では錯形成(Cl⁻、CN⁻、チオ硫酸など)で平衡が動くため、電位だけでは溶解・析出を決められない。ネルンスト式により、濃度(活量)と反応商 Q が電位を動かすことを明示するのが重要である。
E=ERTnFlnQ
  • 金めっきや湿式回収では、Au の錯形成が反応の実効駆動力を作る。したがって電気化学は、標準電位の暗記ではなく、錯体平衡と電位の同時計算として扱う方が現象に近い。

7.3 光学特性(色とプラズモン)

  • Au が黄色を呈することは、可視域での反射率の波長依存と関係し、相対論効果を含む電子状態の議論に接続されることがある。材料教育では、同じ貴金属でも Ag が白色光沢を示すこととの対比が有用である。
  • ナノ粒子では表面プラズモン共鳴により吸収・散乱が強くなり、粒径・形状・周囲媒質でスペクトルが変わる。これが診断(標識)、光熱変換、SERS基板などの機能へ接続する。

7.4 合金化(硬さ・色・耐食の制御)

  • 純 Au は延性が高く傷つきやすいため、装飾用途では Ag, Cu, Pd などとの合金化で硬さと色調を調整する。合金化は耐食や変色にも影響し、使用環境(汗、硫黄化合物、塩化物)を含めた設計が必要である。
  • 工業用途でも Au 合金が用いられ、ワイヤボンディング、接点、はんだ濡れ性などで最適化が行われる。微量添加で粒界挙動や拡散を抑える設計が効く場合がある。

8. 研究としての面白味

  • 価値の軸が二重である材料としての研究設計

    • Au は材料機能としての価値と、金融・備蓄としての価値が同時に存在するため、同じ需給変動が工業材料のコストに波及し得る。研究成果が実装に近づくほど、性能だけでなく回収性・置換可能性・調達要件が研究仕様として組み込まれやすい。
    • 需要側でも、ジュエリー、投資、中央銀行、工業用途が併存し、景気局面や政策で比率が変わる。材料研究者にとっては、工業用途だけを見て価格や供給を説明できない点が特徴になる。
  • 表面・界面科学の教材性

    • Au はバルクで安定であるため、表面・界面の効果(吸着、電荷移動、触媒活性、接触抵抗)が相対的に見えやすい。ナノ粒子・薄膜・単結晶表面など、モデル系から実装系まで階層的に研究設計できる。
    • また、同じ Au でも粒径と担体で触媒活性が反転し得るため、構造因子を丁寧に詰める研究の訓練題材としても有用である。
  • 回収・精製と環境政策の結合

    • シアン浸出と水銀問題は、化学プロセスの成立が環境規制・社会受容・監視技術と結びつくことを示す。材料科学が社会制度と接続する具体例として研究の射程を広げやすい。
    • 水俣条約は、金供給の一部を占める ASGM と直接関係し得るため、元素 Au の理解に環境政策が入り込む代表例になる。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 電子・実装(接点、めっき、ワイヤ、薄膜)

    • Au は酸化皮膜を作りにくく、接触抵抗の安定性が重要な端子・接点で選ばれる。薄膜・めっきとして使う場合は、下地金属との拡散や硫化・塩化環境での変質を抑えるために、バリア層や合金設計とセットで用いられる。
    • 半導体・MEMSでは、Au の拡散やシリサイド形成の相性がプロセス制約となる場合があり、適用領域が工程により分岐する。したがって Au の採否は、材料物性だけでなく製造プロセス互換性で決まる面が大きい。
  • 触媒(ナノ粒子、担持触媒)

    • Au ナノ粒子は担体との界面設計により触媒活性が現れ得る。粒径・担体・前処理で活性が大きく変化するため、構造解析と反応試験を同一条件で結びつける設計が重要になる。
    • 触媒用途では、貴金属であることがコスト制約になる一方、担持量が小さくても活性が得られる場合は成立し得る。リサイクル性と耐久性が採用可否を左右する。
  • 医療・分析(標識、診断、治療)

    • Au ナノ粒子は光学特性と表面修飾のしやすさから、診断用標識やイムノアッセイ等で利用される。生体内応用では粒径・表面修飾・凝集挙動が安全性と機能を左右する。
    • 放射性同位体 198Au は条件によって医療・トレーサに用いられることがあり、同位体供給と規制を含めた運用条件が成立要件となる。
  • 装飾・文化財(合金設計と耐久性)

    • 装飾用途では Au 合金化により色・硬さ・耐摩耗を調整し、使用環境での変色(硫黄化合物等)も考慮する。価値評価と材料科学が直結しやすい領域である。
    • 文化財では腐食しにくい性質が保存性に寄与する一方、接合材や下地との相互作用が劣化要因になることがあるため、界面評価が重要になる。
  • 投資・備蓄(地金、ETF、中央銀行)

    • Au は地金・コインとして流通し、さらに金融商品としても取引される。需要の一部は工業用途と独立に動くため、材料としての Au 需給は金融要因の影響を受け得る。
    • 中央銀行需要が大きくなる局面では、価格形成や市場の流動性に影響し、工業材料の価格にも波及する可能性がある。

10. 地政学・政策・規制

  • 紛争・人権・責任ある調達

    • 金は 3TG(錫・タンタル・タングステン・金)として紛争鉱物の議論で扱われ、供給網でのデューデリジェンスが求められる。EU では 3TG を対象に、一定条件下で輸入者へデューデリジェンス義務を課す規則が存在する。
    • 民間規格としては LBMA の Responsible Gold Guidance が広く参照され、精錬・地金供給の側で監査やトレーサビリティが整備されてきた。研究開発でも、製品要求として責任ある調達が組み込まれる局面が増え得る。
  • 水銀と環境政策(水俣条約)

    • ASGM 由来の水銀排出は、金供給と環境負荷が直結する代表例である。水俣条約は水銀排出削減の国際枠組みであり、金の供給網の一部は環境条約と制度的に結びついている。
    • したがって Au の資源議論では、鉱量や生産量だけでなく、採掘形態(大規模鉱山か零細採掘か)と環境・健康影響の管理能力を含めて評価する必要がある。
  • 統計と需給の読み方

    • 需給統計は、鉱山生産、精製、リサイクル供給、投資需要、工業需要など複数の勘定が混在するため、どの勘定を見ているかで結論が変わり得る。公的統計(USGS)と市場統計(World Gold Council 等)を併用し、定義の違いを確認して整理する姿勢が重要である。
    • 国内の資源循環の議論では、金の回収は都市鉱山の代表例として扱われ、回収技術と制度(回収スキーム、輸出入管理、廃棄物規制)が同時に成立条件になる。

まとめと展望

金(Au)は、酸化されにくい貴金属としての化学的性質が、電子材料の信頼性、湿式回収の可能性、そして装飾・備蓄の社会制度までを一つの元素の上で結びつける。今後は、責任ある調達(3TG・精錬監査)と環境対策(ASGM の水銀削減)が供給の条件として一層重みを増し、同時に都市鉱山からの高効率回収が資源安全保障の柱として重要度を高めると考えられる。材料研究としては、Au を単なる高価な導体としてではなく、表面・界面・錯体平衡・ナノ構造で機能が反転し得る系として定量化し、回収性と社会要件を同時に満たす設計へ接続していくことが鍵となる。

参考文献