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電子回路入門

電子回路は、電圧・電流・電荷・電力といった量を、素子の特性と回路方程式で結び、信号の生成・変換・増幅・整流・フィルタリングなどを実現する学問である。基礎は(1)保存則に基づく回路の一般則、(2)素子の物理に根ざしたモデル、(3)周波数領域での応答の見方であり、これらがアナログ回路とデジタル回路の双方を貫く。

参考ドキュメント

  1. 東京大学物性研究所 Note Collection「電磁場と電子回路」(PDF)
    https://note-collection.issp.u-tokyo.ac.jp/katsumoto/circuit2016/note1-14_jp.pdf
  2. 東北工業大学 講義ノート「基礎 電子回路」(PDF)
    https://www.mu-sic.tohoku.ac.jp/attach/kiso-denshikairo.pdf
  3. Texas Instruments, Understanding Basic Analog – Ideal Op Amps(PDF)
    https://www.ti.com/lit/pdf/slaa068

1. 回路で扱う基本量と単位

回路の議論は、次の物理量の関係として進む。

  • 電荷 q [C]
  • 電流 i [A]:i=dqdt
  • 電圧 v [V]:電位差
  • 電力 p [W]:p=vi
  • エネルギー E [J]:E=pdt

回路解析では、任意の参照点(グラウンド)を定め、各ノードの電位 v(t) を扱う。電圧は差としてのみ意味を持つため、参照点の選択は表現の便宜である。

2. 回路の一般則

回路の最も根本は保存則である。

2.1 キルヒホッフの電流則(KCL)

ノード(接続点)に流入する電流の総和と流出する電流の総和は等しい。

kik=0

これは電荷保存則の回路表現である。回路方程式をノード電圧で立てる「ノード解析」はKCLを中心に構成される。

2.2 キルヒホッフの電圧則(KVL)

閉回路(ループ)に沿った電位差の総和はゼロである。

kvk=0

これは電場が保存的であること(準静的な状況)に由来する。メッシュ電流で立式する「メッシュ解析」はKVLを中心に構成される。

KCL/KVLは、理想素子モデルの範囲では強力である。一方、高周波で分布定数効果が顕著になると、電磁場としての扱い(伝送線路・マクスウェル方程式)へ移行する。

3. 受動素子(R, C, L)の基礎とエネルギー

電子回路の導入は、抵抗・コンデンサ・インダクタの基本式を確実にすることから始まる。

3.1 抵抗(Resistor)

オームの法則(線形領域):

v(t)=Ri(t)

消費電力:

p(t)=vi=Ri2=v2R

抵抗はエネルギーを熱として散逸する素子である。

3.2 コンデンサ(Capacitor)

定義:

q=Cv

電流‐電圧関係:

i(t)=Cdvdt

蓄えられるエネルギー:

EC=12Cv2

コンデンサは電圧の急変を抑える性質をもつ(電圧は連続になりやすい)。

3.3 インダクタ(Inductor)

電圧‐電流関係:

v(t)=Ldidt

蓄えられるエネルギー:

EL=12Li2

インダクタは電流の急変を抑える性質をもつ(電流は連続になりやすい)。

3.4 素子の比較(時間領域)

素子基本式連続になりやすい量主な役割
Rv=Riなし(モデル上は両方可)散逸、分圧、バイアス
Ci=Cdv/dt電圧 v平滑、結合、時間定数
Lv=Ldi/dt電流 iチョーク、共振、フィルタ

4. 一次回路の時間応答:時間定数の意味

回路が「どれくらいの速さで変化するか」は、時間定数で見通しが得られる。

4.1 RC 回路

代表例として、抵抗 R とコンデンサ C の直列回路で、ステップ入力に対するコンデンサ電圧は

vC(t)=V0(1et/(RC))

となる。時間定数は

τ=RC

である。t=τ のとき vC は最終値の 11/e0.632 に達する。

4.2 RL 回路

同様に、RL の直列回路では

i(t)=V0R(1et/(L/R))

で、時間定数は

τ=LR

である。

5. 正弦波定常と複素インピーダンス:周波数応答の入口

正弦波入力に対して、線形回路の応答を周波数ごとに整理する方法が交流解析である。角周波数 ω において、次の複素インピーダンスを導入する。

ZR=R,ZC=1jωC,ZL=jωL

ここで j=1 である。電圧と電流はフェーザ(複素振幅)で扱い、回路方程式は直流と同様の形で計算できる。

5.1 伝達関数とボード線図

入力 Vin と出力 Vout の比

H(jω)=VoutVin

を伝達関数と呼ぶ。大きさ |H| と位相 Hω の関数として描くと、増幅・減衰と位相遅れの全体像が見える。

6. 基本フィルタ:RC と RLC

6.1 RC ローパス(一次低域通過)

R直列‐C接地で、出力をC両端に取ると

H(jω)=11+jωRC

遮断角周波数 ωc と遮断周波数 fc

ωc=1RC,fc=12πRC

である。低周波では |H|1、高周波では |H|1/(ωRC) となる。

6.2 RC ハイパス(一次高域通過)

C直列‐R接地で、出力をR両端に取ると

H(jω)=jωRC1+jωRC

である。低周波は遮断され、高周波は通過する。

6.3 RLC 共振

直列RLCのインピーダンスは

Z=R+j(ωL1ωC)

で、共振角周波数は

ω0=1LC

である。共振はフィルタ・発振・同調回路の基盤である。

7. 等価回路と線形回路

線形素子(R, L, C と線形依存源など)で構成された回路では、線形性により整理が可能である。

7.1 重ね合わせの原理

複数の独立源があるとき、出力は各源を単独に作用させたときの出力の和である(他の電圧源は短絡、電流源は開放として扱う)。

7.2 テブナン等価(Thevenin)

任意の二端子線形回路は、等価電圧源 Vth と直列抵抗 Rth に置き換えられる。

二端子回路Vthin series withRth

負荷の変更に対する出力変化が見通しよくなる。

7.3 ノートン等価(Norton)

同じ二端子回路は、等価電流源 In と並列抵抗 Rn にも置き換えられる。両者は

Vth=InRn,Rth=Rn

で結ばれる。

8. 半導体素子の基礎

受動素子だけでは増幅・整流・スイッチングの中心機能は実現できない。半導体素子は非線形性を利用してそれを可能にする。

8.1 ダイオード(pn接合)の基本

理想化したダイオード方程式は

I=IS(eqVnkBT1)

である。IS は逆方向飽和電流、q は電荷、n は理想係数、T は温度である。順方向では指数的に電流が増え、逆方向は小さな電流にとどまるため「整流」が生じる。

回路解析では、用途に応じて次のモデルを使い分ける。

モデル表現使いどころ
理想ダイオード順方向短絡・逆方向開放整流の概形
定電圧降下VD0.7V(Si)など大まかな設計計算
小信号モデルrd=(dIdV)1微小交流解析
ショットキーVF、高速高速整流・電源

8.2 BJT(バイポーラトランジスタ)

BJTは電流制御素子として理解できる。基本近似として

ICβIB

があり、IB の小さな変化で IC を大きく変えられるため増幅が可能である。動作点(バイアス)を定め、小信号で線形化して扱う考え方が重要である。

8.3 MOSFET(電界効果トランジスタ)

MOSFETは電圧制御素子として理解でき、ゲート電圧でチャネル導通が変化する。スイッチとしても増幅素子としても中心的である。理想化した長チャネル近似では、飽和領域で

ID12μCoxWL(VGSVTH)2

の形が現れる(係数や条件はモデル依存である)。回路では gm=ID/VGS が増幅度の指標になる。

9. 増幅の基礎:小信号・利得・入力出力抵抗

増幅を回路として扱うには、非線形素子を動作点の近傍で線形化し、小信号等価回路に落とし込む。

  • 電圧利得:Av=vout/vin
  • 電流利得:Ai=iout/iin
  • 入力抵抗:Rin=vin/iin
  • 出力抵抗:Rout(負荷を見たときの等価抵抗)

一般に、電圧増幅では Rin を大きく、Rout を小さくしたい。バッファ(電圧フォロワ)という概念はこの要求に対応する。

10. 反転・非反転・負帰還:オペアンプで学ぶ線形回路の核

オペアンプ(演算増幅器)は、負帰還と組み合わせて多様な線形処理を実現する基本素子である。理想オペアンプでは次を仮定する。

  • 開ループ利得 A
  • 入力電流 i+=i=0
  • 入力差電圧 v+v0(負帰還が成立する範囲)

このとき「仮想短絡」v+v が成り立ち、回路方程式が簡潔になる(理想モデルの議論として)。

10.1 反転増幅器

入力抵抗 Rin、帰還抵抗 Rf の反転増幅は

Av=voutvin=RfRin

である。

10.2 非反転増幅器

Av=1+RfRg

である。

10.3 電圧フォロワ(バッファ)

非反転で Av=1 として、入力を負荷から隔離する。

10.4 実オペアンプで現れる主要特性

理想からのずれとして、次が回路の性能を決める。

  • 入力オフセット電圧
  • 入力バイアス電流
  • 利得帯域幅積(GBW)
  • スルーレート(dv/dt の限界)
  • 入出力の電圧範囲(レール・ツー・レール等)
  • 雑音(電圧雑音密度、電流雑音密度)

オペアンプのデータシートは、これらが定義・測定されている条件を読むことで意味が定まる。

11. 周波数特性と安定性:負帰還は万能ではない

負帰還は利得の制御と直線性の改善に有効であるが、周波数依存をもつ増幅器では位相遅れにより発振し得る。基本概念は次である。

  • ループ利得:T(jω)=A(jω)β(jω)
  • 安定余裕:位相余裕・利得余裕

ボード線図で |T|=1 を横切る周波数で位相が 180 近いと、帰還が正帰還化し発振条件に近づく。補償(内部補償、外部補償)はこの問題に対処する。

12. 雑音の基礎:熱雑音と帯域の関係

回路の性能は信号だけでなく雑音でも決まる。最初に押さえるべきは抵抗の熱雑音である。

抵抗 R の熱雑音電圧(実効値)は、帯域幅 Δf に対して

vn,rms=4kBTRΔf

で与えられる(白色雑音の近似)。帯域を広げると雑音が増えるという事実は、増幅・フィルタ・測定系の設計思想に直結する。

雑音には他にも、1/f 雑音、ショット雑音、位相雑音などがあり、支配的な周波数域が異なる。

13. デジタル回路の入口:論理と回路の接続

デジタル回路は「電圧範囲を0/1に対応づけて扱う」ことで頑健な情報処理を実現する。ただし物理はアナログであり、立上り・立下り、入力容量、配線抵抗・インダクタンスが速度と波形を制限する。

基本事項は次である。

  • ロジックレベル(VIH,VIL,VOH,VOL
  • 入出力特性とノイズマージン
  • 伝搬遅延と負荷容量(tRC 的な見積もり)
  • シュミットトリガ(ヒステリシス)によるノイズ耐性

アナログとデジタルは分離ではなく連続であり、A/D・D/A、クロック、電源・グラウンドの扱いが境界領域になる。

14. 測定と回路図の読み方

回路を理解するには、回路図記号と測定器の意味を結びつける必要がある。

  • 電圧測定:高入力抵抗の電圧計を想定し、回路を乱さない条件で考える
  • 電流測定:直列に入るため、測定器の内部抵抗の影響を意識する
  • オシロスコープ:帯域・プローブ容量・接地の取り方で波形が変わり得る
  • 関数発生器:出力インピーダンス(多くは50Ω)を意識する

回路図では、電源端子、グラウンド、参照点、信号の流れ、帰還経路を追うことで、回路の役割が見えやすくなる。

15. 現代デバイスの動向

電子回路の基礎は、半導体デバイス技術の進展と強く連動している。近年は高周波・高効率電力変換・高速通信の要求から、化合物半導体や新材料が注目される。

  • 高周波トランジスタ:ミリ波帯増幅に向けた研究開発
  • GaN/AlN 系:高周波・高耐圧の可能性
  • 6G・ポスト5G:高効率パワーアンプや高周波フロントエンド

日本ではAlN系高周波トランジスタ動作の報告、大学発のGaNヘテロ接合における輸送特性の理解などが公表されており、材料・デバイス・回路が一体で発展していることがうかがえる。

まとめと展望

電子回路の初歩は、KCL/KVLに基づく回路方程式、R/C/Lのエネルギーと時間応答、複素インピーダンスによる周波数応答、そして半導体素子の非線形性を動作点近傍で線形化して増幅へつなぐ、という流れで体系化できるのである。オペアンプと負帰還はこの体系を圧縮して学ぶための強力な題材であり、理想モデルから実素子特性(GBW、スルーレート、雑音、入出力範囲)へ進むことで、回路の振る舞いを現実に結びつけられる。

展望として、回路基礎は高周波通信(ミリ波・サブTHz)、高効率電力変換(SiC/GaN)、量子・計測機器のフロントエンド(低雑音増幅、ロックイン、フィルタ)など多方面へ連続的に接続する。材料とデバイスの進歩が回路の設計自由度を拡張し続ける一方、保存則・線形系の応答・ゆらぎとしての雑音という基礎概念は変わらず中核にあり続けるのである。

参考文献・資料