密度行列繰り込み群法(DMRG)
密度行列繰り込み群法(DMRG: Density Matrix Renormalization Group)は、量子多体系の基底状態や低励起状態を高精度に求めるための数値変分法であり、一次元・準一次元系で特に強力である。材料科学では、低次元強相関模型(Hubbard模型、Heisenberg模型など)や有効模型を通じて、相関・励起・輸送に関わる物性評価へ直結する計算基盤である。
参考ドキュメント
- S. R. White, Density matrix formulation for quantum renormalization groups, Phys. Rev. Lett. 69, 2863 (1992) https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.69.2863
- U. Schollwöck, The density-matrix renormalization group in the age of matrix product states, Annals of Physics 326, 96 (2011) https://arxiv.org/abs/1008.3477
- 松枝宏明, 密度行列繰り込み群の最近の話題―テンソルネットワークに関連して, 日本物理学会誌 65(6) (2010)(日本語) https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/65/6/65_KJ00006396370/_article/-char/ja/
1. 位置づけ
- 目的:巨大なヒルベルト空間を、物理的に重要な部分空間へ系統的に縮約し、基底状態・相関関数・励起を求める
- 対象:格子上の量子スピン・強相関電子模型、準一次元量子磁性体、擬一次元導体・ポリマー鎖、低次元有効模型など
- 現代的理解:DMRGは、行列積状態(MPS: Matrix Product State)というクラスの波動関数を変分的に最適化する手法として整理される
2. 縮約密度行列による切り捨て
量子純粋状態
である。Schmidt分解により
と書ける。DMRGの本質は、固有値
である。物理的には、AとBの量子もつれ(エンタングルメント)が小さいほど少ない
3. 行列積状態(MPS)
局所自由度が
で表される(端はベクトル、内部は行列の積)。ここで結合次元(bond dimension)
材料科学での解釈の対応
- 一次元(準一次元)系:面積則(area law)により小〜中程度の
で高精度になりやすい - 二次元系:系幅に比例してもつれが増えやすく、必要
が急増しやすい(DMRGは円筒幾何などで用いられることが多い)
4. 有限系DMRGの流れ
- 初期状態(MPS)を用意する
- ハミルトニアン
をMPO(行列積演算子)として表す(現代実装の標準) - 左から右、右から左へと局所テンソルを順次最適化するスイープ(sweep)を繰り返す
- 収束判定(例:エネルギー差、エネルギー分散、切り捨て誤差
の低下)を満たしたら終了する
計算量の目安(概形)
- 1スイープあたり、おおむね
型のスケーリング(厳密には局所次元 、MPOのボンド次元などに依存する) - メモリは概ね
型で増加する
したがって、の設定と収束チェックが最重要の実務項目である。
5. 何が得られるか
表:DMRGで得やすい物理量(例)
| 種類 | 例 | 材料科学での対応 |
|---|---|---|
| 基底状態物性 | 相転移、秩序パラメータ、相関長 | |
| 準粒子・励起 | 低励起ギャップ、励起分散(工夫が必要) | スピンギャップ、励起スペクトルの解釈 |
| 動的物性 | 中性子散乱、ARPES、RIXS等との比較 | |
| もつれ指標 | エンタングルメントエントロピー | 相の分類、臨界性の評価 |
| 有限温度 | 量子統計平均(浄化、METTS等) | 比熱、磁化率、温度依存相関 |
6. モデル化に向けて
6.1 低次元強相関模型の高精度解
- Hubbard模型、拡張Hubbard(最近接Vなど)
- Heisenberg模型、J1-J2鎖、はしご格子、Kondo格子など 低次元磁性体・擬一次元導体・電荷秩序系の有効模型に対し、基底状態と相関の「準厳密」な参照解として使われることが多い。
6.2 第一原理からのダウンフォールディング
- DFTやWannier関数により有効ハミルトニアン(少数軌道模型)を構築
- その有効模型をDMRGで解き、相関・励起・秩序を評価する という流れは、低次元強相関材料の解析で自然な統合ルートである。
6.3 化学・触媒・クラスター(量子化学)
遷移金属中心を含む強い静的相関(多参照性)がある場合、巨大な活性空間を扱える電子状態法としてDMRGが利用される。固体・表面の局所活性領域を切り出して扱う発想とも相性が良い。
7. 注意点
依存性の確認が必須である( を上げたときにE0や相関が収束するか) - 境界条件:一般に開境界(OBC)の方が収束が良い傾向がある
- 長距離相互作用・多軌道化:MPO表現や対称性(
, など)の導入で計算可能領域が大きく変わる - 二次元への適用:一次元への写像で相互作用が長距離化し、必要mが増えやすい。幅依存のコスト増を前提に設計する必要がある
まとめ
DMRGは、縮約密度行列(Schmidt固有値)に基づく最適切り捨てにより、一次元・準一次元の量子多体系を高精度に扱う数値変分法である。材料科学では、低次元の強相関有効模型に対する参照解の提供、実験スペクトルや相関の理論解釈、第一原理ダウンフォールディング模型の高精度解法として重要な位置を占める。