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チタン(Ti)

チタン(Ti)は、軽量(低密度)で高い比強度を持ち、さらに表面に形成される安定な不動態(TiO₂皮膜)によって優れた耐食性を示す金属である。その一方で、工業的には「金属チタン(スポンジ〜インゴット)」と「酸化チタン(TiO₂:白色顔料)」が別の巨大産業として成立しており、資源・精錬プロセス・環境規制・品質要求が用途ごとに分岐する点が、材料設計と供給網議論を難しくする。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名チタン
元素記号 / 原子番号Ti / 22
標準原子量47.867
族 / 周期 / ブロック第4族 / 第4周期 / dブロック(遷移金属)
電子配置[Ar]3d24s2
常温常圧での状態固体(金属)
常温の結晶構造(代表)hcp(α-Ti)
高温相bcc(β-Ti、約 882 ℃ 以上で安定)
代表的な酸化数0,+2,+3,+4(固体化学では +4 が支配的)
主な安定同位体46Ti,47Ti,48Ti,49Ti,50Ti
代表的工業形態金属Ti(スポンジ、インゴット、展伸材、粉末)、Ti合金、酸化チタン(TiO2:顔料・光触媒)、チタン化合物(TiCl4 等)
  • 補足(チタンを議論する時の「製品形態の分岐」)
    • 「チタン需要」と言っても、金属チタン(航空宇宙・化学プラント・医療など)と、TiO₂(塗料・紙・樹脂の白色顔料)が全く別の市場・工程・品質要求で動く。統計や需給の読み違いを避けるには、どちらの“チタン”を指しているかを冒頭で固定するのが有効である。

2. 歴史

  • 発見と命名

    • チタンは18世紀末に鉱物から同定され、元素名はギリシャ神話のティタンに由来するとされる。元素発見史としては、鉱物学と分析化学が進展した時代に確立された「遷移金属の一員」という位置づけで理解されやすい。
  • 工業化の遅れ(“豊富だが作りにくい金属”)

    • 地殻中には広く存在する一方、金属Tiは酸素・窒素・水素などの侵入型不純物を吸収しやすく、高純度化と溶解・加工が難しいため、工業化は比較的新しい。現代の金属チタン産業は、塩化・還元(スポンジ)を核にした工程体系で成立している。

3. チタンを理解する

  • 不動態(TiO₂皮膜)が耐食性の本体

    • Tiの“耐食性”は、Tiが化学的に不活性だからではなく、表面に緻密で安定な酸化皮膜が自発形成されるために成立する。酸化膜が破れても再生しやすい条件では極めて強いが、環境(温度、還元性、フッ化物、すきま等)により挙動が急変することがあるため、「材質」だけでなく「環境条件」をセットで扱う必要がある。
  • α/β 相と合金設計(“相の安定化”が強度・加工性を決める)

    • 純Tiは常温でhcp(α)だが、高温でbcc(β)へ変態する。Ti合金では、Alがα安定化、V・Mo・Nbなどがβ安定化として働き、室温での相分率・析出・転位運動が強度と靱性、加工性を同時に決める。
    • そのためTi合金は「組成+熱履歴(溶体化・時効・加工)」で状態が決まり、同じ規格材でも履歴差が性能差として現れやすい。
  • “軽い・強い”だけでなく、酸素・窒素の取り込みが材料特性を支配する

    • Tiは侵入型元素(O, N, H, C)に敏感で、少量でも強化される一方、延性・破壊靱性を損ねることがある。製造(溶解・鍛造・粉末プロセス)や使用(高温酸化・水素吸収)で「どれだけ取り込むか」が寿命と信頼性に直結する。
  • 酸化チタン(TiO₂)は“別の主役”

    • TiO₂は高い屈折率・化学安定性・白色度により、塗料・紙・プラスチックの白色顔料として巨大用途を持つ。金属TiよりもTiO₂の方が“チタン産業”としては量的に支配的になりやすい点が、議論の前提になる。

4. 小話

  • “チタンは錆びない”は半分正しい

    • 多くの環境で優れた耐食性を示すが、フッ化物環境や高温・低酸素の局所条件など、酸化膜の安定性が崩れる状況では急に弱くなることがある。耐食材として採用する場合ほど、環境条件を具体化し、試験条件と実環境の差(温度・流速・すきま)を詰めることが重要になる。
  • “金属チタン”と“酸化チタン”を混同すると誤解が増える

    • 同じTiでも、供給・価格・規制・環境負荷の論点は、金属Ti(スポンジ〜インゴット)とTiO₂(顔料)で別物になりやすい。

5. 地球化学・産状(地殻での存在形態)

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • イルメナイト(チタン鉄鉱)FeTiO3
  • ルチル(金紅石)TiO2
  • チタナイト(くさび石)CaTiSiO5、など(地域により多様)
  • 重鉱物砂(mineral sands)としての濃集(海浜・河川堆積物)

補足:

  • Tiは地殻に広く存在するが、経済的に回収可能な濃集形態(イルメナイト・ルチル等)へ集積した資源が、実際の供給を規定する。

5.2 鉱床タイプと回収の論点

  • ルチルは高品位だが賦存が限られ、イルメナイトは量が大きい一方で品位・不純物・処理法が多様で、精鉱化・スラグ化・塩化適性などがプロセス選択を分ける。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 鉱石(精鉱)の選鉱

  • 砂鉱系では、比重・磁性・静電選別などで重鉱物を分離し、イルメナイト/ルチル精鉱へ仕上げる。ここでの不純物(Fe、Cr、Vなど)と粒度が、後段(塩化法・硫酸法)の適性へ直結する。

6.2 TiO₂(顔料)製造:硫酸法と塩化法

  • TiO₂顔料は主に「硫酸法」「塩化法」に大別され、原料適性・副生成物・環境負荷・品質要求で最適解が分かれる。塩化法は一般に高品位原料や塩素化工程(TiCl₄)を前提にし、硫酸法は原料の許容幅が広い一方で副生成物・廃酸処理が論点になりやすい。

6.3 金属Ti:スポンジ(還元)→溶解→展伸

  • 金属チタンは、鉱石由来の酸化物を直接“溶かして金属化”するのではなく、塩化でTiCl₄へ変換し、還元でスポンジを得て、さらに溶解・精錬(再溶解)してインゴット化する流れが中核になる。
  • 典型的概念式(還元のイメージ):TiCl4+2MgTi+2MgCl2(工程設計の本質は、反応そのものより不純物管理と回収・再生、熱管理にある。)

6.4 リサイクル

  • Tiは加工スクラップ(切削屑・端材)が大きな二次資源になり得る一方、酸素混入・合金元素混入・分別の難しさが再溶解の制約になりやすい。用途(航空、医療、一般工業)ごとのトレーサビリティと分別が価値を持つ。
  • 日本の需給・フロー整理では、用途構造と回収の流れを把握することが、供給網の実像理解に有効である。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 熱・力学・輸送

項目備考
密度4.5 g cm3軽量金属の代表
融点1668 ℃高融点金属
ヤング率110 GPa(オーダー)鋼より低く、剛性設計で効く
熱伝導率金属としては低め合金化でさらに低下しやすい
電気抵抗率中程度状態(不純物・組織)で変化
  • 補足(“軽量高強度”の設計含意)
    • 同じ強度でも軽量化できる一方、弾性率が鋼より低いので、たわみ・振動・座屈が支配する部材では形状設計が支配条件になりやすい。

7.2 酸化・水素・窒素の影響

  • Tiは高温で酸化・窒化しやすく、表面反応だけでなく母材内部へ侵入型元素が入ることで脆化・疲労特性の変化が起こり得る。高温部材・粉末プロセス・積層造形では、雰囲気管理が“材料特性そのもの”になる。

7.3 TiO₂(粉体)に関する規制・健康論点(更新点)

  • TiO₂粉じんのリスク評価や分類は、吸入暴露や粒径分布を前提に議論される。国・地域の制度と、作業環境(粉じん、換気、防護)を前提に、SDSと最新の法令・ガイダンスで再確認する運用が安全である。

8. 研究としての面白味

  • 相変態・侵入型元素・界面が同時に効く「状態依存材料」

    • α/β相、析出、転位、酸化膜、侵入型元素(O/N/H)が相互に絡むため、単一指標で設計しにくい。逆に言えば、熱力学(相)と速度論(拡散・酸化)と表面科学(不動態)を往復する研究に向く。
  • TiO₂は粉体・表面・光・欠陥化学の交差点

    • 顔料としての散乱設計(粒径・形状・分散)と、光触媒・表面反応(欠陥・吸着)で同じ材料が別の顔を持つ。プロセス条件が機能へ直結する題材である。

9. 応用例

9.1 金属Ti・Ti合金

  • 航空宇宙:軽量化と耐食・耐熱のバランス(高比強度)
  • 化学プラント:耐食性(ただし環境依存のため条件出しが重要)
  • 医療(インプラント):生体適合性と耐食性、表面処理・粗さ制御
  • 海洋・塩害環境部材:不動態に基づく耐食(すきま腐食等の設計注意あり)

9.2 TiO₂(酸化チタン)

  • 白色顔料:塗料、紙、樹脂(白色度・隠ぺい力・耐候性)
  • 機能材:光触媒、UVカット、コーティング(用途により結晶相・欠陥設計が効く)

10. 地政学・政策・規制

  • 供給網は「鉱石」だけでなく「変換能力」で詰まる

    • イルメナイト/ルチル精鉱から、TiO₂顔料、TiCl₄、金属スポンジ、インゴットへ至る変換段階ごとにボトルネックが異なる。したがって、需給議論は“どの中間品・最終品”を対象にしているかを切り分けて読む必要がある。
  • 日本の視点:用途構造と循環の把握

    • 日本語資料として、JOGMECのマテリアルフローは国内の用途・輸入・循環の全体像を俯瞰するのに有用であり、材料戦略(代替、在庫、リサイクル)を議論する際の土台になる。

まとめと展望

チタンは、「不動態に基づく耐食性」「軽量高強度」「α/β相と侵入型元素の状態依存性」という材料科学の核を持ちながら、産業としては「金属Ti」と「TiO₂」が別市場として巨大に成立する、二面性の強い元素である。今後は、航空・医療・化学用途の高信頼設計(状態管理)と、TiO₂のプロセス・規制・粉体安全の変化を同時に追うことが、研究と実装の双方で重要になる。

参考文献