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テルル(Te)

テルル(Te)は、カルコゲン(16族)に属する半導体的性質をもつ元素であり、CdTe太陽電池、Bi2Te3系熱電材料、Ge–Sb–Te系相変化材料(PCM)など「エネルギー変換・情報記録」を支える機能材料の中核に位置づく。一方で、供給の多くが銅の電解精製などから回収される副産物に依存するため、需要変動に対して供給が硬く、価格・調達リスクが材料選択へ直接反映されやすい元素でもある。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名テルル
元素記号 / 原子番号Te / 52
標準原子量127.60(代表値)
族 / 周期 / ブロック第16族 / 第5周期 / pブロック(カルコゲン)
電子配置[Kr]4d105s25p4
常温常圧での状態固体
常温の結晶構造(代表)三方晶(trigonal, 鎖状/らせん状配列が特徴)
代表的な酸化数2,+2,+4,+6
主要同位体複数の安定同位体(元素として同位体が多い側)
代表的工業形態Te金属、二酸化テルル TeO2、テルル化物(CdTe, Bi2Te3, Sb2Te3, Ge–Sb–Te など)
  • 補足(テルルを元素として扱う際の要点)
    • テルルは「元素そのもの」よりも「化合物(テルル化物)」として機能が立ち上がる場面が多く、対象が金属Teなのか、CdTeやBi2Te3などの化合物なのかを明示して整理すると議論がぶれにくい。
    • 供給は副産物回収に依存しやすく、鉱山の増減だけでは供給量が直ちに動かないことが多い。そのため材料設計では、物性最適化と同時に代替材料・リサイクル設計まで含めた冗長性が重要になる。

2. 歴史

  • 名称の由来

    • tellurium の名称はラテン語の tellus(地球)に由来すると説明されることが多い。元素命名が鉱物学・地球科学の文脈と結びついていたことを示す例である。
    • テルルは「希少だが重要な副産物元素」として、銅・貴金属精製の技術史とともに産業利用が積み上がってきた。
  • 用途の重心の変化

    • 伝統的には金属添加(冶金)や化学用途も重要であったが、近年はエネルギー変換(太陽電池)とエネルギー輸送(熱電)に関わる材料需要が、需給議論の中心になりやすい。
    • 特にCdTe太陽電池は、デバイス普及と資源制約が直結しやすく、材料科学と資源工学が同じ設計変数を共有する題材になっている。

3. テルルを理解する

  • 16族(カルコゲン)としての化学

    • テルルはS/Seと同族であり、2価のテルル化物(Te2)を形成しやすい。一方で酸化物・オキソ酸としては+4+6の状態もとり、化学状態の切替が材料機能(導電・欠陥・界面反応)に効きやすい。
    • 固体材料では「配位環境と価数(局所構造)」が電子状態を強く規定するため、XPS/XASや局所構造解析とセットで議論するのが有効である。
  • 半導体性とスピン軌道相互作用

    • Teは重いp元素であり、スピン軌道相互作用が相対的に大きい側にある。これが、Bi2Te3/Sb2Te3系(トポロジカル絶縁体としても知られる)の電子構造設計や、界面・欠陥の散乱設計と接続しやすい。
    • 「重元素p軌道の相対論効果」と「欠陥・粒界での散乱」が同時に効くため、第一原理計算と微細構造制御が自然に接続する。
  • 代表的テルル化物が“機能”を作る

    • CdTeは太陽電池の吸収層として、Bi2Te3は室温近傍の熱電として、Ge–Sb–Te(GST)系は相変化メモリとして、それぞれ“相変化・欠陥・界面”が性能を支配する。
    • つまりテルルは、単体物性というより「テルル化物の相安定・欠陥化学・界面制御」を通じて機能が立ち上がる元素として理解すると見通しが良い。

4. 小話

  • “におい”の話

    • テルル化合物の一部は毒性があり、曝露により特有の体臭(いわゆるガーリック様臭)に関する記述が知られている。これは安全教育の導入として有名であり、取り扱いでは化学衛生と換気・封じ込めが本質である。
    • 研究室では、粉体・蒸着・熱処理の工程で曝露形態が変わるため、SDSの確認と工程起点のリスク評価が必要になる。
  • “副産物元素”としての難しさ

    • テルルの供給は銅精製の副産物に依存しやすく、Te需要が増えても銅精製側が同じ速度で追従するとは限らない。この構造が、材料側に代替設計や回収設計を要求する理由である。
    • 逆に言えば、回収プロセス(スクラップ、デバイス回収)を設計変数として取り込む研究は、材料機能と資源循環を同時に前進させやすい。

5. 地球化学・産状

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • テルルは単独鉱床としてよりも、銅・鉛・貴金属などの硫化鉱床に随伴する微量成分として存在することが多い。
  • そのため実務上は「銅精製(電解精製)で得られるアノードスライム等から回収される元素」として扱われることが多く、鉱床学よりも製錬・精製プロセスが供給量を規定しやすい。

5.2 鉱床タイプと回収の論点

  • 副産物回収では、Teの品位そのものよりも、母体となる精製工程の操業条件や不純物系(Se, As, Sbなど)との分離が課題になりやすい。
  • 供給の“硬さ”は、鉱石の有無だけでなく、精製工程の設備投資・操業安定・分離技術の成熟度にも依存する。

5.3 地球化学的な存在量と偏在

  • テルルは地殻中で希少であり、経済的に回収できる形に濃集する場が限られる。この“希少性”に“副産物供給”が重なって、需給変動が材料市場に波及しやすい。
  • したがって材料研究では、供給統計(生産段階、化学品段階、スクラップ段階)を分けて捉えることが重要になる。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル

6.1 回収の基本構図(銅の電解精製)

  • テルルは主として銅の電解精製で生じる副生成物(アノードスライム等)から回収されると整理されることが多い。ここではSeなど同族元素や貴金属と混在し、分離・精製が工程設計の核心になる。
  • この構造のため、テルル供給の増減は銅精製・貴金属回収の操業や投資判断に強く結びつく。

6.2 精製

  • 概念的には、Teを酸化物(TeO2)として取り出し、還元して金属Teを得る整理が用いられる。実プロセスでは浸出、沈殿、溶媒抽出などの湿式分離が組み合わさる場合が多い。
  • 分離は「TeとSe(同族)」「TeとAs/Sb(不純物)」など化学的近さが障壁になることがあり、酸化還元状態の制御が鍵となる。

6.3 リサイクル(CdTe太陽電池・熱電・スクラップ)

  • CdTe太陽電池や熱電モジュールは、組成としてTeを含むため、回収・再資源化が供給多元化の選択肢になり得る。特にデバイス普及が進むほど、使用済み製品の回収設計が供給安定性に寄与しやすい。
  • ただし回収は「回収率」「分離の選択性」「回収物の純度」が性能・コストを同時に規定するため、材料開発とリサイクルプロセス開発を一体で設計する必要がある。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 熱・力学・輸送

項目値(代表値)備考
状態固体脆い側の性格が出やすい
結晶三方晶鎖状構造に由来する異方性が議論されることがある
融点・沸点文献値参照研究では単体より化合物の相安定が主題になりやすい
  • 補足
    • 単体Teの物性は基礎情報として重要である一方、実用はテルル化物での相安定・欠陥・界面が支配的である。したがって“単体物性→化合物機能”のブリッジ(化学結合、欠陥準位、相図)が研究の中心になりやすい。

7.2 熱電(Bi2Te3系)と指標

  • 熱電性能は、ゼーベック係数S、電気伝導率σ、熱伝導率κにより次の無次元性能指数で整理される。
ZT=S2σTκ
  • Bi2Te3/Sb2Te3系は室温近傍での実用材料として確立しており、微細組織(粒界、ナノ構造)と欠陥制御でκ低減とσ維持の両立が設計課題になる。

7.3 太陽電池(CdTe)

  • CdTeは薄膜太陽電池の代表材料であり、吸収層の欠陥・粒界・界面(CdSとの接合、背面接触)により性能が規定されやすい。材料は“化学量論”だけでなく“欠陥化学”として設計する必要がある。
  • CdTeは構成元素にTeを含むため、デバイス普及が進むほど資源制約が設計条件として顕在化しやすい。

7.4 相変化材料(Ge–Sb–Te)

  • GST系は「結晶/アモルファスの可逆相変化」に基づく情報記録材料であり、相変化速度、抵抗コントラスト、サイクル耐久が主要性能となる。
  • ここではTeが、局所構造の柔らかさ・結合の再配列・キャリア状態に関与し、材料設計が“局所構造・動的過程”の最適化問題になりやすい。

7.5 化学安全(毒性・環境)

  • テルル化合物には有害性のあるものがあり、粉体・蒸気・溶液で曝露経路が変わる。研究・製造ではSDSに基づく管理と、工程ごとの封じ込め設計が不可欠である。
  • 環境面では、資源回収・リサイクルを組み込むことで、一次資源依存と廃棄リスクを同時に低減できる可能性がある。

8. 研究としての面白味

  • “副産物制約”を織り込んだ材料設計

    • テルルは供給が副産物回収に依存しやすく、材料開発が資源制約と不可分になりやすい。代替組成(低Te化)と回収設計(リサイクル)を同時に最適化する研究は、社会実装に直結しやすい。
    • とくにCdTe太陽電池やPCMは、材料性能と資源・循環が同一の設計空間に入ってくるため、学術と実装が接続しやすい。
  • 欠陥・界面・相変化の科学

    • CdTeやGSTでは、点欠陥・粒界・界面が性能に直結する。第一原理計算(欠陥形成エネルギー、界面バンドアライメント)と、実験(局所構造、相変化ダイナミクス)の往復が有効である。
    • “静的構造”だけでなく“動的過程(相変化速度、拡散、結合再配列)”が主役になるため、MDや機械学習ポテンシャル、in-situ計測と相性が良い。
  • テルル化物磁性・2D物質への接続

    • Fe–Te系やFe–(Ga/Ge)–Te系など、テルル化物は磁性・スピントロニクス・2D vdW材料の文脈でも重要である。結合の異方性と重元素効果が、磁気異方性や輸送現象に現れ得る。
    • これらは“化学結合(p軌道)”、“相対論効果”、“欠陥・層間結合”が同時に効くため、基礎物理と材料設計が接続しやすい。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 太陽電池(CdTe)
    • 薄膜太陽電池として成熟した技術であり、材料は欠陥・粒界・界面を含むプロセス最適化で性能が決まる。資源制約が議論されるほど、回収・再資源化の設計が重要になる。
  • 熱電(Bi2Te3系)
    • 室温近傍での熱電変換に広く用いられ、微細組織制御やドーピングで性能が調整される。デバイスではモジュール信頼性(熱サイクル、接合)も設計要件になる。
  • 相変化メモリ(Ge–Sb–Te)
    • 高速スイッチングと耐久性の両立が課題であり、局所構造・相変化パスを支配する材料設計が重要となる。
  • 冶金添加・ゴム・化学用途
    • テルルは合金添加や化学用途でも利用される。用途により求められる形態(純度、酸化状態)が異なるため、材料名だけで需要をまとめると誤解が生じやすい。

9.2 具体例

  • エネルギー(太陽電池・廃熱回収)
    • CdTe薄膜太陽電池は、エネルギー変換材料として大規模利用が可能である一方、資源制約が設計条件に入り込む典型例である。
    • Bi2Te3系熱電は廃熱回収や温度制御用途で現実解として使われ、材料性能とモジュール工学が一体で成立する。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給の構造的特徴(副産物回収)

    • テルルは副産物回収が中心になりやすく、需要増に対して供給が直ちに追従しにくい。供給安定性は、母体金属(銅など)の精製操業や投資判断に依存しやすい。
    • したがって、材料側ではリサイクル設計や代替設計を“性能仕様”として織り込むことが重要である。
  • 重要鉱物政策と更新(例:米国のリスト更新報道)

    • 重要鉱物リストや支援策は更新され続けており、政策変更が投資・供給網に波及し得る。研究・事業では、技術だけでなく政策・制度の更新をウォッチする運用が必要になる。
    • とくにエネルギー転換関連材料は、需給と政策の結びつきが強いため、材料選択が“制度条件付き最適化”になりやすい。
  • 国内視点

    • 日本語では、JOGMEC等がレアメタルとしてのテルルの概要整理を提供してきた。最新統計はUSGS等で更新しつつ、国内文脈(用途、回収、産業構造)の整理に活用すると全体像が掴みやすい。
    • 国内の資源安全保障や循環政策の議論と接続する際は、一次資源依存度と、回収・再資源化の実装可能性を同時に評価するのが有効である。

まとめと展望

テルルは、CdTe太陽電池・Bi2Te3系熱電・GST系相変化材料などの中核元素であり、電子状態・欠陥・界面・相変化が性能を支配する“機能材料の元素”として重要である。一方で供給が副産物回収に依存しやすく、材料性能の議論に資源制約とリサイクル設計が不可避に入り込む。今後は、(i) 低Te化や代替材料探索、(ii) デバイス回収を前提とした循環設計、(iii) 欠陥・界面・相変化の動的理解を統合し、性能と供給安定性を同時に満たす設計空間を定量化していくことが鍵となる。

参考文献