Skip to content

キュリー・ワイス則と平均場理論

ワイス温度(キュリー=ワイス温度)ΘCW は、高温常磁性における磁化率の温度依存から定義され、スピン間相互作用の符号と平均的な強さを要約する量である。秩序化温度(TC,TN,Tf など)と併せて読むことで、揺らぎ・低次元性・競合相互作用(フラストレーション)・無秩序が磁気秩序をどの程度抑制するかを議論できるのである。

本稿は、キュリー=ワイス理論を「平均場近似としての分子場仮説」として整理し、(i) 高温磁化率 χ=C/(TΘCW) が現れる理由、(ii) 自発磁化の出現条件と秩序化温度、(iii) ΘCW と交換相互作用 {Jij} の対応、(iv) ΘCWTorder のずれが意味する物理、を数式中心に見取り図としてまとめるものである。

参考ドキュメント

  1. 東京大学 物性研究所 勝本信吾 講義ノート「磁性を考える上での基本事項」(ワイス温度、反強磁性、平均場の整理を含む) https://note-collection.issp.u-tokyo.ac.jp/katsumoto/magnetism2022/note01-14_jp.pdf
  2. 京都大学 OCW 冨田博之「統計物理学」講義ノート(平均場・相転移の骨格の整理) https://ocw.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2010/04/2010_toukeibutsurigaku_2.pdf
  3. Mugiraneza, S. & Hallas, A. M., Tutorial: a beginner's guide to interpreting magnetic susceptibility data with a special emphasis on the Curie–Weiss law, Communications Physics 5, 96 (2022). https://www.nature.com/articles/s42005-022-00853-y

1. 記号・単位と磁化率の定義

1.1 磁化率の定義(線形応答)

高温常磁性では外部磁場 H に対して磁化 M が線形応答し、

M=χH

で磁化率 χ を定義する。以後、等方的でスカラー χ とみなせる状況を主に扱う。

1.2 モル磁化率と有効磁気モーメント

実験ではモル磁化率 χmol を用いることが多い。キュリー定数 Cmol と有効磁気モーメント μeff は(SI 単位系で)

χmol(T)=CmolT,Cmol=μ0NAμeff23kB

で結び付く。局在モーメント(全角運動量量子数 J)に対して

μeff=gJ(J+1)μB

が基本形である(g はランデ g 因子)。

1.3 SI と cgs(emu)での式の見かけ

磁化率・磁化・磁場の単位系により式の係数が変わる。比較のための最小限の対応を表に示す。

SI(代表)cgs-emu(代表)
磁化率χ(無次元)χ(無次元)
モルキュリー定数Cmol=μ0NAμeff2/(3kB)Cmol=NAμeff2/(3kB)μ0 が現れない表式が多い)
1/χ 直線の解釈外挿切片が ΘCW同様であるが数値換算に注意が要る

2. 相互作用が無い常磁性:キュリー則の導出

2.1 古典統計による導出(弱磁場・高温)

大きさ μ の磁気モーメントが磁場 H 中で角度 θ をなすとき、

E=μHcosθ

である。熱平衡分布 eE/kBT の下で、弱磁場・高温極限 μHkBT では平均磁化が H/T に比例する。モーメント密度を n とすれば

M=χH,χ=CT

が得られ、これがキュリー則である。

2.2 量子論(ブリルアン関数)の高温展開

全角運動量 J をもつ局在モーメントの一原子磁化をブリルアン関数 BJ(x) で表すと、

M=ngμBJBJ(x),x=gμBJHkBT

である。x1 における展開

BJ(x)J+13Jx

を用いると

χ=MHn(gμB)2J(J+1)3kB1T

となり、やはり χ=C/T を与える。ここから CJ(J+1) に比例すること、したがって μeff の推定に直結することが分かる。

3. 分子場(平均場)仮説:相互作用を有効磁場に押し込める

3.1 ワイスの仮定

実際の磁性体ではスピン間相互作用により、モーメント同士が揃う(強磁性)/反揃いになる(反強磁性)傾向をもつ。ワイスはこの相互作用を「平均化した有効磁場」で置き換え、

Heff=H+Hmf

とした。さらに最も基本の平均場として

Hmf=λM

を仮定する。λ が分子場係数であり、相互作用の平均的効果を表す。

3.2 なぜ HmfM となるか(平均場の意味)

各スピン Si が近傍スピンとの相互作用を受けるとき、平均場では

SjS

と置き換える。すると相互作用項は「あるスピンに比例する一体項」となり、それが有効磁場として解釈される。これが分子場仮説の核である。

4. キュリー・ワイス則:χ=C/(TΘCW) の導出

4.1 自己無撞着条件からの導出(高温・弱磁場)

高温側では「有効磁場に対してキュリー則が成り立つ」として

M=χCHeff,χC=CT

とおく。Heff=H+λM を代入すると

M=CT(H+λM)

であり、

M(1CλT)=CTHχ=MH=CTCλ.

ここで

ΘCWCλ

と定義すれば

χ(T)=CTΘCW

を得る。1/χ

1χ=1CTΘCWC

となり、1/χ vs T の直線外挿が T 軸と交わる温度が ΘCW である。

4.2 ΘCW の符号解釈(第一近似)

  • ΘCW>0:分子場が磁化を増幅する向きに働く平均的効果を示唆し、強磁性的傾向が優勢である。
  • ΘCW<0:分子場が磁化を抑制する向きに働く平均的効果を示唆し、反強磁性的傾向が優勢である。

ただし後述のように、競合相互作用・無秩序・遍歴電子性・強い異方性がある場合、符号や大きさの単純解釈は破れ得る。

5. 強磁性秩序と自発磁化:平均場方程式と TC

5.1 自己無撞着方程式(ブリルアン関数形)

平均場では各モーメントは有効磁場 Heff=H+λM を感じ、量子論的には

M=ngμBJBJ(gμBJ(H+λM)kBT)

が自発磁化まで含む自己無撞着方程式となる。

5.2 臨界温度の導出(線形化)

H=0M が小さい領域では BJ(x)J+13Jx を用いて

Mn(gμB)2J(J+1)3kBT(H+λM).

ここで H=0 とすると非自明解 M0 が成立する条件は

1=λn(gμB)2J(J+1)3kBT

であり、

TC=λn(gμB)2J(J+1)3kB.

一方、4章で ΘCW=Cλ を得ているので、平均場の枠内では

TC=ΘCW

が結論となる(強磁性の場合)。

5.3 平均場の転移近傍

平均場では TC 近傍で自発磁化が

M(T)(TCT)1/2(T<TC)

のような簡単な冪則を示す。しかし現実の臨界近傍では揺らぎが支配し指数が変化し得るため、平均場像は「転移から離れた温度域」での骨格として理解するのが自然である。

6. 反強磁性への拡張:2副格子平均場と TN

6.1 2副格子(A/B)と分子場

反強磁性では秩序波数 Q0 をもち、副格子 A/B の磁化 MA,MB を導入するのが基本である。線形応答では

MA=CAT(H+λAAMA+λABMB),MB=CBT(H+λBBMB+λBAMA)

のような連立方程式になる。最近接反強磁性が支配的なら、相互作用は主に λAB<0 として入る。

6.2 高温側磁化率と ΘCW<0

反強磁性でも十分高温ではキュリー=ワイス型

χ(T)CTΘCW

を示し、ΘCW<0 が得られることが多い。これは「高温で見える平均的相互作用」が磁化を抑制する向きであることを反映する。

6.3 単純な最近接・二部格子の関係

最も単純な二部格子・最近接のみの反強磁性ハイゼンベルグ模型では、平均場は

TN|ΘCW|

を与える。ところが低次元性や競合相互作用があると、|ΘCW| が大きくても TN が強く抑制される状況が生じる。

7. ΘCW と交換相互作用 {Jij} の対応

7.1 交換ハミルトニアンと符号規約

交換相互作用はしばしば

H=ijJijSiSj

あるいは

H=+ijJijSiSj

のいずれかで定義される。両者は Jij の符号解釈が逆になるため、ΘCWJij と結び付ける際は規約の明示が不可欠である。

規約ハミルトニアン強磁性の条件反強磁性の条件
規約AH=JijSiSjJij>0Jij<0
規約BH=+JijSiSjJij<0Jij>0

以下では「規約A」を主として用いる。

7.2 平均場による ΘCW の基本式

平均場では「周囲のスピンを熱平均で置換」することにより、スピン i が感じる分子場は交換の空間和に比例する。結果として

kBΘCWS(S+1)jJij

という形が現れる。より具体的には(規約や量子数の取り方により係数は変わり得るが)、「ΘCW は交換相互作用の結合の総和(平均)」を反映する、という点が本質である。

7.3 J(q) による見方:ΘCW と秩序波数の分離

交換のフーリエ変換を

J(q)=jJijeiq(rjri)

とする。平均場的な骨格では

  • ΘCW は概ね q=0 成分 J(0)(相互作用の空間和)を強く反映する
  • 実際の秩序温度は J(q) が最大となる波数 Q(秩序波数)により決まる

という構図が得られる。競合相互作用により J(0)J(Q) が大きく異なると、ΘCWTorder の乖離が大きくなる。

8. ワイス温度と磁気秩序

8.1 基本関係

平均場の枠内では

  • 強磁性:TC=ΘCW
  • 単純な反強磁性:TN|ΘCW| が目安となる。

8.2 乖離が生じる主因

Torder は相互作用の大きさだけでなく、揺らぎ・次元性・競合相互作用・無秩序に強く依存する。したがって

Torder|ΘCW|

が成立するとき、それは「相互作用のスケールは大きいが、長距離秩序の確立が阻害されている」ことを意味し得る。

乖離を強める要因の代表は以下である。

  • 低次元性(一次元・二次元性が強い):熱揺らぎ・量子揺らぎが強い。
  • 競合相互作用(フラストレーション):秩序の選択が困難になりやすい。
  • 無秩序(置換乱れ、結合乱れ):長距離秩序の代わりに凍結(スピングラス)に向かい得る。
  • 強い異方性・結晶場:見かけの ΘCW に方向依存が生じ得る。

9. フラストレーション:f=|ΘCW|/Torder

9.1 定義

フラストレーションの程度を粗く要約するために

f=|ΘCW|Torder

がしばしば用いられる。ここで Torder は、反強磁性なら TN、スピングラスなら凍結温度 Tf を用いる。

9.2 解釈

  • f1:相互作用スケールと秩序化温度が同程度であり、揺らぎや競合が支配的ではない状況を示唆する。
  • f1:相互作用スケールに比べ秩序化温度が大きく抑制され、フラストレーションや低次元性、無秩序の影響が強い可能性を示唆する。

ただし f は一つの数値要約であり、以下を区別できない。

  • 低次元性による抑制か、競合相互作用による抑制か
  • 無秩序による凍結か、量子揺らぎにより秩序が成立しない状態か
  • 短距離相関の発達温度域の広がり

したがって、f は散乱実験(秩序波数・相関長)や比熱・局所プローブと併せて読む必要がある。

10. χ(T) の拡張表式:χ0 と異方性(見かけの ΘCW

10.1 温度に依らない項 χ0

実測磁化率はしばしば

χ(T)=χ0+CTΘCW

で表される。χ0 に含まれ得る成分は次の通りである。

  • バン・フレック常磁性:励起状態混成に由来する温度依存の弱い常磁性成分
  • パウリ常磁性:伝導電子のスピン分極に由来する成分
  • 軌道反磁性:閉殻やランダウ反磁性など

χ0 を無視すると 1/χ の直線性が歪み、見かけの ΘCW がずれ得るため、χ0 を含めて評価することがある。

10.2 異方性と方向依存の ΘCW,α

強い結晶場やスピン軌道相互作用があると、磁化率は方位 α ごとに

χα(T)=χ0,α+CαTΘCW,α

のように見かけの ΘCW が異なることがある。この場合 ΘCW,α は交換相互作用だけでなく、結晶場と混成した応答を含む量として解釈される。

11. 1/χ 直線から得られる量と、その読み方

11.1 直線化

χ=CTΘCW1χ=1CTΘCWC

である。したがって 1/χ vs T の傾きが 1/C、切片が ΘCW/C を与える。

11.2 C から μeff を得る

SI のモル量であれば

Cmol=μ0NAμeff23kBμeff=3kBμ0NACmol.

μeffgJ(J+1)μB と整合するかどうかは、局在モーメント像の妥当性を判定する基本情報となる。

11.3 ΘCW と秩序の種類の対応の限界

ΘCW の符号は相互作用の「平均的傾向」を示唆するに留まる。例えば競合相互作用が強いと、ΘCW は負でも、実際の基底状態が単純な二部格子反強磁性でない(螺旋・非共線・部分秩序・凍結など)場合がある。したがって ΘCW は秩序の確定というより、相互作用のスケールと競合の可能性を示す指標として位置付けるのが適切である。

12. 遍歴電子磁性におけるキュリー・ワイス的振る舞い

金属磁性では局在モーメント像が完全には成立しない場合があるが、それでも高温で χ1(T) がほぼ直線となる系が知られている。スピン揺らぎ理論(守谷理論など)では、縦モード揺らぎの飽和や相関長の温度依存により、ある温度域でキュリー=ワイス的な形が現れることが説明される場合がある。したがって「キュリー=ワイス型である」ことは直ちに局在モーメントを保証するものではなく、μeff、比熱、輸送、散乱などと統合して判断する必要がある。

13. まとめ表

13.1 キュリー則とキュリー=ワイス則

観点キュリー則キュリー=ワイス則
χ=CTχ=CTΘCW
物理像独立モーメントの熱配向相互作用を分子場として平均化
1/χ の直線原点を通るT 軸と ΘCW で交差
得られる量CμeffCΘCW(相互作用の尺度・傾向)

13.2 強磁性・反強磁性・凍結の整理

| 系 | 高温側の ΘCW | 秩序化温度 | |ΘCW| と秩序化温度 | |---|---😐---😐---| | 強磁性 | 正になりやすい | TC | 平均場では TC=ΘCW | | 反強磁性 | 負になりやすい | TN | 単純模型では TN|ΘCW|、競合で乖離し得る | | スピングラス等 | 正負いずれもあり得る | Tf | |ΘCW|/Tf が大きい場合がある |

まとめと展望

キュリー=ワイス理論は、スピン間相互作用を分子場として平均化することで、(i) 高温常磁性の磁化率が χ=C/(TΘCW) に従うこと、(ii) ΘCW が相互作用の平均的傾向とスケールを表すこと、(iii) 自発磁化と秩序化温度が自己無撞着方程式から導かれること、を透明な数式の形で与える理論である。C から μeff が得られ、ΘCWTorder の比較から揺らぎ・低次元性・競合相互作用・無秩序の影響を要約できる点に、この枠組みの基礎的価値があるのである。

今後の展望としては、ΘCW を単なるフィット係数として扱うのではなく、(a) 交換相互作用のフーリエ成分 J(q) と秩序波数の決定、(b) 短距離相関と臨界揺らぎの定量化、(c) 無秩序と凍結の統計性、(d) 遍歴電子系のスピン揺らぎ理論や動的平均場理論との対応、を通じて、「ΘCWTorder の乖離がどの物理に由来するか」を分解していく方向が重要である。キュリー=ワイス則からの系統的なずれを、物質固有の相関の情報として読み解くことが、現代の磁性研究における基礎課題である。

その他参考文献