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アモルファス固体の力学

アモルファス固体の力学は、局所構造の不均一性が生む「変形しやすさの空間分布」と、材料全体として観測される弾性・降伏・粘弾性・破壊を、同じ物理量の鎖で結び直す学問である。局所再配列(素過程)が長距離弾性相互作用を介して連鎖し、間欠的な塑性イベント、アバランチ統計、せん断帯、破壊へと階層的に発展する点が核心である。

参考ドキュメント

  1. 金属ガラスの機械的特性と変形機構(日本材料学会誌・PDF) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms/58/3/58_3_199/_pdf
  2. 物質・材料研究機構(NIMS)プレスリリース:金属ガラスの異常軟化現象と剪断帯抑制効果を発見(2012) https://archive.nims.go.jp/news/press/2012/09/p201209240.html
  3. Nicolas, Ferrero, Martens, Barrat, Deformation and flow of amorphous solids: insights from elastoplastic models(Rev. Mod. Phys. 90, 045006, 2018) https://journals.aps.org/rmp/abstract/10.1103/RevModPhys.90.045006

1. 結晶塑性との相違と「局所イベント」描像

結晶では転位が塑性の担い手である一方、アモルファスでは長距離秩序が欠如するため、転位線のような幾何学的欠陥を同一の意味で定義できない。代わりに、有限個の原子(または分子セグメント)が協調して準安定状態から別の準安定状態へ移る「局所再配列」が塑性の最小単位となる。

ただし、巨視的には多くのアモルファス固体が等方弾性体として近似でき、線形弾性は引き続き有効である。差が顕著になるのは、(i) 弾性応答が内部で一様ではなく非アフィン変形が強いこと、(ii) 塑性が局所イベントの統計で支配されること、(iii) そのイベントが長距離弾性相互作用で結合し局在化まで進展することである。

対象例は以下である(力学概念が共通的に通る範囲である)。

  • バルク金属ガラス(BMG)、アモルファス合金リボン
  • 酸化物ガラス(シリカ系など、脆性寄り)
  • 高分子ガラス(時間依存が強い)
  • アモルファス半導体、ナノ多孔質ガラス(構造ゆらぎが大きい場合がある)

2. 巨視的応答

2.1 等方線形弾性と弾性定数の関係

試験片スケールで等方近似が成り立つ場合、応力–ひずみ関係は

σij=2Gϵij+λϵkkδij

で表される。G はせん断弾性率、λ はラメ定数である。ヤング率 E、ポアソン比 ν、体積弾性率 K

E=2G(1+ν),K=E3(12ν)

で相互変換できる。

アモルファスでは、これらの平均値だけでは降伏・局在化を説明しきれないことが多い。平均弾性は「背景」であり、局所弾性不均一と局所降伏の分布が「機構」を規定する側面が強いからである。

2.2 降伏応力の温度依存(スケーリングの一例)

金属ガラスの降伏せん断応力 τy は、せん断弾性率 G とガラス転移温度 Tg を用いた整理で普遍性が議論されることがある。代表的な経験的スケーリングの一例は

τy(T)G(T)=γ0γ1(TTg)2/3

である。ここで γ0,γ1 は材料群で緩やかに変化する係数として扱われる。重要なのは、降伏が「単一障壁の越え方」ではなく、局所障壁分布と弾性相互作用の協同現象として現れる点であり、温度・ひずみ速度・構造状態に敏感である。

2.3 粘弾性・クリープと熱活性化表式

熱活性化により局所再配列が起きうる温度域では、ひずみ速度依存とクリープが重要となる。最小モデルとして Eyring 型の表式が用いられることがある。

γ˙γ˙0sinh(τVkBT)

V は有効活性化体積であり、協調再配列のサイズや局所自由体積の寄与を反映する指標になりうる。

3. 局所(ミクロ)応答

3.1 局所弾性率の分布と「硬い所・柔らかい所」

アモルファス固体では、配位数・結合長・化学短距離秩序が空間的に揺らぎ、局所剛性テンソル Cijkl(r) が一様ではない。したがって、巨視的弾性率は

  • 局所弾性率分布の統計(平均・分散・相関長)
  • 分布の空間相関(クラスター性、ネットワーク性) として理解する必要がある。

この「機械的不均一」は、塑性開始点の空間予測や、せん断帯の核形成位置の議論に直結する。

3.2 非アフィン項:アモルファス弾性の核心

結晶の理想弾性では変形がアフィン(全点が一様に変形)として近似できるが、アモルファスでは内部自由度が緩和し、追加の変位が生じる。結果として弾性率は

G=GBornGNA

の形で整理される。より一般には、ヘッセ行列(力定数) H と、ひずみによる内部力の結合ベクトル Ξ を用いて

C=CBorn1VΞTH1Ξ

のように、非アフィン緩和が弾性を減少させることが示される(記法は定義に依存するが、構造緩和が弾性を下げるという物理は共通である)。柔らかい局在モードが多いほど H1 の寄与が増え、非アフィン項が大きくなる。

3.3 ソフトスポットと低周波局在モード

固有振動モード解析により、低周波で空間局在したモードが見出される。これらは塑性イベントの起点になりやすく、ソフトスポットと呼ばれることが多い。モードの局在性は参加率(participation ratio)で評価できる。

pk=(i|ek,i|2)2Ni|ek,i|4

pk が小さいほど、モード k が少数原子に局在していることを示す。ソフトスポット密度や空間分布を構造指標(配位数、ボロノイ体積、短距離秩序)と相関させることで、「構造から塑性の起点を予測する」問題として定式化できる。

4. 局所塑性の素過程

4.1 せん断変換(Shear Transformation)と STZ

アモルファス塑性の基本単位は、局所原子集団が準安定状態から別の準安定状態へ移る「せん断変換」である。STZ(Shear Transformation Zone)は、そのような変換が起こりうる領域・自由度を表す概念であり、以下が要点である。

  • 協調サイズは数 nm 程度として扱われることが多い
  • イベントは局所的であるが、弾性場を通じて遠方まで影響する
  • 温度、ひずみ速度、構造状態(緩和・若返り)で発生率が変化する

STZ 理論は、局所イベントの統計を巨視的流動則に接続する枠組みを与える。簡略化すれば塑性ひずみ速度は

γ˙plρSTZ[R+(τ)R(τ)]

のように、STZ 密度 ρSTZ と応力依存の遷移率 R± の差で表される。近年は、構造無秩序度を表す「有効温度(effective temperature)」を導入し、構造状態(緩和・若返り)を状態変数として取り込む定式化も広く用いられる。

4.2 MD での標準検出指標:Dmin2

局所再配列(非アフィンで不可逆な変形)を定量化する代表指標が Dmin2 である。原子 i の近傍集合 N(i) に対し、近傍変位が最もよく一致する局所線形変換 J を取り、その残差を測る。

Dmin2(i)=minJjN(i)ΔrijJrij2

Dmin2 が大きい領域は、弾性的(アフィン)変形では説明できない局所再配列が起きた可能性が高い。したがって、以下に直結する。

  • ST(塑性イベント)の発生位置と頻度
  • イベント連鎖(アバランチ)の空間パターン
  • せん断帯の核形成と進展の可視化

5. 長距離弾性相互作用

5.1 Eshelby 型の応力場とイベント連鎖

単一の局所せん断変換は、周囲の弾性母相に特徴的な応力擾乱を作る。2 次元での単純化では四極子状の角度依存を持ち、距離 r に対しておおむね

σ(r,θ)1rdcos(4θ)

のように減衰する(d は次元に依存する)。この長距離・異方的相互作用により、別の場所の局所降伏条件が近づき、イベントが誘発される。結果として、

  • 間欠的な応力降下
  • ひずみの雪崩(アバランチ)
  • 系サイズ依存のイベント統計 が現れる。

5.2 AQS(athermal quasistatic shear)

温度をほぼ 0 とみなし、微小ひずみ増分ごとに完全緩和(エネルギー最小化)する極限が AQS である。応答は

  • 可逆な弾性枝
  • 不安定化点での突発塑性イベント の交互として現れ、局所イベントと巨視応答の対応が最も明瞭に抽出できる。AQS は、アバランチ統計、Eshelby 型場、イベントの空間相関長を定量する基準系として重要である。

6. 局在化(せん断帯)と破壊

6.1 せん断帯の形成シナリオ

低温・低ひずみ速度条件では、塑性が一様に広がらず、狭い領域に局在しやすい。基本的なシナリオは以下である。

  • もともと柔らかい領域(ソフトスポット密度が高い領域)で ST が多発する
  • 弾性相互作用によりイベントが空間的に整列し、局在が強化される
  • 局所発熱、自由体積増大、構造若返りが重なり、帯状領域が持続的に流動する

せん断帯は「局所イベントが多発する通路」として理解でき、単純な材料定数だけでなく、局所不均一の相関構造が支配的になる。

6.2 構造緩和と若返りの対比

同じ組成でも熱処理や前変形により構造状態が変わり、力学応答が大きく変わる。概念的には

  • 緩和:低エネルギー状態へ移り、局所秩序が増す。塑性開始は遅れ得るが、局在化しやすくなる場合がある
  • 若返り:高エネルギー状態へ移り、局所再配列が起きやすくなる。塑性が分散し延性が増す場合がある という対比で整理される。近年は熱的若返りなど、せん断帯の抑制・制御に関わる報告もある。

6.3 破壊(ボイド、キャビテーション、脆性破壊)

引張下のボイド生成やキャビテーションは、自由表面・欠陥・応力三軸度に敏感である。統計性が必要となるため、大規模 MD(古典または ML ポテンシャル)との相性がよい。破壊モード遷移を議論する際は、局所イベントの密度だけでなく、せん断帯の空間連結性(percolation 的性格)も重要となる。

7. 計測と計算の対応

7.1 実験手法(局所と巨視をつなぐ観測量)

  • ナノインデンテーション:pop-in、局所降伏、空間マッピングによる不均一性
  • 動的粘弾性(DMA)・内部摩擦:緩和スペクトル、二次緩和(存在する系)
  • 超音波:平均弾性率と温度依存、散乱による不均一指標
  • その場 TEM/SEM 変形:せん断帯の核形成・進展の時系列
  • X 線散乱・トモグラフィ:密度ゆらぎ、短距離秩序と力学応答の相関
  • 熱分析(DSC 等):緩和・若返りの熱的指標と力学の対応

7.2 計算手法(同定可能な量の幅)

計算は「同一条件で局所量と巨視量を同時に取得できる」点に強みがある。特に以下が重要である。

  • 局所弾性率分布、局所降伏応力分布、Dmin2 の時空間発展
  • 応力降下イベントの統計と空間相関
  • せん断帯の厚み・進展速度・周辺影響域
  • 緩和・若返り操作に対する分布の変化

8. 計算による解析体系

8.1 構造モデル生成:melt–quench と統計性

基本手順は溶融→急冷→緩和である。結論の主役が「分布」であるため、単一構造ではなくアンサンブルが必要である。

  • 初期乱数や冷却経路を変えて独立サンプルを複数作る
  • 冷却速度、最終緩和温度、圧力条件を制御する
  • 原子数 N を変え、局在化とイベント統計の有限サイズ効果を確認する

実験拘束(密度、構造因子 S(q)、RDF など)を満たす構造が必要なら、RMC や MD のハイブリッドで拘束を加える。ただし拘束が少ないほど非一意性が増すため、複数観測量を同時に満たす設計が重要である。

8.2 力場・ポテンシャルの選択

古典ポテンシャル(EAM/MEAM、Tersoff、ReaxFF など)

  • 長所:大規模(105106 原子)や長時間の統計が取りやすい
  • 短所:局所化学・結合再構成の再現性に限界が出る場合がある

第一原理 MD(AIMD)と DFT

  • 長所:化学結合、電荷移動、短距離秩序の電子起源を含められる
  • 短所:系サイズ・時間が小さく統計性を稼ぎにくい

機械学習ポテンシャル(GAP/NEP/MTP、GNN 系など)

  • 長所:DFT に近い精度で統計性(サイズと時間)を稼げる
  • 短所:学習範囲外(大ひずみ、破壊、局所溶融等)で破綻し得る

近年は、AIMD/DFT で化学の正しさを担保しつつ、ML ポテンシャルで統計性を確保する多段の使い分けが主流になりつつある。

8.3 負荷プロトコル:AQS、有温度 MD、繰返し負荷

AQS

  • 素過程(イベント)と巨視応答の対応が最も明瞭
  • アバランチ統計や Eshelby 場の抽出に適する

有温度 MD

  • ひずみ速度依存、クリープ、応力緩和が扱える
  • サーモスタットや境界条件により局所発熱とせん断帯挙動が変わり得るため、物理量の解釈と条件設定が重要である

繰返し負荷(疲労)

  • 構造状態の更新(緩和・若返り)と損傷蓄積の競合が見える
  • イベント統計の定常化や、せん断帯の再活性化条件を議論できる

8.4 応力とエネルギー:virial 応力と局所平均

MD で用いられる応力(virial)は概念的に

σαβ=1V[imiviαviβ+12ijrij,αfij,β]

である。局所応力は、球領域平均、ボロノイ領域平均、メッシュ平均など定義により見え方が変わる。局所イベントとの対応付けでは、可視化スケール(粗視化長)を明示し、比較する量のスケール整合を取ることが必要である。

9. 局所量から巨視量へ

9.1 構造側の局所指標(例)

  • 配位数、ボロノイ体積、局所密度
  • 結合角分布、局所秩序パラメータ(例:ql
  • 化学短距離秩序(多元素系)
  • 中距離秩序(クラスター連結、ネットワーク性)

9.2 力学側の局所指標(例)

  • Dmin2 のホットスポットと寿命
  • 局所弾性率(微小ひずみ摂動から推定)
  • 局所降伏応力(小領域 AQS による局所降伏試験の統計)
  • 参加率で特徴づけたソフトモード密度

9.3 中間表現

局所指標をそのまま並べるだけでは説明が散漫になりやすい。局所と巨視を結ぶ中間表現として、以下が有用である。

  • 局所降伏応力マップ(先に壊れやすい場所の確率場)
  • 弾性不均一の相関長(不均一の粒度)
  • ソフトスポット密度の空間相関と更新速度
  • アバランチ統計(指数、カットオフ)の負荷条件依存

10. メソスケール・連続体への接続

10.1 メソスケール弾塑性モデル(EPM)

局所ブロックが弾性応答し、降伏条件を満たすと塑性緩和し、弾性カーネルで応力を再分配するモデルである。

  • 入力:局所降伏応力分布、弾性カーネル、緩和則、温度依存(必要なら)
  • 出力:せん断帯、クリープ、降伏臨界、アバランチ統計

原子論が与える「局所降伏の統計」を、試験片スケールの局在やサイズ効果へ接続できる点が利点である。

10.2 連続体 STZ モデル

STZ 理論を構成式として実装すれば、FEM 等で試験片形状・欠陥・境界条件を含む解析が可能になる。原子論から同定したい量は

  • STZ 密度に対応する内部状態変数
  • 有効温度(無秩序度)やその発展則
  • 速度・温度依存の流動則パラメータ である。

11. 手法の比較

11.1 計算手法の役割分担

手法扱えるスケール得られる主な量強み制約
AQS低温・準静素過程、イベント統計、Eshelby 場局所と巨視の対応が明瞭熱活性化を含まない
古典 MDns–μs 相当(条件依存)速度依存、せん断帯、疲労初期統計性を稼ぎやすい力場の妥当性に依存
AIMD/DFT小系・短時間化学結合、局所秩序の電子起源化学の正しさ統計性が不足しやすい
ML ポテンシャル MD大系・長時間を狙うせん断帯・破壊統計DFT 近い力で統計性学習範囲外で破綻し得る
NEB/稀事象法反応座標依存障壁、遷移状態クリープ核形成などに有効集団変数設計が難しい
EPMメソ〜試験片局在化、臨界性、サイズ効果大域現象の再現が容易ミクロ入力の同定が要点
連続体 STZ試験片スケール流動則、局在化、形状効果実形状へ接続可能状態変数の同定が要点

11.2 材料系の比較

観点金属ガラス酸化物ガラス高分子ガラス
弾性等方近似が効きやすい、非アフィンが重要ネットワーク剛性が支配時間依存が強く温度で大きく変化
塑性STZ とせん断帯が支配的になりやすい破壊が先行しやすいせん断変形と粘弾性緩和が強く結合
時間依存ひずみ速度・温度依存が顕著低温では緩和が遅い緩和スペクトルが広い
モデリングMD/AQS/EPM/STZ 理論ネットワークモデル、欠陥・緩和粘弾性モデル、粗視化鎖モデル

12. 参考式の整理

現象代表式役割
等方線形弾性σij=2Gϵij+λϵkkδij巨視的弾性の骨格
非アフィン弾性C=CBorn1VΞTH1Ξアモルファス弾性の減少機構
Dmin2Dmin2(i)=minJjN(i)|ΔrijJrij|2局所再配列の検出
Eyring 型γ˙γ˙0sinh(τV/kBT)速度・温度依存の最小モデル
参加率pk=(iek,i2)2Niek,i4ソフトモード局在性の定量

まとめと展望

アモルファス固体の力学は、局所弾性不均一と非アフィン応答、局所再配列(せん断変換)とその統計、そして Eshelby 型の長距離弾性相互作用による連鎖が重なり合うことで、降伏・アバランチ・せん断帯・破壊へと階層的に発展する現象である。計算科学は、Dmin2、局所弾性率、ソフトスポット、局所降伏応力といった局所量を同一条件下で抽出し、AQS/MD による素過程の同定から、EPM や連続体 STZ による試験片スケールの局在化へ接続することで、局所と巨視を同時に説明できる点に強みがある。

今後の展望として、(i) 短距離秩序・中距離秩序と機械的不均一の因果関係を、散乱実験と大規模シミュレーションで定量的に突き合わせること、(ii) ML ポテンシャルにより統計性(サイズ・時間)を拡張し、疲労・破壊の確率過程まで踏み込むこと、(iii) 構造状態(緩和・若返り)を状態変数として含む連続体モデルを整備し、形状・境界条件込みで再現することが重要になる。これにより「局所イベントの制御」を通じた延性化や、せん断帯抑制などの材料設計指針が、より定量的な形で確立される方向に進むと考えられる。

参考文献