水素原子の電子軌道を導く
水素原子の電子軌道(s,p,d,f)は、中心力ポテンシャルのもとで波動関数を動径成分と角度成分に分離し、角度成分が球面調和関数
0. 量子状態と電子軌道の関係
水素原子における量子状態と電子軌道は、どちらも同じ定常波動関数
と表され、観測に直結する量は確率密度
一方で、両者は議論の焦点が異なる。量子状態の導出では、量子化条件からエネルギー固有値
したがって本稿では、同じ
1. 「電子軌道」とは何を指すか:波動関数と確率密度の立場
この
これは位置
これは球座標での体積要素であり、確率は
「軌道」という語は古典的な軌跡ではなく、量子力学的に定まる
2. 変数分離の骨格:軌道形状を決めるのは角度成分である
この式は波動関数の分離形である。
ここで
軌道の「向き」「節(ノード)の配置」「ローブの形」は主に
3. 角運動量演算子と量子数: と が何を意味するか
ここで
ここで
これは角運動量の大きさと
4. 球面調和関数の基本形: の具体式と記号の意味
この式は複素球面調和関数の標準形である。
これは陪ルジャンドル関数の定義である。
これはルジャンドル多項式の(ロドリゲスの)定義である。これにより
重要なのは、
5. s,p,d,f の対応: が軌道の種類を決める
この
:s 軌道 :p 軌道 :d 軌道 :f 軌道 である(以後も g, h … と続く)。
これは同じ
- s:1個
- p:3個
- d:5個
- f:7個 の角度状態がある。
表:
| 呼称 | 角度状態数 | ||
|---|---|---|---|
| 0 | s | 1 | 1 |
| 1 | p | 3 | 3 |
| 2 | d | 5 | 5 |
| 3 | f | 7 | 7 |
6. 節(ノード)で理解する:角度節と動径節
6.1 角度節の数
これは角度方向(球面上)に現れる節面の数が
6.2 動径節の数
これは
6.3 全節の見取り図
これは水素原子での節の総数が
7. 低次の :s と p の具体式(複素形)
7.1 s 軌道( )
これは角度に依存しない球対称な関数である。したがって s 軌道は向きがなく、密度は核を中心に等方的である。
7.2 p 軌道( )
これは
これは
8. 実関数としての軌道:p_x, p_y, p_z の作り方(線形結合)
観測される密度図形としては、複素関数のままより実関数(実球面調和関数)を用いることが多い。以下に代表的な定義を示す。
これは
これは
これは
これらの「
9. d 軌道( ):5つの角度状態と実軌道
9.1 代表的な複素球面調和関数(例)
これは
これは
これは
9.2 実 d 軌道の基本セット(形の対応)
以下はよく用いられる実 d 軌道の線形結合である(規格化や全体位相は省略する)。
これは
これらはそれぞれ
これらは
表:d 軌道(
| 実軌道名 | 主な伸びる方向(言葉による説明) |
|---|---|
10. f 軌道( ):7つの角度状態と実軌道の考え方
f 軌道は
これは
実 f 軌道としてよく挙げられる名称の一例を示す(規格化省略、角度依存の多項式表現は「実球面調和関数(solid harmonic)」の形として理解するのがよい)。
これは
これらは
注意として、水素原子のポテンシャルは球対称であるため、どの実 f 軌道を採用するかは「同じ
11. 動径関数が軌道の「大きさ」と「節(球殻)」を決める:形のもう一つの要素
角度成分が軌道の向きを決める一方、動径成分
この式は
ここで
これは半径が
12. 具体例で見る:1s, 2s, 2p, 3d の違い(エネルギー導出には踏み込まない)
ここでは軌道の形を明確にするため、代表的な波動関数の形(規格化込みの標準形)をいくつか示す。
12.1 1s( )
これは最も単純な球対称軌道である。角度依存がなく、動径方向に指数減衰する。
12.2 2s( )
これは球対称であるが、括弧
12.3 2p( の例)
これは角度因子
12.4 3d( の例:角度は )
これは動径節が
13. 磁気量子数 の物理:外部磁場があると「向きの区別」が実在化する
この式は、量子状態が
外部磁場
14. まとめと展望
水素原子の電子軌道は、波動関数の角度成分が球面調和関数
展望として、球対称ポテンシャルのもとでは同一
参考ドキュメント
- CODATA Recommended Values(基礎物理定数の推奨値・水素準位理論の整理)
- Nature ダイジェスト:陽子半径パズルの状況(日本語解説)
- 日本語講義資料:水素原子のシュレーディンガー方程式と解法(大学講義ノート)
その他参考文献・参考情報
- CODATA推奨値の総説(Rev. Mod. Phys. 論文ページ)
- CERN News:反水素分光の精密化(プレスリリース形式)
- CERN Courier:反水素
– 分光の解説 - Nature Physics:反水素
– の超微細成分観測 - 日本語資料:素粒子・原子分光(ミューオン関連を含む)
- 日本語資料:陽子半径に関する国内向け解説(PDF)