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アモルファス材料の構造解析と局所物性

アモルファスの構造は「周期格子」ではなく、距離スケールごとの原子間相関とその統計として記述される。したがって、全散乱PDFなどの平均情報と、元素選択・空間分解の局所プローブ、さらに実験整合モデル(RMC/EPSR/AIMD 等)を組み合わせて、構造と物性の対応を定量化することが要点である。

参考ドキュメント

  1. S. J. L. Billinge, The rise of the X-ray atomic pair distribution function method, Phil. Trans. R. Soc. A 377, 20180413 (2019) https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsta.2018.0413
  2. P. M. Voyles, D. A. Muller, Fluctuation microscopy in the STEM, Ultramicroscopy 93, 147–159 (2002) https://doi.org/10.1016/S0304-3991(02)00191-6
  3. 米田安宏, 結晶PDF(Pair Distribution Function)解析で観る短配位–中距離構造の世界, 放射光 28(3), 117– (2015) https://www.jssrr.jp/journal/pdf/28/p117.pdf

1. アモルファスで「構造」と呼ぶもの:距離スケール分解

アモルファスでは、同じ「非晶質」であっても、短距離秩序(SRO)・中距離秩序(MRO)・不均一性(heterogeneity)の差が物性を分ける場合が多い。構造記述は以下の座標軸で分解して整理するのが有効である。

  1. 幾何学的短距離秩序(SRO)
  • 最近接距離、配位数、結合角、局所多面体(近接充填、四面体様、八面体様など)
  1. 化学的短距離秩序(chemical SRO)
  • どの元素対が隣接しやすいか(部分RDF、Warren–Cowley パラメータなど)
  1. 中距離秩序(MRO)
  • 多面体連結、リング統計、クラスター連結ネットワーク、空隙相関、相関長
  1. 不均一性(heterogeneity)
  • 局所弾性のばらつき、内部応力分布、ソフトスポット、非アフィン変形しやすさ

このスケール分解は「観測量(実験)」と「記述子(解析)」と「モデル(計算)」を接続する基礎座標系である。

2. 全散乱とPDF(Pair Distribution Function):平均像を高精度に得る

2.1 全散乱とは何か

粉末回折で扱うブラッグ散乱(結晶性)に加えて、散漫散乱(局所秩序由来)も含めて取得する測定が全散乱である。アモルファスでは散漫散乱が主要信号となるため、全散乱から実空間二体相関(PDF)へ変換して読むのが基本である。

2.2 基本式(S(Q) から G(r) へ)

代表的な変換の一例は次式である(定義流儀は文献により異なるが、核はフーリエ変換である)。

G(r)=2π0QmaxQ[S(Q)1]sin(Qr)dQ

Qmax が大きいほど実空間分解能が上がる。目安として

ΔrπQmax

である。一方で、有限 Qmax は終端効果(termination ripples)を生み、バックグラウンド補正・吸収補正・コンプトン散乱補正・多重散乱補正の品質が G(r) の解釈に直結する。

2.3 X線PDFと中性子PDFの補完関係

  • X線は原子散乱因子が概ね原子番号に強く依存するため、重元素寄与が相対的に大きくなりやすい。
  • 中性子は散乱長が元素(同位体)ごとに特徴的で、軽元素や近い原子番号間の識別に有利な場合がある。

多元系アモルファスでは、X線+中性子、あるいは異常散乱(AXS)で部分相関の分離を進める設計が有効である。

2.4 PDFが与える情報/与えにくい情報

PDFから読めるもの

  • 結合距離の分布、配位数(第一極小までの積分など)
  • SRO〜MRO にかけての相関(数Å〜十数Å程度)
  • ナノ結晶とアモルファスの共存、局所歪みの統計

PDFだけでは一意に決めにくいもの

  • どの元素ペアがどれだけ寄与したか(重み付けの問題)
  • 同じPDFを与える複数の構造(逆問題の非一意性)
  • 短距離秩序が似ている場合のMRO差(追加拘束が必要)

したがって、PDFは「土台の平均像」であり、元素選択局所プローブとモデル化で拘束を増やしていく方針が基本である。

2.5 時間分解・その場測定の意義

アモルファスは熱履歴・電気化学・圧力・ひずみなどで局所秩序が変化しうる。全散乱PDFは、その場・オペランドで結晶化前駆、クラスター成長、密度変化を追う基盤データになりうる。時間分解PDFでは高速2次元検出器と高輝度ビームラインが重要となる。

3. 元素選択局所プローブ:SROを分解する

3.1 XAFS(EXAFS/XANES)

XAFSは吸収原子を起点とした局所構造に感度を持ち、元素選択的に

  • 最近接距離
  • 配位数
  • 無秩序度(Debye–Waller因子相当) を与える。多元系アモルファスでは「どの元素の周りがどうなっているか」を直接分解できる点が強い。

注意点として

  • フーリエ変換ピーク位置は位相シフトを含むため、距離の直接解釈には補正が要る。
  • 多重散乱や複数シェルの重なりがあるため、モデル依存性を避けるには拘束条件(PDFや化学情報)と併用するのがよい。

3.2 NMR・Mössbauer・ラマン/IR

ネットワーク系や特定核種が有効な系では、局所配位や価数状態、結合様式の補助拘束となる。アモルファスの逆問題の非一意性を減らす目的で、PDF/XAFSと併用する位置づけである。

4. 電子線・実空間観察:MROと不均一性へ踏み込む

4.1 ナノビーム回折・4D-STEM

位置ごとの回折パターンを多数取得し、局所秩序の空間分布を統計として得る方法である。MROや局所結晶化の芽、空間不均一性の可視化に向く。

4.2 Fluctuation Electron Microscopy(FEM)

ナノ回折強度の「ゆらぎ(分散)」から、ナノメートル秩序(MRO)の強さを抽出する手法である。ブラッグピークが立ちにくいアモルファスでもMROの検出に有効である。

4.3 STEM像・EELS、APT、小角散乱

  • STEM/EELS:界面、ナノクラスター、化学状態の空間分布
  • APT:3次元元素分布(偏析やクラスター化の検出に強い)
  • SAXS/SANS:密度ゆらぎ、クラスターサイズ分布、相分離スケール

これらはPDFが平均像であることの弱点(空間情報の欠如)を補う役割を持つ。

5. データ同化モデリング:逆問題として構造を「集合」で扱う

PDF(やXAFS)から原子配置を一意に復元することは一般にできない。そこで、実験を満たす原子配置集合を構築し、その集合上で統計量を読む立場が基本である。

5.1 RMC(Reverse Monte Carlo)

実験の S(Q)G(r) を再現するように原子配置をランダム更新していく手法である。拘束が弱いと非物理的な構造も許容するため、以下の制約を明示して併用する。

  • 最短距離制約(非現実的な近接の排除)
  • 密度制約
  • 配位・化学結合の制約(可能なら)
  • 複数データ同時拘束(X線+中性子、PDF+XAFS など)

RMCProfile は、全散乱・PDFフィットと構造生成を統合的に扱う枠組みとして用いられる場合が多い。

5.2 EPSR(Empirical Potential Structure Refinement)

RMCに「参照ポテンシャル(経験的相互作用)」を導入し、実験再現と物理的妥当性の両立を図る考え方である。とくに液体・ガラスのネットワーク性や化学的制約を反映しやすい。

5.3 AXS-RMC(異常散乱+RMC)

異常散乱(エネルギー可変X線)を用いて元素選択性を高め、部分相関の分離を進めた上でRMCで構造集合を構築する枠組みである。多元アモルファスで chemical SRO を押さえる上で有力である。

5.4 前向き計算による整合性確認

得られた構造集合から

  • 部分RDF
  • 角度分布
  • EXAFSスペクトル傾向
  • 追加の散乱データ を再現できるかを併記することで、逆問題の非一意性に対する頑健性を補強できる。

6. 計算で構造サンプルを作る:AIMD・古典MD・MLポテンシャル

6.1 melt–quench の基本設計

アモルファス構造作成は溶融・急冷が基本である。重要なのは「同一条件でも構造分布が揺らぐ」ため、複数サンプルを用意して統計を確保する点である。

  • 熱履歴:溶融温度、保持時間、冷却速度、最終緩和
  • 体積条件:NVT/NPT(密度が配位分布に強く影響する)
  • サイズ:MROや分布の裾を取るには原子数が必要である

6.2 計算手法の位置づけ

  • AIMD(DFT-MD):化学結合の信頼性が高いが計算規模が限られる
  • 古典MD:大規模・長時間が可能でMROや不均一性に踏み込めるが、ポテンシャル品質に依存する
  • MLポテンシャル:DFT精度と規模の両立が期待でき、統計性の確保に有利であるが、学習データ分布外の挙動に注意が要る

実験PDFやXAFSで密度・配位傾向を拘束し、モデル生成の妥当性を確保する方針が有効である。

7. 構造を数にする記述子:SRO・MRO・不均一性の定量化

7.1 近傍集合の定義が土台である

ほぼ全ての記述子は近傍集合 N(i) の定義に依存する。代表例は以下である。

  • 距離カットオフ rc(第1近接の谷など)
  • 最近接 k
  • ボロノイ隣接(面共有)
  • 距離重み付き(連続的近傍)

解析全体の整合性のため、近傍定義は最初に固定し、感度(rc の揺らぎなど)を併記するのが望ましい。

7.2 RDFと配位数(最も基本)

部分RDF gαβ(r) から、配位数を次のように定義する。

Nαβ(rc)=4πρβ0rcr2gαβ(r)dr

多元系では gαβ(r) の分離が chemical SRO の議論に直結する。

7.3 結合角分布と局所歪み

結合角分布は局所多面体の種類や歪みを反映する。PDFが距離分布中心であるのに対して、角度分布は結合ネットワークの識別に効くため、併用が有効である。

7.4 ボロノイ多面体・CNA/ACNA・PTM

  • ボロノイ分割:局所配位多面体の統計(密充填様クラスター頻度など)
  • CNA/ACNA:近接ネットワークから FCC/HCP/BCC などの結晶様環境と非晶質様環境を分類
  • PTM:テンプレート多面体に照合して分類し、熱揺らぎや歪みに比較的頑健な場合がある

これらは局所配位の離散的分類を与え、ホットスポットの同定に向く。

7.5 BOO(Steinhardt の ql,wl

局所環境を球面調和で表す連続指標である。

qlm(i)=1Nb(i)jN(i)Ylm(r^ij),ql(i)=4π2l+1m=ll|qlm(i)|2

アモルファスでは q6 などが局所秩序の比較に用いられることが多いが、近傍定義に敏感であるため一貫した定義で比較する必要がある。

7.6 MROの記述:リング統計・ネットワーク・トポロジー

  • リング統計:ネットワーク系の中距離秩序を表す
  • クラスター連結・パーコレーション:金属ガラスなどで連結性が物性に効く場合がある
  • トポロジカルデータ解析(TDA):距離スケール横断でループ階層などを抽出する試みが進んでいる

8. 局所物性へ接続する:構造分布 → 物性分布

アモルファスでは平均値だけでは説明が難しいため、局所物性も分布として扱い、構造記述子との相関として提示する方針が自然である。

8.1 局所エネルギー・局所応力・内部応力

局所エネルギーやvirial応力は、内部応力の不均一性や塑性イベントの核と相関しうる。virial型の概念式は次の形である。

σαβ1V(imiviαviβ+12ijrij,αfij,β)

温度履歴で内部応力分布が変わり、せん断帯形成や緩和挙動の差として現れる場合がある。

8.2 非アフィン変形と Dmin2(局所塑性の指標)

局所近傍がアフィン変形からどれだけ外れたかを測る指標である。

Dmin2(i)=minJjN(i)|ΔrijJrij|2

Dmin2 の大きい領域は局所的塑性イベントと対応しやすく、構造指標(ボロノイ、ql、配位数)と組み合わせて、ソフトスポットの同定に使われる。

8.3 局所弾性・ソフトスポット・準局在振動

アモルファスの弾性は非アフィン寄与が本質であり、局所剛性のばらつきが塑性挙動に結びつくことがある。振動の局在度は参加率などで評価できる。

p(ω)=(i|ei|2)2Ni|ei|4

p が小さいモードは局在傾向が強く、欠陥様自由度やソフトスポットと関連しうる。

8.4 局所電子状態:LDOS・電荷・ポテンシャル

アモルファスでは同元素でも配位・結合相手が異なるため、Bader電荷やELF、局所DOSは分布が広がることが多い。重要なのは絶対値の解釈よりも、相対差と構造分類との相関である。

  • 条件付き平均:特定ボロノイ指数群の平均電荷・平均LDOS
  • 上位分位点:極端な電荷偏りサイトの局所環境統計

分光(内殻準位シフトなど)と接続できる場合は、実験拘束として有効である。

8.5 局所磁気(磁性アモルファスの場合)

磁性アモルファスでは、局所配位と chemical SRO が局所モーメントや交換相互作用の分布を支配しうる。方針例は次の通りである。

  • 局所モーメント mi の分布と、局所環境分類(配位数、ボロノイ、BOO)との相関
  • 交換相互作用 Jij の距離依存・環境依存のばらつきの評価
  • ランダム異方性や非共線性を含めた有効模型への写像(統計計算へ接続)

9. 手法の整理:距離スケールと目的で組む

9.1 観測・モデル・記述子の対応表

目的第一候補(観測)併用が有効な観測モデル化(逆問題)主な記述子
結合距離・配位数(SRO)全散乱PDF, XAFS中性子PDF, AXSRMC/EPSR, AIMDgαβ(r), Nαβ, 角度分布
chemical SRO の抽出AXS, 中性子XAFSAXS-RMC, EPSR部分RDF, Warren–Cowley
MROの検出PDF(FSDP 等), FEM4D-STEM, 小角散乱大規模MD/MLリング統計, 連結性, 相関長
ナノ偏析・クラスターSTEM/EELS, APT小角散乱, PDF大規模MDクラスターサイズ分布, 空間マップ
局所塑性・不均一性画像・マップ系PDF(平均拘束)大規模MDDmin2, 局所応力, 局所弾性
局所電子・磁気へ接続分光(XAFS等)PDFAIMD/DFT, 有効模型LDOS, 電荷, mi, Jij

9.2 計算手法の比較表

手法得意なスケール強み制約役割
AIMD(DFT-MD)10^2–10^3 原子化学結合の信頼性規模・時間が限られるSRO・電子状態の基準
古典MD10^4–10^6 原子MRO・不均一性の統計力場品質に依存分布・空間相関の評価
MLポテンシャル10^4–10^6 原子DFT相当と規模の両立学習データ外に注意統計性の確保、探索
RMC観測拘束の範囲実験再現を優先非一意性が残る実験整合構造集合
EPSR観測拘束+物理性ポテンシャルで非物理解を抑制参照ポテンシャル依存ガラスネットワーク等に有効

10. 代表的なソフトウェアと施設情報

10.1 PDFデータ処理・フィッティング

  • PDF還元(S(Q)G(r)):PDFgetX3、xPDFsuite、Gudrun など
  • PDFフィット:PDFgui、DiffPy-CMI など
  • 全散乱データ処理基盤:施設提供のツールや汎用枠組み(中性子ではMantid等が用いられることがある)

10.2 逆問題・構造モデリング

  • RMCProfile:全散乱・PDF拘束のRMC
  • EPSR:参照ポテンシャルを用いた構造洗練

10.3 構造記述子と可視化

  • OVITO:CNA/ACNA、PTM などの局所構造分類
  • ボロノイ解析ツール、リング統計ツール、独自スクリプト(対象に応じて選ぶ)

10.4 施設・ビームライン(例)

国内

  • SPring-8:高エネルギーX線回折・全散乱(PDF解析を含む)
  • J-PARC MLF:全散乱装置(ガラス・液体・非晶質の局所構造解析)

海外

  • APS(米国):高エネルギーX線全散乱・PDF
  • Diamond Light Source(英国):XPDF ビームライン

施設の条件(エネルギー、検出器、環境セル、時間分解可否)により、到達できる Qmax と見える時間・長さスケールが変わるため、目的(SROかMROか、時間分解か)から逆算して選ぶのが合理的である。

まとめと展望

アモルファス構造は、SRO・chemical SRO・MRO・不均一性を距離スケールごとに分解し、全散乱PDFを土台に、元素選択局所プローブ(XAFS等)と空間分解(FEM/4D-STEM等)を併用して拘束を増やすことで定量化できるものである。さらに、RMC/EPSRやAIMD/MD/MLポテンシャルにより実験整合な構造集合を構築し、その集合上で局所物性分布(応力、Dmin2、振動局在、LDOS、電荷、局所磁気)を評価することで、平均量の背後にあるホットスポットとその起源が見えるようになる。

今後は、時間分解PDFやオペランド測定の普及により「構造の時間発展」を直接拘束できる局面が増え、構造集合の動力学的選別が重要になると考えられる。また、MLポテンシャルによる大規模統計と、TDAや多変量解析によるMRO・不均一性記述が接続されることで、アモルファスの構造—物性対応が、より再現性の高い形で設計指針へ落ちていく方向に進むと期待される。

参考文献