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マテリアルズ・インフォマティクスの動向と将来展望

マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics, MI)は、計算科学・データ科学・実験科学を統合し、材料探索と理解を加速する枠組みである。近年は深層学習や生成モデル、大規模計算データベースの整備とともに、基盤技術から研究開発戦略の一部へと発展しつつある。本稿では、MIの数理的基盤・代表的な手法・世界と国内の動向・今後の展望を、数式と具体例を交えて整理する。

参考ドキュメント

  1. 文部科学省, 「AI for Scienceに関する検討資料」
    https://www.mext.go.jp/content/20251006-mxt_jyohoka01-000045188_01.pdf
  2. 石井 史之, 「マテリアルズ・インフォマティクスとは何か -物質材料科学とデータ駆動科学-」
    https://mns.k.u-tokyo.ac.jp/pdf/2015nims.pdf
  3. 物質・材料研究機構(NIMS), 「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI^2I)」関連資料
    https://www.nims.go.jp/

1. マテリアルズ・インフォマティクスとは

マテリアルズ・インフォマティクスは、材料に関するデータ集合と物理モデルを、統計学・機械学習・最適化の枠組みで扱うことで、以下の問いに体系的に答えようとするものである。

  • 与えられた組成・構造・プロセス条件から、どのような物性が得られるか
  • 望ましい物性を満たす組成・構造・プロセス条件は何か
  • 限られた計算資源・実験回数で、どのように探索を進めるのが効率的か

従来の「人間の経験と試行錯誤」に依存した探索から、データとモデルを用いた系統的な探索へと移行することを目指す点に特徴がある。

1.1 従来手法との比較

観点従来の材料開発マテリアルズ・インフォマティクス
中心となる情報源実験結果と専門家の経験実験・計算・文献の統合データ
探索戦略人手による条件設計と順次探索統計モデルに基づく予測と選択的探索
モデル理論式・経験式理論式と機械学習モデルの併用
再利用性同一プロジェクト内に限定されがちデータベース・コードとして再利用可能
スケール単一材料系・単一プロジェクト異種材料系・複数プロジェクト横断

2. 数理的基盤:学習・推論・探索

MIの多くは、確率論と最適化に基づく「入力から出力への写像」と「出力から入力への探索」に整理できる。

2.1 監督学習による物性予測

入力特徴量ベクトルを

  • 組成・構造・プロセス条件などをまとめたベクトルをxRp

出力物性を

yRまたはRm

とする。

機械学習モデル fθ(x) を用い、訓練データ集合 D={(xi,yi)}i=1N に対して経験リスク最小化を行う。

minθL(θ)=1Ni=1N(yi,fθ(xi))+Ω(θ)

ここで は損失関数(平方誤差など)、Ω は正則化項である。

線形モデルであれば

fθ(x)=wx+b

となり、解は最小二乗解で解析的に求まる。一方、非線形モデル(カーネル法、決定木、ニューラルネットワーク、グラフニューラルネットワークなど)では、勾配法により反復的に最適化を行う。

2.2 ベイズ推論と不確かさ

物性予測を信頼区間付きで行うことは、探索の効率化に直結する。不確かさを含めたモデル化として、ガウス過程回帰やベイズニューラルネットワークなどが用いられる。

ガウス過程回帰では、関数 f(x)

f(x)GP(m(x),k(x,x))

と仮定し、観測データに基づき新しい点での予測分布

p(f(x)|D)=N(μ(x),σ2(x))

を得る。ここで μ(x) が予測値、σ(x) が不確かさに対応する。

2.3 ベイズ最適化による条件探索

目的関数 f(x)(例:性能指標)が高価にしか評価できないとき(第一原理計算や実験)、ベイズ最適化により少ない試行で最適値に近づくことを狙う。

サロゲートモデルから得られる μ(x),σ(x) を用いて獲得関数 a(x) を定義し、

xnext=argmaxxa(x;μ,σ)

とする。期待改善(Expected Improvement, EI)の一例は

z(x)=μ(x)fbestξσ(x)EI(x)=(μ(x)fbestξ)Φ(z)+σ(x)ϕ(z)

であり、Φ,ϕ は標準正規分布の累積分布関数と確率密度関数、ξ は探索性を調整するパラメータである。

3. データと表現

MIでは、対象が「結晶」「非晶質」「界面」「多相」「スペクトル」「画像」「時系列」など多様であるため、目的に応じた表現を用いる必要がある。

3.1 組成の表現

組成のみを入力とする場合、以下のような記述が用いられる。

  • 元素ごとのモル比ベクトルc=(cH,cHe,,cU)
  • 元素のスカラー特徴(電気陰性度、原子半径、イオン化ポテンシャルなど)の組み合わせ
  • 組成記号を直接扱う埋め込み(文字列やグラフとしての扱い)

3.2 構造の表現:グラフと等変モデル

結晶構造は、原子をノード、近接原子対をエッジとみなすグラフとして表現されることが多い。

  • ノード特徴: 元素種、局所環境指標(配位数、局所対称性など)
  • エッジ特徴: 原子間距離、方向、結合秩序など

グラフニューラルネットワーク(GNN)では、メッセージパッシングにより

hi(l+1)=ϕ(hi(l),jN(i)ψ(hi(l),hj(l),eij))

のようにノード特徴を更新し、最終的に全体の表現ベクトルを得る。ここで N(i) は近接ノード集合である。

さらに、回転・並進対称性に整合した等変モデル(E(3)-equivariant GNNなど)では、エネルギー E をスカラー場、力 Fi をベクトル場として扱い、

Fi=Eri

の関係を満たすように設計される。この性質により、分子動力学や格子緩和に直接利用できる機械学習ポテンシャルが構築される。

3.3 スペクトル・画像・時系列

  • スペクトル(XRD, XAFS, XES, XMCDなど)
    観測値をエネルギー・波数・散乱ベクトルに対する関数として扱い、畳み込み型ネットワークやトランスフォーマーモデルで解析する。

  • 画像(顕微鏡像、磁区パターンなど)
    画像を2Dまたは3Dテンソルとして扱い、パターン認識・セグメンテーション・表現抽出に用いる。

  • 時系列(磁化応答、応力−ひずみ曲線、緩和挙動など)
    再帰型ネットワーク、トランスフォーマー、時系列クラスタリングなどを用いて動的挙動を解析する。

4. 基本的な応用シナリオ

4.1 物性予測とスクリーニング

既知の構造と物性からモデルを構築し、新しい組成・構造候補の物性を高速に予測する。例として、

  • 形成エネルギーやバンドギャップ
  • 弾性定数、熱伝導率、磁気モーメント
  • 触媒活性、イオン伝導率

などが挙げられる。第一原理計算で得られたデータベース(Materials Project, OQMD, NOMADなど)と連携することで、多数の候補を高速にふるいにかけることが可能となる。

4.2 機械学習ポテンシャルとマルチスケール連携

量子力学計算から得たエネルギー・力・応力を教師として、機械学習ポテンシャル(MLIP)を構築すると、

L(θ)=wEsEsE^θ(Cs)2+wFsisFi,sF^i,s(Cs)2+wσsσsσ^s(Cs)2

のような損失でパラメータを最適化する。ここで Cs は構造構成、Es,Fi,s,σs は量子計算から得た物理量である。

この種のポテンシャルを用いれば、第一原理分子動力学に比べて数桁高速な計算で、大規模系・長時間スケールのシミュレーションが実現される。

4.3 逆設計と生成モデル

生成モデル(変分オートエンコーダ、拡散モデル、フロー型モデルなど)を用いて、

  • 条件付きで結晶構造や組成を生成する
  • 物性値の制約下で構造を提案する

といった逆設計が試みられている。拡散モデルでは、ノイズからの反復的な除去過程により、訓練データ分布に従う構造を生成し、さらに物性条件を満たす方向へガイドする枠組みが導入されている。

4.4 実験条件の自律的探索

ベイズ最適化や強化学習を用いることで、

  • 合成条件(温度、時間、雰囲気、前駆体比など)
  • 熱処理条件
  • 測定条件(バイアス電圧、温度、磁場など)

を自動で提案し、各実験の結果を即座に取り込んで次の提案に反映する枠組みが広まりつつある。特に組成傾斜材料や高スループット測定と組み合わせると、短期間で広い設計空間をカバーできる。

5. 世界の動向

5.1 大規模データベースとオープンプラットフォーム

世界的には、以下のような計算材料データベースが整備されている。

プロジェクト主な内容特徴
Materials Project結晶構造・形成エネルギー・バンドギャップなどAPI提供、ワークフロー公開
OQMD大規模な第一原理エネルギーデータ不定比化合物を含む広い化学空間
NOMAD生データ(計算入力・出力)も含むリポジトリフェアデータ(FAIR原則)を重視
AFLOW自動第一原理計算のフレームワークとDB対称性解析やプロトタイプ分類

これらは、単なるデータ供給源にとどまらず、機械学習モデルの訓練・検証、ベンチマーク、逆設計の評価場として機能している。

5.2 深層学習と等変モデル

深層学習、とくにグラフニューラルネットワークや等変モデルの導入により、以下のような進展がある。

  • 応力テンソルやフォノン分散など、テンソル量の高精度予測
  • 非晶質や液体の構造情報からの物性推定
  • 結晶構造生成と安定性予測の同時最適化

これらは、量子化学分野のディープラーニングの発展と強く連動している。

5.3 生成AIと基盤モデル

自然言語や画像で成功した基盤モデルの考え方が、材料にも拡張されつつある。

  • 材料データ(構造・スペクトル・文献)を統合的に扱う表現学習
  • 大規模訓練済みモデルを、特定の材料系や物性に対して微調整する枠組み
  • 研究ノート、論文、特許などのテキスト情報から知識抽出を行う取り組み

特に生成モデルは、新規材料候補の提案だけでなく、計算や実験条件の提案にも応用されつつある。

6. 日本国内の動向

6.1 研究プロジェクトと政策動向

日本では、物質・材料研究機構(NIMS)の情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI^2I)や、JST・NEDOによる関連プロジェクトなどが、MIの基盤構築と応用を推進してきた。また、文部科学省によるAI for Scienceの議論の中で、MIは重要な柱として位置づけられている。

  • 高スループット合成・測定設備とMIを結びつけた研究
  • 産学連携によるデータ共有と解析手法の検討
  • 放射光・中性子施設のデータとMIの連携

が進められており、計測インフラが豊富な点は大きな強みである。

6.2 産業界での活用

自動車、鉄鋼、化学、電機、電池などの分野で、MIの導入が進みつつある。

  • 既存データの整理とモデル化による設計指針の抽出
  • 生産プロセスデータと材料特性データを統合した解析
  • 高強度合金、磁性材料、電池材料、触媒などでの材料設計・評価の効率化

などが報告されている。会社ごとにデータ構造や組織文化が異なるため、共通基盤と個別最適化をどう両立させるかが継続的な課題となっている。

6.3 世界との対比

観点世界の傾向日本の傾向
データ公開オープンデータ・オープンソースを重視非公開データとの両立が課題
基盤モデル大規模基盤モデルの開発競争分野特化モデルと連携を模索
実験設備分散して存在(放射光、中性子など)高輝度放射光などの集中拠点を活用
産学連携大規模コンソーシアム形成個別企業・大学の連携が中心

7. 現状の課題と技術的論点

7.1 データ品質とバイアス

MIでは、データの量だけでなく質が重要である。

  • 測定条件・計算条件・前処理の明示
  • 外れ値や系統誤差の扱い
  • 代表性の低いデータによるモデルバイアス

などが、モデルの信頼性に影響する。とくに、特定の物質系や測定条件に偏ったデータでは、外挿性能が低下しやすい。

7.2 外挿と汎化

機械学習モデルは、訓練データの分布から大きく外れた入力に対して、不自然な予測を行う可能性がある。これに対処するためには、

  • 不確かさ推定による外挿領域の検出
  • アクティブラーニングによる追加データ取得
  • 物理的制約(保存則、エネルギー安定性など)を含むモデル設計

などが重要となる。

7.3 物理モデルとの統合

純粋なデータ駆動だけではなく、物理モデルとの統合がMIの核心である。

  • 低次元の有効モデル(例:ハバード模型、スピン模型)との橋渡し
  • 第一原理計算の結果を用いたハイブリッドモデル
  • 偏微分方程式やエネルギー汎関数を損失関数に組み込む物理情報付き学習

により、データが乏しい領域や未知条件でも安定した予測を目指す方向性が強い。

8. 今後の展望

8.1 AI4Scienceとの融合

AI4Scienceは、MIを含む広い科学領域でのAI活用を視野に入れた概念である。MIは、その中でも

  • 多階層(電子構造→格子→欠陥→微細組織→マクロ特性)の連結
  • 実験・計算・理論・設計をまたぐループ設計

といった点で重要な役割を担うと考えられる。

8.2 マルチモーダル・マルチスケール統合

構造データ、スペクトル、画像、時系列、文献などを統合的に扱う枠組みが一層重要になる。

  • マルチモーダル表現学習により、「材料の指紋」を抽出する
  • 異なるスケール(原子・粒子・デバイス)を連結する中間表現を設計する
  • 実験と計算のギャップを埋めるための校正モデルを構築する

ことで、個別分野に閉じない材料理解が進むと期待される。

8.3 自律研究システムへの発展

MIとロボティクス、高度な計測インフラを組み合わせることで、

  • 研究目的の設定
  • 仮説の生成
  • 条件の提案と実行
  • データの解析とモデル更新

を一体的に進める自律研究システムが構想されている。この流れは、実験室や計算資源の使い方そのものを変える可能性がある。

まとめ

マテリアルズ・インフォマティクスは、データ・物理モデル・最適化を結びつけることで、材料設計と理解を大きく加速する枠組みである。監督学習・ベイズ最適化・生成モデル・機械学習ポテンシャルなどの手法は、材料固有の表現(組成、構造、スペクトル、画像、時系列)と組み合わさることで、その威力を発揮する。世界的には大規模データベースと深層学習が牽引役となり、日本国内でも計測インフラとMIを結びつけた取り組みが進展している。

今後は、AI4Scienceの文脈のもとで、マルチモーダル・マルチスケールの統合と自律研究システムの構築が進むと考えられる。マテリアルズ・インフォマティクスは、単なる解析技術を超えて、材料研究そのものの進め方を再設計する基盤技術として位置づけられていくのである。

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