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Materials Project(材料データベース)

Materials Project は、高精度第一原理計算(主に DFT)に基づく大規模材料データベースであり、結晶構造、安定性、電子構造、熱力学量、拡散特性などを網羅的に提供するプラットフォームである。計算科学・データ科学を一体化して新物質設計を進める上で中心的基盤となりつつある。

参考ドキュメント

1. 基本設計

Materials Project は、「計算物性情報を公開し、実験研究者・理論研究者・データ科学者が同一基盤で議論できる世界」を目指して設計されている。データは VASP を中心とした統一計算条件で生成され、物性比較やデータ解析に適した同質性をもつ。

入力は主に結晶構造 X であり、安定性、電子状態、拡散特性などの物性量 Y が高精度計算により与えられる。 形式的には、

XDFT pipelineY

と記述でき、数値データとして再利用可能な点が特徴である。

2. 提供される主なデータ

Materials Project が提供する中心的データ項目を以下の表にまとめる。

種類代表量説明
構造情報結晶構造、空間群、対称操作組成・構造探索の基盤情報
熱力学形成エネルギー、相図、安定性指標(Ehull)合成可能性評価、相安定性解析
電子構造バンド構造、DOS金属・半導体判定、電子状態解析
イオン輸送拡散バリア、安定拡散経路電池材料などのイオン伝導性解析
力学特性弾性定数テンソル機械的安定性、弾性率評価
表面・欠陥吸着エネルギー、欠陥形成エネルギー触媒・欠陥工学への応用

これらはすべて統一計算条件(標準化された PAW, U 値, k 点メッシュなど)で計算されており、異なる物質間での比較が可能である点が特徴である。

3. データ生成パイプライン

Materials Project の計算パイプラインは、次の段階を経てデータを生成する。

  1. 結晶構造取り込み(ICSD, 文献, ユーザー投稿)
  2. 構造最適化(全エネルギー最小化)
  3. 形成エネルギーの計算と凸包解析
    凸包距離 EhullEhull=EcompoundEconvexhullにより評価し、相安定性を定量化する。
  4. バンド構造・DOS 計算
  5. 追加計算(弾性定数、拡散バリアなど)

結果は MongoDB 形式で保存され、API により外部アクセス可能である。

4. Phase Diagram と Ehull の解釈

Materials Project の中心概念の一つが相安定性評価である。凸包(Convex Hull)は混合物の熱力学的安定性を判定する指標であり、

  • Ehull=0:熱力学的に最も安定な相
  • Ehull>0:準安定相または不安定相

実験化学では 30–50 meV/atom 程度の準安定相はしばしば合成可能であることが知られており、実験と計算の橋渡しとして重要な尺度である。

5. API を用いたデータ取得

Materials Project API は、結晶構造データ、物性データ、バンド構造などを機械可読な形式で取得するために広く利用されている。
REST API または Python API を通じて、結晶構造 X や物性 Y を研究用データとして直接取り込める。

典型的利用例(擬コード形式)

  • 組成から材料 ID を検索
  • 構造を再構成して第一原理計算へ投入
  • バンド構造・DOS を取得し材料設計に活用

API を利用することで、材料探索空間を高速にスクリーニングし、その後に詳細な DFT や ML モデルの学習を行うワークフローが構築できる。

6. 材料科学的観点での意義

Materials Project は単なるデータベースではなく、計算科学・実験科学・データ科学を接続する中核基盤である。

その意義は以下に整理できる。

  1. 計算条件の統一
    多数の材料について同一の計算条件を用いることで、物性の相対比較を可能にする。

  2. 相安定性・熱力学の定量化
    凸包解析により、「合成可能性」の予測が体系的に行える。

  3. データ駆動材料設計との整合性
    構造、形成エネルギー、DOS、弾性定数などの大量データが機械学習向けに整形式で利用可能である。

  4. 実験・理論の往復
    実験で得られた構造候補の妥当性チェック、あるいは未知材料の事前評価が迅速に行える。

  5. 国内外の研究との互換性
    日本国内でも多くの研究機関(AIST、NIMS、東大・京大・東北大・東工大など)が Materials Project と連携したデータ駆動材料開発を進めており、国際的な研究基盤として確立している。

7. 注意点

Materials Project のデータは高水準である一方、DFT 固有の制約を持つため、解釈には以下の点に留意する必要がある。

  • GGA(PBE)に基づくため、バンドギャップは系統的に過小評価される傾向がある
  • U 値の取り扱いは材種ごとに調整されているが、電子相関が強い材料では注意が必要
  • 凸包は 0 K 熱力学であるため、実験温度やエントロピー効果は別途評価が必要
  • 表面・欠陥計算はデータ量に偏りがあり、材料種によりカバレッジが異なる

これらは材料科学上の一般的前提であり、逆にいえば「どの部分が信頼でき、どの部分に追加計算が必要か」を判断する基準として有用である。

8. 国内外での応用例

Materials Project は以下のような領域で多数の応用が進んでいる。

  • 二次電池材料探索(Li, Na, Mg, 全固体電池)
  • 熱電材料のスクリーニング
  • 触媒材料(吸着エネルギーの比較)
  • 磁性材料(スピン分極、金属・半金属判定)
  • 高エントロピー材料の設計
  • 機械学習材料探索(Graph Neural Network, Transformer 系化学モデル)

日本国内でも、NIMS-MHMD、AIST-MDDB などと組み合わせた研究例が増えており、材料インフォマティクスの基盤として広く認知されている。

まとめ

Materials Project は、統一計算に基づく信頼性の高い材料データを大規模に提供する基盤であり、相安定性、電子状態、熱力学量などを体系的に扱うことができる。データ科学・第一原理計算・実験研究を接続する材料科学基盤としての役割は今後さらに重要性を増すと考えられる。