Skip to content

高周波計測技術

インピーダンスアナライザ、VNA、B-Hアナライザの測定は、観測量(電圧・電流・反射・透過・誘導電圧)が違うだけで、背後の支配方程式は電磁気学と線形応答理論で共通である。測定値を材料パラメータへ写像するには、回路・伝送線路・校正・信号処理・不確かさ評価が一体として必要である。

1. ベースとなる学問体系

参考ドキュメント

高周波特性評価の基礎は、

  1. 電磁気学(Maxwell方程式と物質方程式)
  2. 回路理論(集中定数回路、複素インピーダンス、等価回路)
  3. 伝送線路・マイクロ波工学(分布定数、散乱行列、参照面)
  4. 計測工学(励振・検出・同期、アナログフロントエンド)
  5. 信号処理(I/Q、FFT、積分、ドリフト補正、ノイズ)
  6. 計量標準(校正、誤差モデル、不確かさ、トレーサビリティ)
  7. 磁性物理(磁区・磁壁、緩和、渦電流、共鳴、非線形)

これらがどの測定器で前面化するかを表にまとめる。

領域インピーダンスアナライザVNAB-Hアナライザ
観測量Z=V/IS11,S21i(t),v2(t)
主要モデル等価回路、集中定数伝送線路、散乱行列誘導法、ループ積分
重要技術4端子対、治具補償、自己共振SOLT/TRL、参照面、デエンベディング位相整合、積分安定、電力段
物理の焦点小信号 μ(ω)広帯域 μ,ε、反射/透過大信号 B-H、損失 Pv

2. 電磁気学:測定系の最終的な親方程式

測定原理を最も一般に書くと Maxwell 方程式である。

×E=Bt,×H=J+DtB=0,D=ρ

物質方程式(線形・等方の基本形)は

B=μH,D=εE,J=σE

高周波の損失や位相遅れを扱うため、複素定数を導入する。

μ(ω)=μ(ω)jμ(ω),ε(ω)=ε(ω)jε(ω)

ここで μ は磁気的な吸収(損失)成分、ε は誘電損失成分である。導電損失は σ と結び付き、等価的に ε へ吸収される表現も可能である。

準静近似と分布定数化の境界

測定対象と周波数が上がるほど、電磁場は空間分布を持ち、集中定数近似が破綻する。代表的な目安は「対象寸法が波長の十分小さいとき集中定数、そうでなければ分布定数」である。分布定数になった瞬間に、VNAの散乱行列表現が自然になる。

3. 回路理論:インピーダンス測定の骨格

3.1 複素インピーダンスと等価回路

正弦定常の複素表示で、インピーダンスは

Z(ω)=V(ω)I(ω)=R(ω)+jX(ω)

コア付きコイルの最小モデルは

  • 巻線抵抗 Rw
  • コア由来の等価抵抗(磁気損) Rμ(ω)
  • インダクタンス L(ω)
  • 浮遊容量 Cp

であり、周波数上昇で Cp が支配的になり自己共振が現れる。

f012πLCp

3.2 4端子法・4端子対の意味

低インピーダンス測定では、リード抵抗や接触抵抗が Z に混入する。電流経路と電圧検出経路を分ける4端子法は、その混入を抑えるための計測学的工夫である。高周波ではさらにケーブルの寄生成分や結合が効くため、測定端子形態(2端子、4端子、4端子対)と治具モデル化が精度を決める。

3.3 Z(ω) から μ(ω) へ(トロイドの理想化)

トロイダルコアの実効断面積 Ae、実効磁路長 le、巻数 N に対して、理想化すると

L0=μ0N2AeleZ(ω)jωL0μr(ω)=ωL0μr(ω)+jωL0μr(ω)

よって直列等価に落とすと

Ls(ω)L0μr(ω),Rs(ω)ωL0μr(ω)

となる。実際には漏れ磁束、分布定数、巻線損失の補正が必要である。

4. 伝送線路・マイクロ波工学

4.1 伝送線路方程式と固有量

分布定数線路は単位長さあたりの R,L,G,C を持ち、伝搬定数 γ と特性インピーダンス Z0 を持つ。

γ(ω)=(R+jωL)(G+jωC),Z0(ω)=R+jωLG+jωC

損失の小さい近似では

γα+jβ,βωLC

材料を同軸・導波管・CPWに挿入すると、L,C,G,R が材料定数 μ,ε,σ で変化し、それが反射・透過として観測される。

4.2 散乱行列(Sパラメータ)の物理

VNAが直接測るのは進行波の比である。

b=Sa

1ポート反射は S11、2ポート透過は S21 に現れる。負荷インピーダンス ZL と反射係数 Γ

Γ=ZLZ0ZL+Z0

で結び付く。この式が「回路量」と「波の量」の変換の最短経路である。

4.3 校正と参照面:VNA測定と計測学

Sパラメータ測定では、基準面(参照面)をどこに置くかが測定値の意味を決める。校正(SOLT、TRLなど)は、系統誤差をモデルに基づいて除去し、参照面を定義する操作である。

  • SOLT:Short/Open/Load/Thru の標準器を用い、既知の反射と透過で誤差係数を同定する
  • TRL:Thru/Reflect/Line により、伝送線路上の参照面設定に強い

校正後も治具の残差が残る場合、デエンベディング(治具を数学的に取り除く)を行い、「試料端面」を参照面に近づける。

4.4 S11,S21 から μ,ε を得る(逆問題)

厚さ d の一様媒質に対し、伝搬定数と波インピーダンスは

γ(ω)=jωμ(ω)ε(ω),Z(ω)=μ(ω)ε(ω)

である。透過反射法(NRW系)では、S11,S21 を用いて界面反射係数 Γeγd を復元し、そこから μ,ε を推定する。位相の枝選択、共鳴近傍の不安定性、参照面誤差が精度を強く制約するため、「校正・治具・試料加工」を一体として設計する必要がある。

5. 誘導法とエネルギー積分:B-H測定の骨格(時間領域)

5.1 BとHの構成(トロイドの基本式)

一次巻線 N1 を励磁、二次巻線 N2 を検出とし、実効断面積 Ae、実効磁路長 le のトロイダル試料では

H(t)=N1i(t)lev2(t)=N2AedB(t)dtB(t)=1N2Aev2(t)dt

B-Hアナライザの核心は、(i) 励磁電流の精密取得、(ii) 積分の安定化、(iii) チャンネル間位相を含む周波数応答の補正にある。

5.2 損失の物理:ループ面積と複素透磁率

1周期あたりのエネルギー損失密度は

W=HdB

平均電力密度は

Pv=fHdB

正弦波・線形応答まで落とすと位相差 δ

μ=Bmμ0Hmcosδ,μ=Bmμ0HmsinδPv=ωμ0μHrms2

となり、B-H測定と小信号の μ は同じ物理を別の断面から観測していることが分かる。

5.3 時間領域固有の技術課題

積分による B(t) 構成では、DCオフセットが積分でランプ状に増幅されるため、オフセット除去や高域遮断(積分器の帯域設計)、デジタルでのドリフト補正が重要になる。また、高周波では電流検出・電圧検出間の位相差が損失の評価へ直接混入するため、周波数応答を含めた補正が本質となる。

6. 信号処理・計測工学:測定値を物理量へ翻訳する

6.1 同期検波(I/Q)と位相の確定

高周波では振幅だけでなく位相が物性推定に直結する。I/Q 検出は、信号 x(t) を基準 cosωt,sinωt で直交展開し、複素振幅を得る方法である。

X(ω)=I(ω)+jQ(ω)

これにより μ(ω),μ(ω) の推定や、Sパラメータの複素表示が安定化する。

6.2 フーリエ変換とスペクトル解析

時間波形 x(t) の周波数成分は

X(f)=x(t)ej2πftdt

で与えられる。B-H測定では、励磁波形の高調波を含む場合、BH の位相関係が周波数ごとに異なり得るため、波形品質(高調波含有)と解析(必要なら高調波別の損失分解)が問題になる。

6.3 ノイズと帯域:何が測定限界を決めるか

測定限界は、熱雑音、増幅器雑音、量子化雑音、位相雑音、外来ノイズにより決まる。高周波では方向性結合器やミキサを含むため、SNRだけでなく直交誤差(I/Q不均衡)や直流漏れも誤差源になる。

7. 計量標準と不確かさ:測定結果の信頼性

7.1 誤差の分類:系統誤差と偶然誤差

  • 偶然誤差:ノイズに起因し、平均化で低減しやすい
  • 系統誤差:校正不足、参照面ずれ、治具モデル不整合などで生じ、平均化では消えない

VNAでは系統誤差の扱いが特に重要であり、校正方式の選択(SOLT/TRL)と標準器モデルの精度が支配的になる。

7.2 不確かさ伝播の基本式

推定量 y=f(x1,x2,) の分散は、近似的に

uy2=i(fxi)2uxi2

で与えられる。ここで u は標準不確かさである。材料定数抽出では f が非線形かつ位相の枝を含むため、単純な線形化が難しい場面がある。その場合、周波数連続性や物理的拘束条件(受動性、因果律)を併用して推定の安定性を高めることが多い。

8. 治具・試料・実装:電磁場を望む形に作る技術

測定器が優秀でも、治具が電磁場を乱すと材料定数は正しく抽出できない。治具設計は「場の問題」である。

  • インピーダンス測定:トロイド巻線、1ターン治具、電極配置、リードの最短化
  • VNA測定:同軸管(air line)、導波管、CPW、試料挿入部の段差・ギャップ抑制
  • B-H測定:巻線配置、検出巻線の結合、電流帰路の磁界混入抑制、熱管理

高周波では、導体表面に電流が集中する皮相効果が現れる。

δ=2ρωμ

この式は、巻線抵抗の周波数増加、金属磁性体内部の渦電流損失、治具導体損失の増加を同一の言語で説明する。

9. 解析(逆問題)の設計:測る前にモデルを決める

高周波材料評価は「逆問題」の色が濃い。

  • Z(ω) 等価回路パラメータ μ(ω)
  • S11,S21 伝搬定数・反射係数 μ(ω),ε(ω)
  • i(t),v2(t)H(t),B(t)Pv,μa

逆問題では、モデルの選び方が結果を決める。例えば、強い分布定数化が起きているのに集中定数モデルで Z を解釈すると、μ の見かけ値が不自然な分散を示しうる。逆に、試料が十分小さく準静的なのに、過剰に複雑な伝送線路モデルを当てると、パラメータ同定が不安定化する。測定器選定は、物理モデル選定と同時に行うべきである。

まとめ

高周波磁気特性評価の基盤は、Maxwell方程式を出発点として、集中定数(インピーダンス)と分布定数(Sパラメータ)を適切に切り替え、時間領域の誘導法(B-H)でエネルギー積分へ落とす学理にある。校正と参照面、不確かさ、治具の電磁場設計、信号処理が、測定値を材料パラメータへ翻訳するための中核技術である。

関連研究