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高周波磁気特性の測定原理

軟磁性体の高周波特性は、測りたい量が「小信号の複素透磁率なのか」「大信号のB-Hと損失なのか」「RF伝送路中での材料定数なのか」で測定器と定式化が変わる。ここではインピーダンスアナライザ、VNA(ベクトルネットワークアナライザ)、B-Hアナライザを中心に、測定原理と背後の物理を整理する。

参考ドキュメント

1. 3つの観測量(Z,S,BH)

高周波特性評価では、観測量が概ね次の3系統に分かれる。

  • 回路量としての複素インピーダンス:Z(ω)=R(ω)+jX(ω)
  • 伝送量としての散乱パラメータ:Sij(ω)
  • 場の量としての磁化応答:B(t)H(t)、およびループ面積(損失)

各々は、線形・小信号の範囲では複素透磁率 μ(ω)=μ(ω)jμ(ω) を介して互いに接続できる。重要なのは、測定器が直接測っているのは「μ」ではなく、電圧・電流・反射・透過であり、そこから μ や損失に変換している点である。

1.1 複素透磁率と損失の関係式(線形・正弦波)

同一周波数 ω の正弦波で BHB(t)=Bmsin(ωt)H(t)=Hmsin(ωt+δ) と書けば、

  • 複素透磁率(振幅と位相から)

    • μ=Bmμ0Hmcosδ
    • μ=Bmμ0Hmsinδ
  • 体積損失(平均電力密度)

    • Pv=12ωμ0μHm2=ωμ0μHrms2
  • B-H ループ面積からの損失(一般波形でも成立)

    • Pv=fHdB

ここで μ は「位相遅れとして観測される損失成分」であり、渦電流・磁壁運動の緩和・スピン緩和・共鳴など複数機構の合算として現れる。

2. インピーダンスアナライザ:Z(ω) を測る

2.1 測定原理

インピーダンスアナライザは、試料(コイル・コア・等価回路)に交流電圧または交流電流を印加し、応答電流または電圧を計測して Z(ω)=V(ω)I(ω) を得る装置である。多くの高確度測定では4端子対(4TP)系の接続を用い、ケーブルや治具の寄生成分を校正・補償する。

測定結果 Z は、目的に応じて「直列等価」または「並列等価」に変換される。

  • 直列等価:Z=Rs+jωLs
  • 並列等価:Y=1Z=1Rp+1jωLp

この変換は単なる表記の違いではなく、損失の表れ方(RsRp か)と周波数依存の見え方を変えるため、報告時にはどちらの等価を採用したかを明記するのが望ましい。

2.2 コイルのZ(ω)と複素透磁率の関係

トロイダルコアに N 巻のコイルを巻き、実効断面積 Ae、実効磁路長 le とする。漏れ磁束が小さい理想化では

  • 幾何因子 L0=μ0N2Aele

  • 複素透磁率 μ がそのままインダクタンスに写像される:

    • Z(ω)jωL0μ(ω)=ωL0μ(ω)+jωL0μ(ω)

したがって直列等価に落とすと

  • Ls(ω)L0μ(ω)
  • Rs(ω)ωL0μ(ω)

となり、Rs は「損失の等価抵抗」として現れる。ここでの損失は、コアの磁気損失に加え、巻線抵抗、近接効果、治具損失、寄生容量により修飾されるため、測定系の等価回路化(コイル抵抗、浮遊容量、治具寄生)と分離が本質となる。

2.3 初透磁率・振幅透磁率・非線形性

小振幅・小信号で定義される初透磁率 μi は、応力・磁区構造・欠陥に敏感である一方、飽和へ向かう有限振幅では透磁率が変化し、振幅透磁率 μa(ある振幅での有効な傾き)が重要になる。フェライトなどでは、規格で指定された小さな励磁レベルで初透磁率を定義することがある。

インピーダンスアナライザは通常、小信号での μ(ω) を得るのに強い。DCバイアス重畳やAC振幅スイープ機能を併用すると、インダクタンスの非線形性(μa の変化、バイアス依存)も追える。

2.4 1ターン法

トロイダルコアに対し「1ターンの巻線を治具で構成」し、コア挿入前後のインダクタンス差から複素透磁率を算出する方式がある。巻線作業を省略でき、巻線によるばらつきや漏れ/分布定数の悪化を抑えやすい。周波数が上がるほど、巻線の分布容量と自己共振が効いてくるため、この種の治具は周波数上限を押し上げる方向に働く。

2.5 高周波数での物理

高周波では試料そのものだけでなく、測定系の電磁場分布が変化する。

  • 皮相効果(導体電流が表面へ集中)
    • スキン深さ:δ=2ρωμ
  • 巻線の自己共振(分布容量 Cp
    • 近似:f012πLCp
  • コア内部の渦電流損失(導電性材料で顕著)
  • 磁壁運動の緩和・共鳴(周波数で μ が下がり μ が増える帯域が現れる)

結果として、Z(ω) の測定は「材料定数」だけでなく「試料形状・治具電磁場・電流分布」を含む観測になる。ここを切り分けたい場合、次節のVNA(伝送路)形式が効く場面が多い。

3. VNA:Sパラメータ

3.1 測定原理

VNAは、ポートに入射する進行波 a と反射・透過する進行波 b の比として散乱パラメータを測る装置である。

  • 1ポート:S11=b1a1(反射)
  • 2ポート:S21=b2a1(透過)

Sパラメータは「エネルギーの流れ」を基準にしており、高周波回路・伝送線路・材料挿入体の評価に直接的である。

3.2 校正と参照面

VNA測定の生命線は校正である。校正は、系統誤差(指向性、反射追従、伝送追従など)を規定モデルで取り除き、参照面を定義する操作である。代表例は次である。

  • SOLT:Short-Open-Load-Thru(同軸系で標準が揃うと強い)
  • TRL:Thru-Reflect-Line(治具内やオンウエハ等、非同軸の参照面設定に強い)

治具・プローブ・クランプで試料を挿入する評価では、参照面を「試料端面」に近づける(デエンベディング)ことが、材料定数抽出の精度を左右する。

3.3 同軸管(airline)・導波管での材料定数測定(透磁率を含む)

材料を同軸管や導波管に充填(または挿入)し、S11,S21 から複素比誘電率 εr と複素比透磁率 μr を求める方法が広く用いられる。典型は Nicolson–Ross–Weir(NRW)系の透過反射法である。

厚さ d の一様試料に対し、界面反射係数 Γ と、試料内の伝搬因子 eγdγ=α+jβ)を導入する。すると

  • 伝搬定数:γ(ω)=jωμ(ω)ε(ω)
  • 波インピーダンス:Z(ω)=μ(ω)ε(ω)

(ここで μ=μ0μrε=ε0εr

測定した S11,S21 から Γeγd を求め、そこから μrεr を逆算する。実装上は、位相の枝選択や試料共鳴近傍での不安定性を避ける工夫(周波数連続性、群遅延整合、参照面の補正)が必要である。

3.4 VNAで見える高周波磁性の特徴

VNA形式で得る μr(ω) は、インピーダンス法より高い周波数帯まで伸ばしやすく、以下の特徴を同一フレームで捉えられる。

  • μ(ω) の分散と μ(ω) の吸収ピーク(緩和・共鳴)
  • 吸収体・シールド材としての反射損失・透過損失(Sパラメータそのもの)
  • 磁性と誘電性を同時に推定(με

また薄膜では、コプレーナ導波路(CPW)等に試料を載せ、VNAで複素透過(表示上は S21)を取り、磁場掃引と組み合わせてFMR(VNA-FMR)として減衰定数や共鳴線幅を抽出する流れもある。これは「高周波磁化ダイナミクス」を直接見る枠組みである。

4. B-Hアナライザ:B(t)H(t)を時系列で構成

4.1 測定原理(誘導法の基本式)

リング(トロイダル)試料に一次巻線 N1(励磁)と二次巻線 N2(検出)を施し、実効断面積 Ae、実効磁路長 le とする。

  • 磁界:H(t)=N1i(t)le
  • 二次巻線の誘導電圧:v2(t)=N2AedB(t)dt
  • よって磁束密度:B(t)=1N2Aev2(t)dt

ここで i(t) は一次電流であり、一般にはシャント抵抗で電圧に変換して取得する。

B-Hアナライザの本質は、上の「積分」と「位相整合」を、周波数帯域にわたって高確度に行うための計測系(アンプ、検出器、位相補償、デジタル演算)である。

4.2 損失の計算:ループ面積とクロスパワー

損失は体積あたり Pv=fHdB で与えられ、波形が正弦波でなくても成立する。数値的には、サンプリング点列 Hk,Bk に対して線積分(台形則など)で求める。

高周波で問題になるのは、B を作る積分回路や電流検出回路の位相・振幅誤差である。B-Hアナライザでは、チャンネル間の周波数特性差を事前に測り、周波数ごとに位相差を補正することで、微小なコア損失まで測れる設計思想が採られることが多い。

4.3 高励磁レベルでの意味:パワエレ用コアに必要な量

インピーダンス法やVNA法が基本的に小信号の μ に強いのに対し、B-Hアナライザは「高励磁レベルでの損失」や「振幅透磁率」を狙う。高周波スイッチング電源・インダクタ・トランス用途では、材料の比較指標が

  • Pv(f,Bm,T,Hdc)
  • μa(f,Bm)

のように、周波数だけでなく磁束密度振幅 Bm やDCバイアス、温度を伴うことが多く、B-H系の測定が直接的になる。

4.4 リング試料・ギャップ・漏れ磁束の扱い

B-H測定の式は「閉磁路・漏れ磁束が小さい」ことを暗黙に使っている。ギャップを持つコアや漏れが大きい系では、HB の定義に補正が必要になる。ギャップ部とコア部での磁束保存や磁界分布を仮定し、幾何学的に換算する考え方が整理されている。

5. 3つの測定器をどう使い分けるか

5.1 目的別の向き不向き

観点インピーダンスアナライザVNAB-Hアナライザ
直接の観測量Z(ω)=V/IS11,S21v2(t),i(t) から B(t),H(t)
得たい代表量L,R,Q,μ(小信号)εr,μr、反射・透過B-H ループ、Pvμa(大信号)
周波数帯の得意領域低周波〜RF(装置・治具依存)RF〜マイクロ波(装置・治具依存)低周波〜パワエレ帯(装置・アンプ依存)
磁化振幅小さい(線形)小さい(線形)大きい(非線形を含む)
試料形状巻線トロイド、治具トロイド、コイル同軸管・導波管・CPW等リング試料、コア(巻線)
主な強みL/R/Qが直接、材料比較が速い伝送路内で材料定数抽出、より高周波へ損失をループ積分で評価、高励磁レベルに直結
主な難しさ巻線・寄生・自己共振の影響が大きい校正・参照面・枝選択・治具モデルが本質位相誤差と積分の確度、外部電力段の品質

5.2 校正・補正の考え方(VNA中心)

手法概要向く状況
SOLT同軸の標準器(Short/Open/Load/Thru)で誤差を補正同軸ケーブル・同軸治具が整う測定
TRLThru/Reflect/Line を使い、参照面を伝送線路内に定義治具内測定、オンウエハ、非同軸測定
デエンベディング治具や配線のSパラメータを数式的に除去試料以外の寄与を分離したい場合

6. 「材料の物理」と「測定系の物理」を分ける視点

高周波特性評価では、材料の応答そのもの(磁区・スピン・渦電流)に加えて、測定系が作る電磁場と電流分布が結果を規定する。両者を分けるための代表的視点を挙げる。

  • 形状因子の管理:Ae,le の定義、閉磁路の成立
  • 分布定数化の判定:f0(2πLCp)1 を意識し、自己共振以下で議論する
  • 導電性材料のスキン深さ:δ=2ρ/(ωμ) で渦電流の強さが変わる
  • 線形(微小)と非線形(高励磁)の分離:μ(ω)Pv(f,Bm) は同一物理の異なる断面である

この分離がどこまで可能かは、目的と試料形状で決まる。例えば、パワエレ用コアの比較では Pv(f,Bm) が主役であり、VNAで得た微小信号 μ は「メカニズム理解には有用だが仕様値そのものではない」ことが多い。一方、吸収体やEMC材では S11,S21 そのものが性能指標になりうる。

7. 規格の位置づけ

測定条件(波形、リング試料、励磁レベル、損失算出法)を共通化するためにIEC規格が参照される。リング試料のAC磁気特性測定はIEC 60404-6が広く引用され、コアの高励磁レベルでの損失・透磁率評価にはIEC 62044-3が扱う範囲が近い。

規格は「装置の選定」を規定するのではなく、「何を同一条件とみなすか」を規定する。したがって、インピーダンス法・VNA法・B-H法のどれを採用しても、条件の言語化(試料形状、励磁、温度、校正)を揃えることで比較可能性が上がる。

まとめ

インピーダンスアナライザは Z(ω) を通じて小信号の μ(ω) と等価回路を短距離で結び、VNAは S パラメータから伝送路内の ε,μ と吸収・反射を広帯域で捉え、B-Hアナライザは B(t),H(t) を構成して高励磁レベルの損失と非線形応答を直接評価する枠組みである。目的と試料形状に応じて観測量(Z/S/B-H)を選び、どの変換(積分・校正・等価回路・逆問題)を介して材料パラメータへ落としているかを明示することが、高周波特性評価の再現性と解釈可能性を決めるのである。

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