高周波磁気特性の測定原理
軟磁性体の高周波特性は、測りたい量が「小信号の複素透磁率なのか」「大信号のB-Hと損失なのか」「RF伝送路中での材料定数なのか」で測定器と定式化が変わる。ここではインピーダンスアナライザ、VNA(ベクトルネットワークアナライザ)、B-Hアナライザを中心に、測定原理と背後の物理を整理する。
参考ドキュメント
- 16454A Magnetic Material Test Fixture https://www.keysight.com/jp/ja/product/16454A/magnetic-material-test-fixture.html
- B-Hアナライザ FAQ https://www.iwatsu.co.jp/tme/sy/b-h_faq/
- 大阪府立産業技術総合研究所, 同軸管による高周波材料定数の測定 https://orist.jp/technicalsheet/3010.PDF
1. 3つの観測量( )
高周波特性評価では、観測量が概ね次の3系統に分かれる。
- 回路量としての複素インピーダンス:
- 伝送量としての散乱パラメータ:
- 場の量としての磁化応答:
と 、およびループ面積(損失)
各々は、線形・小信号の範囲では複素透磁率
1.1 複素透磁率と損失の関係式(線形・正弦波)
同一周波数
複素透磁率(振幅と位相から)
体積損失(平均電力密度)
B-H ループ面積からの損失(一般波形でも成立)
ここで
2. インピーダンスアナライザ: を測る
2.1 測定原理
インピーダンスアナライザは、試料(コイル・コア・等価回路)に交流電圧または交流電流を印加し、応答電流または電圧を計測して
測定結果
- 直列等価:
- 並列等価:
この変換は単なる表記の違いではなく、損失の表れ方(
2.2 コイルの と複素透磁率の関係
トロイダルコアに
幾何因子
複素透磁率
がそのままインダクタンスに写像される:
したがって直列等価に落とすと
となり、
2.3 初透磁率・振幅透磁率・非線形性
小振幅・小信号で定義される初透磁率
インピーダンスアナライザは通常、小信号での
2.4 1ターン法
トロイダルコアに対し「1ターンの巻線を治具で構成」し、コア挿入前後のインダクタンス差から複素透磁率を算出する方式がある。巻線作業を省略でき、巻線によるばらつきや漏れ/分布定数の悪化を抑えやすい。周波数が上がるほど、巻線の分布容量と自己共振が効いてくるため、この種の治具は周波数上限を押し上げる方向に働く。
2.5 高周波数での物理
高周波では試料そのものだけでなく、測定系の電磁場分布が変化する。
- 皮相効果(導体電流が表面へ集中)
- スキン深さ:
- スキン深さ:
- 巻線の自己共振(分布容量
) - 近似:
- 近似:
- コア内部の渦電流損失(導電性材料で顕著)
- 磁壁運動の緩和・共鳴(周波数で
が下がり が増える帯域が現れる)
結果として、
3. VNA:Sパラメータ
3.1 測定原理
VNAは、ポートに入射する進行波
- 1ポート:
(反射) - 2ポート:
(透過)
Sパラメータは「エネルギーの流れ」を基準にしており、高周波回路・伝送線路・材料挿入体の評価に直接的である。
3.2 校正と参照面
VNA測定の生命線は校正である。校正は、系統誤差(指向性、反射追従、伝送追従など)を規定モデルで取り除き、参照面を定義する操作である。代表例は次である。
- SOLT:Short-Open-Load-Thru(同軸系で標準が揃うと強い)
- TRL:Thru-Reflect-Line(治具内やオンウエハ等、非同軸の参照面設定に強い)
治具・プローブ・クランプで試料を挿入する評価では、参照面を「試料端面」に近づける(デエンベディング)ことが、材料定数抽出の精度を左右する。
3.3 同軸管(airline)・導波管での材料定数測定(透磁率を含む)
材料を同軸管や導波管に充填(または挿入)し、
厚さ
- 伝搬定数:
- 波インピーダンス:
(ここで
測定した
3.4 VNAで見える高周波磁性の特徴
VNA形式で得る
の分散と の吸収ピーク(緩和・共鳴) - 吸収体・シールド材としての反射損失・透過損失(Sパラメータそのもの)
- 磁性と誘電性を同時に推定(
と )
また薄膜では、コプレーナ導波路(CPW)等に試料を載せ、VNAで複素透過(表示上は
4. B-Hアナライザ: と を時系列で構成
4.1 測定原理(誘導法の基本式)
リング(トロイダル)試料に一次巻線
- 磁界:
- 二次巻線の誘導電圧:
- よって磁束密度:
ここで
B-Hアナライザの本質は、上の「積分」と「位相整合」を、周波数帯域にわたって高確度に行うための計測系(アンプ、検出器、位相補償、デジタル演算)である。
4.2 損失の計算:ループ面積とクロスパワー
損失は体積あたり
高周波で問題になるのは、
4.3 高励磁レベルでの意味:パワエレ用コアに必要な量
インピーダンス法やVNA法が基本的に小信号の
のように、周波数だけでなく磁束密度振幅
4.4 リング試料・ギャップ・漏れ磁束の扱い
B-H測定の式は「閉磁路・漏れ磁束が小さい」ことを暗黙に使っている。ギャップを持つコアや漏れが大きい系では、
5. 3つの測定器をどう使い分けるか
5.1 目的別の向き不向き
| 観点 | インピーダンスアナライザ | VNA | B-Hアナライザ |
|---|---|---|---|
| 直接の観測量 | |||
| 得たい代表量 | |||
| 周波数帯の得意領域 | 低周波〜RF(装置・治具依存) | RF〜マイクロ波(装置・治具依存) | 低周波〜パワエレ帯(装置・アンプ依存) |
| 磁化振幅 | 小さい(線形) | 小さい(線形) | 大きい(非線形を含む) |
| 試料形状 | 巻線トロイド、治具トロイド、コイル | 同軸管・導波管・CPW等 | リング試料、コア(巻線) |
| 主な強み | L/R/Qが直接、材料比較が速い | 伝送路内で材料定数抽出、より高周波へ | 損失をループ積分で評価、高励磁レベルに直結 |
| 主な難しさ | 巻線・寄生・自己共振の影響が大きい | 校正・参照面・枝選択・治具モデルが本質 | 位相誤差と積分の確度、外部電力段の品質 |
5.2 校正・補正の考え方(VNA中心)
| 手法 | 概要 | 向く状況 |
|---|---|---|
| SOLT | 同軸の標準器(Short/Open/Load/Thru)で誤差を補正 | 同軸ケーブル・同軸治具が整う測定 |
| TRL | Thru/Reflect/Line を使い、参照面を伝送線路内に定義 | 治具内測定、オンウエハ、非同軸測定 |
| デエンベディング | 治具や配線のSパラメータを数式的に除去 | 試料以外の寄与を分離したい場合 |
6. 「材料の物理」と「測定系の物理」を分ける視点
高周波特性評価では、材料の応答そのもの(磁区・スピン・渦電流)に加えて、測定系が作る電磁場と電流分布が結果を規定する。両者を分けるための代表的視点を挙げる。
- 形状因子の管理:
の定義、閉磁路の成立 - 分布定数化の判定:
を意識し、自己共振以下で議論する - 導電性材料のスキン深さ:
で渦電流の強さが変わる - 線形(微小)と非線形(高励磁)の分離:
と は同一物理の異なる断面である
この分離がどこまで可能かは、目的と試料形状で決まる。例えば、パワエレ用コアの比較では
7. 規格の位置づけ
測定条件(波形、リング試料、励磁レベル、損失算出法)を共通化するためにIEC規格が参照される。リング試料のAC磁気特性測定はIEC 60404-6が広く引用され、コアの高励磁レベルでの損失・透磁率評価にはIEC 62044-3が扱う範囲が近い。
規格は「装置の選定」を規定するのではなく、「何を同一条件とみなすか」を規定する。したがって、インピーダンス法・VNA法・B-H法のどれを採用しても、条件の言語化(試料形状、励磁、温度、校正)を揃えることで比較可能性が上がる。
まとめ
インピーダンスアナライザは
関連研究
- https://helpfiles.keysight.com/csg/N1500A/9018-01409.pdf
- https://cdn.standards.iteh.ai/samples/19819/684d271aa22f443492060417ebd385bf/IEC-60404-6-2018.pdf
- https://cdn.standards.iteh.ai/samples/108376/28872fbb6b1744fdbf5e2f08e2fdd0c0/IEC-62044-3-2023.pdf
- https://www.iwatsu.co.jp/tme-data/pdf/015_B-H_analyzer_FAQ_s15.pdf
- https://www.iwatsu-europe.com/en/download/bh/SY-82XX_manual_V11.pdf
- https://www2.kek.jp/imss/pf/science/publ/acr/archive/PF_Act_Rep_1994_12RB.pdf
- https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/Legacy/TN/nbstechnicalnote1355r.pdf
- https://dl.cdn-anritsu.com/en-us/test-measurement/files/Manuals/Measurement-Guide/10410-00318AH.pdf
- https://www.keysight.com/us/en/assets/7018-06749/technical-overviews/5091-3645.pdf
- https://product.tdk.com/system/files/dam/doc/content/emc-guidebook/ja/jemc_basic_06.pdf
- https://apmc-mwe.org/mwe2018/pdf/tut17/TH5A-2.pdf
- https://www.nfcorp.co.jp/files/ZGA5920_InstructionManual_Jp-1.pdf
- https://webstore.iec.ch/en/publication/65822
- https://webstore.iec.ch/en/publication/72955