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プリアンプの物理と基礎

プリアンプは、センサ/試料が生む微小信号を、後段(ADC、ロックイン、スペアナ、VNA、デジタル処理)が扱える形へ変換する第一段の増幅器である。第一段の雑音・入力特性・安定性が、系全体の感度・再現性・周波数応答をほぼ決める。

参考ドキュメント

1. プリアンプが担う役割

プリアンプの本質は、信号の大きさを上げることよりも、信号源と計測器の間にある物理的な不整合を解消することである。代表的な役割は次の通りである。

  1. 感度の確立 微小信号に対し、後段の量子化雑音や内部雑音が支配的にならないように、必要な利得を最初に付与する。

  2. インピーダンス変換と負荷影響の抑制 信号源インピーダンスが高い場合に、入力バイアス電流・漏れ・入力容量などによる信号の歪みや減衰を抑える。

  3. 変換(電流→電圧、電荷→電圧、差動→単端、単端→差動) フォトダイオード電流、圧電センサ電荷、ブリッジ出力など、信号の自然な表現を計測系が扱える形に写像する。

  4. 帯域整形と安定化 必要帯域に限定し、不要帯域を落とすことで雑音を下げる。高周波では安定度(位相余裕)を保ち、発振・リンギングを避ける。

  5. 外乱結合の低減 差動化、シールド、ガード、参照点(リターン経路)の設計により、外来電磁界や共通モードの混入を抑える。

2. 雑音の物理:スペクトル密度

プリアンプの性能議論は、電圧雑音密度と電流雑音密度を核に組み立てると見通しがよい。

2.1 抵抗の熱雑音

抵抗 R の熱雑音(白色雑音)の電圧雑音密度は

en,th=4kBTR [V/Hz]

である。帯域 Δf で積分すると

vn,rms=4kBTRΔf

となる。高抵抗の信号源ほど電圧雑音が増える方向に働く。

2.2 電流の散弾雑音(shot noise)

電流 I には、離散キャリアに由来する雑音が伴い、電流雑音密度は

in,sh=2qI [A/Hz]

である。電圧として観測される大きさは、周波数依存のインピーダンス |Z(f)| を介して決まる。

2.3 アンプの入力換算雑音(電圧雑音 en と電流雑音 in

多くのプリアンプ(オペアンプ、計装アンプ、LNA)は、入力換算で 電圧雑音源 en,amp と電流雑音源 in,amp を持つモデルで整理できる。

信号源抵抗を Rs とすると、入力換算の総雑音密度は概形として

en,in2en,amp2+(in,ampRs)2+4kBTRs

となる。低 Rs では en,amp が効きやすく、高 Rs では in,amp と漏れ・絶縁が効きやすい、という設計の分岐がここから生まれる。

2.4 帯域を狭めれば雑音は下がる(ENBW)

白色雑音が支配的なら、等価雑音帯域幅 BENBW により

vn,rmsenBENBW

と見積もれる。したがって、必要帯域を定義し、前段で帯域を整形することが最も確実な低雑音化である。

3. 雑音のカスケード(Friisの式)

受信機・高周波プリアンプでは、雑音指数(Noise Figure)で議論することが多い。第1段の利得 G1 が大きいほど、後段雑音の寄与は 1/G1 だけ希釈される。

雑音因子 F(線形)を用いると、段数カスケードの基本式は

Ftot=F1+F21G1+F31G1G2+

である。ここで F1 を小さく、かつ G1 を適切に確保する設計が「第一段支配」を生み、プリアンプの位置づけを決定づける。

4. プリアンプの形式と適用領域

4.1 電圧プリアンプ(低雑音電圧増幅)

目的は、微小電圧を歪ませずに増幅し、後段の雑音や量子化を支配しないレベルへ持ち上げることである。 重要指標は、入力換算電圧雑音 en、1/f雑音、入力バイアス電流、入力容量、過渡応答(スルーレート)、安定度である。

4.2 計装アンプ(差動微小信号の獲得)

ブリッジセンサやリード線が長い系では、共通モード混入が支配的になりやすい。計装アンプは差動利得と高CMRRにより、共通モードを落として有効信号を取り出す思想である。

CMRRは

CMRR=20log10(AdAcm) dB

で定義されるが、実効CMRRは入力配線の不平衡や入力容量差で劣化しやすく、回路図だけでは決まらない量である。

4.3 トランスインピーダンスアンプ(TIA:電流→電圧)

フォトダイオードなどの電流出力に対して、帰還抵抗 Rf により電流を電圧へ変換する。理想的には

VoutIinRf

である。TIAは、入力容量(センサ容量+配線+アンプ入力)と帰還容量 Cf の組合せで位相余裕が変化しやすく、安定化(Cf 設計)と雑音計算が不可分である。

4.4 電荷アンプ(圧電など:電荷→電圧)

圧電センサは力や加速度を電荷として出力し、ケーブル容量や漏れの影響を強く受ける。電荷アンプでは、帰還容量 Cf により

VoutQinCf

のように電荷を電圧へ変換する。高インピーダンス入力の漏れを抑えるため、ガードリングや絶縁材の選択が設計の中心になる。

4.5 高周波LNA(RFプリアンプ)

GHz帯などでは、回路は集中定数よりも分布定数として振る舞い、インピーダンス整合とSパラメータで扱うのが自然である。ここでは雑音指数(NF)、利得、直線性、安定条件(発振しないこと)が柱となる。

5. 周波数帯で変わる支配因子

周波数帯の目安支配的課題有効な考え方
DC〜数十Hzオフセット、ドリフト、熱起電力、1/f雑音変調(反転・同期)、チョッパ/オートゼロ、等温化、低熱起電力配線
数十Hz〜数百kHz白色雑音と帯域、CMRR、入力容量ENBW設計、差動化、配線幾何(ループ最小)、適切な利得配分
数百kHz〜数十MHz位相余裕、寄生容量・寄生成分、レイアウト安定化補償、帰還の幾何、短いリターン、面内電流経路の設計
数十MHz以上伝送線路、反射、整合、放射結合Sパラ・整合、同軸・GND面、シールド、寄生インダクタ最小

6. なぜプリアンプは発振しやすいのか

負帰還増幅器は、位相が 180 近傍でループ利得が1を超えると正帰還となり、発振しうる。特にTIAや容量性負荷を駆動する構成では、入力容量と配線寄生が余分な極を生み、位相余裕を削る。

したがって、補償(例えば帰還に小容量を付与してノイズゲインを整形する等)により、ループの周波数特性を意図的に作る必要がある。ここは回路図よりも実装(配線長、帰還の取り回し、GND帰路)で結果が変わりやすい。

7. 雑音設計の実用式

各雑音源を入力換算へ揃え、二乗和で加えるのが基本である。例えば、電圧アンプで信号源が抵抗的(Rs)である場合、入力換算雑音密度は概形として

en,in2(f)=en,amp2(f)+(in,amp(f)Rs)2+4kBTRs

となる。ここに、抵抗分割や帰還抵抗・抵抗ネットワークの熱雑音、さらにフィルタの伝達関数 H(f) を掛けて積分し、vn,rms を得る。

TIAでは、入力容量と帰還要素が雑音の周波数依存を作るため、単純な B 則だけでは不足し、設計式(安定度と雑音の同時設計)を用いることが多い。

8. 実装が支配する領域

プリアンプは「回路」より「電磁界境界条件」に敏感である。微小信号では、次の要因が支配的になりうる。

  • 参照点(リターン電流経路)の定義 信号線だけでなく戻り道のインピーダンスが、混入や振動(リンギング)を決める。

  • 静電結合と磁界結合 ループ面積を縮め、信号線とリターンを近接させる(ツイスト、同軸など)ことで誘導起電力を抑える。シールドは電界結合に有効だが、どこへ落とすかで共通モードの流れ方が変わる。

  • ガードリング 高インピーダンス入力では、基板表面の漏れとケーブル絶縁が誤差電流を生む。入力周囲をガード電位で囲い、漏れ経路の電位差を小さくする設計が効く。

  • 材料の誘電吸収・マイクロフォニック 高抵抗・高インピーダンスでは、絶縁材の誘電体損失や機械振動が電荷変動として観測されることがある。

9. 代表的なプリアンプ仕様

仕様意味重要になりやすい場面
入力換算電圧雑音 en入力に換算した電圧雑音密度低抵抗源の電圧測定、広帯域増幅
入力換算電流雑音 in入力に換算した電流雑音密度高抵抗源、TIA、電荷アンプ
1/f雑音・コーナ周波数低周波で雑音が増える指標DC〜低周波の微小信号
入力バイアス電流入力へ流れ込む直流電流高抵抗源、電荷アンプ(漏れ相当)
オフセット・ドリフト直流のゼロ点と温度依存DC測定、長時間測定
GBW(利得帯域幅)ループ設計の上限尺度安定度、過渡応答、TIA補償
CMRR・PSRR共通モード/電源変動の抑圧長配線、ブリッジ、ノイズ環境
スルーレート大信号の追従限界パルス、広帯域、大振幅

10. まとめ

プリアンプは、信号源のインピーダンス、雑音源の種類(enin)、必要帯域(ENBW)、安定性(位相余裕)を同時に満たす第一段の変換器である。電圧増幅・差動獲得・TIA・電荷アンプ・RF LNAはいずれも同じ枠組みで整理でき、第一段の特性が後段の寄与を支配するため、雑音の入力換算とカスケードの理解が設計の中心になる。

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