アテンション機構と解釈性
Attention機構は、入力の各要素(トークン)が「他のどの要素をどれだけ参照するか」を学習し、重み付き和として情報を集約する仕組みである。材料科学では、元素間・原子環境間・ピーク間・文献中の概念間など、多対多の相互関係を同一の数理で扱える点が重要である。
参考ドキュメント
- Vaswani et al., Attention Is All You Need (NeurIPS 2017) https://papers.neurips.cc/paper_files/paper/2017/file/3f5ee243547dee91fbd053c1c4a845aa-Paper.pdf
- Harvard NLP: The Annotated Transformer(概念と実装の解説) https://nlp.seas.harvard.edu/annotated-transformer/
- Qiita:TransformerのSelf-Attentionをざっくり解説(日本語) https://qiita.com/age884/items/4ae64961e33d718b6fbd
1. 基本概念:Attentionは「学習される重み付き平均」である
トークン集合(または系列)を
- 重要度(重み)
を計算し - 出力
を得る
という「選択的な情報合成」を微分可能な形で実現する機構である。材料の文脈では、
2. Scaled Dot-Product Attention(Transformerで標準の形)
長さ
を作る(
で定義される。
ここで
は「トークン間の類似度行列」である により行ごとに確率分布(重み)へ正規化される は内積のスケールを抑え、学習を安定化するための係数である
材料データに写像すると、
3. Self-AttentionとCross-Attention
3.1 Self-Attention
Self-Attentionでは
- 組成トークン:元素同士の相互依存(例:FeとCoの同時添加の効果)
- 原子トークン:局所環境と中距離秩序の同時モデリング(ただし不変性設計が要点である)
- スペクトルトークン:主ピークだけでなく微小ピークや肩構造への参照
3.2 Cross-Attention(条件付き統合)
Cross-Attentionでは
材料科学では、以下のような「マルチモーダル統合」に相当する。
- 文献テキスト(合成条件や特徴語) ↔ 組成・構造・物性
- スペクトル ↔ 相ラベル ↔ 構造候補
- 計算(DFT特徴) ↔ 実験(スペクトルや顕微鏡像)
4. Multi-Head Attention:複数の観点を並列に学習する
Multi-Headでは、
とする。直感的には「見るべき相互関係の型」を複数同時に獲得する仕組みである。
材料の観点では、例えば
- あるヘッドは近接相互作用(局所環境)を拾い
- 別ヘッドは長距離相関(中距離秩序、弱い副ピーク、条件依存)を拾う といった分担が起こりうる(ただし、分担の解釈は慎重であるべきである)。
5. 位置情報と対称性
Self-Attention自体は「トークン集合の入れ替え」に対して等価になり得るため、系列や空間の意味付けには位置情報が必要となる。材料科学では、単なる位置埋め込みよりも「物理的対称性」に沿った符号化が重要である。
材料で頻出の要件
- 並進・回転・反射への不変性(あるいは等変性)
- 原子の入れ替え(同種原子の置換)に対する不変性
- 周期境界条件(PBC)
- 距離・角度・配位の妥当性
典型的な組み込み方針
- スペクトル:区間パッチ + 位置エンコーディング(2θやエネルギー軸)
- 結晶構造:距離・角度・格子(分率座標)などを用いた相対位置表現、あるいはGNN/等変性モデルとのハイブリッド
- 組成:元素トークンに濃度(連続値)を付与し、集合として扱う(順序は任意である)
6. Attentionを「物理的に意味のある参照」に制限する
Attentionは全結合参照になりやすいが、マスクにより参照可能範囲を制御できる。
マスクの例
- パディングマスク:可変長入力の無効部分を参照しない
- 因果マスク:自己回帰生成で未来を見ない
- 近傍マスク:原子トークンで一定距離以内のみ参照(計算量低減と物理帰納バイアスの付与)
- 相補情報マスク:測定条件が異なるデータを混ぜない、などドメイン制約
7. トークン設計の対応表
| 入力データ | トークンの単位 | 代表的な付与情報 | Attentionで学ばせたい関係 |
|---|---|---|---|
| 組成 | 元素 | 濃度、周期表特徴(半径など) | 元素間相互作用、置換効果の非線形性 |
| 結晶・原子配置 | 原子(または局所環境) | 元素種、近接距離、角度、分率座標、格子 | 局所環境と中距離秩序、PBC下の相関 |
| XRD/XAFS/XPS等 | 軸方向の区間パッチ、またはピーク列 | 位置、強度、幅、バックグラウンド | 主ピークと副ピークの整合、広域パターン |
| 顕微鏡像 | 画像パッチ | パッチ位置、スケール | 欠陥・組織の長距離相関、特徴部位の抽出 |
| 文献テキスト | サブワード | ドメイン語彙、単位、条件表現 | 物質名・条件・物性の関係抽出、知識埋め込み |
8. Attention重みの扱い方
Attention重み(行列
- スペクトル:注意マップが副ピークや肩に集中しているかを“仮説生成”に使う
- 構造:特定原子間の注意が強くても、対称性や表現のバイアスの可能性を検討する
- 併用:勾配ベース、摂動(ピーク除去・局所マスキング)、部分入力での頑健性評価と併用する
9. 計算量とスケーリング
標準Attentionは系列長
- 高分解能スペクトル(大きい
) - 大規模原子系(原子数が大きい
) がボトルネックになりやすい。
代表的な回避策
- パッチ化・ピーク列化(スペクトルのトークン数を減らす)
- 近傍制限(局所マスク、疎Attention)
- 階層化(粗視化→詳細の二段)
- ハイブリッド(GNNで局所、Transformerで大域)
まとめ
- Attention機構は、キー・クエリ・値による類似度計算と重み付き和により、入力内の相互関係を学習する汎用機構である。
- 材料科学への適用では、モデル選択以上に「トークン設計」「対称性・PBCの組み込み」「マスク」「評価設計」が性能と妥当性を支配する。
- Attention重みは解釈の手掛かりにはなるが因果の証明ではないため、摂動評価や物理整合性チェックと併用するのが実務的である。