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アテンション機構と解釈性

Attention機構は、入力の各要素(トークン)が「他のどの要素をどれだけ参照するか」を学習し、重み付き和として情報を集約する仕組みである。材料科学では、元素間・原子環境間・ピーク間・文献中の概念間など、多対多の相互関係を同一の数理で扱える点が重要である。

参考ドキュメント

1. 基本概念:Attentionは「学習される重み付き平均」である

トークン集合(または系列)を X={x1,,xL} とする。Attentionは本質的に、あるクエリ q に対して、候補のキー ki と値 vi の集合から

  • 重要度(重み) αi を計算し
  • 出力 y=iαivi を得る

という「選択的な情報合成」を微分可能な形で実現する機構である。材料の文脈では、i は「元素」「原子」「スペクトルの区間」「文中の語」「測定条件」などに対応させられる。

2. Scaled Dot-Product Attention(Transformerで標準の形)

長さ L、埋め込み次元 d の入力 XRL×d から、線形写像で

Q=XWQ,K=XWK,V=XWV

を作る(Q,K,VRL×dk など)。このとき注意は

Attn(Q,K,V)=softmax(QKdk)V

で定義される。

ここで

  • QK は「トークン間の類似度行列」である
  • softmax により行ごとに確率分布(重み)へ正規化される
  • 1/dk は内積のスケールを抑え、学習を安定化するための係数である

材料データに写像すると、QK は例えば「元素特徴の相性」「原子環境の相関」「ピーク同士の同時出現パターン」「文脈上の共起」などを表す“学習された相互作用行列”とみなせる。

3. Self-AttentionとCross-Attention

3.1 Self-Attention

Self-Attentionでは Q,K,V を同じ入力 X から作るため、各トークンが入力全体を参照して自己表現を更新する機構となる。材料科学では以下の対応が典型である。

  • 組成トークン:元素同士の相互依存(例:FeとCoの同時添加の効果)
  • 原子トークン:局所環境と中距離秩序の同時モデリング(ただし不変性設計が要点である)
  • スペクトルトークン:主ピークだけでなく微小ピークや肩構造への参照

3.2 Cross-Attention(条件付き統合)

Cross-Attentionでは Q を片方の入力(例:テキスト)、K,V を別の入力(例:構造やスペクトル)から作る。

CrossAttn(X(A),X(B))=softmax((X(A)WQ)(X(B)WK)dk)(X(B)WV)

材料科学では、以下のような「マルチモーダル統合」に相当する。

  • 文献テキスト(合成条件や特徴語) ↔ 組成・構造・物性
  • スペクトル ↔ 相ラベル ↔ 構造候補
  • 計算(DFT特徴) ↔ 実験(スペクトルや顕微鏡像)

4. Multi-Head Attention:複数の観点を並列に学習する

Multi-Headでは、h 個のヘッドで異なる射影を行い、

headj=Attn(XWjQ,XWjK,XWjV),MHA(X)=Concat(head1,,headh)WO

とする。直感的には「見るべき相互関係の型」を複数同時に獲得する仕組みである。

材料の観点では、例えば

  • あるヘッドは近接相互作用(局所環境)を拾い
  • 別ヘッドは長距離相関(中距離秩序、弱い副ピーク、条件依存)を拾う といった分担が起こりうる(ただし、分担の解釈は慎重であるべきである)。

5. 位置情報と対称性

Self-Attention自体は「トークン集合の入れ替え」に対して等価になり得るため、系列や空間の意味付けには位置情報が必要となる。材料科学では、単なる位置埋め込みよりも「物理的対称性」に沿った符号化が重要である。

材料で頻出の要件

  • 並進・回転・反射への不変性(あるいは等変性)
  • 原子の入れ替え(同種原子の置換)に対する不変性
  • 周期境界条件(PBC)
  • 距離・角度・配位の妥当性

典型的な組み込み方針

  • スペクトル:区間パッチ + 位置エンコーディング(2θやエネルギー軸)
  • 結晶構造:距離・角度・格子(分率座標)などを用いた相対位置表現、あるいはGNN/等変性モデルとのハイブリッド
  • 組成:元素トークンに濃度(連続値)を付与し、集合として扱う(順序は任意である)

6. Attentionを「物理的に意味のある参照」に制限する

Attentionは全結合参照になりやすいが、マスクにより参照可能範囲を制御できる。

マスクの例

  • パディングマスク:可変長入力の無効部分を参照しない
  • 因果マスク:自己回帰生成で未来を見ない
  • 近傍マスク:原子トークンで一定距離以内のみ参照(計算量低減と物理帰納バイアスの付与)
  • 相補情報マスク:測定条件が異なるデータを混ぜない、などドメイン制約

7. トークン設計の対応表

入力データトークンの単位代表的な付与情報Attentionで学ばせたい関係
組成元素濃度、周期表特徴(半径など)元素間相互作用、置換効果の非線形性
結晶・原子配置原子(または局所環境)元素種、近接距離、角度、分率座標、格子局所環境と中距離秩序、PBC下の相関
XRD/XAFS/XPS等軸方向の区間パッチ、またはピーク列位置、強度、幅、バックグラウンド主ピークと副ピークの整合、広域パターン
顕微鏡像画像パッチパッチ位置、スケール欠陥・組織の長距離相関、特徴部位の抽出
文献テキストサブワードドメイン語彙、単位、条件表現物質名・条件・物性の関係抽出、知識埋め込み

8. Attention重みの扱い方

Attention重み(行列 softmax())は「モデルが参照した割合」を示すが、因果を保証するものではない。材料科学では、以下の姿勢が実用的である。

  • スペクトル:注意マップが副ピークや肩に集中しているかを“仮説生成”に使う
  • 構造:特定原子間の注意が強くても、対称性や表現のバイアスの可能性を検討する
  • 併用:勾配ベース、摂動(ピーク除去・局所マスキング)、部分入力での頑健性評価と併用する

9. 計算量とスケーリング

標準Attentionは系列長 L に対して O(L2) の計算・メモリを要しやすい。材料では

  • 高分解能スペクトル(大きい L
  • 大規模原子系(原子数が大きい L) がボトルネックになりやすい。

代表的な回避策

  • パッチ化・ピーク列化(スペクトルのトークン数を減らす)
  • 近傍制限(局所マスク、疎Attention)
  • 階層化(粗視化→詳細の二段)
  • ハイブリッド(GNNで局所、Transformerで大域)

まとめ

  • Attention機構は、キー・クエリ・値による類似度計算と重み付き和により、入力内の相互関係を学習する汎用機構である。
  • 材料科学への適用では、モデル選択以上に「トークン設計」「対称性・PBCの組み込み」「マスク」「評価設計」が性能と妥当性を支配する。
  • Attention重みは解釈の手掛かりにはなるが因果の証明ではないため、摂動評価や物理整合性チェックと併用するのが実務的である。