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化学気相成長法(CVD)による薄膜形成の基礎

化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition; CVD)は、気相中の化学反応により基板表面上に固体薄膜を形成する方法であり、半導体デバイス製造から二次元材料合成に至るまで広く利用されている。欠陥の少ない結晶成長と優れた被覆性を両立できるため、微細構造上への高品質コーティングを実現する基本的な成膜技術である。

参考ドキュメント

  1. 関口敦「化学気相成長(Chemical Vapor Deposition: CVD)法の基礎」日本真空学会誌 59, 171–183 (2016).
  2. 鈴木基史「成膜の基礎」日本真空学会誌 57, 14-LC-013 (2014).
  3. 井ノ上泰輝, 丸山俊夫「原子層物質の化学気相成長の基礎」表面と真空 65, 20180861 (2022).

1. CVDの定義と位置づけ

化学気相成長法(CVD)は、基板近傍または基板表面で前駆体ガスが化学反応を起こし、その生成物として固体薄膜が基板上に形成されるプロセスである。一般的には高温環境下で行われ、生成物としては半導体、絶縁体、金属、セラミックスなど多様な材料が対象となる。

日本真空学会の解説では、CVDは「前駆体ガスの搬送・吸着・表面反応・脱離」の連鎖過程として整理され、欠陥の少ない結晶成長と良好な被覆特性を実現する成膜法として位置づけられている。

1.1 PVDとの比較における特徴

気相成長法全体の中で、PVDとCVDは次のように対比される。

  • PVD:固体ターゲットを物理的に気化もしくはスパッタし、その粒子を基板に直進的に堆積させる。
  • CVD:前駆体ガスを供給し、気相あるいは表面での化学反応により薄膜物質を生成させる。

原料の形態と駆動原理の違いにより、下記のような特徴が生じる。

2. 成膜法の比較(CVD・PVD・ALD)

CVD、PVD、ALD(Atomic Layer Deposition)の基本的な違いを表1に示す。

2.1 CVD・PVD・ALDの比較

成膜法原料形態駆動原理被覆性(コンフォーマリティ)膜厚制御代表的用途
CVDガス(前駆体)気相・表面の化学反応良好(複雑形状にも適用可)良好Si, SiO₂, Si₃N₄, 金属・セラミックス
PVD固体ターゲット物理的気化・スパッタ中程度(主に見通し線上)良好金属配線、工具コーティング、光学膜
ALDガス(パルス供給)表面自己終端反応の逐次繰り返し非常に良好(高アスペクト比構造)極めて高い超薄ゲート酸化膜、高k絶縁膜など

ALDは自己終端反応により原子層レベルの厚さ制御と優れた被覆性を実現する一方、CVDはより高い成膜速度と材料・プロセスの柔軟性を有している。

3. CVDプロセスの基本素過程

CVDは、一般に次の素過程から構成される。

  1. 前駆体ガスの供給と流動
  2. 基板近傍への拡散
  3. 基板表面への吸着
  4. 表面での化学反応(分解・置換・合成)
  5. 反応生成物の薄膜としての成長
  6. 副生成物ガスの脱離と排気

3.1 反応速度とArrhenius則

多くのCVD反応は、表面反応律速とみなすことができ、その反応速度定数 k はArrhenius則に従う。

k=Aexp(EaRT)

ここで、A は頻度因子、Ea は活性化エネルギー、R は気体定数、T は絶対温度である。基板温度の設定は、膜質と成膜速度の両方を決定する重要な要因である。

3.2 質量輸送とDamköhler数

CVDにおける成長速度 R は、気相から表面への質量輸送と、表面反応の速度のうち遅い方で律速されることが多い。これを定量的に評価するために、反応速度と質量輸送速度の比としてDamköhler数 Da を導入することがある。

Da=表面反応速度質量輸送速度
  • Da1 の場合:質量輸送律速
  • Da1 の場合:表面反応律速

プロセス条件(温度、圧力、ガス流量)を調整することで、望ましい律速条件を選択することができる。

4. CVD成長における表面・微細構造

4.1 吸着・反応・脱離の素過程

基板表面上での前駆体の挙動は、次のように整理される。

  • 吸着:前駆体分子が基板表面に物理吸着・化学吸着する。
  • 反応:吸着した分子が基板表面上で分解・再結合し、目的物質を形成する。
  • 脱離:副生成物ガス(HCl, H₂, NH₃ など)が表面から脱離し、排気される。

表面被覆率 θ を用いたLangmuir型の速度式などにより、吸着・反応・脱離の競合がモデル化されることが多い。

4.2 薄膜の成長モードと被覆性

CVDでは、PVDと同様に島状成長、層状成長、準層状成長が現れるが、ガス流れが多方向性であるため、微細構造の側壁や凹部にもガスが到達しやすく、被覆性に優れる傾向がある。特に低圧CVDやプラズマCVDでは微細トレンチ・スルーホール内部への成膜が可能であり、半導体プロセスで重要な役割を果たしている。

5. 主なCVDプロセスの分類

CVDは、圧力、エネルギー供給方法、前駆体の種類などにより多くの方式に分類される。表2に代表的な分類を示す。

5.1 CVDの主な分類

分類軸方式概要
圧力常圧CVD(APCVD)大気圧付近で行うCVD。装置構成が比較的単純。
低圧CVD(LPCVD)数百Pa程度の低圧で行う。粒子間衝突を抑制し均一性向上。
エネルギー熱CVD主として加熱によって反応を駆動。
プラズマCVD(PECVD)プラズマによる励起・分解を利用し、低温で成膜可能。
光CVD, 電場CVDなど光照射や電場など外場を併用する方式。
前駆体MOCVD有機金属化合物を利用するCVD。Ⅲ–Ⅴ族半導体などに利用。
ハロゲン系CVDSiH₄, SiCl₄ などハロゲン・水素含有ガスを用いる。

最近では、プラズマ、光、電場・磁場など外場の効果を積極的に利用したCVDプロセスも検討されており、核生成、結晶配向、相制御などに対する新たな制御手法として注目されている。

5.2 LPCVDとPECVDの特徴

低圧CVD(LPCVD)は、反応管内を数百Pa程度まで減圧した状態でガスを流し、高温で反応を進行させる。基板上の膜厚分布が均一になりやすく、半導体製造におけるSi₃N₄やポリシリコン堆積に広く用いられている。

プラズマCVD(PECVD)は、プラズマによって前駆体分子を活性化し、基板温度を相対的に低く抑えながら成膜できる点が特徴である。ディスプレイや太陽電池用のa-Si:H、低温ガラス基板上への膜形成など、温度制約の厳しい用途に適している。

6. 代表的なCVD材料系

6.1 シリコン・シリコン酸化膜・窒化膜

シリコン系材料はCVDの代表的対象であり、SiH₄, SiCl₄, TEOSなどの前駆体からSi, SiO₂, Si₃N₄が形成される。

例として、SiH₄によるSi薄膜形成では、表面反応の概略として

SiH4Si+2H2

が用いられる。また、TEOS(テトラエトキシシラン)とO₂を用いた場合のSiO₂堆積では、

Si(OC2H5)4+O2SiO2+副生成物

のような総括反応式で表される。

6.2 III–V族・II–VI族半導体

MOCVDでは、有機金属ガス(TMGa, TMAl, TMGaなど)と水素化物ガス(NH₃, AsH₃, PH₃など)を利用し、GaN, AlGaN, GaAs, InPなどのⅢ–Ⅴ族半導体が成長される。これらは青色LED、レーザーダイオード、高周波デバイスなどに広く用いられている。

6.3 二次元材料・原子層物質

グラフェン、h-BN、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDs, MoS₂, WS₂, WSe₂など)といった原子層物質の合成にもCVDが多用されている。日本国内の解説では、金属基板上でのグラフェン成長や、TMDのCVD成長メカニズムが詳述されている。

7. 品質とプロセスパラメータ

CVDにおける膜質(結晶性、組成、応力、欠陥密度など)は、プロセスパラメータと密接に関係する。

7.1 温度と圧力

  • 温度:反応速度と表面拡散を支配する。温度が低すぎると反応が進まず、アモルファス膜や多孔質膜になりやすい。高すぎると副反応や再蒸発が起こりやすくなる。
  • 圧力:ガスの平均自由行程と流れの様式を決定し、膜厚分布や反応領域を左右する。APCVDではガス拡散と対流が、LPCVDでは拡散的輸送が支配的となる。

7.2 ガス流量と組成

キャリアガスと前駆体ガスの流量比、反応ガスの分圧は膜組成と成長率に直接影響する。たとえば、SiH₄とNH₃によるSi₃N₄成膜では、ガス比によりN/Si比や水素含有量が変化する。

7.3 基板表面状態

基板表面の清浄度、結晶方位、表面エネルギーは核生成密度と成長モードを決定する。前処理(洗浄、プラズマ処理、シード層形成など)により成長開始挙動を制御し、膜の密着性や結晶性を改善できる。

8. CVDとPVDの機能的違い

CVDとPVDの違いを、機能面から整理する。

8.1 被覆性と形状追従性

CVDはガスが基板周囲を多方向から取り囲む形で供給されるため、トレンチ、ビア、細孔内部など複雑形状に対しても膜が成長しやすく、被覆性に優れる。PVDでは基本的に見通し線上への堆積が支配的であり、深い溝の側壁や底部への膜厚は薄くなりやすい。

8.2 材料・組成の自由度

CVDでは、前駆体の設計により多様な元素・組成の薄膜形成が可能であり、金属・半導体・絶縁体・セラミックスに加え、複合材料やドープ系材料にも対応しやすい。特にMOCVDにより、多元系Ⅲ–Ⅴ族半導体の組成・ドーピング制御が精密に行われている。

8.3 プロセススケールと産業応用

半導体製造ラインや大面積ガラス基板へのコーティングなど、大量生産・大面積成膜においてCVDは中核技術となっている。一方、PVDは金属膜や硬質膜、光学多層膜などに広く利用されており、両者は用途に応じて使い分けられている。

9. CVD研究・応用動向

日本では、CVDに関する基礎から応用まで多くの研究・解説が行われてきた。

  • 日本真空学会誌において、CVDの基礎とプロセス解析を体系的にまとめた講座記事が掲載されている。
  • 原子層物質のCVD成長に関する解説では、グラフェンやTMDの成長メカニズムとプロセス制御が詳しく論じられている。
  • 「成膜の基礎」などの総説では、PVDとCVDの違い、前駆体の形態、プロセス素過程などが整理されており、CVDの理解に有用である。

産業面では、半導体・フラットパネルディスプレイ・太陽電池・硬質膜コーティングなどにおいて、CVD装置メーカーや材料メーカーが多くの技術資料を公開しており、国内外での技術展開が進んでいる。

まとめと展望

化学気相成長法(CVD)は、気相中の化学反応を利用して基板上に固体薄膜を形成する技術であり、前駆体供給、輸送、表面反応、副生成物脱離という一連の素過程として理解される。本稿では、PVDとの比較を通じてCVDの位置づけを明らかにし、反応速度論・質量輸送の観点から成長過程を整理するとともに、代表的なプロセス(APCVD, LPCVD, PECVD, MOCVD)と材料系、膜質に対するプロセスパラメータの影響について概説した。

今後は、二次元材料や多元系高機能材料の精密合成、外場(プラズマ、光、電場・磁場など)を利用した高次構造制御、さらにはシミュレーション・データ科学を組み合わせたプロセス設計が一層重要になると考えられる。また、カーボンニュートラルや環境負荷低減の観点から、前駆体の選択やエネルギー効率、装置スケールの最適化も重要な研究課題であり、基礎化学・反応工学・装置工学を統合したCVD技術の高度化が期待されるであろう。

参考文献

  • H. O. Pierson, Handbook of Chemical Vapor Deposition (CVD): Principles, Technology, and Applications, Noyes Publications.
  • M. Sabzi et al., “Reactions Kinetics and the Deposition Mechanisms,” Coatings 13, 188 (2023).
  • Z. Cai et al., “Chemical Vapor Deposition Growth and Applications of Two-Dimensional Materials,” Chemical Reviews 118, 6091–6133 (2018).
  • H. Ago「グラフェンのCVD成長」応用物理 82, 1030–1036 (2013).
  • B. Singh et al., “Field-enhanced Chemical Vapor Deposition,” J. Mater. Chem. A (2025).
  • 各種技術資料「Various film deposition technologies and systems based on PVD and CVD」Shincron 技術ページ.