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JuKKRによる局所電子状態計算

JuKKRは、KKR(Korringa–Kohn–Rostoker)グリーン関数法に基づく全電子DFTコード群である。周期系から不純物埋め込み、散乱・輸送までを、同一の多重散乱形式で一貫して扱える点が特徴である。

参考ドキュメント

1. JuKKRで何ができるか

JuKKRは「Jülich KKR codes」として、複数のプログラムからなるコードファミリーとして提供されている。中心となる対象は以下である。

  • バルク結晶・多層膜・界面の電子状態(スピン分極、SOCを含む相対論計算を含む)
  • 不純物・欠陥・クラスターの埋め込み(ホスト系のグリーン関数を用いる)
  • 不規則性や散乱の取り扱い(合金モデル、欠陥散乱、応答・輸送への接続)
  • フェルミ面、ボルツマン輸送、応答テンソル(コードにより分担)
  • 動的磁化応答(時間依存DFTに相当する枠組みを扱う派生コードがある)
  • 超大規模系(線形スケーリングを指向した派生コードがある)

公開形態はオープンソース(MITライセンス)であり、研究コミュニティ主導で継続的に更新されている。

2. KKRグリーン関数と多重散乱

平面波基底の「波動関数を対角化する」見方と異なり、KKR法は原子中心の散乱体として系を捉え、エネルギーごとのグリーン関数からスペクトル量を構成する立場をとる。

2.1 基本式

単一サイト散乱を t(散乱行列)、幾何学(サイト間)情報を G0(構造定数)とすると、散乱経路演算子(scattering path operator)τ は典型的に

τ(E)=[t(E)1G0(E)]1

の形で与えられる。これにより、局所DOSや電荷密度、磁化密度などがグリーン関数から計算される。

2.2 不純物埋め込み(Dyson方程式)

不純物やクラスターは、ホストのグリーン関数(あるいは τhost)を基準に摂動として導入される。概念的には

Gimp=Ghost+GhostΔVGimp

のDyson方程式を解くことで、有限サイズの欠陥を周期系ホストへ埋め込むことができる。この形式は、欠陥が引き起こす局所的な電子状態変化や散乱を、ホストの計算結果と接続しやすい。

3. コード群の役割分担

JuKKRは用途別に実行ファイルが分かれている。典型的な位置づけを表にまとめる。

コンポーネント役割主な入出力(例)典型ユースケース
voronoi原子中心セル(ボロノイ分割)と初期ポテンシャル生成構造情報 → 立ち上げ用ポテンシャル新規系の初期化、層状系の準備
KKRhost周期系(バルク・界面・多層膜)の自己無撞着DFTポテンシャル ↔ 電荷密度(SCF)バンド/DOS、界面磁性、SOC込み電子状態
KKRimp不純物・クラスターの埋め込み(Dyson)ホストGF + 不純物定義 → 局所電子状態欠陥準位、局所磁気モーメント、散乱源の導入
PKKprime散乱・フェルミ面・ボルツマン輸送の評価host/imp情報 → 伝導度等のテンソルAHE/SHE、torkance、平均自由行程など
KKRsusc動的磁化応答(時間依存DFT相当)の計算電子状態 → 応答関数スピン感受率、励起スペクトル
KKRnano線形スケーリングを狙う超大規模系向け大規模系の近似GF計算巨大系・多欠陥系のスケール拡張

4. 代表的ワークフロー

4.1 周期系(バルク・界面)の電子状態

  1. 構造(格子・原子座標)を用意する
  2. voronoiでセル分割と初期ポテンシャルを作る
  3. KKRhostでSCFを回し、収束したポテンシャルとフェルミ準位を得る
  4. DOS・バンド(必要ならスピン分解、SOC込み)や局所磁気モーメントを評価する

4.2 不純物・欠陥

  1. 4.1で得たホストの情報から、埋め込み領域のホストGFを用意する
  2. 不純物(置換、空孔、クラスター、局所スピンテクスチャなど)を定義する
  3. KKRimpでDyson方程式を解き、局所DOSや電荷・磁化の変化、散乱情報を得る

4.3 輸送・散乱(PKKprime)

KKRimp/KKRhostの結果を入力として、線形化ボルツマン方程式に基づく応答テンソル(伝導度、スピン流、スピン軌道トルク応答など)を評価する流れとなる。

5. JuKKRの問題設定

  • 欠陥・不純物・界面の局所電子状態と、その散乱が支配的な物性を同じ枠組みで見たいとき
  • SOC起源の応答(AHE/SHE、トルクなど)を、電子構造と散乱を接続して議論したいとき
  • 合金・乱れ・有限温度効果を、平均化近似や散乱として取り込みたいとき
  • 大規模系や「欠陥をたくさん含む系」を、周期超胞の巨大化以外の方針で扱いたいとき

国内ではKKR系コードとしてAkaiKKRなども流通しており、同じグリーン関数・多重散乱の発想を共有するため、概念整理や用語統一に役立つ。

6. 設定で効いてくるポイント

  • 角運動量カットオフ lmax:遷移金属・重元素では収束が遅くなり、物性量(特にSOC起源)が敏感になり得る
  • エネルギー積分とメッシュ:グリーン関数法では複素エネルギー積分やサンプリング設計が安定性に効く
  • 層状系・界面:原子層の定義、真空/バリア層の扱い、ポテンシャルの継ぎ目に注意が要る
  • 不純物埋め込み:ホストと不純物領域の整合(参照フェルミ準位、クラスタ半径、自己無撞着の範囲)が結果解釈を左右する
  • 並列:PKKprimeなどはMPI/OpenMP並列を前提にスケールさせる設計になっている

7. 平面波DFT(例:VASP)との比較

  • VASP等:周期境界+超胞で欠陥を表現し、波動関数の対角化で進める構図になりやすい
  • JuKKR:周期系ホストのGFを基準に、欠陥をDyson方程式で埋め込み、散乱・輸送へ自然に接続しやすい

両者は競合というより補完であり、例えば「VASPで構造緩和、JuKKRで散乱・輸送評価」といった役割分担も考えられる。

まとめ

  • JuKKRはKKRグリーン関数法に基づくオールエレクトロンDFTコード群であり、周期系・不純物埋め込み・散乱/輸送までを同一形式で接続できるのが強みである。
  • voronoi → KKRhost →(必要なら)KKRimp →(必要なら)PKKprime、という最小の道筋を押さえると全体像が掴みやすい。
  • 設定の要点は lmax、エネルギー積分/メッシュ、ホストと埋め込み領域の整合であり、SOC起源の量ほど収束と整合性が効く。