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材料インフォマティクス(Materials Informatics)

4つのインフォマティクスのうち、「材料インフォマティクス」について概説する。

参考ドキュメント

1. 材料インフォマティクスとは何か

  • 材料インフォマティクス(Materials Informatics, MI)は、材料の組成・構造・プロセス条件と、物性・性能・信頼性などの出力をつなぐ「データ駆動型の材料設計・探索」の枠組みである。

  • 従来の「経験+試行錯誤」や「理論計算+勘」に加えて、

    • データベース
    • 機械学習・統計モデル
    • 最適化・ベイズ最適化 などを活用し、
    • 欲しい特性を満たす候補材料を効率よく見つける
    • 潜在的な有望材料の“探索空間”全体を俯瞰する
      ことを目指す。
  • この wiki では、材料インフォマティクスを「材料そのもの(組成・構造)」にフォーカスしたデータ駆動設計 として整理し、計測インフォマティクス(実験データ処理)、 プロセスインフォマティクス(プロセス条件設計)、物理インフォマティクス(物理モデル+データ)とは役割を分けて記述する。

2. 対象とスコープ

材料インフォマティクスが直接扱う主な対象は:

  • 材料の「組成」

    • 元素組成(例:Fe–Co–Ir の原子%、ドープ量、添加元素)
    • 相構成(フェライト+オーステナイト、アモルファス+ナノ結晶など)
  • 材料の「構造」

    • 結晶構造(空間群、格子定数、局所配位)
    • ミクロ・メゾ構造(粒径、析出物分布、磁区構造など)
    • ディスクリプタとして表現された構造特徴(局所環境指標、グラフ表現)
  • 材料の「機能・特性」

    • 電子物性:バンドギャップ、DOS、スピン分極など
    • 機械特性:強度・靭性・ヤング率など
    • 磁気特性:飽和磁化、保磁力、損失、磁歪など
    • 熱・輸送特性:熱伝導率、イオン伝導度など

プロセス条件(温度履歴、圧力、冷却速度など)や計測レシピは

  • 主に「プロセスインフォマティクス」「計測インフォマティクス」の範囲とし、
    ここでは「材料そのものの表現」と「特性予測・設計」を中心に扱う。

3. 材料データと特徴量

材料インフォマティクスの中心的な作業は、

  1. 材料を「数値ベクトル」として表現する(特徴量化)
  2. そのベクトルから物性・性能を予測するモデルを構築する

ことである。

3.1 組成ベースの特徴量

  • 元素組成から直接構成するディスクリプタ

    • 原子番号、電気陰性度、イオン半径、価電子数などの元素特性の
      • 加重平均
      • 分散・最大値・最小値
    • 合金系では「組成空間上の位置」として表現できる。
  • 例:

    • 平均電気陰性度、電気陰性度の分散
    • 平均原子半径、不整合度(平均からの偏差)
    • d 電子数の平均、磁性をもたらす元素の割合 など

3.2 構造・結晶ベースの特徴量

  • 結晶構造情報から抽出するディスクリプタ

    • 空間群、対称性に関連する指標
    • 原子間距離分布(RDF)、局所配位数
    • サイト別の Wyckoff 位置、占有率
  • グラフベースの表現

    • 原子をノード、結合・近接をエッジとみなすグラフ構造
    • グラフニューラルネットワーク(GNN)で直接扱う場合、 「手で特徴量を作る」ステップを省略できる。

3.3 マルチモーダル情報

  • 計測データ(XRD/XAFS/XMCD など)やシミュレーションデータ(DFT, MD)と組み合わせ、
    • 材料インフォマティクス側では「組成+構造」を、
    • 計測インフォマティクス側では「スペクトル・画像」を、
      それぞれ特徴量として扱い、後段で統合する、
      といった分担も考えられる。

4. モデル・手法

ここでは「材料の組成・構造 → 特性」を扱う代表的手法に絞る。

4.1 教師あり学習

  • 回帰モデル

    • 目的:特定の物性値(磁化、熱伝導率など)を予測する。
    • モデル例:
      • 線形回帰、リッジ・LASSO
      • ランダムフォレスト、勾配ブースティング
      • ニューラルネットワーク(MLP, GNN など)
  • 分類モデル

    • 目的:特性のクラス(超伝導 / 非超伝導、高損失 / 低損失など)を判別する。
    • モデル例:
      • ロジスティック回帰、SVM、ランダムフォレスト、
      • グラフニューラルネットワークによる物性クラス分類

4.2 教師なし学習・クラスタリング

  • 目的:

    • 新材料探索の前段階として、「似た性質の材料群」をグループ化する。
    • 潜在的に興味深いクラスター(異常クラス)を見つける。
  • 手法:

    • PCA, t-SNE, UMAP による低次元可視化
    • k-means, GMM, HDBSCAN などによるクラスタリング

4.3 ベイズ最適化・探索

  • 材料空間(組成・構造)の探索に使う手法。

    • 目的:少ないサンプル数で「特性が最大(あるいは特定の条件を満たす)」材料を見つける。
    • ガウス過程回帰やベイズニューラルネットワークを用い、 「予測値+不確かさ」を活用して次の候補点を選ぶ。
  • 実験・DFT 計算と組み合わせることで、

    • 貴重なビームタイムや計算資源を「情報量の高い候補」に集中させることができる。

5. 実行ワークフロー

材料インフォマティクスの標準的なフローを材料の組成・構造に限定して整理

  1. 目的設定

    • 例:
      「飽和磁化 Ms ≥ X, 鉄損 P ≤ Y を満たす Fe 系軟磁性材料を探索」
      「室温でバンドギャップ 1–2 eV の磁性半導体を探索」など。
  2. データ収集

    • 公開データベース(Materials Project, OQMD など)からの構造・物性データ。
    • 自前の DFT 計算・実験データ(測定条件は別ページで管理)。
    • データ品質のチェック(欠損値、外れ値、重複など)。
  3. 特徴量設計

    • 組成・結晶構造からのディスクリプタ生成。
    • グラフ表現・局所環境指標など、物理的に意味のある特徴量を考案。
  4. モデル構築

    • 教師あり学習による物性予測モデルの構築(回帰・分類)。
    • クロスバリデーションによる汎化性能の評価。
  5. 探索・最適化

    • ベイズ最適化やランダム探索で、未評価の候補材料を提案。
    • 有望候補を DFT/実験に回す(ここで計測・プロセス側と連携)。
  6. フィードバック

    • 新たに得た物性結果をデータベースに追加し、モデルをアップデート。
    • 「学習→提案→検証→更新」のループを回す。

6. 応用例

  • 高エントロピー合金の組成探索

    • 多元系の膨大な組み合わせ空間
    • 硬さ・靭性・耐食性を最適化する候補を提案
  • 電池・触媒材料

    • Li イオン伝導度、酸素還元活性などをデータ駆動で評価
    • 組成空間(ドープ量・置換)をベイズ最適化で効率的にスキャン
  • 磁性材料・スピントロニクス材料

    • 飽和磁化、磁歪、磁気異方性の組成依存性をモデル化
    • 目標値を満たす組成範囲を探索。
  • 熱電材料・熱機能材料

    • 複雑な組成・構造を持つ化合物
    • 高い ZT を達成しうる候補を絞り込む

7. 注意点・限界

  • データ品質

    • 測定条件・試料状態が違うデータを無造作に混ぜると、 ノイズに支配されたモデルになりやすい。
    • データの整合性・再現性の評価が重要(計測インフォマティクスとも連携)。
  • 外挿の危険

    • 観測されていない組成・構造領域へ外挿するとき、 予測は大きく外れる可能性がある。
    • 不確かさ推定(信頼区間)を導入して、「危険な予測」を識別することが望ましい。
  • 物理的妥当性

    • 単に精度の高いブラックボックスモデルを作るだけでは、 「なぜその材料が良いのか」が分からない。
    • 物理量に基づく特徴量設計や、物理インフォマティクス(物理モデル+データ)の導入により、 解釈性と汎用性を高めていく必要がある。

8. まとめ

  • 本ページ「材料インフォマティクス」では、材料の組成・構造に関するデータを中心に、特性予測・設計のためのデータ駆動アプローチを整理した。
  • ここで扱った内容は主に「材料そのものの表現(組成・構造)」と「その特性を予測・最適化するモデリング」にフォーカスしている。