磁気特性測定システム(MPMS)とSQUID磁力計の基礎
磁気特性測定システム(Magnetic Property Measurement System; MPMS)は、SQUID(Superconducting Quantum Interference Device)を用いた超高感度磁力計を中心とする統合システムであり、広い温度・磁場範囲で磁気モーメントを定量評価できる測定装置である。粉末・バルク・薄膜・ナノ粒子・超伝導体など、多様な磁性材料の基礎物性研究において事実上の標準装置の一つとなっている。
参考ドキュメント
- 日本カンタム・デザイン株式会社「磁気特性測定システム MPMS®3(製品詳細)」
https://www.qd-japan.com/products/mpms3/ - 日本カンタム・デザイン株式会社「カタログダウンロード:磁気特性測定システム MPMS®3」
https://www.qd-japan.com/catalog/ - 産業技術総合研究所 Nano-Processing Facility 「【NPF068】磁気特性測定システム(MPMS)」
https://tia-kyoyo.jp/object.php?code=22&f=1
1. MPMSの概要と位置づけ
MPMSは、超伝導量子干渉素子(SQUID)を検出素子とする磁力計と、超伝導マグネット・低温冷却機構・温度制御系・交換可能な測定オプションを一体化した磁気特性測定システムである。代表的な商用装置として、Quantum Design社のMPMSシリーズ(MPMS-XL、MPMS-5S、MPMS3など)が広く普及しており、日本国内でも大学・研究機関・企業で幅広く利用されている。
磁気特性測定システム MPMS®3 は、SQUIDを用いることで
2. SQUID磁力計の原理
2.1 SQUIDの基本概念
SQUIDは、超伝導ループ中にジョセフソン接合を含む磁束検出素子であり、磁束量子
の周期で電圧応答が変調される超高感度磁束計である。磁束がループに結合すると、ジョセフソン接合の位相差が変化し、ループに流れる超電流およびSQUID両端の電圧が変調される。この磁束–電圧変換特性を利用して、外部磁場あるいは試料の磁気モーメントに起因する磁束を検出する。
DC-SQUIDでは、超伝導ループ中に 2 つのジョセフソン接合が並列に接続されており、ループを貫く磁束
2.2 試料磁気モーメントと検出磁束
試料の磁気モーメントを
と表される。ここで
3. MPMSの装置構成と温度・磁場制御
3.1 基本構成
一般的なMPMSは以下のサブシステムから構成される。
- 超伝導マグネット(典型的には
〜 程度) - ヘリウムクライオスタットおよび再凝縮装置(最近は無冷媒設計・再凝縮ヘリウムシステムなど)
- 試料挿入チューブと試料ロッド
- ピックアップコイルとSQUID検出器
- 温度センサ(Ge抵抗、白金抵抗など)およびヒータ
- 磁場電源とマグネット保護回路
- 計測・制御用エレクトロニクスおよびPCソフトウェア
Nano-Processing Facility(AIST)のMPMS-5Sの例では、測定感度は
3.2 温度制御
温度制御は、試料チャンバー内に配置した温度センサとヒータによる閉ループ制御で行われる。一般的な構成では、40 K 以上ではPt抵抗、40 K 未満ではGe抵抗を用いる多レンジ温度測定方式が採用される:contentReference[oaicite:7]{index=7}。低温側ではヘリウム浴の蒸気圧をポンプで低下させることにより、
温度
に従うため、ヒータ出力
4. MPMSの測定モード
MPMSでは、SQUID磁束計と試料の相対運動の取り扱いにより、いくつかの測定モードが定義されている。
4.1 DCスキャンモード(DC Magnetization)
DCスキャンモードでは、試料ロッドを一定速度で上下方向に走査し、その間のSQUID電圧波形を取得する。理想的な点双極子試料に対するピックアップコイル列の応答関数
と書ける。ここで
DCスキャンは配置依存性を直接的に利用するため、背景信号や位置ずれの影響を受けやすい一方で、測定原理が明快であり、校正が取りやすい利点がある。
4.2 振動式高感度モード(RSO: Reciprocating Sample Option)
RSOモードでは、試料を小さな振幅(数 mm 程度)で高速往復運動させ、SQUID信号の交流成分をロックイン検出する。試料位置を
とすると、磁束
であり、誘起電圧は周波数
4.3 AC磁化測定モード(AC Susceptibility)
AC磁化測定では、DCバイアス磁場
から複素交流感受率
4.4 SQUID-VSMモード(SQUID-Vibrating Sample Magnetometer)
最新のMPMS3では、SQUID検出器と試料振動機構を組み合わせた「SQUID-VSMモード」が用意されている。これはVSMのように連続振動による迅速な磁化測定を行いつつ、検出素子としてSQUIDを用いることで高い感度を両立させるモードである。
5. 測定可能な物性と解析
5.1 磁化–磁場曲線 –
磁化–磁場曲線は、外部磁場
であり、飽和磁化
を用いた解析も可能である。ここで
5.2 磁化–温度曲線 –
温度を掃引しながら一定磁場下の磁化
5.3 AC感受性と緩和ダイナミクス
AC感受性測定では、周波数依存性
などを用いて評価されることが多い。
6. MPMSの仕様例とVSMとの比較
6.1 仕様の一例
AIST Nano-Processing Facility におけるMPMS-5Sの仕様例と、MPMS3シリーズのカタログ情報を参考に、代表的な仕様を表1にまとめる。
表1 MPMSの代表的仕様例
| 項目 | MPMS-5S(例) | MPMS3(例) |
|---|---|---|
| 測定原理 | SQUID磁束計 | SQUID磁束計 |
| 測定感度 | ||
| 温度範囲 | ||
| 磁場範囲 | ||
| 測定モード | DC, RSO, AC | DC, SQUID-VSM, AC, オーブン等 |
| 冷却方式 | 液体He + 再凝縮オプション | 無冷媒設計・再凝縮Heなどの構成 |
6.2 VSMとの比較
VSM(振動試料型磁力計)とMPMS(SQUID磁力計)の主な違いを表2に示す。
表2 VSMとMPMSの比較(概略)
| 項目 | VSM | MPMS(SQUID) |
|---|---|---|
| 検出素子 | コイル+電圧検出 | SQUID(超伝導量子干渉素子) |
| 感度 | ||
| 冷却要件 | 必要に応じて(室温VSMも多い) | 低温クライオスタットが基本 |
| 測定速度 | 高速(連続スキャンが容易) | DC/RSO/VSMモードにより中〜高速 |
| 主用途 | 一般磁性材料全般 | 低信号試料・超伝導体・ナノ磁性体など |
| 装置構成 | 比較的簡素 | 低温・マグネット・SQUID電子回路を統合 |
SQUID磁力計はVSMに比べて感度が高く、特に薄膜や微小試料、ナノ構造体、超伝導体など小さな磁気モーメントを扱う研究に適している。一方で、装置構成は複雑であり、低温・超伝導マグネット・磁場スイープの扱いに関する理解が重要となる。
7. 日本国内におけるMPMSの利用と事例
日本カンタム・デザイン株式会社は、MPMS3をはじめとする磁気特性測定システムを国内で販売・サポートしており、Webサイト上でMPMS3の特徴・仕様・オプションなどを日本語で公開している。また、産総研のNano-Processing Facilityなどの共用施設では、SQUID磁力計としてMPMSが導入されており、
国内の大学・研究機関の設備紹介ページや技術資料では、MPMSを用いた単分子磁石・有機磁性体・重い電子系物質・酸化物超伝導体などの磁気特性評価が紹介されており、低温高磁場下での磁化測定、キュリー温度測定、磁気異方性評価などに広く活用されている。
8. 測定と解析における留意点(物理的観点)
SQUID磁力計は非常に高感度であるがゆえに、試料以外の寄与(試料ホルダ・基板・汚染・環境磁場など)や、マグネットの履歴・ドリフトなどが測定結果に現れやすい。文献では、商用SQUID磁力計に特有の現象や信号解釈上の注意点が詳細に議論されており、バックグラウンド測定、対称性の検証、磁場スイーププロトコルの設計などによる検証が重要であることが指摘されている。
また、薄膜やヘテロ構造では、基板の反磁性信号や支持体の常磁性信号を適切に差し引くこと、減磁補正や有効体積の評価を慎重に行うことが、磁気異方性定数や界面磁化の定量において不可欠である。さらに、超伝導体では磁束ピンニングや履歴現象により、ZFC/FCプロトコルや磁場履歴によって磁化曲線が変化しうるため、測定条件を明確に記録し、再現性を確認することが重要である。
9. まとめと展望
磁気特性測定システム(MPMS)は、SQUID磁束計を用いた超高感度磁力計を中心に、超伝導マグネット・低温クライオスタット・温度制御系・多様な測定モードを統合した装置であり、粉末・バルク・薄膜・ナノ粒子・超伝導体など幅広い材料系の磁気モーメントを
今後は、MPMSとPPMSなど他の物性測定システムとの連携により、磁気特性と電気伝導・比熱・弾性率などの多物性同時評価が一層重要になると考えられる。また、極低温・高磁場環境や圧力・応力印加環境との組み合わせにより、量子臨界現象やトポロジカル物質、スピントロニクス材料など新奇磁性の探索が加速すると期待される。さらに、MPMSから得られる豊富な磁化データを、第一原理計算・マイクロ磁気シミュレーション・機械学習と統合することで、磁区構造・電子状態・化学構造との相関を体系的に抽出し、磁性材料設計へと結びつける研究が今後ますます重要になるであろう。
参考資料
Quantum Design, “MPMS®3 – SQUID Magnetometer”
https://qdusa.com/products/mpms3.htmlQuantum Design, “MPMS 3 Platform Measurement Options” (Product Brochure, PDF)
https://qdusa.com/siteDocs/productBrochures/1500-103.pdfM. Sawicki, “Magnetic Properties of (Ga,Mn)As” – Appendix on SQUID Magnetometry Artifacts, arXiv:1101.4764 (2011).
https://arxiv.org/abs/1101.4764“SQUID – Superconducting Quantum Interference Device” (Wikipedia)
https://en.wikipedia.org/wiki/SQUIDLeiden University NanoLab, “mpms-xl [NanoWiki]”
https://nano.physics.leidenuniv.nl/dokuwiki/doku.php?id=mpms-xl日本カンタム・デザイン株式会社「磁気特性・物性測定一覧(MPMS3, PPMS など)」
https://pr.mono.ipros.com/qd-japan/product/category/3916/