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アモルファスにおける局所磁気モーメント

アモルファス磁性では、原子配列の不規則性がそのまま局所電子状態の揺らぎとなり、局所磁気モーメントは単一値ではなく分布として現れる対象である。局所構造と局所モーメントの対応づけを行うことで、巨視的磁化・転移温度・不可逆性の起源が定量的に見えてくる。

参考ドキュメント

1. 局所磁気モーメントとは何か

1.1 定義の核:スピン密度の局所積分

局所磁気モーメントは、スピン密度差 Δρ(r)=ρ(r)ρ(r) を、原子周りの領域 Ωi に積分して得る量として捉えるのが基本である。

mi=μBΩiΔρ(r)dr

ここで重要なのは、Ωi の取り方に複数の流儀があり、数値は定義に依存する点である。

  • 原子球(ASA)やWigner–Seitz領域
  • PAW投影(部分波への射影)による原子モーメント
  • Bader区分(ゼロフラックス面)による電荷密度分割
  • Wannier関数基底への射影(軌道分解を明確化したい場合)

アモルファスでは局所環境が多様なため、どの定義でも分布が得られるが、定義間の系統差を把握しておくことが解析の信頼性に直結する。

1.2 局所モーメントの横揺らぎと縦揺らぎ

局所モーメントには、向きが揺らぐ横揺らぎ(transverse)だけでなく、モーメントの大きさが揺らぐ縦揺らぎ(longitudinal)が本質になる場合がある。

  • 局在スピンに近い描像では |mi| は比較的一定で、向きが乱れるのが主である
  • 遍歴電子性が強い系では、局所DOSや体積(局所自由体積)により |mi| 自体が大きく変動し得る

この差は、有限温度磁性を扱う手法(DLM/RDLM、スピンダイナミクス、第一原理有限温度統計)選定に影響する。

2. アモルファスで局所モーメントの分布

2.1 局所電子状態の多様性:Stoner型

多くの遍歴磁性はStoner条件である。

IN(EF)>1

I は交換相互作用の指標、N(EF) はフェルミ準位の状態密度である。アモルファスでは、結合長・配位数・化学近接(近傍元素)が場所ごとに異なり、局所的に N(EF) が揺らぐため、モーメント形成のしやすさが場所で変わる。

2.2 磁気体積効果(magnetovolume)と局所自由体積

局所の原子体積(例:ボロノイ体積)や圧縮・引張は、バンド幅と交換分裂のバランスを変え、mi の増減に結びつくことがある。したがって、次の相関が頻出である。

  • mi とボロノイ体積 Vi の相関(大きいほどモーメントが大きくなる傾向など)
  • mi と局所応力(特に静水圧成分)の相関

ただし相関の符号や強さは合金種(遷移金属主体か、メタロイドが多いか)で変化するため、統計的に評価する必要がある。

2.3 化学短距離秩序(CSRO)と pd 混成

金属ガラス(遷移金属–メタロイド系)では、Fe–B、Fe–Si、Fe–P などの強い相互作用により、特定中心原子を囲む局所クラスターが形成され、d状態が混成により変形して mi が変化し得る。局所モーメント分布は、次の条件付き分布として見ると解釈が安定する。

  • 近傍メタロイド数 nmet(i) を固定したときの mi 分布
  • ボロノイ指数や配位多面体タイプで分類したときの mi 分布

2.4 交換結合 Jij のばらつきと非共線性

局所モーメントが分布するだけでなく、相互作用 Jij 自体も局所環境で変わるため、局所的に非共線なスピン配置が安定化することがある。最小模型としては次が核である。

H=ijJijSiSjiKi(Sin^i)2

ここで JijKi,n^i が空間的に揺らぐと、局所モーメント分布と磁気秩序の乱れが連動して現れる。

3. 実験で局所モーメントを見る

3.1 メスバウアー分光

57Feメスバウアー分光は、内部磁場(超微細磁場)の分布を通じてFeサイト周りの局所磁性を反映する。アモルファスでは等価でないFeサイトが多数存在するため、超微細磁場分布が広がるのが典型である。

  • 長所:局所サイトの分布情報に直接アクセスしやすい
  • 注意:超微細磁場と磁気モーメントの換算は近似に依存し、合金系で係数が変わり得る

3.2 XMCD

XMCDは元素選択的にスピン・軌道磁気モーメント(和則)を議論できる。多元アモルファスで「どの元素がどれだけ担っているか」を分けたい場合に強い。

  • 長所:元素別、温度・磁場依存を追える
  • 注意:和則評価にはホール数や背景処理、自己吸収などの系統が入る

3.3 相関長と時間窓を補完する

局所モーメントは「ある」だけでは巨視的応答を決めず、相関長と緩和時間分布が重要である。

  • 中性子散乱:空間相関(短距離秩序)やスピン揺らぎスペクトル
  • μSR:局所磁場とダイナミクス(緩和時間分布)
  • NMR:局所環境の磁気的ゆらぎと化学環境

アモルファスでは測定時間窓によって「凍結して見える/見えない」が変わるため、複数手法の組合せが有効である。

3.4 観測手法の整理表

手法見える主量強い対象得意な点注意点
57 Feメスバウアー超微細磁場分布、サイト分布Fe主体合金局所分布を取りやすい換算係数・解析モデル依存
XMCD元素別スピン/軌道モーメント多元系薄膜/バルク元素選択性が高い和則、背景、自己吸収
中性子散乱相関長、ダイナミクスバルク空間相関に強い試料量、同位体など
μSR局所磁場と緩和ガラス的磁性時間窓の補完解析モデル依存
NMR局所環境と揺らぎ金属/酸化物化学環境との同時観測スペクトル解釈

4. 標準ワークフロー

4.1 統計性

局所モーメントは分布であるため、1つの構造だけでは議論が不安定になる。最低限、複数サンプルを用意し、分布の再現性を確認するのが基本である。

  • melt–quench(MD)で複数アモルファス構造を生成
  • 最終緩和(エネルギー最小化または低温緩和)を統一
  • サイズと冷却速度を変え、分布の頑健性を確認

4.2 スピン分極DFTで mi を抽出する

各原子の局所モーメント mi を得たら、次を必ず実施する。

  • mi のヒストグラム(平均、分散、歪度、外れ値)
  • 元素別分布(Fe/Co/Niなど)
  • 局所環境で条件付きにした分布(第5章)

アモルファスでは非等価サイトが多いため、平均値だけで議論すると機構が見えなくなるのが典型である。

4.3 向きの自由度と局所異方性

局所モーメントの「向き」や局所異方性まで含める場合は、非共線磁性とSOCの取り込みが必要になる。

  • 非共線:非共線基底で自己無撞着にスピン密度を解く
  • SOC:異方性エネルギー、局所軌道モーメント、DMIの可能性など

ただしアモルファスの統計性を満たすには計算コストが大きいため、代表構造の選定や、多段階(DFTで少数→模型へ写像→統計計算)の設計が重要である。

4.4 有効スピン模型へ写像し、有限温度へ拡張する

局所モーメント分布と相互作用の分布を得たら、有限温度の応答(MT、AC帯磁率、不可逆性)とつなぐために、スピン模型やDLM系手法へ写像するのが有効である。

  • 交換結合の写像(概念)HJ=ijJijSiSj
  • DLM/RDLM:有限温度の局所モーメント分布を確率分布として扱い、電子構造と自己無撞着に整合させる枠組みである

この段階で、局所モーメントの縦揺らぎ(大きさの変化)をどう扱うかが鍵になる。遍歴性が強い場合は、固定スピン長のHeisenbergだけでは不十分になり得る。

5. 局所構造と局所モーメント

5.1 局所構造指標の用意

近傍定義を固定したうえで、最低限次を用意する。

  • 配位数 Nc(i)(元素別配位数も含む)
  • ボロノイ体積 Vi とボロノイ指数
  • 近傍距離の統計(平均結合長、分散)
  • BOO(ql など)の局所秩序指標
  • 局所応力(静水圧成分や偏差成分)

5.2 典型的に効く相関の取り方

局所モーメント mi と構造指標 X(i) の関係は、散布図だけでは見落としやすい。次の二段構えが安定である。

  1. 条件付き平均(ビニング) miViNc(i)、近傍メタロイド数などでビン分けし、平均と分散を比較する。

  2. 多変量(部分相関) ViNc(i) は相関している場合が多いので、片方の影響を取り除いた部分相関で機構を切り分ける。

5.3 分布の空間相関

局所モーメントが大きい領域が孤立しているか、連結してクラスターを作るかは、巨視的磁化や凍結現象に効く。空間相関関数やクラスタ解析で評価する。

  • モーメント相関(概念)Cm(r)=m(x)m(x+r)m2
  • 上位 p% の高モーメント原子を抽出し、連結成分のサイズ分布を見る

同様に、交換結合 Jij をネットワークとして捉え、強結合クラスターの幾何と mi 分布の交差を調べると、乱れた強磁性とガラス的磁性の仕分けが進む。

6. 注意点

6.1 局所モーメントの定義依存

Bader、PAW投影、原子球などで mi の絶対値は変わり得る。対策は次である。

  • 解析は分布形状と相関(順位や条件付き平均)を主に議論する
  • 少数の代表サイトで定義間差を比較し、系統差の見積もりを添える

6.2 メタ安定性と初期条件依存

非共線や複雑なエネルギー地形では、初期スピン配置で局所モーメント分布が変わる場合がある。

  • 複数初期条件で自己無撞着解を取り、分布の再現性を見る
  • エネルギー差が小さい場合は、有限温度(DLM系、スピンダイナミクス)で平均化する

6.3 サイズ効果と冷却速度

局所分布の裾やクラスター連結性はサイズと作り方で変わる。対策は次である。

  • 少なくとも2サイズで分布の主要特徴が保たれるかを見る
  • 冷却速度を振り、局所秩序(ボロノイ、BOO)の変化と同時に比較する

7. まとめ

アモルファスにおける局所磁気モーメントは、局所構造・化学短距離秩序・内部応力が作る局所電子状態の多様性により、単一値ではなく分布として現れる量である。実験(メスバウアー、XMCD、散乱、μSR、NMR)と計算(構造生成、スピン分極DFT、非共線/SOC、スピン模型やDLM系)を組み合わせ、mi 分布と局所構造指標の条件付き相関、さらに空間連結性まで評価することで、巨視的磁化や凍結・不可逆性の起源がスケール一貫で説明可能になるのである。

参考資料