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局在電子系の磁性

局在電子系の磁性は、原子近傍に束縛された電子が作る局所モーメントが、交換相互作用を通じて秩序化し、多彩なスピン励起・相転移を示す現象である。電子相関、結晶場、スピン軌道相互作用、格子自由度が結びつくことで、強磁性からフラストレーション系まで幅広い相が現れる。

参考ドキュメント

  1. 佐藤勝昭, 磁性の基礎(講義資料PDF,日本語) https://home.sato-gallery.com/education/kouza/jisei_kiso.pdf
  2. お茶の水女子大学 古川研究室 講義資料「第12回 磁性」(PDF,日本語) https://www.phys.ocha.ac.jp/furukawalab//Lecture2_files/12.pdf
  3. 斎藤研究室(東邦大学)講義資料「磁性原子の磁気モーメント(実験との比較)」(PDF,日本語) https://www2.ph.sci.toho-u.ac.jp/saito/SSP (2)(2019).pdf

1. 局在電子磁性の出発点:局所モーメントはなぜ生まれるか

1.1 電子相関とバンド幅:局在化の直観

遷移金属酸化物や希土類化合物では、電子のクーロン相互作用 U がバンド幅 W と同程度以上となり、電子が格子点近傍に滞在しやすい。これによりスピンの自由度が有効に残り、局所モーメントが形成される。

  • 遷移金属 3d:結晶場の影響が強く、軌道角運動量はしばしば消失(クエンチ)しやすい
  • 希土類 4f:空間的に局在し、結晶場の影響が相対的に小さく、L 成分も残りやすい

この違いは、有効モーメントの大きさ、磁気異方性、温度スケールに強く反映される。

1.2 原子物理(フント結合)と結晶場

単一イオンのスピン・軌道状態は、フント則により (S,L,J) が決まり、さらに結晶場が軌道縮退を分裂させる。磁気モーメントの基礎式は

μ=gμBJ

であり、希土類などではランデの g 因子

gJ=1+J(J+1)+S(S+1)L(L+1)2J(J+1)

が現れる。常磁性領域での有効モーメントは

μeff=gμBS(S+1)(スピンのみの近似)

で見積もれるが、L が残る系では J を用いた評価が必要である。

2. 局在スピン模型:ハミルトニアンの基本形

局在モーメント系は、低エネルギーではスピンの有効ハミルトニアンで記述できる。基本構造は

H=i,jJijSiSjgμBiBSi+iD(Siz)2+i,jDij(Si×Sj)+Hdip

である。

  • Jij:等方的交換(ハイゼンベルグ交換)
  • D:単イオン異方性(S1 で有効)
  • Dij:反対称交換(Dzyaloshinskii–Moriya相互作用)
  • Hdip:双極子相互作用(長距離・弱いが磁区形成に寄与)

この枠組みの上に、どの交換機構が Jij を支配するか、どの対称性が異方性や Dij を許すか、が物質ごとの違いとして現れる。

3. 交換相互作用の起源:直接交換から超交換・二重交換・RKKYへ

3.1 直接交換(direct exchange)

近接する磁性軌道が直接重なり、パウリ原理とクーロン相互作用の結果として有効交換が生じる。金属結合の強い系や短距離で効きやすいが、酸化物の多くでは配位子を介する機構が支配的になる。

3.2 超交換(superexchange):配位子を介した運動交換

酸化物などで最も重要な機構の一つであり、磁性イオン間にある配位子の p 軌道を介した仮想ホッピングにより有効交換が生じる。最も単純な見積もりとして

J4t2U

が得られ、半充填付近では反強磁性的になりやすい(t は有効ホッピング、U はオンサイト相互作用)。この考え方は運動交換(kinetic exchange)として整理される。

さらに、結合角や軌道占有により符号が変わり得る。Goodenough–Kanamori–Anderson則として、例えば

  • 180度近い配置:反強磁性的になりやすい
  • 90度近い配置:強磁性的になりやすい

という経験則が広く用いられる。

3.3 二重交換(double exchange):混合原子価とキャリア運動

混合原子価(例:Mn3+/Mn4+)のように、キャリアが隣接サイトへ動けるとき、強いフント結合 JH のもとでキャリアの運動エネルギーを下げるためにスピンが揃う傾向が生じる。ペロブスカイト型マンガン酸化物などの強磁性・巨大磁気抵抗の議論で中心的である。

3.4 間接交換(RKKY):伝導電子を介した局在モーメント結合

希土類金属や希土類化合物では、局在 4f モーメントが伝導電子と原子内交換で結合し、その伝導電子を通じて遠方のモーメント同士が相互作用する。3次元自由電子モデルでは距離 r に対し概略

J(r)cos(2kFr)r3

のように振動し、符号が距離で変わる。磁気秩序波数やスパイラル、競合を生みやすい。

4. 対称性とスピン軌道相互作用:異方性とDMI

4.1 単イオン異方性と結晶場

スピン軌道相互作用と結晶場の組合せは、特定方向への容易軸を与える。最小模型として D(Sz)2 が使われる。これにより

  • スピン波ギャップ(低エネルギー励起のギャップ)
  • ドメイン壁幅や磁区構造の変化
  • 低次元系での秩序化温度の変化

などが生じる。

4.2 Dzyaloshinskii–Moriya相互作用(DMI)

反転対称性が破れており、スピン軌道相互作用があると、反対称交換

HDM=i,jDij(Si×Sj)

が許される。DMIはスピンのねじれを好み、弱強磁性、スパイラル磁性、カイラル磁性構造などの起源となる。

5. 磁化率と相転移:Curie–Weiss則と交換の温度スケール

5.1 Curie則とCurie–Weiss則

局在モーメントが独立であれば磁化率はCurie則

χ=CT

に従い、SI単位系では

C=μ0Nμeff23kB

である。相互作用があるとCurie–Weiss則

χ=CTθ

となり、θ(ワイス温度)の符号で強磁性的(θ>0)か反強磁性的(θ<0)かの傾向が読める。

5.2 θ と交換定数の関係(平均場の目安)

最近接 z、交換 J のみの単純なハイゼンベルグ模型では、平均場的に

kBθ23S(S+1)zJ

のような関係が得られる(記号規約により前後する)。θ は相互作用規模の指標であるが、フラストレーションや低次元性が強いと秩序化温度 TN,TCθ より大きく下がり得る。

6. 励起スペクトル:スピン波(マグノン)と連続体

秩序相ではスピン波が基本励起となる。単純な強磁性ハイゼンベルグ模型では小さな波数で

ω(q)Dsq2

のような二次分散が現れ、反強磁性では線形分散が現れる場合が多い。異方性があるとギャップ Δ を伴い

ω(q)Δ2+v2q2

のような形になり得る。中性子散乱はこれらの分散・強度を直接測る代表的手段である。

7. フラストレーションと低次元:秩序しにくい局在スピン系

三角格子、カゴメ格子、パイロクロア格子などでは、反強磁性交換が幾何学的に両立しにくく、基底状態の縮退が増える。このとき

  • 長距離秩序が抑制され、短距離相関が支配的になる
  • スピン液体やスピン氷のような非自明な相が現れる
  • 微小な異方性や長距離相互作用が相を決める

などの現象が起こり得る。局在スピン模型のわずかな項が実相の決定因子になる点が特徴である。

8. 局在モーメントと伝導電子の共存:近藤効果とドニアック像

局在モーメントが伝導電子と反強磁性的に結合すると、低温で近藤スクリーニングが生じ、磁気秩序と競合する。格子状に局在モーメントが並ぶ場合、RKKY相互作用(秩序化を促進)と近藤効果(秩序を抑制)の競合が起こり、重い電子系や量子臨界現象へつながる。ドニアックの図式はこの競合の整理として広く参照される。

9. 観測量から見る局在性:何が「局在スピンらしさ」を示すか

9.1 静的量

  • 磁化率:Curie–Weiss則が広い温度範囲で成立しやすい
  • 比熱:スピン秩序化での異常、低温のマグノン寄与(例:T3 など系に依存)
  • 磁化曲線:飽和磁化が格子上の S に結びつきやすい(ただし強い異方性・反強磁性では単純でない)

9.2 動的量

  • 中性子散乱:スピン波分散、ギャップ、短距離相関のピーク
  • NMR/μSR:局所磁場分布、スピンゆらぎの時間スケール
  • X線磁気円二色性(XMCD):元素選択的なモーメント、軌道成分の評価

10. 模型と適用範囲の整理

10.1 模型の比較表

観点局在スピン模型(Heisenberg型)電子模型(Hubbard型)局在モーメント+伝導電子(Kondo格子型)
自由度Si電子演算子 ciσSiciσ
主パラメータJij,D,Dijt,U近藤結合 JK, 伝導帯
得意な現象秩序相・スピン波・フラストレーション局在化と金属化の境界、超交換の導出重い電子、量子臨界、RKKYと近藤の競合
課題Jij の起源は外部入力多体数値の重さ多スケール性、材料依存性

10.2 第一原理計算との接続

局在磁性体では、第一原理計算で得た複数のスピン配列の全エネルギー差から Jij をフィットし、得られたスピン模型で有限温度相転移や励起を評価する流れがよく用いられる。強相関が重要な場合は DFT+U や DMFT のような拡張が選ばれる。

11. 交換機構の比較:どの材料で効きやすいか

機構結合の媒介代表的な状況距離依存・特徴符号の傾向
直接交換磁性軌道の直接重なり近接金属結合短距離で強い系に依存
超交換配位子を介した仮想遷移酸化物・ハロゲン化物結合角・軌道に敏感半充填で反強磁性が基本
二重交換キャリアの実遷移とフント結合混合原子価(マンガン酸化物など)金属的伝導と結合強磁性が出やすい
RKKY伝導電子のスピン偏極希土類金属・合金振動し長距離距離で符号反転

まとめ

局在電子系の磁性は、局所モーメントの形成(相関・結晶場・フント結合)と、交換相互作用(超交換・二重交換・RKKYなど)による結合が中心骨格である。そこにスピン軌道相互作用が異方性やDMIを与え、低次元性やフラストレーションが秩序化や励起を大きく変えることで、多様な磁気相が現れる。したがって、局在スピン模型を軸に、交換機構と対称性、格子・伝導電子との結合を重ねて理解することが全体像への近道である。

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