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シンクロトロン放射の基礎

放射光は、相対論的に加速された電子が磁場で曲げられるときに放つ高指向性・高輝度の電磁波である。蓄積リングと挿入光源(アンジュレータ等)により、紫外から硬X線まで連続的に波長可変な光を供給できることが特徴である。

参考ドキュメント

  1. SPring-8 Web Site:放射光の仕組み・基礎解説(日本語)   https://www.spring8.or.jp/ja/about_us/overview/sr
  2. KEK Photon Factory:What is the Photon Factory?(日本語ページへの導線あり)   https://www2.kek.jp/imss/pf/eng/about/sr/
  3. M. Dohlus and J. Rossbach, Application of Accelerators and Storage Rings(Open Access, 基礎式と施設概観を含む)   https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-030-34245-6_11

1. 放射光とは何か

放射光(synchrotron radiation)は、荷電粒子が加速度運動するときに放射する電磁波のうち、特に相対論的速度で運動する電子が磁場により曲げられることで生じる放射を指すことが多い。電子の速度が光速に近いとき、放射は進行方向前方の狭い角度に集中し、強い指向性と高いコリメーションが得られる。

放射光が物質研究に有用である理由は、単に「強いX線が得られる」ためではない。以下の性質が同時に成立する点に価値がある。

  • 連続スペクトルとエネルギー可変性:照射エネルギーを連続的に選べるため、元素吸収端や共鳴条件に合わせた測定ができる
  • 高輝度・高フラックス:微小領域・短時間の測定、弱い信号(微量元素、薄膜、界面)に適する
  • 偏光特性:直線・円偏光を生成でき、磁性(XMCD)や対称性(線二色性)の選択性が得られる
  • パルス構造:バンチ構造に由来するパルス列であり、時間分解測定の基盤になる

1.1 実験室X線との対比

観点実験室X線(管球)放射光(蓄積リング)
スペクトル特性X線+制動放射(選択性は限定)広帯域かつ単色化・掃引が容易
強度目的により制約高フラックス・高輝度を得やすい
ビーム品質発散・サイズの制約が大きい低発散、集光、コヒーレンスを得やすい
偏光基本は無偏光に近い光源設計で直線・円偏光を選べる
時間構造連続に近いバンチによるパルス列

2. 放射光施設の全体構成

蓄積リング型放射光施設は、概ね次の要素から構成される。

  1. 電子源(電子銃)と直線加速器(linac):電子を生成し加速する
  2. ブースター(synchrotron):蓄積リング入射に必要なエネルギーまで加速する
  3. 蓄積リング(storage ring):電子を周回させ、光を取り出す主リングである
  4. 磁石系(偏向電磁石、四極、六極など):電子軌道を曲げ、収束と補正を行う
  5. 高周波(RF)空洞:周回中に放射損失で失うエネルギーを補償する
  6. 挿入光源(insertion device):アンジュレータやウィグラーで光を高性能化する
  7. ビームライン:光学素子で単色化・集光し、試料位置へ導く

粒子ビームとしての電子は、真空中で磁石により曲げられ、その曲率運動が電磁波放射の直接原因となる。放射光は「加速器が作る光」であるが、光の性質(強度、偏光、時間構造、コヒーレンス等)は、電子ビーム(エミッタンス、エネルギー、電流、バンチ構造)と磁場デバイス(曲率半径、周期長、K値)で決まる。

3. 放射光生成の物理:相対論的電子の曲率運動

電子のローレンツ因子を

γ=Eemec2

とする。磁場中の曲率運動(曲率半径 ρ)では、特性角度は概ね

θ1γ

で与えられ、相対論的電子ほど前方へ強く張り付いた放射となる。

偏向電磁石による放射の代表的なエネルギースケールとして、臨界角周波数(臨界周波数)ωc

ωc=32cγ3ρ

とし、臨界光子エネルギー(臨界エネルギー)を

Ec=ωc

と定義する。定性的には Ecγ3/ρ であり、電子エネルギーと曲率が硬X線到達性を支配する。

4. 光源デバイス:偏向電磁石・ウィグラー・アンジュレータ

蓄積リングの直線部に周期磁場を置くと、電子は蛇行しながら進み、その加速度運動から高指向性の放射が生じる。これが挿入光源である。周期長を λu、磁場振幅を B0 とすると、アンジュレータパラメータ(K値)は

K=eB0λu2πmec

で与えられる。観測角 θ を含めたアンジュレータの共鳴条件(基本波)は

λ1=λu2γ2(1+K22+γ2θ2)

であり、K(ギャップ調整で変化)と γ により波長(光子エネルギー)が可変となる。

4.1 3種の光源の特徴

光源典型パラメータスペクトル指向性・発散長所代表用途
偏向電磁石大きな曲率運動広帯域(連続)中程度汎用、広いエネルギー帯XAFS、回折、イメージング全般
ウィグラーK≫1広帯域(連続)強い(準偏向電磁石の重ね合わせ)高フラックス(硬X線まで)高エネルギーX線、透過・散乱
アンジュレータK≲1準単色(高調波列)低発散高輝度、高コヒーレンス高分解能分光、微小領域、コヒーレント手法

円偏光が必要な場合、ヘリカルアンジュレータやAPPLE-II型デバイスなどの偏光可変挿入光源が用いられる。磁性(XMCD)、軌道対称性(XLD)、共鳴散乱など、偏光選択則が効く測定で本質的である。

5. ビーム品質

放射光の「強さ」には複数の量があり、用途により意味が変わる。

  • フラックス(photon flux):単位時間あたりの光子数(しばしば単位帯域幅あたり)
  • 輝度(brilliance / brightness):単位面積・単位立体角・単位帯域幅あたりの光子数密度であり、微小集光や高コヒーレンスに直結する
  • エミッタンス(emittance):電子ビームの位相空間面積の尺度であり、低エミッタンスほど光の発散が小さくなる
  • コヒーレンス:位相のそろい方であり、コヒーレント回折・タイコグラフィ等の基礎である

輝度の典型的な表現は、例えば photon / (s・mm^2・mrad^2・0.1%BW) の形で与えられる。ここで BW は帯域幅であり、0.1%BW 形式は放射光でよく使われる規約である。

コヒーレンスは、横方向(空間)と縦方向(時間、スペクトル幅)に分けて考えると整理しやすい。縦コヒーレンス長は概略

lcλ2Δλ

であり、単色化(小 Δλ)により増大する。一方、横コヒーレンスはエミッタンスと光学系の受け角に強く依存する。

6. 第3世代から回折限界蓄積リングへ

蓄積リング光源は、磁石ラティスの進歩により電子ビームエミッタンスを下げ、コヒーレンスと輝度を上げる方向で発展してきた。多折曲(multi-bend achromat, MBA)ラティスはこの流れを加速し、ESRF-EBSやMAX IVなどが代表例として知られる。これらはしばしば第4世代の蓄積リング光源(回折限界に近い領域で運転できる光源(DLSR))として位置づけられる。

回折限界に近づくとは、光の回折による最小発散と、電子ビーム由来の発散が同程度以下になる領域を指す。結果として、コヒーレント手法(コヒーレント回折、ptychography、XPCS等)や、微小領域分光・散乱の性能が大きく改善する。

7. ビームライン光学

光源から取り出した放射光は、そのままでは広帯域である。測定目的に応じ、単色化・集光・偏光制御・高調波抑制などを行う。

7.1 単色化:ブラッグ回折と分解能

結晶のブラッグ条件は

2dsinθ=nλ

である。二結晶分光器(double-crystal monochromator, DCM)は、入射角を調整することで λ(すなわち E=hc/λ)を掃引する。

エネルギー分解能は、結晶のダーウィン幅や光学配置、熱負荷による結晶歪みなどにより決まり、目的(XAFS、XRD、RIXS等)ごとに妥協点が異なる。

7.2 集光

集光は、空間分解能とフラックス密度を決める。よく用いられる構成は次の通りである。

  • 楕円ミラーやトロイダルミラー:広いエネルギー帯に対応しやすい
  • KBミラー(Kirkpatrick–Baez):二枚の直交ミラーで2次元集光を行う
  • フレネルゾーンプレート:高い空間分解能を得やすいが、効率や帯域に制約がある
  • 単結晶レンズ(CRL):硬X線での集光に用いられる

7.3 高調波抑制

アンジュレータ光は高調波を含む。目的のエネルギーのみを通すため、ミラーのカットオフ、フィルタ、分光器条件の工夫が行われる。これは吸収端近傍の微弱信号や二色性測定で重要である。

8. 物質との相互作用

放射光実験は「光と物質の相互作用」を測ることであり、観測量の物理的意味を整理すると手法の位置づけが明確になる。

8.1 吸収(XAS)とBeer–Lambert則

透過法の基本式は

I=I0exp(μt)

であり、μ は線吸収係数、t は厚さである。蛍光法や電子収量法(TEY)では、生成過程と検出深さが変わるため、同じ μ(E) を狙っていても測っている重みが異なる。

8.2 散乱(回折、散漫散乱、SAXS)と散乱ベクトル

散乱ベクトルの大きさは

q=4πλsinθ

である。回折は長距離秩序(結晶周期)、散漫散乱や全散乱は短距離秩序(局所構造、欠陥、揺らぎ)に敏感である。微小角散乱(SAXS)は nm〜100 nm スケールの不均一(析出、相分離、ポアなど)を扱う。

8.3 光電子分光(PES/ARPES)

光電効果における運動エネルギー Ek と束縛エネルギー EB の関係は

EB=hνϕEk

である。ARPESでは放出角 θ から面内波数が

k=2meEksinθ

で与えられ、バンド分散の直接観測が可能である。軟X線(SX-ARPES)や硬X線(HAXPES)では、平均自由行程や kz 分解能の性質が変わるため、バルク性・界面性の切り分けに影響する。

8.4 共鳴散乱とRIXS

吸収端近傍で入射すると散乱断面積が増大し、元素選択的・軌道選択的に励起・散乱を観測できる。RIXSでは入射エネルギーと散乱光エネルギー差(エネルギー損失)を測り、マグノンやフォノン、電荷励起などの低エネルギー励起を扱う。

9. 代表的な測定モードの整理

手法観測量代表的な情報備考
XRDBragg回折強度結晶構造、歪、相同定微小角度誤差と分解能が効く
全散乱/PDFS(q), G(r)局所構造、短距離秩序アモルファス・ナノ結晶に有効
XAFSμ(E), χ(k)配位数、結合長、価数近傍透過/蛍光/TEYで重みが変化
XMCD/XLDμ+μ磁性、対称性、軌道占有偏光制御が中核である
PES/ARPES電子運動量分布バンド、フェルミ面表面・界面敏感性に留意する
RIXSエネルギー損失スペクトル励起(スピン・格子・電荷)分光器分解能が本質である
コヒーレント回折/ptychography位相回復像ナノスケール構造、歪場コヒーレンスが性能を決める

10. 吸収端と元素選択性

X線エネルギー E と波長 λ の関係は

E=hcλ

である。実用上は

E[keV]1.2398λ[nm]

が目安となる。

測りたい元素の吸収端(K端、L端など)に合わせてエネルギーを選ぶと、元素選択性が得られる。遷移金属のL端(軟X線)は3d状態の情報に直結しやすく、K端(硬X線)はよりバルク透過性や構造情報と相性がよい、といった使い分けが生じる。

11. 時間構造

蓄積リングでは電子がバンチとして周回し、放射光もバンチに同期したパルス列となる。パルス幅は施設設計に依存するが、概ね100 ps程度の時間幅が典型例として挙げられる。さらに、リング電流をほぼ一定に保つ運転方式としてトップアップ入射が広く用いられ、光強度の安定化に寄与する。

XFEL(自由電子レーザー)は、線形加速器で加速した高品質電子ビームをアンジュレータに通し、自己増幅(SASE)などで極めて短いパルスと高いピーク輝度を得る点で、蓄積リング光源と性格が異なる。蓄積リングが平均輝度と安定供給に強いのに対し、XFELはフェムト秒領域の超高速現象や非線形X線相互作用に強い。

12. 国内主要施設

施設方式電子エネルギー(公表値の例)主な得意領域(概略)
SPring-8蓄積リング8 GeV硬X線、高エネルギー散乱・分光、微小集光
Photon Factory(PF/PF-AR)蓄積リング2.5 GeV / 6.5 GeVVUV〜X線、幅広い物質・生命科学
NanoTerasu蓄積リング3 GeV低エミッタンスによる高コヒーレンス、軟〜中間エネルギー域の高度計測
SACLAXFEL(施設仕様に依存)フェムト秒X線、超高速・非線形領域

特定施設の得手不得手は、単に電子エネルギーだけでなく、エミッタンス、挿入光源、ビームライン光学、検出器、試料環境の整備状況で決まる。したがって「何が測りたいか(元素、長さスケール、時間スケール、環境条件)」を先に固定すると、必要な光源性能が自動的に定まる構造になっている。

13. データ前処理と定量化

放射光は高強度であるがゆえに、測定系の非理想性が結果に混ざりやすい。手法横断で現れる論点を整理する。

  • 強度の規格化:入射強度 I0 の変動補正は必須である
  • 背景・寄与分離:散乱ならコンプトンや蛍光、吸収なら自己吸収や飽和の影響が現れる
  • エネルギー較正:吸収端・光電子分光ではエネルギー基準が解析全体を支配する
  • 幾何学補正:斜入射、試料粗さ、線吸収係数の角度依存が有効体積を変える
  • 物理モデルの選定:回折のリートベルト、XAFSの散乱理論、ARPESの最終状態近似など、前提の違いが解釈の違いとして現れる

まとめ

放射光は、相対論的電子ビームと磁場デバイスにより生成される高指向性・高輝度の可変波長光であり、吸収・散乱・光電子・非弾性散乱を通じて、構造と電子状態、励起ダイナミクスを多面的に引き出す基盤である。光源(偏向電磁石・アンジュレータ等)、ビーム品質(輝度・コヒーレンス)、ビームライン光学(単色化・集光)を物理量として理解すると、測りたい情報に対して必要な条件が整理され、施設・手法の選択が原理から一貫して組み立てられるのである。

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