量子力学とシュレーディンガー方程式
量子力学は、状態を波動関数(より一般には状態ベクトル)で表し、観測量を演算子として扱う理論である。シュレーディンガー方程式はその時間発展則であり、定常状態では固有値問題としてエネルギースペクトルを与える。
参考ドキュメント
- MIT OpenCourseWare: Quantum Physics I (8.04) Lecture Notes(波動関数、演算子、シュレーディンガー方程式、確率流などの講義ノート) https://ocw.mit.edu/courses/8-04-quantum-physics-i-spring-2016/pages/lecture-notes/
- 名古屋大学 OCW:量子力学I 講義ノート(日本語PDF) https://ocw.nagoya-u.jp/files/487/qm1-17v2-public.pdf
- 藪下聡「シュレディンガー方程式をどう考えどう使うのか」(化学と教育, J-STAGE, 日本語) https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/58/9/58_KJ00007515964/_article/-char/ja/
1. 量子状態と確率解釈
1.1 波動関数と正規化
1粒子の量子状態を位置表示で
- 粒子が時刻
に位置 近傍にある確率密度:
であり、全空間で確率が1になるよう正規化する:
有限系では束縛状態が出現し、無限系では連続スペクトル(散乱状態)も現れる。散乱状態ではデルタ関数正規化等を用いる。
1.2 状態空間(ヒルベルト空間)と内積
状態は線形空間に属し、重ね合わせが可能である:
ここで
2. 観測量は演算子
2.1 エルミート演算子と固有値
物理的観測量
であり、測定結果は固有値
2.2 ボルン則と測定後状態
状態
測定後、状態が対応する固有部分空間へ射影される(射影測定の理想化)。縮退がある場合は射影演算子で扱う。
2.3 期待値
観測量の期待値は
で与えられる。位置表示では、例えば位置演算子は
である。
3. シュレーディンガー方程式
3.1 時間依存シュレーディンガー方程式
閉じた量子系では、時間発展は
で与えられる。
である。
3.2 時間発展演算子
となる。ユニタリ性
3.3 確率流と連続の式
確率密度
が成り立つ。標準形のハミルトニアンに対して
である。これは「確率が生成消滅せず流れる」ことを表現する。
4. 定常状態と時間独立シュレーディンガー方程式
4.1 変数分離
ポテンシャルが時間に依存しないとき、エネルギー固有状態を
とおくと、時間依存方程式から固有値問題
が得られる。これが時間独立シュレーディンガー方程式である。
4.2 固有値問題としての意味
- 許される
の集合がエネルギースペクトルである - 束縛状態では離散固有値、散乱状態では連続固有値が出る
- 境界条件(無限遠での減衰、周期境界、硬壁境界など)が固有値を決める
固体では周期境界条件が自然に現れ、これがバンド(連続的な分散関係)へつながる。
5. 交換関係と不確定性原理
5.1 交換子
演算子の交換子を
と定義する。位置と運動量は
を満たす。
5.2 不確定性原理
一般に
が成り立つ。特に
である。これは測定器の性能限界というより、状態に内在する分散(確率分布の幅)に関する関係である。
6. 代表的モデル
6.1 自由粒子
で、
6.2 1次元井戸型ポテンシャル
有限井戸・無限井戸は「境界条件が固有値を離散化する」最小例である。量子井戸・薄膜・ナノ構造の準位量子化の直観に直結する。
6.3 調和振動子
のとき固有値は
である。格子振動(フォノン)の局所近似、原子の熱振動、ポテンシャル極小近傍の一般論として繰り返し現れる。
6.4 水素様原子
クーロンポテンシャル
7. 多粒子へ
7.1 多体シュレーディンガー方程式
電子が
のように書ける。電子間相互作用項が難しさの根源である。
7.2 反対称性とスピン
電子はフェルミ粒子であり、粒子交換で波動関数が反対称となる:
これがパウリの排他原理をもたらし、電子配置・磁性・バンド充填の基本となる。スピンは2成分スピノルとして扱われ、非相対論の枠内でも内部自由度として導入される。
8. 固体の周期性
8.1 周期ポテンシャルとブロッホの定理
結晶では
(
で表され、固有値はバンド分散
8.2 有効質量近似
伝導帯底や価電子帯頂近傍では
と2次形式で近似でき、有効質量
8.3 境界条件の選び方
- バルク:周期境界条件(k点)
- 表面・薄膜:スラブ境界(片側が真空、片側が基板など)
- 欠陥:スーパーセル(人工周期の導入)
同じシュレーディンガー方程式でも、境界条件とモデル化の選択が、得られるスペクトルの見え方を決める。
9. 近似と拡張
9.1 近似の型
- 摂動論:小さな相互作用(弱いSOC、弱い外場など)に対する補正
- 変分法:試行関数により上界を与える
- WKB:ゆっくり変化するポテンシャルでの半古典近似
- 数値基底:平面波、原子軌道、実空間格子などによる離散化
9.2 相互作用の階層
電子間相互作用をどう扱うかで理論が分岐する。単一粒子近似(独立粒子・平均場)から出発し、より高度には多体摂動やグリーン関数、密度汎関数などへ進むが、いずれも「基礎方程式はシュレーディンガー型の固有値問題である」という点で接続している。
まとめ
量子力学では、状態を波動関数(状態ベクトル)として表し、観測量をエルミート演算子として扱う。シュレーディンガー方程式はその時間発展則であり、定常状態はエネルギー固有値問題へ帰着する。境界条件とポテンシャル形状がスペクトルを決定し、周期ポテンシャルではブロッホ定理によりバンド分散が現れるため、固体の電子状態は「シュレーディンガー方程式の固有値問題をどう定式化して解くか」に集約されるのである。