COMSOL を用いた LLG 計算と連成解析
磁化ダイナミクスを支配する Landau–Lifshitz–Gilbert(LLG)方程式は、電磁場(渦電流)や弾性場(磁気弾性)と強く結びつく。COMSOL Multiphysics は PDE 記述と既存フィジックスを同一モデルで結合できるため、LLG 単体から電磁場–LLG、弾性場–LLG までを同一の枠組みで実装できる。
参考ドキュメント
- COMSOL Multiphysics によるマイクロマグネティックスシミュレーション(日本語記事) https://www.comsol.jp/blogs/micromagnetic-simulation-with-comsol-multiphysics
- Coupled Structural and Magnetic Models: Linear Magnetostriction in COMSOL(英語:磁歪の連成例) https://www.comsol.com/paper/coupled-structural-and-magnetic-models-linear-magnetostriction-in-comsol-6357
- Anomalous eddy current loss in soft magnetic materials ...(英語:Maxwell–LLG 連成の言及を含む論文、AIP) https://pubs.aip.org/aip/jap/article/137/12/123906/3340819/Anomalous-eddy-current-loss-in-soft-magnetic
1. 何を解くのか
扱いたい計算は次の3種である。
- LLG 計算(マイクロ磁化シミュレーション)
- 磁化ベクトル場
( )の時間発展を解く。 - 有効磁界
は交換・異方性・外場・反磁界などから構成される。
- 電磁場–LLG 連成(渦電流・誘導磁界を含む)
- Maxwell 方程式(典型的には準静的近似を含む)を解き、導体中の電流
と誘導磁界を求める。 - LLG が与える
が磁束密度 を変調し、それが誘導電界 と渦電流 を生む。 - 逆に渦電流が作る磁界(Oersted/誘導磁界)が
に戻り、磁化運動を変える。
- 弾性場–LLG 連成(磁気弾性・磁歪)
- 変位場
(あるいはひずみ )を固体力学で求める。 - ひずみが磁気弾性エネルギーを介して
を変える(逆磁歪)。 - 逆に磁化方向が磁歪ひずみ(固有ひずみ)や等価応力を通じて弾性場を駆動する(磁歪駆動)。
以降では、(i) 方程式、(ii) 連成の「情報の流れ」、(iii) COMSOL 実装の設計パターン、の順に具体化する。
2. LLG 方程式:磁化ダイナミクスの核
2.1 正規化磁化の定義
磁化
とする。
2.2 LLG の代表形
LLG は
である。ここで
数値計算では、右辺に
が扱いやすい場合が多い。
2.3 有効磁界
有効磁界は自由エネルギー密度
として与えるのが基本である。COMSOL 実装では「エネルギーから微分」を明示的に行うより、各寄与の
典型的な寄与は以下である。
(1) 交換相互作用(exchange)
(2) 一軸異方性(uniaxial)
(3) Zeeman(外場)
(4) 反磁界(静磁界、demagnetizing field) 磁化から生じる磁束密度は
であり、準静的(
により反磁界は全領域(試料外の空間も含む)で決まる。実装では、磁気スカラポテンシャル
を外部空間を含んで解くのが標準的である(遠方境界条件を工夫する)。
(5) 磁気弾性(magnetoelastic)と誘導磁界(eddy/Oersted) これらは後述の連成で
3. 電磁場–LLG 連成:Maxwell 方程式と渦電流
3.1 準静的電磁場の基本式(導体中の誘導)
多くの磁性材料・素子スケールでは、電磁波としての伝搬(変位電流)より渦電流が支配的になる領域がある。このとき典型の構成は次である。
(1) Faraday の法則
(2) Ampère の法則(準静的)
(3) 物質関係と磁化
(4) 導体の構成則(オーム則)
このとき
3.2 連成の流れ
時間ステップ
- LLG:
- Maxwell:
を使って を解く - フィードバック:得られた誘導磁界
を に足して次ステップへ
この「逐次(staggered)連成」は安定性の制約が出る場合がある一方、設定と計算コストの見通しが良い。 非線形性が強い、あるいは厳密な相互作用が必要な場合は、LLG と Maxwell を同一スタディで同時に解く(monolithic)設計が候補になる。
3.3 損失評価(渦電流損)
電磁場側の損失は Joule 発熱として
で見積もる。時間平均(交流定常)や 1 周期積分により、磁化ダイナミクスと損失の相関を定量化できる。
4. 弾性場–LLG 連成:磁気弾性と磁歪
4.1 固体力学(弾性体)の基本式
変位
- ひずみ(小変形)
- 運動方程式(動弾性)
- 構成則(線形弾性の例)
ここで
4.2 磁気弾性エネルギー:ひずみが磁化に与える効果
磁気弾性は、ひずみ(あるいは応力)が磁気自由エネルギーに寄与することで「磁化が回りやすい方向」を変える。
立方晶の代表的な磁気弾性エネルギー密度は
で表される(
このとき磁気弾性が作る有効磁界は
であり、
4.3 磁歪による弾性場の駆動:磁化が構造を動かす効果
一方、磁化方向が固有ひずみ
等方的な簡略モデルの一例は
である(
磁歪を「固有ひずみ」として入れる設計と、磁気弾性エネルギー
を追加応力として固体力学へ入れるのが自然である。
5. 設計パターン
ここでは、LLG を COMSOL の「一般 PDE」として実装し、必要に応じて AC/DC(電磁場)や構造力学(弾性場)と連成する基本方針を示す。
5.1 依存変数の取り方: を3成分で持つ
未知量(Dependent Variables)を
として持つ。必要なら磁化の大きさ制約を
で課す。
制約の入れ方は複数ある。
- 初期条件と時間積分で規格化を維持できる形式を選ぶ(数値誤差は残る)
- 弱い制約(Weak Constraint)やラグランジュ未定乗数で
を拘束する - 各時間ステップで
と再正規化する(方程式との整合に注意)
5.2 LLG と弱形式(FEM)
COMSOL は PDE を弱形式で解く設計と相性が良い。LLG を
と書き、テスト関数
交換項を含む場合は
5.3 反磁界(長距離相互作用)の扱い
反磁界は局所 PDE だけでは閉じないため、次のどれかを採る。
- 外部空間を含む磁気静解析(または準静解析)を併設し、
または から を得て LLG に渡す - 無限要素(Infinite Elements)等で遠方境界を近似する
- 既存の磁場インターフェース(磁気準静)で磁化をソースとして与える
LLG 単独モデルの検証として、反磁界を切った状態で交換+異方性+外場のみの既知解(歳差運動、Kittel 式など)と一致するかを先に確認すると良い。
5.4 電磁場–LLG 連成
電磁場は AC/DC の Magnetic Fields(mf)等で
– 形式(ベクトルポテンシャル とスカラポテンシャル ) - あるいは
形式 を選ぶことになる。
連成の最小構成は次である。
- LLG 側:
を計算して公開(変数として定義) - 電磁場側:
を反映するように磁化をソースとして与える - フィードバック:電磁場から得た
(誘導磁界、Oersted 磁界)を LLG の に加える - ポスト:
、 、磁束密度 の位相遅れ等を評価
周波数領域(Frequency Domain)で「線形化 LLG(小振幅)」を使い、電磁場と同時に解く設計もあり得る。非線形なドメイン壁運動や大振幅スイッチングでは Time Dependent が中心になる。
5.5 弾性場–LLG 連成
弾性場との連成は、次の2本立てで組むのが分かりやすい。
ひずみ → 磁化(逆磁歪)
- Solid Mechanics から
を出し、 を計算 を LLG に入力
- Solid Mechanics から
磁化 → 応力/ひずみ(磁歪駆動)
を固有ひずみとして Solid Mechanics に入力する、または を追加応力として入れる
磁化ダイナミクスと弾性波(SAW/BAW)を同時に扱う場合は、弾性側の時間刻みと磁化側の前進刻みが食い違いやすい。単純な逐次連成から始め、必要に応じて同時解法へ移行する。
6. 数値計算設定:収束と安定化
6.1 スケールと無次元化
LLG は歳差運動(高速)と減衰緩和(比較的遅い)が混在し、剛性(stiffness)を持つ。数値安定化の観点から次を整理する。
- 時間スケール:
を基準化する - 長さスケール:交換長
を目安にメッシュを切る - 反磁界を入れると外部空間のメッシュや境界条件が支配する
6.2 メッシュの目安
- 交換項を入れる場合:
より十分小さい要素が必要になりやすい - ドメイン壁幅(Bloch/Néel)を解像するには壁幅
の数分割が必要になる - 電磁場連成:表皮深さ
を解像する必要がある - 弾性場連成:波長
( は音速)を解像する必要がある
6.3 ソルバ戦略
逐次(Segregated):
- LLG → 電磁場 →(→ 弾性場)を順に解く
- 初期導入が容易だが、強いフィードバックで安定性が悪化することがある
同時(Fully Coupled / Monolithic):
- すべての未知量を同時に Newton 反復で解く
- 安定性は上がり得るが、ヤコビアンが大きくなり計算は重くなる
最初の到達目標は、(i) LLG 単体で既知の検証を通し、(ii) 電磁場・弾性場を単体で検証し、(iii) 片方向連成 → 双方向連成へ、の順に拡張することである。
7. 検証
LLG 単体
- 一様磁化+外場:歳差周波数が理論式に近いか
- 一軸異方性:易磁化軸への緩和が起こるか
- 交換+境界:境界近傍の人工的な発散がないか
- 反磁界:薄膜・棒など形状異方性の定性的傾向が再現されるか
電磁場–LLG
- 導体単体:既知の渦電流分布(簡単形状)と整合するか
- 表皮深さ:周波数依存の電流集中が妥当か
- 損失:
のスケーリング( 等、条件依存)を確認する
弾性場–LLG
- 弾性単体:固有振動数、波の伝搬速度が材料定数と整合するか
- 静的磁歪:磁化向きで変位・ひずみの符号が変わるか
- 磁気弾性:応力印加で有効異方性が変調されるか(Villari 的な挙動)
8. 注意点
が崩れる - まずはダンピングを入れた単純ケースで確認し、制約(弱拘束や再正規化)の導入を段階的に行う
反磁界が不安定/境界依存になる
- 外部空間の取り方(サイズ、無限要素)、境界条件、メッシュを見直す
- 反磁界を切ったモデルで LLG の核が正しいことを先に保証する
電磁場連成で計算が硬くなる
- 準静近似が妥当かを見直す(周波数帯、サイズ、材料)
- 導体領域の表皮深さに合わせてメッシュを設計する
弾性場連成で時間刻みが合わない
- 逐次連成で刻みを揃える(共通の時間ステップを採る)か、同時解法を検討する
- 弾性側を周波数領域に落とす(小振幅)など、問題設定を分離して段階導入する
まとめ
- LLG は有効磁界
を介して、電磁場(渦電流・誘導磁界)や弾性場(磁気弾性・磁歪)と自然に連成する。 - COMSOL では LLG を PDE として実装し、AC/DC の磁場インターフェースや Solid Mechanics と変数受け渡しで結ぶことで、LLG 単体から電磁場–LLG、弾性場–LLG へ段階拡張できる。
- 連成は「まず単体検証 → 片方向連成 → 双方向連成」の順で組むと破綻しにくく、メッシュは交換長・表皮深さ・弾性波長の3つを同時に意識するのが要点である。