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COMSOL を用いた LLG 計算と連成解析

磁化ダイナミクスを支配する Landau–Lifshitz–Gilbert(LLG)方程式は、電磁場(渦電流)や弾性場(磁気弾性)と強く結びつく。COMSOL Multiphysics は PDE 記述と既存フィジックスを同一モデルで結合できるため、LLG 単体から電磁場–LLG、弾性場–LLG までを同一の枠組みで実装できる。

参考ドキュメント

1. 何を解くのか

扱いたい計算は次の3種である。

  1. LLG 計算(マイクロ磁化シミュレーション)
  • 磁化ベクトル場 m(r,t)|m|=1)の時間発展を解く。
  • 有効磁界 Heff は交換・異方性・外場・反磁界などから構成される。
  1. 電磁場–LLG 連成(渦電流・誘導磁界を含む)
  • Maxwell 方程式(典型的には準静的近似を含む)を解き、導体中の電流 J と誘導磁界を求める。
  • LLG が与える M=Msm が磁束密度 B を変調し、それが誘導電界 E と渦電流 J を生む。
  • 逆に渦電流が作る磁界(Oersted/誘導磁界)が Heff に戻り、磁化運動を変える。
  1. 弾性場–LLG 連成(磁気弾性・磁歪)
  • 変位場 u(r,t)(あるいはひずみ ε)を固体力学で求める。
  • ひずみが磁気弾性エネルギーを介して Heff を変える(逆磁歪)。
  • 逆に磁化方向が磁歪ひずみ(固有ひずみ)や等価応力を通じて弾性場を駆動する(磁歪駆動)。

以降では、(i) 方程式、(ii) 連成の「情報の流れ」、(iii) COMSOL 実装の設計パターン、の順に具体化する。

2. LLG 方程式:磁化ダイナミクスの核

2.1 正規化磁化の定義

磁化 M を飽和磁化 Ms で規格化して

m=MMs,|m|=1

とする。

2.2 LLG の代表形

LLG は

mt=γm×Heff+αm×mt

である。ここで γ はジャイロ磁気比、α は Gilbert 減衰である。

数値計算では、右辺に m/t が再登場する形を整理した

mt=γ1+α2[m×Heff+αm×(m×Heff)]

が扱いやすい場合が多い。

2.3 有効磁界

有効磁界は自由エネルギー密度 w(m,m,ε,) から

Heff=1μ0MsδEδm+Hext+Hrf+,E=ΩwdV

として与えるのが基本である。COMSOL 実装では「エネルギーから微分」を明示的に行うより、各寄与の H を個別に定義して加算する設計がわかりやすい。

典型的な寄与は以下である。

(1) 交換相互作用(exchange)

wex=A|m|2Hex=2Aμ0Ms2m

(2) 一軸異方性(uniaxial)

wani=Ku(1(meu)2)Hani=2Kuμ0Ms(meu)eu

(3) Zeeman(外場)

wZ=μ0MsmHextHZ=Hext

(4) 反磁界(静磁界、demagnetizing field) 磁化から生じる磁束密度は

B=μ0(H+M)=μ0(H+Msm)

であり、準静的(D/t を無視する)な磁気のガウス則

B=0

により反磁界は全領域(試料外の空間も含む)で決まる。実装では、磁気スカラポテンシャル ϕ を用いて

Hd=ϕ,(Hd+M)=0

を外部空間を含んで解くのが標準的である(遠方境界条件を工夫する)。

(5) 磁気弾性(magnetoelastic)と誘導磁界(eddy/Oersted) これらは後述の連成で Heff に追加される主要項である。

3. 電磁場–LLG 連成:Maxwell 方程式と渦電流

3.1 準静的電磁場の基本式(導体中の誘導)

多くの磁性材料・素子スケールでは、電磁波としての伝搬(変位電流)より渦電流が支配的になる領域がある。このとき典型の構成は次である。

(1) Faraday の法則

×E=Bt

(2) Ampère の法則(準静的)

×H=J

(3) 物質関係と磁化

B=μ0(H+M)

(4) 導体の構成則(オーム則)

J=σE(σ: 電気伝導率)

このとき M(t) が変わると B(t) が変わり、誘導電界 E を介して渦電流 J が流れ、その電流が作る磁界が磁化へフィードバックする。

3.2 連成の流れ

時間ステップ tntn+1 を考えると、最も直感的な流れは次である。

  • LLG:mn  mn+1
  • Maxwell:Mn+1=Msmn+1 を使って B,H,E,J を解く
  • フィードバック:得られた誘導磁界 HindHeff に足して次ステップへ

この「逐次(staggered)連成」は安定性の制約が出る場合がある一方、設定と計算コストの見通しが良い。 非線形性が強い、あるいは厳密な相互作用が必要な場合は、LLG と Maxwell を同一スタディで同時に解く(monolithic)設計が候補になる。

3.3 損失評価(渦電流損)

電磁場側の損失は Joule 発熱として

pJ=JE=|J|2σ,PJ=ΩpJdV

で見積もる。時間平均(交流定常)や 1 周期積分により、磁化ダイナミクスと損失の相関を定量化できる。

4. 弾性場–LLG 連成:磁気弾性と磁歪

4.1 固体力学(弾性体)の基本式

変位 u、ひずみ ε、応力 σ を用いる。

  • ひずみ(小変形)
ε=12(u+(u))
  • 運動方程式(動弾性)
ρ2ut2=σ+f
  • 構成則(線形弾性の例)
σ=C:(εελ)

ここで ελ は磁歪に由来する固有ひずみ(eigenstrain)として導入できる。

4.2 磁気弾性エネルギー:ひずみが磁化に与える効果

磁気弾性は、ひずみ(あるいは応力)が磁気自由エネルギーに寄与することで「磁化が回りやすい方向」を変える。

立方晶の代表的な磁気弾性エネルギー密度は

wme=B1(εxxmx2+εyymy2+εzzmz2)+2B2(εxymxmy+εyzmymz+εzxmzmx)

で表される(B1,B2 は磁気弾性定数)。

このとき磁気弾性が作る有効磁界は

Hme=1μ0Mswmem

であり、HeffHeff+Hme として LLG に入る。 これが逆磁歪(Villari 効果)に相当する。

4.3 磁歪による弾性場の駆動:磁化が構造を動かす効果

一方、磁化方向が固有ひずみ ελ(m) を与えるモデルを置くと、弾性体は磁化の変化により力学的に駆動される。

等方的な簡略モデルの一例は

εijλ=32λs(mimj13δij)

である(λs は飽和磁歪定数)。 結晶学的な磁歪(λ100,λ111)を扱う場合は、結晶座標系への変換と方位依存を明示する。

磁歪を「固有ひずみ」として入れる設計と、磁気弾性エネルギー wme を用いて「エネルギーから応力を導く」設計は、目的に応じて使い分ける。 後者では

σme=wmeε

を追加応力として固体力学へ入れるのが自然である。

5. 設計パターン

ここでは、LLG を COMSOL の「一般 PDE」として実装し、必要に応じて AC/DC(電磁場)や構造力学(弾性場)と連成する基本方針を示す。

5.1 依存変数の取り方:m を3成分で持つ

未知量(Dependent Variables)を

mx(r,t), my(r,t), mz(r,t)

として持つ。必要なら磁化の大きさ制約を

g(m)=mx2+my2+mz21=0

で課す。

制約の入れ方は複数ある。

  • 初期条件と時間積分で規格化を維持できる形式を選ぶ(数値誤差は残る)
  • 弱い制約(Weak Constraint)やラグランジュ未定乗数で |m|=1 を拘束する
  • 各時間ステップで mm/|m| と再正規化する(方程式との整合に注意)

5.2 LLG と弱形式(FEM)

COMSOL は PDE を弱形式で解く設計と相性が良い。LLG を

mtF(m,m,Heff)=0

と書き、テスト関数 v を掛けて領域積分する:

Ωv(mtF)dV=0

交換項を含む場合は 2m が現れ、部分積分により一次微分へ落とし込むことで FEM 実装が安定化する。 境界条件(交換の自然境界条件など)も弱形式で整理しやすい。

5.3 反磁界(長距離相互作用)の扱い

反磁界は局所 PDE だけでは閉じないため、次のどれかを採る。

  • 外部空間を含む磁気静解析(または準静解析)を併設し、ϕ または A から Hd を得て LLG に渡す
  • 無限要素(Infinite Elements)等で遠方境界を近似する
  • 既存の磁場インターフェース(磁気準静)で磁化をソースとして与える

LLG 単独モデルの検証として、反磁界を切った状態で交換+異方性+外場のみの既知解(歳差運動、Kittel 式など)と一致するかを先に確認すると良い。

5.4 電磁場–LLG 連成

電磁場は AC/DC の Magnetic Fields(mf)等で

  • AV 形式(ベクトルポテンシャル A とスカラポテンシャル V
  • あるいは H 形式 を選ぶことになる。

連成の最小構成は次である。

  • LLG 側:M=Msm を計算して公開(変数として定義)
  • 電磁場側:B=μ0(H+M) を反映するように磁化をソースとして与える
  • フィードバック:電磁場から得た Hind(誘導磁界、Oersted 磁界)を LLG の Heff に加える
  • ポスト:JpJ=|J|2/σ、磁束密度 B の位相遅れ等を評価

周波数領域(Frequency Domain)で「線形化 LLG(小振幅)」を使い、電磁場と同時に解く設計もあり得る。非線形なドメイン壁運動や大振幅スイッチングでは Time Dependent が中心になる。

5.5 弾性場–LLG 連成

弾性場との連成は、次の2本立てで組むのが分かりやすい。

  • ひずみ → 磁化(逆磁歪)

    • Solid Mechanics から ε を出し、wme(ε,m) を計算
    • Hme=(1/μ0Ms)wme/m を LLG に入力
  • 磁化 → 応力/ひずみ(磁歪駆動)

    • ελ(m) を固有ひずみとして Solid Mechanics に入力する、または
    • σme=wme/ε を追加応力として入れる

磁化ダイナミクスと弾性波(SAW/BAW)を同時に扱う場合は、弾性側の時間刻みと磁化側の前進刻みが食い違いやすい。単純な逐次連成から始め、必要に応じて同時解法へ移行する。

6. 数値計算設定:収束と安定化

6.1 スケールと無次元化

LLG は歳差運動(高速)と減衰緩和(比較的遅い)が混在し、剛性(stiffness)を持つ。数値安定化の観点から次を整理する。

  • 時間スケール:t0=(γμ0H0)1 を基準化する
  • 長さスケール:交換長 lex=2A/(μ0Ms2) を目安にメッシュを切る
  • 反磁界を入れると外部空間のメッシュや境界条件が支配する

6.2 メッシュの目安

  • 交換項を入れる場合:lex より十分小さい要素が必要になりやすい
  • ドメイン壁幅(Bloch/Néel)を解像するには壁幅 Δ の数分割が必要になる
  • 電磁場連成:表皮深さ δ=2/(μσω) を解像する必要がある
  • 弾性場連成:波長 λ=v/fv は音速)を解像する必要がある

6.3 ソルバ戦略

  • 逐次(Segregated):

    • LLG → 電磁場 →(→ 弾性場)を順に解く
    • 初期導入が容易だが、強いフィードバックで安定性が悪化することがある
  • 同時(Fully Coupled / Monolithic):

    • すべての未知量を同時に Newton 反復で解く
    • 安定性は上がり得るが、ヤコビアンが大きくなり計算は重くなる

最初の到達目標は、(i) LLG 単体で既知の検証を通し、(ii) 電磁場・弾性場を単体で検証し、(iii) 片方向連成 → 双方向連成へ、の順に拡張することである。

7. 検証

LLG 単体

  • 一様磁化+外場:歳差周波数が理論式に近いか
  • 一軸異方性:易磁化軸への緩和が起こるか
  • 交換+境界:境界近傍の人工的な発散がないか
  • 反磁界:薄膜・棒など形状異方性の定性的傾向が再現されるか

電磁場–LLG

  • 導体単体:既知の渦電流分布(簡単形状)と整合するか
  • 表皮深さ:周波数依存の電流集中が妥当か
  • 損失:PJ のスケーリング(ω2 等、条件依存)を確認する

弾性場–LLG

  • 弾性単体:固有振動数、波の伝搬速度が材料定数と整合するか
  • 静的磁歪:磁化向きで変位・ひずみの符号が変わるか
  • 磁気弾性:応力印加で有効異方性が変調されるか(Villari 的な挙動)

8. 注意点

  • |m|=1 が崩れる

    • まずはダンピングを入れた単純ケースで確認し、制約(弱拘束や再正規化)の導入を段階的に行う
  • 反磁界が不安定/境界依存になる

    • 外部空間の取り方(サイズ、無限要素)、境界条件、メッシュを見直す
    • 反磁界を切ったモデルで LLG の核が正しいことを先に保証する
  • 電磁場連成で計算が硬くなる

    • 準静近似が妥当かを見直す(周波数帯、サイズ、材料)
    • 導体領域の表皮深さに合わせてメッシュを設計する
  • 弾性場連成で時間刻みが合わない

    • 逐次連成で刻みを揃える(共通の時間ステップを採る)か、同時解法を検討する
    • 弾性側を周波数領域に落とす(小振幅)など、問題設定を分離して段階導入する

まとめ

  • LLG は有効磁界 Heff を介して、電磁場(渦電流・誘導磁界)や弾性場(磁気弾性・磁歪)と自然に連成する。
  • COMSOL では LLG を PDE として実装し、AC/DC の磁場インターフェースや Solid Mechanics と変数受け渡しで結ぶことで、LLG 単体から電磁場–LLG、弾性場–LLG へ段階拡張できる。
  • 連成は「まず単体検証 → 片方向連成 → 双方向連成」の順で組むと破綻しにくく、メッシュは交換長・表皮深さ・弾性波長の3つを同時に意識するのが要点である。