Skip to content

計測インフォマティクス(Measurement Informatics)

4つのインフォマティクスのうち、「計測インフォマティクス」について概説する。

参考にしたドキュメント

1. 計測インフォマティクスとは何か

  • 計測インフォマティクス(Measurement Informatics, MEI)は、
    • 実験・計測装置から得られる「信号・データ」を中心に据え、
    • その取得・前処理・特徴抽出・解釈・フィードバックまでを データ科学・機械学習と統合的に扱う枠組みである。
  • 材料インフォマティクスが
    • 「材料の組成・構造 → 特性」のモデル化に主眼を置くのに対し、
  • 計測インフォマティクスは
    • 「測り方・データ品質・信号処理 → 有用な観測量」 に焦点を当てる。
  • 目的は、
    • 高価で貴重な実験データ(放射光・電子顕微鏡・MBN 等)の情報量を最大化し、
    • 不確かさを定量化しつつ、効率的な実験設計・自律実験につなげることである。

2. 対象とスコープ

このページで扱うのは、「計測データとその処理」に関わる部分であり、典型的には:

  • データの種類

    • スペクトル:XAFS, XPS, ARPES, Raman, EELS など
    • 画像:XRD 2D パターン、顕微鏡画像(SEM, TEM, MOKE, Kerr, STEM 等)
    • 時系列:磁気雑音(MBN)、振動測定、インピーダンス測定など
    • マルチモーダル:スペクトル+画像+スカラー値が同時に得られる測定系
  • スコープ

    • 計測条件・装置設定 → 生データ取得 → 前処理 → 特徴抽出 → モデル化 → フィードバック
    • データ品質評価・不確かさ評価
    • 自律実験・オンライン解析

ここでは、プロセス条件(熱処理レシピなど)の最適化は「プロセスインフォマティクス」、
物理モデル(DFT, MD, PDE など)との連成は「物理インフォマティクス」で扱う前提にし、
計測インフォマティクスは「計測データと信号処理」に役割を限定する。

3. 計測データ処理の流れ

計測インフォマティクスの標準的なフローは、次のように整理できる。

  1. 計測設計・メタデータ定義

    • 何を測るか(ターゲット物理量)
    • どの装置・どの設定で測るか(エネルギー・磁場・温度・幾何)
    • 試料情報・プロセス履歴・測定条件をメタデータとして整理
  2. データ取得(Acquisition)

    • 実験装置から生データ(raw data)を取得
    • ノイズ・ドリフト・装置固有の系統誤差を考慮したフォーマットで保存
  3. 前処理(Pre-processing)

    • ノイズ除去(平滑化、フィルタリング、ベースライン補正)
    • 正規化・スケーリング(積分値・ I0 で割る、背景除去など)
    • 欠損値の補完・異常値検出
  4. 特徴抽出(Feature Extraction)

    • スペクトルの場合:ピーク位置・強度・半値幅、PCA/NMF 成分、波数領域特徴など
    • 画像の場合:テクスチャ特徴、ドメイン形状、トポロジカル指標(位相場・粒径分布)など
    • 時系列の場合:自己相関、スペクトル密度、緩和時間定数など
  5. モデル化・可視化

    • 教師あり学習で物性・構造と結びつける
    • 教師なし学習でパターンやクラスターを発見する
    • 次元削減で直感的に可視化(PCA, t-SNE, UMAP など)
  6. フィードバック

    • 「どの条件でどんなデータが取れたか」を基に、
    • 次の測定条件を提案(アクティブ・ベイズ最適化など)
    • ここでプロセスインフォマティクス・材料インフォマティクスと連携する。

4. 典型的な解析タスクと手法

4.1 ノイズ除去・信号改善

  • 目的:

    • 放射光や電子顕微鏡など、取得コストの高い計測に対して、
    • 低 S/N の生データから信頼できる物理量を取り出す。
  • 手法の例:

    • 線形手法:移動平均、Savitzky–Golay フィルタ、Wavelet デノイジング
    • 統計・行列分解:PCA, NMF, Robust PCA による信号分離
    • 機械学習:Denoising Autoencoder や U-Net による超解像・ノイズ除去

4.2 ピーク分離・スペクトル分解

  • 複雑に重なったピークを分解し、

    • 化学状態・価数・局所構造などを定量するタスク。
  • 例:

    • XAFS・XPS スペクトルのピークフィッティング
    • Raman/EELS の複数モード分離
    • 多元合金の XRD パターンから相ごとの寄与を推定
  • 手法:

    • 非線形フィッティング(Gaussian/Lorentzian/Voigt)
    • NMF / ICA によるスペクトル分解
    • スペクトル辞書(辞書学習)+スパース回帰

4.3 次元削減・クラスタリング

  • 多数のスペクトル・画像・パターンをまとめて扱う場合、

    • PCA, UMAP などで低次元に埋め込み、
    • HDBSCAN などでクラスタリングすることで、
    • 「類似した測定データ群」や「異常サンプル」を自動的に抽出できる。
  • 応用例:

    • 2D マップ測定(XAFS マッピング、MBN マッピングなど)から 「特性の違う領域」を自動で検出。
    • 時系列計測から「典型的な応答パターン」を分類。

4.4 自律実験・オンライン解析

  • 取得した計測データをその場で解析し、

    • 次に測るエネルギー、位置、温度などをアルゴリズムが決める 「オンライン・アクティブ実験」の方向性。
  • フレームワークの要素:

    • 計測インフォマティクス:データの即時解析・特徴抽出
    • 材料インフォマティクス:特性予測モデル
    • プロセスインフォマティクス:実験条件の制約・レシピ
    • ベイズ最適化/バンディットアルゴリズム:次の測定点選択

5. データ品質・不確かさの扱い

計測インフォマティクスでは、「データそのものの信頼性」を定量的に扱うことが重要になる。

  • 測定ノイズと系統誤差
    • 装置固有のオフセット・ドリフト・ビーム強度変動などを メタデータとして記録し、モデルに反映させる。
  • 不確かさ評価
    • 確率的なモデル(ガウス過程・ベイズ回帰)や アンサンブル学習を用いて予測の不確かさを推定。
  • 異常検知
    • 計測中の装置トラブルや試料の破損を、データパターンから早期に検知。

これらは、ビームタイムや貴重な試料を無駄にしないための「安全装置」としても機能する。