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軟磁性体の高周波特性評価

軟磁性体の高周波特性評価とは、複素透磁率と損失を周波数・励振条件・温度・バイアス磁界の関数として測定し、支配因子を同定して材料・形状・プロセスの設計に戻す営みである。低周波のB-H測定だけでは見えない共鳴・緩和・渦電流・寄生成分が顕在化するため、測定法と解析モデルを周波数帯に応じて切り替える必要がある。

参考ドキュメント

1. 高周波特性で何を評価するのか

1.1 複素透磁率と位相遅れ

線形近似が成立する範囲では、磁束密度Bと磁界Hの関係は周波数依存の複素量で表せる。

  • 複素透磁率

    μ(ω)=μ(ω)jμ(ω)B(ω)=μ0μ(ω)H(ω)
  • 損失角正接(透磁率の文脈)

    tanδμ(ω)=μ(ω)μ(ω)

μはエネルギー蓄積(インダクタンス)に、μは散逸(損失)に対応し、周波数上昇に伴って両者は一般に変化する。高周波では、測定系(治具・巻線・配線)の寄生成分も同じく周波数依存で効くため、測定値は必ずしも材料固有の応答だけを反映しない点に注意が要る。

1.2 損失(コア損失)と評価量

電力機器・高周波磁気デバイスでは、損失密度や温度上昇が主要な制約となる。正弦波励振を仮定すると、B-Hループの面積が1周期当たりのエネルギー損失である。

  • 体積当たり損失(B-Hループから)

    Pv=fHdB

    ここでPvはW/m3fは周波数である。

  • 線形応答近似での散逸

    p(ω)=12ωμ0μ(ω)|H|2

    したがってμの評価は損失評価と直結する。

1.3 共鳴・緩和が支配する領域

軟磁性体の高周波応答は、概略として以下の機構が帯域ごとに現れやすい。

  • 低周波:磁壁運動による準静的ヒステリシスが支配的になりやすい
  • 中周波:導電体では渦電流・表皮効果・過剰損失が増えやすい
  • 高周波:磁壁共鳴、自然共鳴、強磁性共鳴(FMR)、スピン緩和が支配的になり、μが低下しμがピークを持つことが多い

周波数帯の境界は材料(導電率、異方性、組織、形状)と測定条件で大きく動くため、帯域を固定的に決めつけない態度が重要である。

2. 代表的な指標と、何に効くか

2.1 透磁率系(小信号)

  • 初透磁率:μiμ(ω0)(小信号・低周波の傾き)
  • 実効透磁率:形状・反磁場・空隙・複合化を含んだ見かけの透磁率
  • 周波数特性:μ(ω)μ(ω)tanδμ(ω)
  • 品質係数の考え方(コイルとして)Q(ω)=ωL(ω)R(ω)LRは測定モデル(直列・並列)に依存するため、表記と条件を揃える必要がある。

2.2 損失系(大信号)

  • 損失密度のマップ:Pv(Bpk,f,T,Hdc)
  • 交流磁化曲線:B(H)の動的応答、マイナーループ
  • 振幅透磁率(amplitude permeability)μa=Bpkμ0Hpk高励振のインダクタ・トランスで実効的に効く値である。

2.3 高周波の大域制約(トレードオフ)

一般に、低周波で大きいμは共鳴周波数を下げやすく、高周波での使用帯域を狭める方向に働く。反対に、共鳴を高周波へ押し上げる材料設計はμを犠牲にしやすい。軟磁性の評価は、このトレードオフの定量化である。

3. 方式別の評価手法マップ(周波数・試料・出力)

手法の系統典型周波数帯試料形状主な出力特徴
リング試料B-H法(巻線・誘導電圧)20 Hz〜100 kHz程度リング/トロイダル、圧粉リングB(t), H(t), Pv, 交流磁化曲線交流特性の基本。標準化が進む。波形制御が重要である。
エプスタイン・フレーム等50/60 Hz〜数百Hz程度電磁鋼板ストリップP, BH板材の標準測定系である。
インピーダンス法(LCR/インピーダンスアナライザ)kHz〜数百MHz〜GHz(治具次第)トロイダル、小型コアμ(ω), μ(ω), Q小信号のμ測定に強い。寄生成分の補正が要る。
伝送線路・導波管法(VNA Sパラメータ)数十MHz〜数十GHz同軸/導波管挿入試料、薄膜(線路上)μ(ω), ϵ(ω), 共鳴パラメータマイクロ波域の標準的発想である。解析手順(逆問題)が核である。
反射法・カロリメトリ法(高励振)DC〜10 MHz超(方式依存)閉磁路コアPv, μa大信号領域の損失評価に適する。発熱や電力計測の不確かさを扱う。
FMR/VNA-FMR(分光)数百MHz〜数十GHz薄膜、微細構造、場合により単結晶共鳴周波数、線幅、緩和、α動的磁化の緩和機構を直接評価できる。

以降では、測定量が何であり、そこからどの物理量をどう復元するかを中心に整理する。

4. 低周波〜100 kHz:リング試料によるB-H測定と損失算出

4.1 基本構成とB, Hの復元

閉磁路のリング試料に励磁巻線(一次)と検出巻線(二次)を設ける。二次コイルの誘導電圧v2(t)から磁束密度を得る。

  • 磁束とB

    v2(t)=N2dΦ(t)dt,Φ(t)=v2(t)dtN2,B(t)=Φ(t)A

    Aは断面積である。

  • H(平均磁路長le近似)

    H(t)=N1i(t)le

このとき、動的B-Hループから損失密度が得られる。

Pv=fHdB

4.2 波形制御と測定条件の明示

高周波ほど、励磁電流波形が材料の非線形性と測定回路により歪みやすい。評価の互換性を確保するには、次の条件の明示が重要である。

  • 制御対象がB正弦か、電圧正弦か、電流正弦か
  • Bpk(またはΔB)、バイアス磁界Hdcの有無
  • 温度、応力、試料の熱履歴(消磁を含む)
  • 試料寸法(A,le)と巻線条件(N1,N2

4.3 渦電流・表皮効果の見積もり

導電体では渦電流が損失と見かけの透磁率低下を引き起こす。表皮深さδ

δ(ω)=2ρωμ0μ

で与えられる。厚さや粒径がδより大きくなると、電流分布の不均一が強まり損失が増えやすい。高周波評価では、t/δ(板厚や代表寸法と表皮深さの比)が直感的な無次元指標になる。

5. kHz〜GHz:インピーダンス法による複素透磁率

5.1 測定量Z(ω)からμ*(ω)を得る考え方

トロイダル試料を理想的なインダクタと見なすと、インダクタンスは

L(ω)=μ0μ(ω)N2Ale

となる。実際には損失を含むため、インピーダンスを直列等価で

Z(ω)=Rs(ω)+jωLs(ω)

と表すと、近似的に

μ(ω)=leμ0N2ALs(ω)μ(ω)=leμ0N2ARs(ω)ω

が得られる。ここで直列等価(Rs,Ls)か並列等価(Rp,Lp)かで数値は変わるため、使用モデルを固定して議論する必要がある。

5.2 寄生成分と補正の要点

高周波では、試料の磁気応答と同等以上に以下が効く。

  • 配線・治具の寄生インダクタンス、寄生容量
  • 巻線の分布容量、自己共振
  • 接触抵抗、導体損失、近接効果
  • 範囲端(低Z、高Z)での測定分解能、ノイズ

このため、治具の空測定、ショート、オープン、ロードを用いた補正や、同一ジオメトリでの参照測定が事実上必須になる。測定値の安定性が悪い場合、材料固有の問題ではなく測定系の有効レンジ外であることも多い。

5.3 小信号と大信号の分離

インピーダンス法は基本的に小信号であり、得られるμは微小振幅の応答である。電力用途で効く大信号損失(Pv(Bpk,f))とは別物であるため、用途が電力変換かRF素子かで、評価の主軸を切り替える必要がある。

6. MHz〜GHz:VNA伝送線路・導波管法によるμ*(ω)抽出

6.1 Sパラメータから材料定数を復元する

同軸線路や導波管に試料を挿入し、反射係数S11と透過係数S21を測ってμϵを逆算する発想がある。代表的な枠組みの一つがNRW(Nicolson–Ross–Weir)系であり、試料厚みdと伝搬定数γを介して材料定数へ接続する。

概念的には以下の手順である。

  • S11,S21から試料区間の反射係数Γと伝搬因子eγdを推定する
  • γと特性インピーダンスの関係からμ,ϵへ変換する

ここで、位相の枝選択、試料端面の不完全密着、空隙、治具のデエンベッドが誤差源になりやすい。高周波ほど、誤差要因が解析(逆問題)の不安定性として顕在化するため、測定系の妥当性を周波数帯ごとに検証する必要がある。

6.2 薄膜・微細構造:マイクロストリップ/CPW上の測定

薄膜では、マイクロストリップ線路やCPW上に試料を配置し、VNAでS11や共鳴吸収を測定してμや共鳴線幅を評価する流れが一般的である。FMRを伴う帯域ではμが顕著に現れ、線幅から緩和パラメータの推定が可能となる。

7. 高励振レベルでの損失と透磁率:コアとしての評価

7.1 デバイス条件に近い評価量

電力用途では、コアに加わる磁束密度は大きく、さらにDCバイアスが重畳することが多い。よって、次のようなデータ表現が重要となる。

  • PvBpkfの関数で提示する(等高線、ファミリカーブ)
  • Hdcごとのμa、あるいは微分透磁率μΔ=dB/dHを提示する
  • 温度依存(材料損失と抵抗率の温度係数の両方が効く)

7.2 損失分離モデル(経験式)とパラメータ同定

損失の周波数依存を整理するため、経験式が用いられることがある。代表例として、総損失をヒステリシス、渦電流、過剰損失に分ける形がある。

Pv(Bpk,f)=Ph+Pe+Pex

その一例として

PvkhfBpkα+kef2Bpk2+kexf3/2Bpk3/2

のような表式が現場のフィッティングに用いられる。ここでkh,ke,kex,αは材料・組織・厚さ・抵抗率・応力状態などを反映した有効パラメータである。高周波では表皮効果や非一様励磁が進むため、パラメータの物理解釈は測定条件とセットで行う必要がある。

8. 共鳴と緩和の解析:μ*(ω)のモデル化

8.1 ローレンツ型(共鳴)での表現

共鳴を含む応答はローレンツ型で表現できることがある。

μ(ω)=μ+kΔμkω0k2ω0k2ω2+jωΓk

ω0kは共鳴角周波数、Γkは減衰(線幅)に対応する。測定されたμ(ω)のピーク位置と幅から、共鳴と緩和のスケールが推定できる。

8.2 FMRとKittel式(薄膜の典型)

薄膜の強磁性共鳴は、外部磁界と有効磁化の組で共鳴周波数が決まる。典型的な形として

f=γ2π(H+Hk)(H+Hk+Meff)

のようなKittel型関係が現れる。幾何と磁化方向(面内・面外)で式は変わり、評価したいパラメータ(Meff、異方性、緩和定数)が何かに応じて測定ジオメトリを設計する必要がある。

9. 形状効果・反磁場・異方性の取り扱い

9.1 反磁場補正の基本

閉磁路(トロイダル)では反磁場の影響が小さく、材料固有のμに近い量を得やすい。一方、棒状、板状、薄膜などでは反磁場が無視できず、内部磁界は

Hint=HappNdM

で与えられる。Nd(反磁場係数)は形状と測定方向で変わるため、薄膜の面外応答などは測定解釈が難しくなりやすい。

9.2 異方性とテンソル透磁率

結晶・磁気異方性や応力誘起異方性がある場合、透磁率はスカラーではなくテンソルとして扱う必要がある。

B=μ0μ(ω)H

このとき、測定系がどの成分を混合しているか(例えば線路の磁界分布が一様でない)が結果を左右する。

10. 組織・材料パラメータと高周波特性の接続

10.1 導電率と損失

  • 高導電率:渦電流損失が増えやすく、μ低下とμ増加が早期に出やすい
  • 高抵抗化(合金設計、微細化、絶縁粒界、複合化):高周波側へ有効帯域を拡張しやすい

10.2 磁気異方性と共鳴周波数

異方性が大きいと共鳴や緩和のスケールが変わり、μ(ω)μ(ω)のスペクトル形状が変わる。高周波用途では、異方性の誘起(磁界熱処理、応力、配向、形状)で共鳴帯域を設計することが多い。

10.3 アモルファス・ナノ結晶・圧粉コアの観点

  • アモルファス/ナノ結晶:低損失化と高抵抗化の両立が狙いやすい一方、応力や磁歪に敏感である
  • 圧粉コア:粒界絶縁で渦電流を抑えやすいが、粒間結合や有効磁路がμと損失に影響する
  • 薄膜:FMR帯域を避けるか、逆に利用するかの設計が分かれやすい

11. 測定から解析までの流れ

  1. 目的帯域と励振条件を固定する
    例:f帯、BpkHdc、温度範囲、許容損失密度。

  2. 試料形状と測定法を選ぶ
    トロイダルならリング法・インピーダンス法、薄膜ならVNA線路法やFMR、板材なら標準試験法を検討する。

  3. 校正と参照測定を設計する
    治具の空測定、短絡、既知標準試料、温度ドリフト評価を組み込み、測定系の帯域限界と不確かさを把握する。

  4. 一次量の取得と整形
    B(t), H(t), Z(ω), S11,S21を取得し、必要ならデエンベッドや等価回路化を行う。

  5. 物性量への変換
    μ(ω),μ(ω),tanδμPvμaなどへ変換し、単位とモデルを明示する。

  6. モデル同定と支配因子の切り分け
    透磁率スペクトル(共鳴/緩和モデル)と損失(分離モデルや表皮効果見積もり)を併用して、律速機構を推定する。

  7. 形状・プロセス・組成へのフィードバック
    抵抗率、厚さ、粒径、異方性、応力、複合化の方向性を整理し、次試料の設計へ戻す。

まとめ

軟磁性体の高周波特性評価は、複素透磁率と損失を、周波数帯と励振レベルに応じた測定法で取得し、共鳴・緩和・渦電流・形状効果を分離して理解する作業である。リング法・インピーダンス法・VNA法・高励振損失測定は相補的であり、目的帯域とデバイス条件から逆算して評価系を組むことで、材料設計に直結するパラメータ同定が可能となる。

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