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マスクレス露光装置の物理と周辺技術

マスクレス露光装置は、フォトマスクの代わりにデジタルデータから露光パターンを生成し、レジスト上へ直接描画する装置である。光学像形成に加えて、反応拡散・溶解・機械安定性・位置合わせ・データ生成が結合した総合技術である。

参考ドキュメント

1. マスクレス露光とは何か

マスクレス露光(maskless lithography, direct-write lithography)とは、マスクを介さずに設計データ(GDSII, DXFなど)を露光パターンへ変換し、レジストへ直接転写する露光方式の総称である。目的は大きく二つに分けられる。

  • 試作・研究開発の高速化
    マスク製作の待ち時間を削り、設計変更の反映を迅速化する。
  • 小ロット多品種への適応
    同一基板内で異なるパターンを露光する、グレースケール露光で3次元形状を作るなど、マスク露光では不利な作り方を可能にする。

一方で、同一パターンを大量に繰り返す場面ではマスク露光(ステッパ/スキャナ)の優位が大きく、マスクレスは用途と速度の設計思想が異なる。

2. 方式の分類(装置アーキテクチャ)

マスクレス露光装置は、露光パターン生成の方式で分類すると理解が速い。

2.1 空間光変調器(SLM)投影型(DMD, LCoS)

DMD(Digital Micromirror Device)やLCoS(Liquid Crystal on Silicon)で、照明光の空間分布を画素単位で変調し、投影レンズでレジストへ縮小投影する方式である。DMD型は反射型で高速スイッチングが可能であり、PWMによる照射量制御(グレースケール)と相性が良い。

典型構成は以下である。

  • 光源(UV LEDやレーザー)
  • 照明光学(均一化、開口制御、偏光制御など)
  • SLM(DMD/LCoS)
  • 投影光学(縮小投影、テレセントリック、高NA化)
  • 空間フィルタ(回折高次数の除去など)
  • ステージ(ステップ式、または走査同期)
  • フォーカス/アライメント(自動焦点、マーク検出)

DMD投影は「1ショットの露光領域」が有限であり、ステップ&リピート(ショットのつなぎ)で広面積を作る設計が多い。

2.2 走査スポット型(レーザーダイレクト描画、LDI/DWL)

集光スポット(ガウスビーム等)をガルバノミラー、ポリゴンミラー、ステージ走査で走らせ、線画やラスター描画で露光する方式である。PCB分野のLDI(Laser Direct Imaging)は代表例であり、フォトマスクを使わずにドライフィルムレジストへ直接描画する。

2.3 荷電粒子ビーム直描(電子線、イオンビーム)

電子線描画(EBL)は、電子光学系で微小ビームを形成し、レジストへエネルギーを与えて潜像(主に主鎖切断または架橋)を作る方式である。波長が極小で回折限界がほぼ関与しない一方、散乱(前方散乱・後方散乱)による近接効果と、描画の逐次性に起因する描画速度が主要制約となる。高速化のためマルチビーム化が研究・実用化されてきた。

2.4 近接場・干渉・特殊方式

干渉露光、ホログラフィック露光、近接場を用いる方式は、周期構造や限定されたパターンには強いが、任意形状の自由度は一般に低い。マスクレスの一種として位置づくが、用途は特殊である。

以下では、研究開発用途で頻出する DMD投影型、レーザー走査型、電子線直描の3系統を中心に物理と周辺技術を整理する。

3. 露光の物理:光学像形成と材料応答

3.1 投影露光の基本式

投影露光の限界はRayleighの関係で概略評価される。

CDk1λNADOFk2λNA2

ここで λ は波長、NA は開口数、k1,k2 は像形成・プロセス条件をまとめた係数である。マスクレスでも投影光学を使う限り、この関係が設計の骨格となる。

DMD投影型では画素化の影響も大きい。DMD画素ピッチを pDMD、投影縮小率を M(例:M=10 なら10分の1縮小)とすると、レジスト面での画素ピッチは概ね

pwaferpDMDM

で与えられ、これが実質的なサンプリング間隔になる。光学PSF(点像)と画素の畳み込みでエッジが決まるため、単に NA を上げるだけでは改善が飽和する場合がある。

3.2 DMDの回折と空間フィルタ

DMDは微小ミラーが周期配列した反射素子であり、光学的には回折格子として振る舞う。ミラーの傾き角(ON/OFF)に応じて主反射方向が変わり、さらに回折高次数が発生する。投影系では、不要な回折成分を空間フィルタで切り、像コントラストと迷光を抑える構成が用いられる。

このとき、照明のコヒーレンス(部分コヒーレント条件)が像のMTFや線幅制御に関与する。DMD投影のモデル化では、部分コヒーレント結像と「実機の投影特性」を同時に扱う必要がある。

3.3 露光量(dose)と潜像形成

レジストが反応するのは照度そのものではなく、露光時間で積分したエネルギー密度である。露光量 E

E=I(t)dt

であり、定常照明なら EIt である。

化学増幅型レジストでは、露光で酸が生成され、PEBで酸触媒反応(脱保護)が進み、現像溶解性が変化する。DMD投影型のグレースケール露光は、画素のON/OFFを高速に切り替えて時間平均照度を制御する(PWM)ことで、実効的に E を連続量として制御する。

一方、電子線では、一般に面積当たり電荷量(例:μC/cm2)でドーズを置く。ビーム電流を I、照射時間を t、照射面積を A とすれば、

D=ItA

となる。エネルギー付与は電子散乱で広がり、近接効果として像が太る。

3.4 近接効果:電子線直描

電子線直描では、前方散乱と基板での後方散乱により、点照射が点として留まらずPSF(Point Spread Function)として広がる。設計パターン P(r) とPSF h(r) の畳み込みで実効露光分布 E(r) が決まる近似は直観が良い。

E(r)(Ph)(r)

近接効果補正(PEC)は、この畳み込みにより生じる過露光・露光不足を、局所ドーズの変調で補う操作である。精度と計算量の兼ね合いが難所であり、PSFのモデル化(複数ガウス、複合関数、モンテカルロ由来など)が継続的に研究されている。

4. 装置設計:性能指標と支配因子

マスクレス露光で頻繁に最適化対象になる指標は以下である。

  • 解像度(最小線幅、エッジの鋭さ)
  • 位置精度(絶対位置、繰返し、ひずみ補正後の残差)
  • オーバレイ(多層合わせ)
  • 速度(面積/時間、データ転送を含む実効速度)
  • 欠陥(粒子、迷光、ドーズ誤差、描画継ぎ目)
  • 3次元/グレースケール能力(高さ制御、連続形状)

以下、方式別に支配因子をまとめる。

4.1 DMD投影型:画素化・光学・ショットつなぎ

  1. 画素化と縮小投影
    画素ピッチがそのまま露光面の最小ステップを与える。縮小率を上げれば細かくなるが、視野が狭くなりショット数が増える。

  2. 結像と迷光
    DMDの回折高次数、ミラーの面外散乱、レンズの収差、照明均一性が像コントラストとCDUに効く。空間フィルタと照明条件(部分コヒーレンス)の設計が重要である。

  3. ショットつなぎ(ステップ&リピート、または走査同期)
    広面積露光は、有限のショット領域を繋いで作る。継ぎ目がCD段差・位置段差として現れるため、

  • ステージの直交性、ピッチ/ヨー、スケール誤差
  • 光学歪み(倍率変動、像面湾曲)
  • スイッチング遅延と同期誤差 の補償が必要になる。
  1. グレースケール露光
    PWMで露光量を連続制御でき、マイクロレンズ、回折光学素子、流路の深さ変調、レジスト厚さ方向の形状制御に使える。反応・現像モデル(露光量→溶解深さ)が形状再現性を支配する。

4.2 レーザー走査型:ビーム品質・走査制御・加速度

  1. スポットサイズとプロファイル
    解像度は集光NAと波長、ビーム品質(M2)、焦点位置で決まる。ガウスビームの半値幅がそのまま線幅にならず、レジスト反応のしきい値と現像で実効線幅が決まる。

  2. 走査によるドーズ均一性
    走査速度 v と線方向の単位長さ当たり露光量の関係は概略

ElinePv

Pは光パワー)となり、加減速区間のドーズ補償が不可欠になる。パターン角部や短線分で過露光が出やすい。

  1. レーザー変調とデータ同期
    AOM/EOM等で高速変調し、走査位置と完全同期させる必要がある。データ生成(線分分割、ラスター化)と装置制御が結合する。

4.3 電子線直描:散乱、ドーズ制御、マルチビーム化

  1. 近接効果とPSF
    散乱が像を左右するため、PECの出来がCDとLERを強く支配する。

  2. ステッチングとドリフト
    フィールド描画の継ぎ目、長時間描画による熱ドリフト・チャージアップが線の曲がりや寸法誤差を生む。

  3. スループット
    逐次描画のため速度は厳しい制約となる。高スループット化の方向としてマルチビームが本質的であるという認識が強い。

5. 周辺技術

5.1 レジストと材料設計

  • 感度:必要露光量が小さいほど高速化に有利であるが、統計揺らぎによるLERや欠陥増加と表裏である。
  • 解像:薄膜化、溶媒残り制御、PEB条件最適化が効く。
  • 現像:溶解速度の非線形性がエッジとCDUを規定する。
  • 形状安定性:微細パターンでは乾燥時の毛管力で倒壊が起こり得る。表面張力 γ と曲率スケール r に対し
ΔP2γcosθr

のような毛管圧が発生し、rが小さいほど不利である(θは接触角)。

5.2 多層化(ARC/BARC、ハードマスク)

反射・定在波を抑えるためのARC/BARC、薄膜レジストの耐プラズマ性を補うハードマスクは、マスクレスでも同様に重要である。像形成が良くても転写で形状が崩れれば意味がないためである。

5.3 アライメントとオーバレイ

マスクレスでは、パターンデータ自体は「理想座標」であり、実基板の伸縮・歪み・既存パターンの位置誤差へ追従して露光座標系を補正する必要がある。一般化すると、設計座標 r と装置座標 r の間に

r=Ar+b+Δ(r)

A:線形変換、b:並進、Δ:高次歪み)を導入し、アライメントマークの観測から係数を推定して補正する。DMD投影型では光学歪み(倍率ムラ)も同時に入るため、ステージと光学の複合補正になる。

5.4 データ技術:GDSから露光パターンへの変換

マスクレスの本質は「データ→光/ビーム」の変換である。典型的には次を含む。

  • 図形の分割(fracturing)
    ポリゴンを機械が扱いやすい要素へ分解する。
  • ラスター化(pixelization)
    DMD型では特に、画素格子へ落とし込む操作が画質を左右する。
  • 露光量マップ
    グレースケール(多値)露光では各画素に露光量を割当てる。
  • 装置同期
    ステージ位置、露光タイミング、SLM更新を同期する。

「正しいデータ変換」は、等価的には装置のPSFや歪みを含めた逆問題になり、確認はCDの測定とフィードバックで進む。

5.5 計測・検査:CD、形状、欠陥、材料状態

  • CD-SEM、光学顕微鏡、プロファイラ、AFM:線幅と形状
  • 散乱計測(scatterometry):周期構造の形状推定
  • 薄膜評価(膜厚、屈折率):露光・現像再現性の基礎
  • 表面分析(XPS、TOF-SIMS):密着・残渣・汚染

マスクレスではパターンが多様なため、代表パターンを設計側で用意し、計測から補正する運用設計がそのまま性能を決める。

6. 応用例

  • MEMS・センサ:多品種のマスクセットを避けつつ試作反復する
  • マイクロ流路:グレースケール露光や段差構造を用いた流体機能
  • フォトニクス:回折格子、導波路、メタサーフェスの試作
  • PCB/パッケージ(LDI):高密度配線・多層位置合わせ
  • ASICの短納期開発:電子線直描による少量生産の議論が古くからある
  • フォトマスク作製(周辺領域):EBLやレーザー直描はマスク製作と連続している

7. 方式比較

方式パターン生成代表波長/ビーム解像の主因速度の主因強み制約
DMD投影型画素ON/OFF(多値可)365–405 nm など光学PSF+画素化ショット数、同期、照度データ直結、グレースケール、装置が比較的簡潔視野が有限、継ぎ目、画素由来の限界
LCoS投影型位相/振幅変調(方式依存)UV〜可視光学PSF+変調特性更新速度、光効率位相制御や高画素化の余地偏光や応答速度、光効率設計が難しい
レーザー走査型スポット走査355/405 nm などスポット径+反応走査速度、加速度任意形状、比較的長視野、装置理解が直観的角部ドーズ、走査同期、微細化で速度低下
電子線直描(EBL)ビーム走査(ベクタ/ラスター)10–100 keV散乱・収差・レジスト逐次描画、PEC計算最高クラスの微細性、マスク作製速度、近接効果、チャージアップ、長時間安定性
マルチビーム電子線多数ビーム並列50 keV など散乱+ビーム配列データ帯域、並列制御スループットの根本改善指向システムが巨大、データ・補正が難しい
LDI(PCB)レーザー直描可視〜UVスポットと材料パネル搬送、照射速度多層基板での位置合わせ、マスク不要半導体級の微細化とは設計目標が異なる

8. 今後注目される技術

  1. 画素化・PSF・現像を統合したモデル
    DMD投影では、画素化・回折・部分コヒーレンス・現像の非線形性を結合して「設計通りに出るデータ」を生成する問題が中心である。

  2. オーバレイと大面積性の両立
    継ぎ目のCD段差と位置段差を抑えつつ、面積速度を上げる設計が鍵である。ステージ・光学歪み・焦点面の安定が支配する。

  3. グレースケール露光の形状再現
    露光量→溶解深さ→最終形状の写像が材料依存であり、装置の多値制御に見合う材料モデルと校正が必要である。

  4. 電子線の高スループット化
    マルチビーム化は原理的に有効であるが、データ帯域、PEC、長時間安定性、装置校正が難所である。

まとめ

マスクレス露光装置の物理は、光学(結像・回折・コヒーレンス)または電子光学(収差・散乱)でパターンを生成し、レジストの反応と現像で形状へ変換する過程にある。性能は装置単体では決まらず、レジスト、アライメント、ショットつなぎ、データ変換、計測補正が一体となって初めて所望のCD・オーバレイ・速度に到達する。用途(試作反復、グレースケール、微細限界、面積)に応じて、DMD投影型・レーザー走査型・電子線直描を使い分ける設計思想が重要である。

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