マスクレス露光装置の物理と周辺技術
マスクレス露光装置は、フォトマスクの代わりにデジタルデータから露光パターンを生成し、レジスト上へ直接描画する装置である。光学像形成に加えて、反応拡散・溶解・機械安定性・位置合わせ・データ生成が結合した総合技術である。
参考ドキュメント
- 日本半導体製造装置協会(SEAJ) リソグラフィWG資料(マスクレス露光・電子ビーム直描の位置づけを含む) https://www.seaj.or.jp/activity/tech/file/2012litho.pdf
- 大阪府立産業技術総合研究所 技術シート:マスクレス露光装置による微細構造の直接描画(DMD投影装置の構成・用途例) https://orist.jp/technicalsheet/24-14.pdf
- The Principle and Development of Optical Maskless Lithography System Based on DMD(DMD投影型の方式整理:CD、オーバレイ、スループットの観点) https://www.mdpi.com/2072-666X/16/12/1356
1. マスクレス露光とは何か
マスクレス露光(maskless lithography, direct-write lithography)とは、マスクを介さずに設計データ(GDSII, DXFなど)を露光パターンへ変換し、レジストへ直接転写する露光方式の総称である。目的は大きく二つに分けられる。
- 試作・研究開発の高速化
マスク製作の待ち時間を削り、設計変更の反映を迅速化する。 - 小ロット多品種への適応
同一基板内で異なるパターンを露光する、グレースケール露光で3次元形状を作るなど、マスク露光では不利な作り方を可能にする。
一方で、同一パターンを大量に繰り返す場面ではマスク露光(ステッパ/スキャナ)の優位が大きく、マスクレスは用途と速度の設計思想が異なる。
2. 方式の分類(装置アーキテクチャ)
マスクレス露光装置は、露光パターン生成の方式で分類すると理解が速い。
2.1 空間光変調器(SLM)投影型(DMD, LCoS)
DMD(Digital Micromirror Device)やLCoS(Liquid Crystal on Silicon)で、照明光の空間分布を画素単位で変調し、投影レンズでレジストへ縮小投影する方式である。DMD型は反射型で高速スイッチングが可能であり、PWMによる照射量制御(グレースケール)と相性が良い。
典型構成は以下である。
- 光源(UV LEDやレーザー)
- 照明光学(均一化、開口制御、偏光制御など)
- SLM(DMD/LCoS)
- 投影光学(縮小投影、テレセントリック、高NA化)
- 空間フィルタ(回折高次数の除去など)
- ステージ(ステップ式、または走査同期)
- フォーカス/アライメント(自動焦点、マーク検出)
DMD投影は「1ショットの露光領域」が有限であり、ステップ&リピート(ショットのつなぎ)で広面積を作る設計が多い。
2.2 走査スポット型(レーザーダイレクト描画、LDI/DWL)
集光スポット(ガウスビーム等)をガルバノミラー、ポリゴンミラー、ステージ走査で走らせ、線画やラスター描画で露光する方式である。PCB分野のLDI(Laser Direct Imaging)は代表例であり、フォトマスクを使わずにドライフィルムレジストへ直接描画する。
2.3 荷電粒子ビーム直描(電子線、イオンビーム)
電子線描画(EBL)は、電子光学系で微小ビームを形成し、レジストへエネルギーを与えて潜像(主に主鎖切断または架橋)を作る方式である。波長が極小で回折限界がほぼ関与しない一方、散乱(前方散乱・後方散乱)による近接効果と、描画の逐次性に起因する描画速度が主要制約となる。高速化のためマルチビーム化が研究・実用化されてきた。
2.4 近接場・干渉・特殊方式
干渉露光、ホログラフィック露光、近接場を用いる方式は、周期構造や限定されたパターンには強いが、任意形状の自由度は一般に低い。マスクレスの一種として位置づくが、用途は特殊である。
以下では、研究開発用途で頻出する DMD投影型、レーザー走査型、電子線直描の3系統を中心に物理と周辺技術を整理する。
3. 露光の物理:光学像形成と材料応答
3.1 投影露光の基本式
投影露光の限界はRayleighの関係で概略評価される。
ここで
DMD投影型では画素化の影響も大きい。DMD画素ピッチを
で与えられ、これが実質的なサンプリング間隔になる。光学PSF(点像)と画素の畳み込みでエッジが決まるため、単に
3.2 DMDの回折と空間フィルタ
DMDは微小ミラーが周期配列した反射素子であり、光学的には回折格子として振る舞う。ミラーの傾き角(ON/OFF)に応じて主反射方向が変わり、さらに回折高次数が発生する。投影系では、不要な回折成分を空間フィルタで切り、像コントラストと迷光を抑える構成が用いられる。
このとき、照明のコヒーレンス(部分コヒーレント条件)が像のMTFや線幅制御に関与する。DMD投影のモデル化では、部分コヒーレント結像と「実機の投影特性」を同時に扱う必要がある。
3.3 露光量(dose)と潜像形成
レジストが反応するのは照度そのものではなく、露光時間で積分したエネルギー密度である。露光量
であり、定常照明なら
化学増幅型レジストでは、露光で酸が生成され、PEBで酸触媒反応(脱保護)が進み、現像溶解性が変化する。DMD投影型のグレースケール露光は、画素のON/OFFを高速に切り替えて時間平均照度を制御する(PWM)ことで、実効的に
一方、電子線では、一般に面積当たり電荷量(例:
となる。エネルギー付与は電子散乱で広がり、近接効果として像が太る。
3.4 近接効果:電子線直描
電子線直描では、前方散乱と基板での後方散乱により、点照射が点として留まらずPSF(Point Spread Function)として広がる。設計パターン
近接効果補正(PEC)は、この畳み込みにより生じる過露光・露光不足を、局所ドーズの変調で補う操作である。精度と計算量の兼ね合いが難所であり、PSFのモデル化(複数ガウス、複合関数、モンテカルロ由来など)が継続的に研究されている。
4. 装置設計:性能指標と支配因子
マスクレス露光で頻繁に最適化対象になる指標は以下である。
- 解像度(最小線幅、エッジの鋭さ)
- 位置精度(絶対位置、繰返し、ひずみ補正後の残差)
- オーバレイ(多層合わせ)
- 速度(面積/時間、データ転送を含む実効速度)
- 欠陥(粒子、迷光、ドーズ誤差、描画継ぎ目)
- 3次元/グレースケール能力(高さ制御、連続形状)
以下、方式別に支配因子をまとめる。
4.1 DMD投影型:画素化・光学・ショットつなぎ
画素化と縮小投影
画素ピッチがそのまま露光面の最小ステップを与える。縮小率を上げれば細かくなるが、視野が狭くなりショット数が増える。結像と迷光
DMDの回折高次数、ミラーの面外散乱、レンズの収差、照明均一性が像コントラストとCDUに効く。空間フィルタと照明条件(部分コヒーレンス)の設計が重要である。ショットつなぎ(ステップ&リピート、または走査同期)
広面積露光は、有限のショット領域を繋いで作る。継ぎ目がCD段差・位置段差として現れるため、
- ステージの直交性、ピッチ/ヨー、スケール誤差
- 光学歪み(倍率変動、像面湾曲)
- スイッチング遅延と同期誤差 の補償が必要になる。
- グレースケール露光
PWMで露光量を連続制御でき、マイクロレンズ、回折光学素子、流路の深さ変調、レジスト厚さ方向の形状制御に使える。反応・現像モデル(露光量→溶解深さ)が形状再現性を支配する。
4.2 レーザー走査型:ビーム品質・走査制御・加速度
スポットサイズとプロファイル
解像度は集光NAと波長、ビーム品質()、焦点位置で決まる。ガウスビームの半値幅がそのまま線幅にならず、レジスト反応のしきい値と現像で実効線幅が決まる。 走査によるドーズ均一性
走査速度と線方向の単位長さ当たり露光量の関係は概略
(
- レーザー変調とデータ同期
AOM/EOM等で高速変調し、走査位置と完全同期させる必要がある。データ生成(線分分割、ラスター化)と装置制御が結合する。
4.3 電子線直描:散乱、ドーズ制御、マルチビーム化
近接効果とPSF
散乱が像を左右するため、PECの出来がCDとLERを強く支配する。ステッチングとドリフト
フィールド描画の継ぎ目、長時間描画による熱ドリフト・チャージアップが線の曲がりや寸法誤差を生む。スループット
逐次描画のため速度は厳しい制約となる。高スループット化の方向としてマルチビームが本質的であるという認識が強い。
5. 周辺技術
5.1 レジストと材料設計
- 感度:必要露光量が小さいほど高速化に有利であるが、統計揺らぎによるLERや欠陥増加と表裏である。
- 解像:薄膜化、溶媒残り制御、PEB条件最適化が効く。
- 現像:溶解速度の非線形性がエッジとCDUを規定する。
- 形状安定性:微細パターンでは乾燥時の毛管力で倒壊が起こり得る。表面張力
と曲率スケール に対し
のような毛管圧が発生し、
5.2 多層化(ARC/BARC、ハードマスク)
反射・定在波を抑えるためのARC/BARC、薄膜レジストの耐プラズマ性を補うハードマスクは、マスクレスでも同様に重要である。像形成が良くても転写で形状が崩れれば意味がないためである。
5.3 アライメントとオーバレイ
マスクレスでは、パターンデータ自体は「理想座標」であり、実基板の伸縮・歪み・既存パターンの位置誤差へ追従して露光座標系を補正する必要がある。一般化すると、設計座標
(
5.4 データ技術:GDSから露光パターンへの変換
マスクレスの本質は「データ→光/ビーム」の変換である。典型的には次を含む。
- 図形の分割(fracturing)
ポリゴンを機械が扱いやすい要素へ分解する。 - ラスター化(pixelization)
DMD型では特に、画素格子へ落とし込む操作が画質を左右する。 - 露光量マップ
グレースケール(多値)露光では各画素に露光量を割当てる。 - 装置同期
ステージ位置、露光タイミング、SLM更新を同期する。
「正しいデータ変換」は、等価的には装置のPSFや歪みを含めた逆問題になり、確認はCDの測定とフィードバックで進む。
5.5 計測・検査:CD、形状、欠陥、材料状態
- CD-SEM、光学顕微鏡、プロファイラ、AFM:線幅と形状
- 散乱計測(scatterometry):周期構造の形状推定
- 薄膜評価(膜厚、屈折率):露光・現像再現性の基礎
- 表面分析(XPS、TOF-SIMS):密着・残渣・汚染
マスクレスではパターンが多様なため、代表パターンを設計側で用意し、計測から補正する運用設計がそのまま性能を決める。
6. 応用例
- MEMS・センサ:多品種のマスクセットを避けつつ試作反復する
- マイクロ流路:グレースケール露光や段差構造を用いた流体機能
- フォトニクス:回折格子、導波路、メタサーフェスの試作
- PCB/パッケージ(LDI):高密度配線・多層位置合わせ
- ASICの短納期開発:電子線直描による少量生産の議論が古くからある
- フォトマスク作製(周辺領域):EBLやレーザー直描はマスク製作と連続している
7. 方式比較
| 方式 | パターン生成 | 代表波長/ビーム | 解像の主因 | 速度の主因 | 強み | 制約 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| DMD投影型 | 画素ON/OFF(多値可) | 365–405 nm など | 光学PSF+画素化 | ショット数、同期、照度 | データ直結、グレースケール、装置が比較的簡潔 | 視野が有限、継ぎ目、画素由来の限界 |
| LCoS投影型 | 位相/振幅変調(方式依存) | UV〜可視 | 光学PSF+変調特性 | 更新速度、光効率 | 位相制御や高画素化の余地 | 偏光や応答速度、光効率設計が難しい |
| レーザー走査型 | スポット走査 | 355/405 nm など | スポット径+反応 | 走査速度、加速度 | 任意形状、比較的長視野、装置理解が直観的 | 角部ドーズ、走査同期、微細化で速度低下 |
| 電子線直描(EBL) | ビーム走査(ベクタ/ラスター) | 10–100 keV | 散乱・収差・レジスト | 逐次描画、PEC計算 | 最高クラスの微細性、マスク作製 | 速度、近接効果、チャージアップ、長時間安定性 |
| マルチビーム電子線 | 多数ビーム並列 | 50 keV など | 散乱+ビーム配列 | データ帯域、並列制御 | スループットの根本改善指向 | システムが巨大、データ・補正が難しい |
| LDI(PCB) | レーザー直描 | 可視〜UV | スポットと材料 | パネル搬送、照射速度 | 多層基板での位置合わせ、マスク不要 | 半導体級の微細化とは設計目標が異なる |
8. 今後注目される技術
画素化・PSF・現像を統合したモデル
DMD投影では、画素化・回折・部分コヒーレンス・現像の非線形性を結合して「設計通りに出るデータ」を生成する問題が中心である。オーバレイと大面積性の両立
継ぎ目のCD段差と位置段差を抑えつつ、面積速度を上げる設計が鍵である。ステージ・光学歪み・焦点面の安定が支配する。グレースケール露光の形状再現
露光量→溶解深さ→最終形状の写像が材料依存であり、装置の多値制御に見合う材料モデルと校正が必要である。電子線の高スループット化
マルチビーム化は原理的に有効であるが、データ帯域、PEC、長時間安定性、装置校正が難所である。
まとめ
マスクレス露光装置の物理は、光学(結像・回折・コヒーレンス)または電子光学(収差・散乱)でパターンを生成し、レジストの反応と現像で形状へ変換する過程にある。性能は装置単体では決まらず、レジスト、アライメント、ショットつなぎ、データ変換、計測補正が一体となって初めて所望のCD・オーバレイ・速度に到達する。用途(試作反復、グレースケール、微細限界、面積)に応じて、DMD投影型・レーザー走査型・電子線直描を使い分ける設計思想が重要である。
関連研究
SPIE:Imaging simulation of maskless lithography using a DMD(DMD投影の結像モデル) https://www.spiedigitallibrary.org/conference-proceedings-of-spie/5645/0000/Imaging-simulation-of-maskless-lithography-using-a-DMD/10.1117/12.577352.full
J-STAGE:LDI(レーザーダイレクトイメージング)システムによるマスクレス露光(PCB領域のLDI概説) https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejisso/17/0/17_0_16/_article/-char/ja/
東京都立産業技術研究センター:マスクレス露光装置(DMD反射投影、ステップ式ショットつなぎの仕様例) https://www.iri-tokyo.jp/service/search/ele-h23-maskroko/
大阪大学 産学共創本部(PDF):マスクレス露光装置(DMD原理、GDSII等入力、グレースケール露光の説明) https://www.parc.osaka-u.ac.jp/wp-content/uploads/2017/03/maskless.pdf
NanoNet(PDF):ダイナミックマスクレスリソグラフィ技術による3次元光造形(DMDの動的パターン制御と形状形成) https://nanonet.go.jp/data/doc/1654666579_doc_10_0.pdf
Proc. SPIE:Electron multi-beam technology for mask and wafer writing(マルチビーム電子線の概説) https://www.spiedigitallibrary.org/conference-proceedings-of-spie/8680/868004/Electron-multi-beam-technology-for-mask-and-wafer-writing-at/10.1117/12.2014661.full
Applied Optics:Measuring and modeling the proximity effect in direct-write electron-beam lithography(近接効果の測定とモデル) https://opg.optica.org/fulltext.cfm?uri=ao-34-5-897
Nanoscale Research Letters(2025):Proximity effect correction in electron beam lithography using a composite function model(近接効果補正とPSFモデル) https://link.springer.com/article/10.1186/s11671-025-04264-0
Heidelberg Instruments:DWL 66+(レーザー直描装置の概要) https://heidelberg-instruments.com/product/dwl-66/
optics.org(2025 press):Heidelberg Instruments Enhances DWL 66+ Lithography(性能アップデートの報道) https://optics.org/press/6150