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X線回折装置(XRD)の基礎

X線回折装置(XRD)は、物質中の原子配列が作る周期性(あるいはその乱れ)を、回折角と強度として読み出す計測系である。回折パターンから、相同定、格子定数、配向、歪み、結晶子サイズ、残留応力などに到達できる計測である。

参考ドキュメント

1. XRDが観測している量:周期性と逆空間

結晶は実空間で周期性を持ち、XRDはその周期性を逆空間で観測する装置である。散乱ベクトルを

q=koutkin,|k|=2πλ

とすると、弾性散乱では |kout|=|kin| が成り立ち、回折条件は逆格子ベクトル G に一致する

q=G

として表される。粉末回折では多数粒子の方位が平均化され、各 G に対応する回折が 2θ のピーク列として現れる。

Ewald球の表現では、半径 2π/λ の球と逆格子点の交差が回折条件であり、装置はこの交差条件を角度走査と検出で実現していると理解できる。

2. Braggの法則とd間隔

平面間隔 d を持つ格子面に対し、入射角 θ(格子面に対する角度)での回折条件は

2dsinθ=nλ

である。実際の装置表示は多くの場合 2θ であり、ピーク位置から d が求まる。立方晶なら

dhkl=ah2+k2+l2

であるため、複数ピークから格子定数 a を推定できる。低角側ほど d が大きい面(小さい |G|)に対応し、高角側ほど微小な格子間隔や高次反射へ対応する。

3. 装置アーキテクチャ

XRDは「既知の波長・既知の幾何で入射し、角度依存の回折強度を測る」装置である。主要構成要素を以下に整理する。

3.1 X線源

実験室XRDで普及するのはX線管球であり、電子を金属ターゲットに衝突させて特性X線(例:Cu Kα, Co Kα)を得る。管球出力、焦点サイズ、熱設計により強度と線幅が変わる。より高強度を狙う場合に回転対陰極が用いられ、微小試料や高分解能ニーズにはマイクロフォーカス源と集光光学が組み合わされる。

ターゲット選択は、蛍光バックグラウンドや吸収端、試料の吸収係数、求める q 範囲と強度のバランスで決まる。例えばFe系材料ではCu線が試料励起蛍光を誘起し得るため、Co線へ切り替える運用が選ばれることがある。

3.2 入射側光学:発散の制御と単色化

入射ビームは「発散角」「波長幅」「ビーム断面」によって回折ピークの分解能と背景が左右される。入射側光学の役割は概ね以下である。

  • 発散制御:発散スリット、ソーラスリット、コリメータにより、焦点条件と分解能・強度のトレードオフを調整する
  • 擬似平行化:ミラー(多層膜ミラーなど)により低角の散乱を抑えつつビーム形状を整える
  • 単色化:モノクロメータにより Kβ 成分や連続X線を抑制し、ピーク対称性と背景を改善する

波長に関しては、Cu Kα は Kα1 と Kα2 の複線構造を持ち、高角側で見かけのピーク分裂や非対称を生む。Kα1 のみを取り出すGe(Johansson型など)のモノクロメータ構成は、高分解能と低バックグラウンドを実現する一方、強度が犠牲になりやすい。

Kβ 成分の除去には金属フィルタが用いられる。例えばCu線に対してNiフィルタが使われるのは、Niの吸収端がCu Kβ を強く吸収し、Kα は相対的に通しやすいという波長選択性による。

3.3 ゴニオメータ

角度制御部がゴニオメータであり、試料角と検出器角を精密に同期回転させて回折条件を掃引する。代表例は以下である。

  • θ–2θ(Bragg–Brentano集中法):平板試料に対して焦点条件を満たしやすく、粉末回折の標準構成である
  • θ–θ:試料を水平固定し、入射側と検出側を対称に動かす設計が可能で、試料ハンドリングや試料台の自由度が高い
  • 平行ビーム:不定形試料、粗面、薄膜などで幾何学誤差の影響を抑えやすい

Bragg–Brentano幾何では、試料高さずれや表面凹凸がピーク位置・形状へ反映されやすく、平行ビームではその感度が緩和される傾向がある。

3.4 検出器

検出器は「何を同時に読むか」を決める。現在は半導体検出器の普及により、従来の点検出(0次元)だけでなく、角度方向に広がりを持つ1次元・2次元取得が一般化している。

区分出力の形同時取得できる情報主な利点主な用途
0次元(点検出)I(2θ) を逐次角度は走査で蓄積高ダイナミックレンジ、装置関数を作り込みやすい高精度格子定数、定量解析
1次元(ライン)角度方向に I(2θ) を同時ある範囲の 2θ を同時測定時間短縮、スキャン設計が柔軟ルーチン測定、相同定
2次元(面)デバイリングを画像として取得方位依存と角度依存配向・歪の異方性、微小領域やその場測定に強いテクスチャ、薄膜、応力、動的計測

多次元検出では、回折像(リング、スポット、アーク)の形状自体が試料の配向分布や微細歪みを含むため、「角度スキャンに戻す」前の画像段階での情報抽出が核心になる。

3.5 試料ステージ

試料側の自由度は「どの逆空間断面を切るか」を決める。粉末では試料回転(スピナー)や試料面の平坦性が統計精度と配向平均化に効く。薄膜では入射角 ω、面内回転 ϕ、傾斜 χ を組み合わせ、面外・面内回折、ロッキングカーブ、逆格子マップ(RSM)を実施できる。温度ステージや雰囲気セルにより相転移やその場反応の追跡へ拡張できる。

4. 測定ジオメトリの理解

XRDは「同じ回折現象」を、試料形態に応じて異なる幾何へ写像している。

4.1 粉末(平板)とBragg–Brentano集中法

平板粉末試料を用いる Bragg–Brentano の特徴は、回折線が近似的に焦点を結ぶことにより強度を稼ぎやすい点である。一方、試料面の高さ(試料面が回転中心からずれる)や粒度・充填の偏りが、ピーク位置・強度へ影響し得る。粉末試料では、フロントローディングとバックローディングで配向と表面条件が変わり得るため、目的(同定か精密格子定数か定量か)で成形法を変える手もある。

4.2 透過(キャピラリ)とDebye–Scherrer

キャピラリ透過では、吸収の強い材料や配向が問題になる系に対して、回折統計を改善できる場合がある。透過幾何は入射と検出の配置が反射幾何と異なり、試料の線吸収係数やキャピラリ径が強度分布に効く。

4.3 薄膜:面外・面内、微小入射角(GIXRD)、RSM

薄膜では「基板の強い回折」と「膜の弱い回折」が共存する。これに対して以下の測定が使い分けられる。

  • 対称スキャン(面外の 00l など):膜面に平行な格子面の情報が得られやすい
  • 斜入射(GIXRD):入射角を小さくして表面感度を高め、膜由来の信号を強調する
  • 面内回折:面内格子定数、配向、エピタキシャル関係の評価に使う
  • RSM:基板と膜の逆空間ピーク位置を同時に扱い、格子整合・緩和・モザイク性を評価する

薄膜測定では「角度の定義(ω, 2θ, χ, ϕ)」と「散乱面(回折面)」の取り方が混乱源になりやすいため、装置の座標系で一貫して記述することが重要である。

5. データが持つ情報

XRDパターンの情報は、基本的に「どこにピークがあるか」「どれくらい強いか」「どれくらい広いか」「どんな形か」に分解できる。

5.1 ピーク位置:格子定数・相同定・固溶と歪

ピーク位置(2θ)は d を通じて格子定数へ結びつく。固溶による格子膨張・収縮、熱膨張、弾性歪みはピークシフトとして現れる。薄膜では面内歪みと面外歪みが異なるため、複数反射(対称・非対称)を組み合わせて歪テンソルへ近づける。

散乱ベクトルの大きさ q を用いる表現は、装置波長の違いを越えて比較しやすい。

q=4πλsinθ

5.2 強度:構造因子・多重度・配向・吸収

回折強度は理想化すると

Ihkl|Fhkl|2LPAm

のように表せる。ここで Fhkl は構造因子、L はローレンツ因子、P は偏光因子、A は吸収等を含む補正、m は多重度である。実測強度はさらに粒径分布、表面粗さ、配向(テクスチャ)、蛍光、背景散乱の影響を受ける。特に粉末では配向が強度比を変えるため、相同定や定量の段階で強度に過度な意味付けをしない姿勢が安定である。

5.3 ピーク幅:結晶子サイズと微小歪(線幅解析)

ピークが幅を持つ主要因は、(i) 装置起因の広がり、(ii) 結晶子サイズの有限性、(iii) 微小歪み(格子間隔分布)、(iv) 欠陥による散乱の非理想性である。サイズ効果の最も基本の式としてScherrer式がある。

D=Kλβcosθ

ここで D は結晶子サイズの尺度、K は形状因子、β は(装置広がりを差し引いた)回折線の半値幅(ラジアン)である。微小歪み ε を含む簡単な記述としてWilliamson–Hallの形がある。

βcosθ=KλD+4εsinθ

ただし実材料では欠陥種や異方性が関与するため、単純な直線性が崩れることも多い。Rietveld解析や全回折パターンモデリングでは、線幅の異方性やサイズ・歪の分離をより一般化して扱う。

5.4 ピーク形状:Kα2、モノクロメータ、関数形と背景

ピーク形状は、(i) 波長分布(Kα1/Kα2)、(ii) 発散と収束、(iii) 試料透明性と吸収、(iv) 物理的広がり(サイズ・歪)で決まる。Kα2が残る条件では高角側で非対称や肩が生じ得る。Kα1のみを強く選別した光学ではピークは鋭く対称になりやすいが、強度は低下し得る。どちらが望ましいかは「相同定」「格子定数」「微小歪」「定量」など目的で変わる。

6. 解析:同定から構造・定量へ

6.1 相同定

最初の入口はピーク位置列からの相同定である。実験室XRDでは、標準データベース(ICDD PDFなど)と照合し、候補相を絞る。ここで重要なのは「ピークの有無」と「主要ピーク位置」であり、相対強度は配向・粒径・吸収で大きく歪むことがある。

6.2 リートベルト法

リートベルト法は、積分強度ではなくステップスキャンのプロファイル強度を直接用いて、結晶構造とプロファイル関数を同時に最小二乗で最適化する枠組みである。観測 yiobs と計算 yicalc(p) の残差を

S=iwi(yiobsyicalc(p))2

として最小化する。パラメータ p には格子定数、原子位置、占有率、温度因子、配向、バックグラウンド、線幅関数などが含まれる。粉末で構造を詰めるだけでなく、複相の重量分率定量、格子歪み、結晶子サイズや配向の推定にも拡張できる。

解析ソフトはFullProf、GSAS/GSAS-IIなどが広く使われる。どのソフトでも、装置関数の取り扱いと背景・配向のモデルが結果に効くため、同じ生データでも設定で結果が変わり得る。

6.3 その場測定と多次元化:時間分解・空間分解・トモグラフィ

2次元検出器と高速掃引により、反応・相転移・応力緩和などの時間依存を追う計測が現実的になっている。さらに、回折トモグラフィ(XRD-CT)のように、体積内の各ボクセルに回折パターンを付与して相分布を再構成する方向がある。これは「回折+イメージング」の統合であり、複相材料や反応中サンプルの内部状態可視化に新しい自由度を与える。

7. 残留応力測定:sin2ψ法の位置づけ

XRDは非破壊で残留応力を評価できる。最も基本の手法の一つが sin2ψ 法であり、試料を傾斜させ(ψ角を変え)特定回折面の格子間隔変化から歪みを読み、弾性定数を介して応力へ写像する。基本概念は

εϕψ=dϕψd0d0

を角度依存で測り、

dϕψ vs. sin2ψ

の傾きから応力を評価する、という流れである。材料の弾性異方性や集合組織が強い場合には、単純な直線性が崩れることがあり、測定反射や方位の選択が重要になる。

8. 装置性能

装置の「よい測定」とは、目的量に対して必要十分な分解能と統計精度を、理解可能な装置関数で実現している状態である。性能を概念的に整理すると以下である。

  • 角度分解能:ゴニオメータ精度、発散、スリット設計、波長幅(単色化)で決まる
  • 強度:X線源の輝度、光学損失、試料照射体積、検出効率で決まる
  • 背景:蛍光、散乱、空気散乱、Kβ混入、スリット散乱、試料表面状態で決まる
  • 再現性:試料位置決め(高さ・平坦度)、光学位置、温度安定性、治具の再現配置で決まる

粉末標準試料(SiやLaB6など)を用いた装置関数の把握は、線幅解析や格子定数の議論の基盤になる。

9. 装置構成の比較

目的推奨されやすい幾何・光学検出器得られやすい情報
粉末の相同定Bragg–Brentano、Kβ抑制、適度な発散1Dまたは0Dピーク位置列、相候補
格子定数の高精度化高分解能光学(Kα1選択、モノクロメータ)0Dまたは高分解能1D微小シフト、対称なピーク
薄膜の面外配向対称スキャン、基板対策光学1D/2D面外格子、結晶性
薄膜の表面感度GIXRD(微小入射角、平行ビーム)2Dが有利表面相、微細構造
テクスチャ(配向分布)2D検出+試料回転・傾斜2Dデバイリング強度分布
残留応力ψ傾斜ジオメトリ、特定反射選択0D/1Dd の方位依存、応力

まとめ

XRDは、波長・角度・幾何を設計して逆空間の情報を回折パターンとして取得し、相同定から格子定数、結晶性、配向、歪み、残留応力までを一貫して扱う計測である。装置はX線源・光学系・ゴニオメータ・検出器・試料ステージの組合せで性格が決まり、粉末・薄膜・単結晶という試料形態に応じて測定ジオメトリと解析モデルを対応づけることが要点である。

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