X線自由電子レーザー(XFEL)の原理
XFELは、相対論的電子ビームとアンジュレータ(周期磁場)を用いて、フェムト秒級の極短パルスかつ高コヒーレンスなX線を単一通過で発生させる光源である。従来の蓄積リング放射光と比べて、時間領域・強度領域・コヒーレンスの条件が質的に異なるため、非平衡物性や超高速構造ダイナミクスの観測様式を拡張することが可能となる。
参考ドキュメント
- C. Pellegrini, A. Marinelli, S. Reiche, The physics of x-ray free-electron lasers, Rev. Mod. Phys. 88, 015006 (2016), DOI:10.1103/RevModPhys.88.015006
- Z. Huang, K.-J. Kim, Review of X-ray free-electron laser theory, Phys. Rev. ST Accel. Beams 10, 034801 (2007), DOI:10.1103/PhysRevSTAB.10.034801
- 石川 哲也, X線自由電子レーザー(SACLA)が拓くサイエンス, 光学 43巻9号 解説 (2014年前後の解説論文として流通), (SASE型XFELの原理とSACLAの概説)
1. XFELが「レーザー」である意味
一般のレーザーは、利得媒質(原子・分子・固体)における誘導放出で増幅し、共振器で往復させて単色・位相整合を得る。一方、XFELは利得媒質が「真空中の自由電子」であり、原理的に媒質の固有準位に束縛されない。共振器を用いず、アンジュレータ中の単一通過で高ゲイン増幅を行う点が決定的に異なる。
XFELで「レーザー性」を担うのは、(i) 電磁波と電子ビームの集団的相互作用、(ii) 電子密度変調(マイクロバンチング)によるコヒーレント放射、(iii) 高ゲインにより位相が揃ったモードが優勢になる選択、である。つまり、電子ビーム自体が位相空間の秩序(密度変調)を自発的に形成し、その秩序が光を増幅するのである。
2. 構成:電子銃・線形加速器・アンジュレータ
XFELを成立させる必要条件は「高輝度電子ビーム(高ピーク電流、低エミッタンス、低エネルギー広がり)」である。典型的な構成は以下である。
- 電子銃:高品質電子束を生成する
- 線形加速器(linac):電子を相対論的エネルギーまで加速する(GeV級)
- 圧縮系:バンチ長を短くし、ピーク電流を増大させる
- アンジュレータ:周期磁場で電子を蛇行させ放射させる
- シーディング/分光(任意):スペクトル幅・安定性・時間コヒーレンスを改善する
ここで重要なのは、光学素子以前に「電子ビームの位相空間品質」が光の性質を規定する点である。光源を議論する際に、電子線のエミッタンスやエネルギー広がりを、光学の開口・分解能に対応する量として同列に扱う必要がある。
3. アンジュレータ放射の共鳴条件
アンジュレータの周期長を
で与えられる。ここで
であり、
- X線の短波長化には大きな
(高エネルギー電子)が強力に効く( ) - 同じ
でも、 と の設計で波長を調整できる - 小さな発散角(小
)で取り出すと中心波長が鋭く定まる
この共鳴式は「単に放射が出る」条件であり、XFELとして増幅・飽和に至るには、次節の集団相互作用が必要である。
4. 高ゲインFEL:電子密度変調(マイクロバンチング)と指数増幅
アンジュレータ中で電子が放射する電磁波(放射場)は、電子に縦方向のエネルギー変調を与える。アンジュレータの分散(速度差の積み重ね)により、そのエネルギー変調が密度変調へと変換され、波長
密度変調が生じると、電子は同位相で放射し始め、放射場がさらに強まり、変調がさらに深くなるという正帰還が成立する。高ゲイン領域では放射パワー
と指数的に成長する。
で表される。
高ゲイン条件は、概略として次を要請する。
- 相対エネルギー広がり
が より十分小さいこと - ビームの横方向エミッタンスが小さく、放射モードと重なり続けること
- 高いピーク電流により結合が強いこと
- アンジュレータの磁場誤差・軌道誤差が小さいこと
これらは、光学的に言えば「モードの位相整合を乱す要因」を電子線側が持ち込まない、という条件に相当する。
5. ショットノイズ起源の自己増幅
現在広く用いられる方式がSASE(Self-Amplified Spontaneous Emission)である。SASEは、初期の放射が外部レーザー種ではなく、電子ビームのショットノイズ(離散電荷ゆらぎ)に由来する自発放射で始まる。すなわち「何も入れなくても立ち上がる」が、「パルスごとに揺らぐ」という性質を本質的に持つ。
SASEの代表的特徴は以下である。
- スペクトル:多数のスパイク状構造(縦モードが短いコヒーレンス長で分断される)
- パルスごとの強度・中心周波数の変動が大きい
- 横方向コヒーレンスは高いが、縦方向(時間)コヒーレンスは限定的になりやすい
- 飽和後は非線形効果により増幅が止まり、バンド幅や時間構造も変化する
SASEは「極短パルス・高ピーク強度」を自然に実現する一方、分光・干渉・位相安定を強く要求する測定では、次節のシーディングが重要になる。
6. シーディング:スペクトル幅と安定性
シーディングは、増幅の初期条件を「ノイズ」から「制御された種光」へ置き換える発想である。X線領域では外部レーザー種を直接入れにくい場合が多いため、現実的に重要なのがセルフシーディング(self-seeding)である。
6.1 セルフシーディング(self-seeding)
セルフシーディングでは、前段アンジュレータでSASEを発生させ、その放射を単色化して後段アンジュレータの種として用いる。一般に
- 前段:SASEを発生(指数増幅の途中で取り出す)
- 分光器:狭帯域成分だけを通す(単色化)
- 電子線:磁気チケインで遅延させ、マイクロバンチングを一旦ぼかす
- 後段:単色化された種光で増幅し、狭帯域・高コヒーレンス化する
という構成をとる。これにより、SASEに比べてバンド幅の縮小、中心エネルギーの安定化、干渉計測の実効性向上が期待できる。
6.2 外部シーディング(HGHG, EEHGなど)
軟X線や紫外領域では、外部レーザー種と周波数変換(高調波生成)を用いてシーディングする方式も発展してきた。これらは位相制御の自由度が高い一方で、到達波長や装置条件が限定されやすい。
7. パルス構造:単発高強度から高繰返しへ
XFELの「何が新しいか」は、単に短いだけではなく、パルス列の設計が加速器方式に強く依存する点にある。常伝導高周波加速器は高勾配でコンパクト化しやすい一方、繰返しは限定されやすい。超伝導加速器は高繰返し(パルストレイン)運転に向く。
代表例として、コンパクト化設計を志向した施設と、超伝導で高繰返しを志向した施設が並立している。
7.1 代表的な数値
| 項目 | 蓄積リング放射光 | XFEL(SASE中心) | 高繰返しXFEL(超伝導linac型) |
|---|---|---|---|
| 発生原理 | 曲げ磁場/アンジュレータでの自発放射 | 高ゲイン単一通過(マイクロバンチング) | 同左(ただし高繰返しパルストレイン) |
| 時間幅 | 10〜100 ps(典型) | 数 fs〜数十 fs(典型) | 数 fs〜数十 fs(典型) |
| コヒーレンス | 部分コヒーレント | 高い横方向コヒーレンス、縦は方式依存 | シーディング併用で改善余地が大きい |
| パルスごとの揺らぎ | 比較的小 | SASEでは大きい | 大きい(方式依存)、統計量が稼げる |
| 代表的運転様式 | 連続的に近い | 単発列(施設ごとの繰返し) | トレイン内MHz級、全体で万Hz級も可能 |
この差は、時間分解測定だけでなく、統計的手法(コヒーレント散乱、揺らぎ解析、イベント駆動計測)や、非線形X線相互作用(飽和吸収、誘起透過など)の探索可能性にも直結する。
8. 物質との相互作用
XFELでは、単位時間・単位面積あたりの光子数密度が極めて大きい。したがって、測定は「観測対象をできるだけ乱さずに読む」という低摂動近似から外れる場合がある。
8.1 コア正孔生成と多電子過程
X線吸収はコア準位からの励起であり、生成されたコア正孔はオージェ過程や蛍光で緩和する。XFEL強度では、緩和が終わる前に次の吸収が起きる確率が上がり、多重イオン化や飽和吸収などの非線形効果が可視化される。
8.2 「壊れる前に測る」という時間窓
フェムト秒の短パルスは、原子核が大きく動いて構造が崩れる前に回折・散乱を取り終えるという戦略を可能にする。これはナノ粒子・単粒子・微小結晶の構造決定や、強励起下の過渡構造観測に有効である。ただし、電子系の加熱や電荷再分布はより速い時間スケールで起こり得るため、「何が保持され、何が変化するか」を物質ごとに切り分ける必要がある。
9. 代表的な観測モード
XFELは「光源」なので、何を見るかは下流で決まる。固体系・材料系で頻出する観測モードを整理する。
9.1 回折・散乱(構造・秩序・相関長)
- フェムト秒X線回折:相転移(電荷密度波、強相関の格子応答、光誘起構造相)の追跡に用いる
- コヒーレント回折イメージング:結晶を仮定せず、ナノ構造・欠陥場・歪み場の実空間復元を狙う
- 小角散乱:相分離、ナノ析出、ドメイン形成の初期過程を追う
9.2 分光(電子状態・スピン・局所構造)
- 時間分解XAS:局所構造変化と電子状態変化を同時に捉える
- X線発光分光(XES)・共鳴過程:価電子状態やスピン状態の変化を追跡する
- 高強度により、非線形XASや過飽和吸収など、線形応答では見えない過程が顕在化する
9.3 ポンプ・プローブ
レーザーやTHzパルスで系を励起(ポンプ)し、XFELで観測(プローブ)する。これにより、電子・格子・スピンのエネルギー移動や秩序パラメータの遅れを、時間軸で分解することができる。観測量は、回折強度
10. 理論記述の基本形:Maxwell–Lorentzからの縮約
XFELの微視的記述は、(i) 電磁場のMaxwell方程式と、(ii) 相対論的電子の運動方程式(Lorentz力)を自己無撞着に結合するところから始まる。高ゲインFEL理論は、アンジュレータ近似・パラキシアル近似・平均場近似などを段階的に用いて、
- 共鳴モードの抽出(
) - 電子位相のスリップ(光が電子より速い)を含む結合方程式
- バンチング因子
と放射場振幅 の線形安定性解析
へと縮約し、ゲイン長や飽和を見積もる枠組みを与える。実設計では三次元効果(回折、エミッタンス、エネルギー広がり、アンジュレータ誤差)を含む数値計算が支配的になるが、概念的には
11. 蓄積リング放射光との関係
XFELと蓄積リングは、同じX線でも位相空間が大きく異なる。蓄積リングは安定で平均光子流束が高く、分光・散乱の系統研究に強い。XFELは短時間に極端な光子密度を与え、非平衡過程や不可逆な過渡状態を観測範囲に入れる。
したがって、材料研究の問いの立て方としては、
- 平衡近傍での精密な相図・準静的応答は蓄積リングが得意である
- 相転移の初期過程、秩序形成の核生成、スピン・格子の超高速緩和などはXFELの強みが出やすい という棲み分けが自然である。
12. 用語
:電子の相対論因子(電子エネルギーを決める) :アンジュレータ周期長 :アンジュレータの強さ(磁場と周期で決まる) :共鳴波長(発生X線の中心波長) :Pierceパラメータ(結合強度、ゲインの中心尺度) :ゲイン長(指数増幅の長さスケール) - 飽和:増幅が止まり、取り出しパワーが頭打ちになる領域
- SASE:ショットノイズ起源の自己増幅方式
- self-seeding:SASEを単色化して種にする方式
まとめ
XFELは、アンジュレータ放射の共鳴条件を満たす相対論的電子ビームに、放射場との集団相互作用を起こさせ、マイクロバンチングを自己組織化してコヒーレントX線へ変換する装置である。SASEは実装容易で最短時間幅と高ピーク強度を与える一方、シーディングは時間・周波数コヒーレンスと安定性を改善する道具であり、両者の設計思想を理解することが、非平衡物性・超高速構造変化・非線形X線吸収などの新しい観測対象を定義する出発点となるのである。
関連研究
- C. Bostedt ほか, Linac Coherent Light Source: The first five years, Rev. Mod. Phys. 88, 015007 (2016)
- P. Emma ほか, First lasing and operation of an ångstrom-wavelength free-electron laser, Nature Photonics 4, 641–647 (2010)
- J. Andruszkow ほか, First observation of SASE in a FEL, Phys. Rev. Lett. 85, 3825 (2000)
- E. Prat ほか, Self-seeding設計(SwissFEL等)に関する会議録(セルフシーディングの標準構成がまとまる)
- 欧州XFELのPhoton beam properties(技術報告:パルストレイン、4.5 MHz、27,000 pulses/s などの基礎量が整理される)
- SACLAの概要(施設解説:コンパクト化、in-vacuumアンジュレータ、高勾配加速などの要点が整理される)
- 高強度XFELでの非線形X線相互作用(過飽和吸収・多重イオン化など)に関する国内大学の解説記事