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ベリー位相とトポロジカル応答の計算

ベリー位相は、周期系の波動関数が持つゲージ構造を通じて、分極・ホール応答・軌道磁化・表面状態といった観測量を統一的に記述する概念である。計算では、ブリルアンゾーン上のベリー接続やベリー曲率を安定に評価し、積分・Wilson loop・対称性解析へ落とし込むことが要点である。

参考ドキュメント

  1. D. Xiao, M.-C. Chang, Q. Niu, Berry phase effects on electronic properties, Rev. Mod. Phys. 82, 1959 (2010). https://link.aps.org/doi/10.1103/RevModPhys.82.1959
  2. Wannier90 Tutorials 18: Berry curvature, anomalous Hall conductivity and optical conductivity. https://wannier90.readthedocs.io/en/latest/tutorials/tutorial_18/
  3. 塩崎 謙, 結晶対称性とトポロジカル絶縁体(講義ノート, 日本語). https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~ken.shiozaki/doc/Natsugaku.pdf

1. Berry接続とBerry曲率

結晶中の電子状態はブロッホ関数

ψnk(r)=eikrunk(r)

で表される。ここで unk は格子周期関数であり、位相変換

|unkeiϕn(k)|unk

に対して物理量が不変となるため、ゲージの取り方が数値計算の安定性に直結する。

単一バンド(あるいは非縮退近似)でのベリー接続(Berry connection)は

An(k)=iunk|k|unk

であり、ベリー曲率(Berry curvature)は

Ωn(k)=k×An(k)

である。多バンド・縮退を含む場合は、占有部分空間の非可換(non-Abelian)ベリー接続を用いる。

ベリー位相は閉曲線 C に沿って

γn(C)=CdkAn(k)

で与えられ、曲面 S に対しては(適切な条件下で)

γn(C)=SdSΩn(k)

と関係づけられる。

2. 離散k点上での安定な評価

第一原理計算では unk は離散k点で得られる。したがって、微分を直接評価するのではなく、隣接k点の重なり

Mmn(k,k+Δk)=umk|un,k+Δk

を用いてゲージ不変な量を構成するのが基本である。

例えば、離散ループ上のベリー位相は、占有空間(あるいは対象バンド集合)に対して

eiγj=1NdetM(kj,kj+1)

のように計算できる。ここで kN+1=k1 とする。

2次元格子上では、格子プラーケットごとの曲率を位相として定義し、全BZ和からChern数を得る方法(Fukui–Hatsugai–Suzuki型の離散化)が広く用いられる。

3. Berry位相と電気分極の計算

バルク分極は電子の“位置”を単純な期待値として定義できず、多価性(分極の量子)を伴う。現代的分極理論では、分極差がベリー位相で与えられる。

概念的には、ある方向(例:x^)の分極は

Px=e(2π)3noccBZdkAn,x(k)

の形で表される(実装では離散化と分極量子の解釈が必要である)。 強誘電・圧電・界面電荷などに直結し、DFTの標準機能として実装されていることが多い。

計算上の注意は、(i) 絶縁体ギャップの確保、(ii) k点メッシュの収束、(iii) 分極枝(branch)の選択である。分極は絶対値よりも、構造変形・電場・歪に伴う相対変化として扱うと堅牢である。

4. Berry曲率が支配するトポロジカル応答

4.1 異常ホール伝導度(AHE)

スピン軌道相互作用を含む強磁性体などでは、外部磁場がなくても異常ホール効果が生じる。ベリー曲率に基づく(いわゆる内因性)異常ホール伝導度は

σxy=e2noccBZd3k(2π)3Ωn,z(k)

で与えられる(符号・添字は規約による)。

実際の計算では、BZ積分に極めて密なk点が必要になりやすい。そこで、最大局在ワニエ関数(MLWF)による補間でベリー曲率を高密度に評価し、積分収束を得る流儀が一般的である。

4.2 スピンホール伝導度(SHE)

時間反転対称性がある金属・半導体でも、スピン流の横応答(スピンホール)が現れる。実装ではスピン流演算子とKubo形式(あるいはスピンBerry曲率)で評価することが多い。SOCの扱い、スピン流の定義(保存則の問題)により数値が揺れやすいため、定義と比較条件を明示する必要がある。

4.3 軌道磁化と磁気光学応答

軌道磁化はベリー曲率とエネルギー重みを伴う量として定式化され、ギャップ系でも有限となりうる。磁気光学(Kerr/Faraday)も、ベリー曲率とKubo形式が結びついた形で評価されることが多い。

4.4 非線形応答

反転対称性の破れた結晶では、二次の光起電流(shift current)が生じ、これもベリー接続・ベリー曲率に関する幾何量で表される。実時間TDDFTで直接追う方法と、ワニエ補間+非線形感受率で評価する方法が併存する。

5. トポロジカル不変量の定義と計算ルート

5.1 Chern数(量子ホール・Chern絶縁体)

2次元絶縁体でのChern数は

C=12πnoccBZd2kΩn,z(k)

で定義される。数値計算は離散化プラーケット和、またはワニエ補間による高密度積分で行う。

5.2 Z2 不変量(時間反転対称トポロジカル絶縁体)

時間反転対称性をもつ系では、Chern数は全体として0でも、Z2 指標が非自明になりうる。

代表的な計算法は次の2つである。

  • Wilson loop(Wannier charge center; WCC)の流れ:占有部分空間のWilson loop演算子をk空間で計算し、ハイブリッドワニエ中心の“流れ”から Z2 を判定する。
  • 反転対称性がある場合のパリティ判定:TRIM点での反転固有値から Z2 を決める(SOC込みでの対称性評価が鍵である)。

Wilson loop法は一般性が高く、実装も豊富である。一方、パリティ法は計算が軽いが、反転対称性が必須である。

5.3 鏡Chern数・結晶対称トポロジー

鏡対称などの結晶対称性で保護されたトポロジカル相では、鏡固有部分空間ごとのChern数(鏡Chern数)などが定義される。これらは対称演算子による部分空間分解と、部分空間ごとのベリー曲率積分で評価される。

5.4 Weyl点・ノーダル線

Weyl半金属では、Weyl点がベリー曲率の“磁荷”として働き、囲む面のChern数がchiralityに一致する。ノーダル線では、線をリンクする閉曲線のベリー位相が π となることでトポロジカルに保護される場合がある。ギャップレス系では、有限温度・スミアリング・Fermi面近傍の数値安定性が重要となる。

6. 計算ワークフロー

代表的な流れを、実装非依存に整理する。

  1. DFT基底状態
  • SOCが必要な場合は必ず含める(AHE、SHE、Z2 などで本質的である)。
  • 自己無撞着計算の精度、k点収束、スミアリング条件を整える。
  1. 必要量に応じた表現選択
  • 直接k点積分:小系・簡単な不変量には有効だが、AHEなどは収束が重い。
  • ワニエ補間:ベリー曲率、AHE/SHE、WCC、表面状態などの評価に強い。
  1. ワニエ化(MLWF)
  • 目標バンドの選定、エネルギー窓、disentanglement の設定で結果が大きく変わる。
  • 再現性チェックとして、ワニエ補間バンドがDFTバンドを十分な精度で再現することを確認する。
  1. ポスト処理
  • ベリー曲率、AHE、光学/磁気光学、軌道磁化、shift current など
  • Wilson loop/WCC、Chern数、鏡Chern数、Z2 指標
  • 表面状態、Fermi arc、スピンテクスチャなど(エッジ対応を含む)
  1. 対称性ベースの高速判定(近年の主流)
  • 既約表現(irreps)や対称性指標(symmetry indicators)を用いる方法は、探索・スクリーニングで強力である。
  • 平面波DFTの出力(波動関数・空間群演算)から既約表現を抽出するツールも存在し、トポロジカル量子化学(TQC)との接続が容易である。

7. 目的別まとめ

目的量代表式(概念)代表的な評価法よくある落とし穴
分極差Berry位相(BZ積分)離散k点の重なり積、DFT実装分極枝、ギャップ不在、k点不足
AHEΩ(k)(占有)ワニエ補間で高密度積分SOC未導入、Fermi準位依存、収束不良
Chern数(1/2π)Ωプラーケット和、ワニエ補間数値ゲージ不安定、ギャップ閉鎖
Z2WCC流れ、またはパリティWilson loop/WCC、TRIMパリティ反転対称の要否、占有数の誤り、平面のギャップ
鏡Chern等対称部分空間ごとのChern既約表現・射影+曲率積分対称演算子と基底の整合
Weyl chirality囲む面のChern小球面上の曲率積分点同定の誤り、数値ノイズ

8. 注意点

  • ゲージの滑らかさが重要であり、縮退点や近接バンドでは非可換定式化が不可欠である。
  • ワニエ補間では、局所化の良否とdisentanglementの妥当性が応答量に直結する。
  • AHEやSHEはFermi準位近傍の寄与が鋭く、k点密度とスミアリングの系統依存性が大きい。
  • Z2 を平面ごとに評価する場合、その平面でギャップが閉じていないことを確認すべきである。
  • 対称性指標を用いる場合でも、実バンド構造(ギャップ、交差、SOC)に照らした整合検証が必要である。

まとめ

ベリー位相とベリー曲率は、分極・ホール応答・軌道磁化・非線形光応答を同一の幾何学的言語で結びつけ、トポロジカル不変量として相の分類を可能にする。計算では、離散k点上の重なり行列でゲージ不変量を作ること、ワニエ補間で高密度評価を実現すること、対称性解析(既約表現・指標)と物理量(曲率積分・WCC流れ)を相互検証することが要点である。