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深層学習ベースの次元削減(表現学習)

深層学習ベースの次元削減とは、高次元データ x を低次元の潜在表現 z に写像する写像 z=f(x) をニューラルネットワークで学習し、可視化・クラスタリング・下流予測へ転用する枠組みである。材料科学では、組成・結晶構造・スペクトル・顕微鏡像・文献テキストを同一の「埋め込み空間」に載せることで、材料探索と解析を統一的に扱える点が重要である。

参考ドキュメント

1. 次元削減と表現学習の違い

  • 古典的次元削減(PCAなど)
    • 目的:低次元座標 y の幾何(分散・距離・近傍)を最適化する
    • 写像:線形写像や明示的な最適化で与えられることが多い
  • 深層表現学習(Autoencoder, 事前学習Transformer, コントラスト学習など)
    • 目的:再構成・予測・対比などの自己教師あり損失により z を学習する
    • 特徴:非線形写像、ミニバッチ学習、大規模データで強い
    • 実務:得た z を PCA/UMAP/t-SNE に入力して可視化することも多い

結論として、深層学習は「低次元表現を学習するエンコーダ f を作る」ことが本体であり、可視化(2次元化)は後段の処理である。

2. エンコーダと潜在表現

観測 xRp、潜在表現 zRd,dp とする。

  • エンコーダ:z=fθ(x)
  • デコーダ(ある場合):x^=gϕ(z)

ここで z が材料の「指紋(fingerprint)」となり、クラスタリング、異常検知、少数ラベル学習、逆設計の条件ベクトルなどに使われる。

3. Autoencoder(AE)系

3.1 基本AE(決定論)

再構成誤差を最小化する。

  • 連続値(スペクトル・組成ベクトル):Lrec=1Ni=1Nxix^i22
  • ピーク列や離散トークンの場合はクロスエントロピーなどを用いる。

材料での典型例

  • XRD/XAFS/XPSスペクトルを入力し、z を相・局所構造・測定条件の圧縮表現として使う
  • 顕微鏡像(組織・磁区)を畳み込みAEで圧縮し、類似組織検索やクラスタリングに使う

3.2 変種

  • Denoising AE:入力にノイズを与えて復元し、頑健な表現を得る
    • スペクトル:加法ノイズ、ベースライン揺らぎ、微小シフトなど(物理的妥当な範囲に限る)
  • Sparse AE:z にスパース制約を入れ、解釈しやすい要因に寄せる
  • Contractive AE:微小摂動に不変な表現を促す

注意点

  • 再構成が上手いことと、材料的に有用なzであることは同値ではないため、下流タスク(相分類、物性回帰、外挿評価)で確認する必要がある。

4. Variational Autoencoder(VAE)系(確率モデル化)

4.1 基本VAE(連続潜在変数)

生成モデル pθ(x|z) と事前分布 p(z) を仮定し、近似事後 q_ϕ(z|x) を学習する。

logp(x)Eqϕ(z|x)[logpθ(x|z)]KL(qϕ(z|x)p(z))

右辺(ELBO)最大化が学習目標である。

材料での使い分け

  • 不確かさ込みの低次元表現がほしい場合(測定ノイズ、複相、ラベル曖昧性)
  • 条件付きVAE(cVAE):組成・プロセス条件 c を与えて zx を条件付きにし、逆設計の母体にする

よくある落とし穴

  • posterior collapse(zが使われない):デコーダが強すぎる、KL項が強すぎるなど
    • 対策:KL annealing、β-VAE(KL重み調整)、デコーダの容量調整など

5. 自己教師あり表現学習

5.1 目的:距離構造を学習

同一試料(または同一構造)から作った2つのビュー v,v を正例、他試料を負例として埋め込みを学習する。 代表的な損失(InfoNCE型の一例):

L=logexp(sim(z,z+)/τ)exp(sim(z,z+)/τ)+kexp(sim(z,zk)/τ)

5.2 材料データでのビュー設計

  • スペクトル:微小平行移動、平滑化、ノイズ注入、欠損マスクなど
  • 結晶構造(グラフ):原子座標の微小摂動、近接エッジのドロップ、部分サブグラフ化など
  • 画像:観察条件に対応する幾何変換(ただし回転・反転が物理的に妥当かはデータに依存する)

材料ならではの注意

  • 物理的に同一でない変換を正例としてしまうと、学習が破綻する(例:相変化と区別不能になる変換)
  • 近縁系リーク(組成系列・同一母相の混入)で見かけの性能が上がりやすい

6. マスク復元型(Masked Modeling、Transformer/MAE系)

観測の一部をマスクし、残りから復元する自己教師あり学習である。

  • テキスト:Masked Language Modeling(材料論文コーパスでMatSci系BERTが成立する)
  • スペクトル:ランダム区間マスク→補間ではなく「物理的にもっともらしい復元」を学習
  • 画像:パッチをマスクして復元(MAEの系譜)
  • 結晶表現:局所環境トークンをマスクして復元する設計も可能である

材料分野での意義

  • ラベル(物性値)が希少でも、未ラベルの測定・計算データから表現を鍛えられる
  • 得られたzは、回帰・分類・クラスタリングすべての共通土台になる

7. グラフ表現学習(Graph Autoencoder, 事前学習GNN)

結晶は原子をノード、結合や近接関係をエッジとするグラフとして表せる。

  • グラフAE/VGAE:グラフ構造(隣接)や属性を再構成することで埋め込みを学習する
  • 事前学習GNN:大規模結晶データで自己教師あり学習し、物性予測へ転移する

材料での利点

  • 並進・回転・原子順序入れ替え不変性を設計に組み込みやすい
  • 局所環境の集約により、結晶の階層構造(配位→格子→欠陥)へ接続しやすい

8. 方法の比較

系統代表例目的(自己教師信号)材料データの主戦場長所注意点
AEAE/DAE/Sparse再構成スペクトル、画像、組成ベクトル実装が単純、可視化に直結再構成≠有用、過学習に注意
VAEVAE/β-VAE/cVAEELBO(再構成+KL)ノイズ・不確かさ込み解析、生成確率的z、生成・補完に強いcollapse、ハイパラが効く
コントラストSimCLR系、Barlow系ビュー一致結晶グラフ、画像、スペクトル少数ラベルに強い、外挿に効きやすいビュー設計が難所
マスク復元MLM/MAE系欠損復元テキスト、スペクトル、画像大規模事前学習と相性良いマスク単位設計が重要
グラフAE/事前学習GNNVGAE等構造/属性再構成結晶構造不変性・局所環境に強い表現設計(PBC等)が難所

9. ワークフロー

  1. データを表現として定義する(組成、構造グラフ、スペクトルパッチ、画像パッチ、テキスト)
  2. 自己教師ありでエンコーダ f を学習し、埋め込み z を得る
  3. z を用いて
    • 可視化:PCA/UMAP/t-SNEで2次元化
    • クラスタリング:HDBSCANなどで相・状態の群を得る
    • 下流学習:小さな回帰器/分類器で物性予測を微調整する
  4. 評価は外挿分割(未知組成域、未知構造型、未知測定条件)で行う

まとめ

深層学習ベースの次元削減は、データの再構成・マスク復元・対比学習などの自己教師信号で低次元潜在表現 z を学び、材料の探索・分類・予測を共通の埋め込み空間で扱う枠組みである。材料科学では、表現(トークン化/グラフ化/パッチ化)と物理制約(不変性、PBC、妥当な拡張)の設計、そして外挿評価が成否を決める要点である。