Bader電荷解析
Bader電荷解析は、第一原理計算で得られる電子密度を「原子ごとの領域(Bader basin)」に分割し、各原子に帰属する電子数や体積を定量化する手法である。結合性・電荷移動・欠陥や界面の局所状態を、空間分解した量として整理できる点が利点である。
参考ドキュメント
- Henkelman group: Bader charge analysis code
https://theory.cm.utexas.edu/henkelman/code/bader/ - VASP Wiki: CHGCAR https://www.vasp.at/wiki/CHGCAR
- MateriApps Live!(日本語):Bader Charge Analysis
https://ma.issp.u-tokyo.ac.jp/app/bader/
1. Bader電荷とは何か
電子密度を
ゼロフラックス条件:
このとき、原子Aに帰属する電子数
で与えられる。原子電荷を
と定義することが多いが、ここでの
2. 適用事例
- 吸着・界面:吸着種への電荷移動、界面双極子の指標化
- 置換・ドーピング:元素置換に伴う周辺原子の電荷再分配
- 欠陥:空孔・間隙原子の近傍での局在化/脱局在化の定量
- 磁性系:スピン密度(磁化密度)を同様に領域分割して局所モーメントの補助量として用いる
注意として、Bader電荷は「形式酸化数」を直接返すものではなく、電子密度の連続量に基づく分割結果である。酸化数と対応付ける場合は、系列比較(同一計算設定での差分)として扱うのが安全である。
3. グリッド分割
実務では、DFTが出力する実空間グリッド上の
4. 入力データ:密度
Bader解析は「電子密度」に対して実行するが、どの密度を採用するかで解釈が変わる。
- 擬(valence-only)密度:価電子密度のみ(手軽だが“全電子”ではない)
- 全電子(all-electron相当)密度:コア密度+再構成価電子密度(PAW再構成を含む密度を足し合わせる流儀)
同じ物理問いに対して、異なる密度を混ぜると比較が崩れるため、研究室内で標準を決めておくとよい。
5. ワークフロー
構造最適化(relax)とは別に、最終構造で静的計算(single-point)を行い、解析用の密度ファイルを生成するのが基本である。
5.1 価電子密度ベース
- CHGCAR(またはCHG)をBader解析に入力する
- 系列比較の“相対変化”を見る用途で使われることが多い
5.2 コアを含めたい場合:PAWの再構成
VASPでは、コア密度と再構成価電子密度を別ファイルとして出力し、それらを加算して参照密度を作る運用が一般的である。
典型例(ファイル名は慣習):
- AECCAR0:コア電子密度
- AECCAR2:再構成された価電子密度
- CHGCAR:(通常)価電子密度を含む出力
よく用いられる実行例(概念):
chgsum.pl AECCAR0 AECCAR2 # 参照密度(合計密度)の生成
bader CHGCAR -ref CHGCAR_sum # CHGCARをBader領域で積分この「参照密度で領域(basin)を決め、擬(CHGCAR)密度を積分する」流儀は、PAWにおける実用上の折衷として広く用いられる。
6. 磁性体での取り扱い
スピン分極計算では、電荷密度
- CHGCARに電荷密度とスピン密度が併記される場合がある
- その場合、電荷とスピンを別ファイルに分離して可視化・解析する補助ツールが実務上有用である
Bader領域を用いて
7. チェックリスト
- グリッド収束:FFTグリッドやENCUT(または等価な設定)を上げて
が十分収束するか確認する - 近接原子・短結合:密度の急峻さが増すため、粗いグリッドで誤差が増えやすい
- 真空を含む系(表面・2D):真空側に“未割当領域”が出ることがあるため、合計電荷(全領域和)と残差の確認を行う
- 比較の一貫性:POTCAR(擬ポテンシャル)や密度再構成の有無を揃える
収束の目安は系に依るが、系列比較では「差分がグリッド変更で符号反転しない」「変化が 0.01 e 程度以下で安定」などを最低条件にする運用が多い。
8. 他の電荷分割法との比較
| 手法 | 入力 | 特徴 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| Bader(QTAIM) | 実空間の | “ゼロフラックス面”で原子領域を定義 | グリッド依存、密度の選び方で解釈が変わる |
| Mulliken/Löwdin | 軌道基底 | 分子軌道計算で古典的 | 基底依存が大きい |
| Hirshfeld | 参照原子密度 | “stockholder”分割で安定しやすい | 参照密度の選択が効く |
| DDEC系 | 参照密度+制約 | 固体系の電荷移動・電荷モデルに強い | 実装・前提が手法ごとに異なる |
| Voronoi | 幾何 | 速い(密度不要の場合も) | 波動関数由来の情報が入らない |
研究の目的が「電荷移動モデル(力場や部分電荷)」なのか、「電子状態の空間分解(密度に基づく議論)」なのかで、Baderを含む選択が変わる。
まとめ
- Bader電荷解析は、電子密度
をゼロフラックス面で分割し、原子ごとの電子数・体積を得る手法である。 - 実用上は、密度の種類(価電子のみか、コアを含むか)とグリッド収束が結果の信頼性を支配する。
- 絶対値の議論よりも、同一条件での系列比較として用いると解釈が安定し、欠陥・界面・置換の局所変化を定量化しやすい。