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逆設計

逆設計(Inverse materials design)とは、所望の物性・機能・性能を先に定め、その条件を満たす材料(組成・構造・プロセス)を探索・提案する設計枠組みである。機械学習の観点では、予測モデル(順問題)と最適化・生成(逆問題)を組み合わせ、試行回数やコストを抑えつつ探索を進める体系である。

参考ドキュメント

1. 順問題と逆問題(定式化)

材料表現(設計変数)を x、物性・性能を y として、順問題は

y=f(x)

である。逆設計は、目標 y の達成や効用最大化を目的として、次の最適化として書ける。

目標到達(targeting)

x=argminxD(f(x),y)

最適化(maximize/minimize)

x=argmaxxU(f(x))

制約付き(現実の材料設計では必須)

x=argmaxxU(f(x))s.t.gi(x)0()

ここで D は距離(例:二乗誤差)、U は目的関数、g_i は制約である。材料では x が離散(元素種、構造タイプ)と連続(組成比、格子、プロセス条件)が混在し、制約も多いことから、逆問題は一般に不適切(ill-posed)になりやすい。

2. 逆設計が難しい理由

  1. 多対一(one-to-many) 同じ目標特性 y を満たす材料候補 x は多数存在しうる。したがって「y → x」を一意に回帰する発想は破綻しやすい。

  2. 離散・連続の混在 元素置換、結晶系、欠陥サイトなどは離散であり、組成・格子定数・プロセス条件は連続である。探索空間が組合せ爆発しやすい。

  3. 物理・化学制約の存在 電荷中性、原子間距離、配位、PBC、熱力学安定性、相分離、合成経路などが暗黙の制約として効く。

  4. 評価コストの高さ DFT、MD、実験はいずれも高コストであり、クエリ効率(少ない試行で当てる設計)が支配的になる。

3. 代表的アプローチ

逆設計は大きく、最適化ベース、生成ベース、逆写像ベースに分けられる。実務ではこれらを混成して使うことが多い。

3.1 最適化ベース:代理モデル(surrogate)+探索

順問題モデル f̂(x) を学習し、それを用いて x を探索する枠組みである。

(1) ベイズ最適化(Bayesian optimization: BO) 未知関数の最適化を、代理モデル(例:ガウス過程、確率的ニューラルネット)と獲得関数で逐次的に進める。

典型的なループ

  • 初期点を少数評価してデータを作る
  • 代理モデルを学習する
  • 獲得関数 a(x)(探索と活用のバランス)を最大化する点を次に評価する
  • データを追加して繰り返す

多目的・制約付きBOでは、Pareto最適性と制約違反確率などを組み込み、現実的な探索に寄せる。

(2) 進化計算・遺伝的アルゴリズム 離散変数を含む探索に強く、候補集合を世代更新する。代理モデルと組み合わせて評価回数を節約する構成も多い。

(3) 勾配ベース(differentiable design) x が連続で、f̂ が微分可能ならば

xx+αU(f̂(x))/x

のように勾配上昇で設計変数を更新できる。離散変数は緩和(連続化)や確率的表現(Gumbel-Softmax等)が必要である。

3.2 生成ベース:候補分布を学習して出す

p(x) または p(x|c)(c は目標物性や条件)を学習し、候補をサンプルして評価・絞り込みする。

(1) 潜在変数モデル(VAE等)+潜在空間最適化 x → z(潜在表現)を学習し、z 空間で BO や勾配法を行い、復号して候補を得る。潜在空間の連続性が鍵である。

(2) GAN 生成器が一括生成できる利点があり、組織画像・スペクトルなどに適用しやすい。一方で学習の不安定性や多様性低下に注意が必要である。

(3) 拡散モデル(Diffusion models) ノイズから段階的にデノイズしてサンプルを生成する。学習安定性と多様性の点で優位になりやすく、近年は結晶構造(元素種・座標・格子)を直接生成する研究も進展している。

(4) 正規化フロー(Normalizing flows) 可逆変換により、密度評価とサンプリングの両方を行える。逆設計では「所望条件に合う領域へ写像する」設計が取りやすい。

生成ベースは「候補を大量に出す」ことが得意であり、後段で妥当性フィルタ、構造緩和、物性再評価を組み合わせて運用するのが基本である。

3.3 逆写像ベース:y → x を直接学習する

単純な回帰では多対一により破綻しやすいが、以下の工夫で成立しうる。

  • 条件付き生成(c = y* として p(x|y*) を学習)
  • 複数解を表現できるモデル(混合密度、確率的デコーダ)
  • 追加の制約や正則化で解集合を狭める(合成プロセス制約など)

4. 多目的最適化とPareto設計

材料設計は多目的であることが多い(例:高磁化と低損失、強度と靭性、導電率と安定性など)。 目的ベクトルを y(x)=[y1(x),y2(x),...] とすると、Pareto最適は ある目的を改善すると別の目的が悪化するため、支配されない解集合として定義される。

実務では以下が多い。

  • 重み付き和:U=Σkwkyk(簡単だが重み設計が難しい)
  • 目標到達型:各特性を目標範囲に入れる確率を最大化する
  • 制約化:最重要以外を制約として扱う(例:磁化最大化 s.t. 損失 ≤ 閾値)

5. 材料表現

逆設計の成否は、モデルよりも表現と制約設計に依存しやすい。

設計対象x の例典型モデル典型の制約
組成探索元素比、置換サイトMLP、GPR、Transformer化学量論、毒性、コスト
結晶構造探索元素種+座標+格子GNN、等変性モデル、拡散PBC、最小距離、安定性
欠陥・界面欠陥種、濃度、配置GNN、クラスター展開+ML電荷中性、局所配位
組織設計画像/ボクセル、統計量CNN、GAN、拡散体積分率、相関関数、連結性
プロセス設計温度、時間、雰囲気等BO、サロゲート+最適化装置制約、再現性、コスト

6. 閉ループ最適化の標準形

逆設計は、生成・最適化だけで完結せず、評価と更新を繰り返す閉ループ運用が基本である。

  1. 初期データ整備
  • 既存データ(文献、DB、過去実験、DFT)を整理し、表現xと条件を統一する
  1. 代理モデル学習
  • f̂(x) を学習し、必要なら不確かさも推定する
  1. 提案(最適化または生成)
  • BOや生成モデルで候補を提案する(制約も加味する)
  1. 妥当性フィルタ
  • 化学・幾何制約のチェック、簡易計算で足切りする
  1. 高コスト評価
  • DFT/MD/実験で評価し、データを追加する
  1. 反復
  • モデル更新と探索方針更新を行い、目的達成まで繰り返す

7. 逆設計の評価

生成や探索の評価は、単一指標では不十分である。少なくとも次を分けて見るのが実務的である。

  • 有効性(validity):制約を満たす候補の割合
  • 多様性(diversity):似た候補ばかりになっていないか
  • 新規性(novelty):学習データの再生産ではないか
  • 目標達成率(hit rate):目標範囲に入る割合
  • コスト効率:目標到達までの評価回数(DFT回数、実験回数)
  • 再現性:プロセス条件下で再現できるか

まとめ

逆設計は、順問題モデル(予測)だけでは達成できず、最適化・生成・制約処理を統合した探索システムとして設計する必要がある。機械学習の観点では、(1) 代理モデル+逐次探索(BO等)、(2) 生成モデルによる候補提案、(3) 条件付き分布や逆写像の学習、を問題構造(離散/連続、制約、多目的、評価コスト)に応じて組み合わせることが要点である。材料では表現設計と妥当性制約、そして緩和・検証を含む閉ループ運用が支配的である。