逆設計
逆設計(Inverse materials design)とは、所望の物性・機能・性能を先に定め、その条件を満たす材料(組成・構造・プロセス)を探索・提案する設計枠組みである。機械学習の観点では、予測モデル(順問題)と最適化・生成(逆問題)を組み合わせ、試行回数やコストを抑えつつ探索を進める体系である。
参考ドキュメント
- B. Sanchez-Lengeling, A. Aspuru-Guzik, Inverse molecular design using machine learning, Science (2018) https://www.science.org/doi/10.1126/science.aat2663
- H. Park et al., Has generative artificial intelligence solved inverse materials design?, Matter (2024) https://www.cell.com/matter/fulltext/S2590-2385(24)00242-X
- 三菱総研DCS(MKI)コラム:マテリアルズ・インフォマティクスのABC〜ベイズ最適化による材料合成の最適化(日本語) https://www.mki.co.jp/knowledge/solution/column150.html
1. 順問題と逆問題(定式化)
材料表現(設計変数)を
である。逆設計は、目標
目標到達(targeting)
最適化(maximize/minimize)
制約付き(現実の材料設計では必須)
ここで D は距離(例:二乗誤差)、U は目的関数、g_i は制約である。材料では x が離散(元素種、構造タイプ)と連続(組成比、格子、プロセス条件)が混在し、制約も多いことから、逆問題は一般に不適切(ill-posed)になりやすい。
2. 逆設計が難しい理由
多対一(one-to-many) 同じ目標特性
を満たす材料候補 x は多数存在しうる。したがって「y → x」を一意に回帰する発想は破綻しやすい。 離散・連続の混在 元素置換、結晶系、欠陥サイトなどは離散であり、組成・格子定数・プロセス条件は連続である。探索空間が組合せ爆発しやすい。
物理・化学制約の存在 電荷中性、原子間距離、配位、PBC、熱力学安定性、相分離、合成経路などが暗黙の制約として効く。
評価コストの高さ DFT、MD、実験はいずれも高コストであり、クエリ効率(少ない試行で当てる設計)が支配的になる。
3. 代表的アプローチ
逆設計は大きく、最適化ベース、生成ベース、逆写像ベースに分けられる。実務ではこれらを混成して使うことが多い。
3.1 最適化ベース:代理モデル(surrogate)+探索
順問題モデル
(1) ベイズ最適化(Bayesian optimization: BO) 未知関数の最適化を、代理モデル(例:ガウス過程、確率的ニューラルネット)と獲得関数で逐次的に進める。
典型的なループ
- 初期点を少数評価してデータを作る
- 代理モデルを学習する
- 獲得関数
(探索と活用のバランス)を最大化する点を次に評価する - データを追加して繰り返す
多目的・制約付きBOでは、Pareto最適性と制約違反確率などを組み込み、現実的な探索に寄せる。
(2) 進化計算・遺伝的アルゴリズム 離散変数を含む探索に強く、候補集合を世代更新する。代理モデルと組み合わせて評価回数を節約する構成も多い。
(3) 勾配ベース(differentiable design)
のように勾配上昇で設計変数を更新できる。離散変数は緩和(連続化)や確率的表現(Gumbel-Softmax等)が必要である。
3.2 生成ベース:候補分布を学習して出す
p(x) または p(x|c)(c は目標物性や条件)を学習し、候補をサンプルして評価・絞り込みする。
(1) 潜在変数モデル(VAE等)+潜在空間最適化 x → z(潜在表現)を学習し、z 空間で BO や勾配法を行い、復号して候補を得る。潜在空間の連続性が鍵である。
(2) GAN 生成器が一括生成できる利点があり、組織画像・スペクトルなどに適用しやすい。一方で学習の不安定性や多様性低下に注意が必要である。
(3) 拡散モデル(Diffusion models) ノイズから段階的にデノイズしてサンプルを生成する。学習安定性と多様性の点で優位になりやすく、近年は結晶構造(元素種・座標・格子)を直接生成する研究も進展している。
(4) 正規化フロー(Normalizing flows) 可逆変換により、密度評価とサンプリングの両方を行える。逆設計では「所望条件に合う領域へ写像する」設計が取りやすい。
生成ベースは「候補を大量に出す」ことが得意であり、後段で妥当性フィルタ、構造緩和、物性再評価を組み合わせて運用するのが基本である。
3.3 逆写像ベース:y → x を直接学習する
単純な回帰では多対一により破綻しやすいが、以下の工夫で成立しうる。
- 条件付き生成(c = y* として p(x|y*) を学習)
- 複数解を表現できるモデル(混合密度、確率的デコーダ)
- 追加の制約や正則化で解集合を狭める(合成プロセス制約など)
4. 多目的最適化とPareto設計
材料設計は多目的であることが多い(例:高磁化と低損失、強度と靭性、導電率と安定性など)。 目的ベクトルを
実務では以下が多い。
- 重み付き和:
(簡単だが重み設計が難しい) - 目標到達型:各特性を目標範囲に入れる確率を最大化する
- 制約化:最重要以外を制約として扱う(例:磁化最大化 s.t. 損失 ≤ 閾値)
5. 材料表現
逆設計の成否は、モデルよりも表現と制約設計に依存しやすい。
| 設計対象 | x の例 | 典型モデル | 典型の制約 |
|---|---|---|---|
| 組成探索 | 元素比、置換サイト | MLP、GPR、Transformer | 化学量論、毒性、コスト |
| 結晶構造探索 | 元素種+座標+格子 | GNN、等変性モデル、拡散 | PBC、最小距離、安定性 |
| 欠陥・界面 | 欠陥種、濃度、配置 | GNN、クラスター展開+ML | 電荷中性、局所配位 |
| 組織設計 | 画像/ボクセル、統計量 | CNN、GAN、拡散 | 体積分率、相関関数、連結性 |
| プロセス設計 | 温度、時間、雰囲気等 | BO、サロゲート+最適化 | 装置制約、再現性、コスト |
6. 閉ループ最適化の標準形
逆設計は、生成・最適化だけで完結せず、評価と更新を繰り返す閉ループ運用が基本である。
- 初期データ整備
- 既存データ(文献、DB、過去実験、DFT)を整理し、表現xと条件を統一する
- 代理モデル学習
- f̂(x) を学習し、必要なら不確かさも推定する
- 提案(最適化または生成)
- BOや生成モデルで候補を提案する(制約も加味する)
- 妥当性フィルタ
- 化学・幾何制約のチェック、簡易計算で足切りする
- 高コスト評価
- DFT/MD/実験で評価し、データを追加する
- 反復
- モデル更新と探索方針更新を行い、目的達成まで繰り返す
7. 逆設計の評価
生成や探索の評価は、単一指標では不十分である。少なくとも次を分けて見るのが実務的である。
- 有効性(validity):制約を満たす候補の割合
- 多様性(diversity):似た候補ばかりになっていないか
- 新規性(novelty):学習データの再生産ではないか
- 目標達成率(hit rate):目標範囲に入る割合
- コスト効率:目標到達までの評価回数(DFT回数、実験回数)
- 再現性:プロセス条件下で再現できるか
まとめ
逆設計は、順問題モデル(予測)だけでは達成できず、最適化・生成・制約処理を統合した探索システムとして設計する必要がある。機械学習の観点では、(1) 代理モデル+逐次探索(BO等)、(2) 生成モデルによる候補提案、(3) 条件付き分布や逆写像の学習、を問題構造(離散/連続、制約、多目的、評価コスト)に応じて組み合わせることが要点である。材料では表現設計と妥当性制約、そして緩和・検証を含む閉ループ運用が支配的である。