Skip to content

シリコン(Si)

シリコン(Si)は、酸素との強い結合による SiO2/ケイ酸塩の安定性と、ドーピングにより電気伝導を設計できる結晶Siの性質が同一元素に共存することで、材料・地球科学・化学工業・情報産業を同時に駆動してきた元素である。したがって、Siを理解するには「単体Siの物性」だけでなく、「SiO2・ケイ酸塩としての化学安定性」と「Si/SiO2界面・欠陥・不純物を含む材料状態」を同一の地図に置いて整理する必要がある。

参考ドキュメント

1. 基本情報

項目内容
元素名ケイ素(シリコン)
元素記号 / 原子番号Si / 14
標準原子量28.085
族 / 周期 / ブロック第14族 / 第3周期 / pブロック
電子配置[Ne]3s23p2
常温常圧での状態固体
常温の結晶形(代表)結晶Si(結晶質)、非晶質Si(アモルファス)
代表的な酸化数0,+4,4(化合物系列で現れる)
主要同位体(研究上重要)28Si,29Si,30Si
代表的工業形態金属シリコン、ポリシリコン、単結晶ウェハ、フェロシリコン、シリコーン(有機ケイ素)、SiO2(ガラス・セラミックス)、SiC(炭化ケイ素)
  • 補足(Siを元素として扱う際の要点)
    • 「Si」と書いても、単体(金属シリコン、結晶Si)、酸化物(SiO2)、ポリマー(シリコーン)、炭化物(SiC)など実体が大きく変わる。議論の主語(化学式・形態・純度等級)を必ず明示する。
    • 半導体用途では「元素としてのSi」よりも、「純度・結晶欠陥・界面・不純物(O, C, 金属)・熱履歴を含む材料状態としてのSi」を主語にする方が、物性・信頼性の説明が一貫する。

2. 歴史

  • SiO2(石英・砂)としての先行利用

    • Siは元素として認識される以前から、SiO2(フリント、砂、石英)として道具・建材・ガラスの原料に利用されてきた。これはSi–O結合の強さとネットワーク形成能が、長期安定で加工可能な材料を与えることに由来する。
  • 元素としての同定(19世紀)

    • 元素Siとしての同定は19世紀になってからであり、Siが自然界で単体としてほとんど産しない(酸化物・ケイ酸塩として安定)ことが、冶金的分離を難しくしてきた。
  • 電子産業による位置づけの反転

    • 20世紀後半、結晶成長、高純度化、熱酸化によるSiO2形成と界面制御、微細加工が確立されると、Siは鉱物材料の枠を越えて情報産業の戦略材料へと転換した。
    • この転換の本質は、バルクSiの物性だけでなく、SiO2を同一材料系として形成・除去できることが、工程整合性と信頼性の基盤になった点にある。

3. シリコンを理解する

  • Si–O結合とケイ酸塩(地殻化学の骨格)

    • SiO4四面体を基本単位として、連結度(重合度)の違いにより多様なケイ酸塩構造が現れる。石英(SiO2)から長石・雲母・粘土まで、相の違いは骨格連結と共存カチオン(Al, Na, K, Ca, Mg, Feなど)の配置で整理できる。
  • 結晶Siの半導体性(ドーピングで可変な電子状態)

    • 結晶Siはバンド理論で記述され、禁制帯幅 Eg を持つ半導体である。ドーピング(B, P, Asなど)はフェルミ準位とキャリア濃度を制御し、抵抗率・pn接合特性・寿命を決める。
  • Si/SiO2界面(酸化膜が機能そのものになる)

    • Si表面の酸化は劣化要因である一方、Si/SiO2界面はMOS構造などのデバイス機能を成立させる基盤でもある。界面準位、固定電荷、酸化膜欠陥は「材料欠陥」ではなく「特性の一次変数」として扱う必要がある。
  • 磁性ではなく「スピン散乱の舞台」

    • 結晶Si自体は強磁性秩序を持たないが、欠陥・不純物(遷移金属汚染)・界面準位がスピン緩和やノイズ源として顕在化する。磁気の議論は「Siが磁化するか」ではなく「スピンがどこで失われるか」に置き換えると整理しやすい。

4. 小話

  • Silicon と Silicone(シリコンとシリコーン)

    • silicon(元素・単体Si)と silicone(有機ケイ素ポリマー:シリコーン)は別物である。日本語では両者が混同されやすいため、材料名だけでなく化学式や用途(半導体用か、ポリマーか)を併記するのが安全である。
  • 「地球の岩石」と「計算機」を同時に規定する元素

    • Siはケイ酸塩として地殻と岩石を作り、結晶SiとしてICや太陽電池を作る。単一元素が、地球科学と情報産業の双方で中心にある点が特徴である。
  • シリカ粉じんの注意

    • 元素Siというより、シリカ粉じん曝露は作業安全の重要課題になる。粉体取り扱いでは材料の化学形態(Si/SiO2)を分けて扱う必要がある。

5. 地球化学・産状(地殻での存在形態)

5.1 主な鉱石・鉱物形態

  • 石英(クォーツ)SiO2
  • 長石・雲母・粘土などのケイ酸塩鉱物(アルミノケイ酸塩を含む)
  • オパールなど含水シリカ

補足:

  • Siは地殻中で酸化物・ケイ酸塩として普遍的に存在するが、単体(元素Si)は自然界ではほとんど現れない。
  • 工業原料としては珪石(主に石英)が中心だが、金属シリコンや高純度用途に適した品質の珪石は、地質条件や不純物条件で実効的に制約を受けうる(JOGMEC資料の整理が有用)。

5.2 鉱床と地球史の接点

  • 風化・堆積・変成に伴うSiの循環は、SiO2の溶解・再沈殿や粘土化として現れ、地表環境(pH、溶存イオン、温度)の長期履歴と結びつく。
  • 供給上は資源量の多さだけでなく、電力・輸送・環境制約が生産とコストに効く(USGSの年次統計が参照の起点になる)。

5.3 地球深部(高圧相)

  • マントルはケイ酸塩鉱物が支配的であり、Siは相転移や弾性、対流の制約条件に関わる主要成分である。高圧では配位数や構造が変化しうるため、常圧のSiO4四面体直感だけでなく高圧相を含めて議論する必要がある。

6. 採掘・製造・精錬・リサイクル(プロセスと化学反応)

6.1 採掘・選鉱・原料調製

  • 原料は珪石(石英)であり、粒度調整と不純物(B, P, Al, Feなど)の管理が用途別の品質とコストを左右する。
  • 珪石資源が豊富でも、用途要求を満たす品質や立地条件(電力・輸送)で供給は実効的に制約されうる。

6.2 電気炉精錬(珪石 → 金属シリコン、フェロシリコン)

  • 電気炉でSiO2を炭素で還元して金属Siを得る。概念式はSiO2+2CSi+2CO
  • 実プロセスは多相・高温反応であり、反応速度、熱収支、炉材反応、スラグ挙動が同時に効く反応器問題である。
  • 合金用途(アルミ–Si、フェロシリコン、製鋼脱酸など)では、半導体級の超高純度は不要な一方、溶湯反応や介在物制御の観点で別の品質指標が重要になる。

6.3 高純度化(塩化物・シラン系前駆体、ポリシリコン)

  • 高純度Siは、揮発性の塩化シラン類(例:トリクロロシラン)やシランを介して不純物を分配し、精留とCVDでポリシリコンを析出する流れで得られる。
  • 太陽電池用と半導体用では要求純度、許容不純物種、結晶欠陥許容量が異なるため、同じ「ポリシリコン」でも仕様が分岐する(JOGMEC資料の整理が参照点になる)。

6.4 単結晶成長、ウェハ加工、回収

  • 単結晶成長(Cz法、FZ法など)とスライス・研磨でウェハ化される。加工スクラップ(kerf損など)は資源効率とコストに直結する。
  • リサイクルは「回収する」だけでなく、汚染を再導入しない回収・再精製設計が要点になる。用途別に許容不純物が異なるため、材料の“行き先設計”が不可欠である。

7. 物理化学的性質・特徴

7.1 電子構造と共有結合(半導体としての骨格)

  • 結晶Siは共有結合性の強い結晶で、バンド理論で記述される。室温付近の禁制帯幅として Eg1.12 eV がよく参照される(NISTのBandgap references等)。
  • 温度上昇は本質キャリア濃度を増大させ、抵抗率・リーク・寿命を同時に変えるため、電気設計と熱設計が分離しにくい。

7.2 形態(結晶・非晶質)と欠陥

  • 非晶質Siは長距離周期性を欠き、局在状態や欠陥準位の取り扱いが本質になる。結晶化は熱処理やレーザ照射などで誘起され、相変化がプロセス技術として利用される場合もある。
  • 半導体用途では、欠陥(点欠陥、転位、析出)・不純物(O, C, 金属)・熱履歴が特性を支配する。したがって「Si」というラベルだけでは物性を一意に定められない。

7.3 熱物性・輸送(フォノン支配)

  • Siの熱伝導は主としてフォノンが担うため、欠陥・同位体散乱・ドーピングで低下しやすい。高純度結晶Siの代表値として熱伝導率が整理される(Ioffe Instituteのまとめ等が参照点)。

7.4 表面化学(酸化・エッチング)と界面

  • Si表面は酸化しやすく、SiO2あるいはサブオキシドが形成される。これは腐食的な側面と、ゲート絶縁膜という機能的側面を同時に持つ。
  • SiO2はHF系で溶解除去される(湿式・乾式の表面化学は界面準位と信頼性へ直結)。

7.5 同位体(核スピンと熱物性)

  • Siの同位体組成は、NMR(29Si)や低温物性(同位体散乱)で意味を持つ。量子デバイスでは核スピン環境がデコヒーレンス源にもなりうるため、同位体組成も材料状態の一部として扱う価値がある。

7.6 代表的な物性(結晶Si・常温付近の目安)

項目値(代表値)備考
融点1414 ℃文献・純度で差が出る
沸点3265 ℃高温では蒸気圧・反応性も効く
密度2.3296 g cm3常温付近
比熱容量0.7 J g11代表値として参照される
熱伝導率1.3 W cm11(=130 W m1 K1高純度結晶の代表値として整理される
体積弾性率9.8$\times10^{11}$ dyn cm2(=98 GPa)異方性あり

8. 研究としての面白味

  • 地球化学と電子材料が一本でつながる

    • ケイ酸塩・ガラス・セラミックス(SiO2/ケイ酸塩)と、半導体・PV・センサ(結晶Si)が同一元素に集約され、分野横断の因果を作りやすい。
  • 界面が主役になる材料体系

    • Si/SiO2界面は付随物ではなく機能の中核であり、界面準位密度や固定電荷が設計変数になる。表面化学・微細加工・欠陥物理が同列の重要度になる点が研究の面白さである。
  • 高純度化が科学を押し上げる

    • 工学操作(精製、結晶成長、欠陥制御)が、物性測定や量子現象の顕在化を可能にし、基礎科学の限界を押し上げてきた。Siは工学と基礎科学の相互依存を象徴する材料である。

9. 応用例

9.1 材料・デバイス別の利用軸

  • 半導体(ロジック、メモリ、センサ、パワーIC基板)
    • pn接合とMOS構造が基盤。界面・欠陥・汚染が信頼性と歩留まりを支配する。
  • 太陽電池(結晶Siモジュール)
    • 高純度化とコストのトレードオフが支配的で、化学精製・結晶成長・切断ロス低減が同時に効く。
  • 合金(アルミ–Si、フェロシリコン、製鋼脱酸)
    • 合金用途では電気的機能ではなく、冶金プロセス・溶湯反応・介在物制御の観点が主役になる。
  • ガラス・セラミックス(SiO2、アルミノケイ酸塩)
    • ネットワーク形成酸化物として粘度・熱膨張・耐熱衝撃・化学耐性を組成で設計する。
  • シリコーン(有機ケイ素材料)
    • Si–O骨格と有機基の設計により、潤滑・シール・耐候材料などへ展開する。
  • SiC(関連材料として重要)
    • 研磨材・耐火物として古典的用途があり、近年はパワーエレクトロニクス材料として重要性が増している(Si供給網との関係でも重要)。

10. 地政学・政策・規制

  • 供給は「資源量」だけで決まらない(電力・環境・通商)

    • 金属Siの電炉精錬や高純度化はエネルギー多消費であり、電力価格・脱炭素電源の利用可能性が産業立地とコストを左右する(USGS統計が参照の起点)。
    • 日本語資料としてJOGMECは、日本が珪石からの精錬を国内で行わず中間製品を輸入する構造などを整理しており、供給網の実情把握に有用である。
  • 通商・人権リスク(ポリシリコンを巡る論点)

    • ポリシリコンの調達では、由来やコンプライアンスが通関・調達要件に直結する局面がある。材料研究でもトレーサビリティ要件が外生制約として効く可能性がある(例:CBPのWRO情報などを参照し、制度面も把握する)。
  • 労働安全(粉じん)

    • 規制は化学毒性だけでなく、粉じん曝露管理(シリカ粉じん)として現れる。作業環境では化学形態(Si/SiO2)を分けてリスク評価する必要がある。

まとめと展望

シリコンは、SiO2/ケイ酸塩として地球表層を作り、結晶Siとして情報・エネルギーデバイスを作るという、化学安定性と電子機能性が同居する希有な元素である。今後は、供給網の要件(電力制約、通商・制度、トレーサビリティ)が変化する一方、界面欠陥や熱輸送、同位体・欠陥制御といった材料状態の精密化が、半導体・PV・関連材料(SiC等)の性能と信頼性をさらに押し上げる。用途ごとに「必要なSiの形態(単体/酸化物/化学品)と品質指標(純度、欠陥、界面)」を明示し、工程・制度条件を含めた仕様最適化として扱うことが重要である。

参考文献