ベクトル解析入門
ベクトル解析は、スカラー場とベクトル場を微分・積分する道具立てを整え、場の「変化・湧き出し・渦」を統一的に扱う数学である。電磁気学、流体力学、弾性体、拡散、量子力学の確率流など、多くの物理法則がベクトル解析の言葉で簡潔に表現される。
参考ドキュメント
- 東北大学(電磁気学向け)「電磁気学で最低限必要なベクトル解析の知識」(PDF)
https://www.ecei.tohoku.ac.jp/yamada/Lecture/yamada/Vector.pdf - 京都大学 講義ノート「物理学基礎論B(電磁気学)」内 ベクトル解析の節(PDF)
https://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/member/tsuru/data/lecture/KisoronB_v2018_0.pdf - David Tong, Vector Calculus(講義ノート)
https://www.damtp.cam.ac.uk/user/tong/vc.html
1. ベクトルと場:スカラー場・ベクトル場の区別
ベクトルは大きさと向きをもつ量であり、3次元では
のように表す。
スカラー場は、空間の各点に実数を割り当てる関数である。
温度、電位、濃度などが例である。
ベクトル場は、空間の各点にベクトルを割り当てる関数である。
速度場、電場、磁束密度などが例である。
場を扱うとき、座標系(デカルト、円柱、球)と基底ベクトル(単位ベクトル)の依存性が重要である。特に曲線座標では基底自体が位置に依存するため、微分演算子の形が変化する。
2. 内積・外積と幾何学的意味
2.1 内積(dot product)
に現れる。
2.2 外積(cross product)
である。向きは右手系で決まる。面の向き(法線)と境界の向き(周回方向)を対応させるときに本質的である。
3. 微分演算子 ∇ と三つの操作:grad・div・rot
ベクトル解析の中心は、演算子
と表される。
3.1 勾配(gradient)
スカラー場
となる。
勾配の意味は次である。
- 向き:
が最も増加する方向 - 大きさ:その方向の増加率(単位長さあたりの変化)
方向微分(単位ベクトル
である。
3.2 発散(divergence)
ベクトル場
となる。
発散の意味は「局所的な湧き出し(源)や吸い込み(吸い込み口)」である。流体速度場なら、密度一定の非圧縮流れで
3.3 回転(curl, rot)
ベクトル場
回転の意味は「局所的な渦の強さと軸方向」である。流体なら渦度、電磁気なら渦の法則(ファラデーの法則など)に現れる。
4. 線積分・面積分・体積分:微小要素と向き
4.1 線積分
曲線
である。これは「曲線に沿った成分の積み重ね」であり、循環(circulation)としても解釈される。
4.2 面積分(フラックス)
向きを持つ面
である。これは「面を貫く流れの総量」を表す。
4.3 体積分
領域
である。発散定理により、体積分と面積分が結びつく。
5. 三つの積分定理
ベクトル解析の理解の核は、微分の情報と積分の情報が等価であることにある。
5.1 勾配定理(線積分の基本定理)
スカラー場
が成り立つ。
この関係から、渦なし(回転がゼロ)の場がポテンシャルで書けるという議論につながる。
5.2 ストークスの定理
向き付けられた面
が成り立つ。
左辺は面内にある渦の総量、右辺は境界に沿った循環である。
5.3 発散定理(ガウスの定理)
閉曲面
が成り立つ。
左辺は体積内の湧き出しの総量、右辺は境界から外へ出るフラックスの総量である。
6. ポテンシャル場と保存場:rot=0 と div=0 の意味
6.1 保存場(回転がゼロ)
単連結領域で
ならば、あるスカラー場
このとき、閉曲線積分はゼロである:
6.2 無発散場(湧き出しがゼロ)
ならば、閉曲面を通る総フラックスはゼロである:
磁束密度
6.3 ヘルムホルツ分解
十分よい条件のもとで、ベクトル場は「勾配成分」と「回転成分」に分けられるという考え方がある。境界条件や減衰条件が必要であり、電磁気学や流体の解析の背後にある見通しを与える。
7. ラプラシアンと基本方程式
スカラー場に対し
をラプラシアンという。デカルト座標では
物理での基本形は次である。
- ラプラス方程式
(源がない領域のポテンシャル)
- ポアソン方程式
(源密度
電磁気学では
などが現れ、拡散や熱伝導では
が現れる。
8. 曲線座標系:円柱座標・球座標での公式
物理では対称性に応じて座標系を選ぶことが多い。曲線座標では、微小要素と演算子の形を正しく持つことが重要である。
8.1 円柱座標
位置:
微小線素:
体積要素:
勾配:
発散(
回転:
8.2 球座標
体積要素:
勾配:
発散:
回転は式が長くなるため、必要に応じて参照するのがよいが、要点は「スケール因子(
9. 直交曲線座標の一般形:スケール因子の考え方
直交曲線座標
と書けるとき、
このとき、勾配は
となり、発散と回転も
円柱座標では
10. ベクトル恒等式:計算を支える基本公式
微分演算子と積の法則から、多数の恒等式が得られる。物理で頻出するものをまとめる。
| 分類 | 恒等式 | 意味 |
|---|---|---|
| 回転と勾配 | 勾配場は渦を持たない | |
| 発散と回転 | 渦は源にならない | |
| ラプラシアン | 拡散・ポテンシャルの基本 | |
| 積の発散 | 保存則の展開 | |
| 積の回転 | 電磁気の変形 | |
| 二重回転 | 波動方程式の導出に出る |
これらは座標に依らない恒等式である。ただし実際の計算では、曲線座標の成分表示で誤りが出やすいので、可能なら座標非依存の形を保って変形し、最後に成分へ落とすのが整然としている。
11. grad・div・rot と積分定理
ここでは式の意味が見えるよう、短い計算例を示す。
11.1 勾配の例
である。ある点
11.2 発散の例(放射状の場)
である。どこでも一定の湧き出しを持つ場であるという解釈になる。
11.3 回転の例
となり、
11.4 ストークスの定理の確認
上の
は円周に沿った循環の総量を与える。
一方で、面
は渦度の面積積分であり、
12. 物理への接続:式がどのように現れるか
12.1 電磁気学(マクスウェル方程式の形)
電磁気学では、発散と回転がそのまま基本方程式になる。
ガウスの法則(電場)
ガウスの法則(磁場)
ファラデーの法則
アンペール‐マクスウェルの法則
これらを積分形へ変換すると、面積分や線積分の形になり、ストークスの定理と発散定理が背後で働いている。
12.2 流体力学
速度場
連続の式(質量保存)
渦度
が基本量になる。非圧縮の条件は
12.3 量子力学
波動関数
まとめと展望
ベクトル解析の初歩は、スカラー場とベクトル場を定義し、勾配
展望として、曲線座標とスケール因子の見通しが身につくと、対称性に応じた座標選択(球対称、円柱対称)で解析が大きく簡約される。加えて、ベリー曲率やゲージ場の議論、連続体の幾何学的表現、数値計算における離散微分形式などへ、ベクトル解析の考え方が自然に拡張されていくのである。
参考文献・資料
MIT OpenCourseWare, 18.022 Calculus of Several Variables, Lecture: Div, grad, curl and all that(PDF)
https://ocw.mit.edu/courses/18-022-calculus-of-several-variables-fall-2010/2811ddbe75dcb771e8ff4b7d4e62dcac_MIT18_022F10_l_18.pdfMIT(解説ページ), Gradient, divergence, and curl
https://www.mit.edu/~ashrstnv/grad-div-curl.html東京大学 理学部 物理学科(関連)講義ノート例:物理数学III(PDF)
https://cat.phys.s.u-tokyo.ac.jp/lecture/MP3_16/maph3.pdf