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磁気弾性効果(magnetoelasticity)の定式化

磁気弾性効果とは、磁化状態と弾性ひずみ(応力)が相互に影響し合う結合現象である。磁歪(磁化による形状変化)と逆磁歪(応力による磁気異方性の誘起)を、同一の自由エネルギー枠組みで扱うことが要点である。

参考ドキュメント

1. 数式記号と前提

1.1 磁化

  • 磁化ベクトル M、飽和磁化 Ms
  • 単位磁化 m=M/Ms|m|=1
  • 立方晶での方向余弦 α=(α1,α2,α3)(結晶軸 [100],[010],[001] に対する m の成分)

1.2 ひずみ・応力

  • 変位 u(x) に対して微小ひずみ
ε=u+(u)T2
  • 応力テンソル σ
  • 弾性率(フック則)
σ=C:(εε0)

ここで C は弾性定数テンソル、ε0 は固有ひずみ(磁歪ひずみを含めて表現することが多い)

2. 自由エネルギーの最小化としての磁気弾性

磁気弾性は、磁気エネルギーと弾性エネルギーを足し合わせた自由エネルギーを最小化することで定まる。

2.1 全自由エネルギー(連続体)

領域 Ω に対して、全エネルギー汎関数を

F[m,u]=Ω{fmag(m,m)+fel(ε)+fme(m,ε)μ0MsHextm}dV

とする。

  • fmag: 交換、結晶磁気異方性、反磁界(静磁)など
  • fel: 弾性エネルギー
  • fme: 磁気弾性(磁歪)エネルギー
  • 最小化の二変数は、磁化 m と変位 u(すなわち ε)である

2.2 弾性エネルギー(線形弾性)

fel(ε)=12ε:C:ε

(固有ひずみを導入する場合は fel=12(εε0):C:(εε0) とする)

3. 逆磁歪(応力誘起磁気異方性)の最も単純な式

一軸応力 σ を受ける等方近似(多結晶平均)で、応力軸を単位ベクトル n とすると

fσ(m)=Kσ(mn)2(定数項は省略)Kσ=32λσ

ここで λ は(等方近似の)磁歪定数である。符号により、引張で容易軸になる(λ>0)か困難軸になる(λ<0)かが決まる。

別表現として

fσ=32λσ[(mn)213]

と書けば、体積一定(トレース零)に対応する定数項を含めた形になる。

4. 単結晶(立方晶)における磁気弾性エネルギー:b1, b2 形式

立方晶での代表的な磁気弾性エネルギー密度は

fme(α,ε)=b1(α12εxx+α22εyy+α32εzz)+2b2(α1α2εxy+α2α3εyz+α3α1εzx)
  • b1,b2 は磁気弾性定数(エネルギー密度の係数)である
  • 工学ひずみ(γxy=2εxy)を用いる流儀と混在しやすいので、せん断成分の 2 の扱いを必ず確認する

4.1 磁歪定数 λ100, λ111 との関係(代表式)

立方晶では、磁歪定数 λ100100 方向)と λ111111 方向)を導入すると、弾性定数と結びついた関係が現れる。

代表的な整理の一例:

b1=32λ100(c11c12)b2=3λ111c44

ここで c11,c12,c44 は立方晶の独立弾性定数である。 (符号規約は文献により変わるため、λ の定義と合わせて整合を取ることが重要である。)

5. 磁歪ひずみ(固有ひずみ)としての表現

磁歪を「磁化により自発的に現れる固有ひずみ」ε0(m) として入れると、弾性側は

fel=12(εε0(m)):C:(εε0(m))

となり、磁気弾性結合が弾性エネルギー内に吸収される。

等方・体積一定の最小モデルでは

ε0(m)=32λ[mm13I]

がよく用いられる(deviatoric ansatz)。

単結晶(立方晶)では、ε0 の成分を λ100,λ111 と方向余弦 α で展開し、100 の伸縮と 111 に関係するせん断の両方を記述する。

6. 連成支配方程式:力学平衡と磁化ダイナミクス

6.1 力学(準静的)

慣性を無視する場合、力学平衡は

σ=0

境界条件:変位拘束(u=u¯)または表面力(σn=t¯)など

応力は自由エネルギーから

σ=felε+fmeε

で与えられる。 b1,b2 形式を使うと、磁化方向に依存する「磁気弾性応力」が追加される。

6.2 磁化(LLG)

磁化ダイナミクスは Landau–Lifshitz–Gilbert 方程式で与えられる。

dmdt=γm×Heff+αGm×dmdt

有効磁界はエネルギー汎関数から

Heff=1μ0MsδFδm

で定義される。

磁気弾性寄与は

Hme=1μ0Msfmem

として加わる。

立方晶 b1,b2 形式では、例えば結晶座標で

Hme1μ0Ms[2b1(εxxα1, εyyα2, εzzα3)+2b2(せん断の混合項)]

となり、ひずみ場が「磁気異方性として機能することが見える。

7. 数値連成の流れ(連続体・メッシュ系)

磁気弾性連成は、次の反復または同時解法で扱われる。

  1. m を仮定(または前時刻から更新)
  2. ε0(m) あるいは fme(m,ε) を評価
  3. 力学平衡 σ=0 を解き、ε(または σ)を得る
  4. その ε を用いて Hme を構成し、LLG を時間積分して m を更新
  5. 収束するまで反復(または時間発展で逐次)
  • 反磁界、電磁誘導(渦電流)まで含めるとさらに多場連成になる
  • ひずみ・応力の取り扱い(工学せん断 vs テンソルせん断)と、座標系(結晶座標 vs 試料座標)の取り違えが典型的なバグ源である

8. 第一原理計算(DFT)との接続:b1, b2 の求め方の骨格

磁気弾性定数は「磁化方向を固定した全エネルギーが、与えたひずみに対してどのように変化するか」から決定できる。

代表的には:

  • 立方晶で小さな tetragonal ひずみ(εxx=εyy など)や shear ひずみ(εxy など)を与える
  • 磁化方向を結晶軸に沿って変えて全エネルギー差を計算する
  • エネルギー差をひずみの一次係数としてフィットし b1,b2 を抽出する

同時に弾性定数 cij を別計算で求めれば、λ100,λ111 などの磁歪定数へ変換できる。 この変換は、磁気弾性のエネルギー係数と弾性率の組として現れるためである。

9. パラメータと単位の早見表

意味典型単位備考
Ms飽和磁化A/m温度・組成で変化
λ,λs等方(多結晶平均)磁歪定数無次元106103 程度が多い
λ100,λ111立方晶の磁歪定数無次元100,111 に対応
b1,b2磁気弾性定数(エネルギー係数)J/m3(=Pa)符号規約に注意
c11,c12,c44立方晶弾性定数Pabλ 変換に使う
Ku一軸異方性定数J/m3応力誘起 Ku=(3/2)λσ

まとめ

  • 磁気弾性効果は、自由エネルギーに磁気弾性項 fme を加え、磁化 m とひずみ ε(変位 u)を同時に決める枠組みで定式化できる。
  • 応力誘起の有効異方性は Ku=32λσ の形で表され、単結晶では b1,b2 と方向余弦 α、ひずみテンソル ε で記述される。
  • 連成計算では、力学平衡(σ=0)と LLG(dm/dt)を、エネルギー微分で結び付けることで一貫したモデルになる。
  • b1,b2(および λ100,λ111)は、ひずみを与えた全エネルギーの磁化方向依存から決定でき、弾性定数と組にして磁歪へ変換できる。