磁気弾性効果(magnetoelasticity)の定式化
磁気弾性効果とは、磁化状態と弾性ひずみ(応力)が相互に影響し合う結合現象である。磁歪(磁化による形状変化)と逆磁歪(応力による磁気異方性の誘起)を、同一の自由エネルギー枠組みで扱うことが要点である。
参考ドキュメント
- Fritsch, Ederer, First-principles calculations of magnetoelastic constants and magnetostriction (arXiv:1203.1051)
https://arxiv.org/abs/1203.1051 - Magnon-induced elastic and magnetoelastic field in ferromagnetic materials (Sci Rep 13, 2023)
https://www.nature.com/articles/s41598-023-28100-x - 磁歪と磁気異方性:現象論と電子論(日本磁気学会 学術講演概要, 日本語)
https://www.magnetics.jp/kouenkai/2016/doc/program/7pE-1.pdf
1. 数式記号と前提
1.1 磁化
- 磁化ベクトル
、飽和磁化 - 単位磁化
( ) - 立方晶での方向余弦
(結晶軸 に対する の成分)
1.2 ひずみ・応力
- 変位
に対して微小ひずみ
- 応力テンソル
- 弾性率(フック則)
ここで
2. 自由エネルギーの最小化としての磁気弾性
磁気弾性は、磁気エネルギーと弾性エネルギーを足し合わせた自由エネルギーを最小化することで定まる。
2.1 全自由エネルギー(連続体)
領域
とする。
: 交換、結晶磁気異方性、反磁界(静磁)など : 弾性エネルギー : 磁気弾性(磁歪)エネルギー - 最小化の二変数は、磁化
と変位 (すなわち )である
2.2 弾性エネルギー(線形弾性)
(固有ひずみを導入する場合は
3. 逆磁歪(応力誘起磁気異方性)の最も単純な式
一軸応力
ここで
別表現として
と書けば、体積一定(トレース零)に対応する定数項を含めた形になる。
4. 単結晶(立方晶)における磁気弾性エネルギー: , 形式
立方晶での代表的な磁気弾性エネルギー密度は
は磁気弾性定数(エネルギー密度の係数)である - 工学ひずみ(
)を用いる流儀と混在しやすいので、せん断成分の の扱いを必ず確認する
4.1 磁歪定数 , との関係(代表式)
立方晶では、磁歪定数
代表的な整理の一例:
ここで
5. 磁歪ひずみ(固有ひずみ)としての表現
磁歪を「磁化により自発的に現れる固有ひずみ」
となり、磁気弾性結合が弾性エネルギー内に吸収される。
等方・体積一定の最小モデルでは
がよく用いられる(deviatoric ansatz)。
単結晶(立方晶)では、
6. 連成支配方程式:力学平衡と磁化ダイナミクス
6.1 力学(準静的)
慣性を無視する場合、力学平衡は
境界条件:変位拘束(
応力は自由エネルギーから
で与えられる。
6.2 磁化(LLG)
磁化ダイナミクスは Landau–Lifshitz–Gilbert 方程式で与えられる。
有効磁界はエネルギー汎関数から
で定義される。
磁気弾性寄与は
として加わる。
立方晶
となり、ひずみ場が「磁気異方性として機能することが見える。
7. 数値連成の流れ(連続体・メッシュ系)
磁気弾性連成は、次の反復または同時解法で扱われる。
を仮定(または前時刻から更新) あるいは を評価 - 力学平衡
を解き、 (または )を得る - その
を用いて を構成し、LLG を時間積分して を更新 - 収束するまで反復(または時間発展で逐次)
- 反磁界、電磁誘導(渦電流)まで含めるとさらに多場連成になる
- ひずみ・応力の取り扱い(工学せん断 vs テンソルせん断)と、座標系(結晶座標 vs 試料座標)の取り違えが典型的なバグ源である
8. 第一原理計算(DFT)との接続:b1, b2 の求め方の骨格
磁気弾性定数は「磁化方向を固定した全エネルギーが、与えたひずみに対してどのように変化するか」から決定できる。
代表的には:
- 立方晶で小さな tetragonal ひずみ(
など)や shear ひずみ( など)を与える - 磁化方向を結晶軸に沿って変えて全エネルギー差を計算する
- エネルギー差をひずみの一次係数としてフィットし
を抽出する
同時に弾性定数
9. パラメータと単位の早見表
| 量 | 意味 | 典型単位 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 飽和磁化 | A/m | 温度・組成で変化 | |
| 等方(多結晶平均)磁歪定数 | 無次元 | ||
| 立方晶の磁歪定数 | 無次元 | ||
| 磁気弾性定数(エネルギー係数) | J/m | 符号規約に注意 | |
| 立方晶弾性定数 | Pa | ||
| 一軸異方性定数 | J/m | 応力誘起 |
まとめ
- 磁気弾性効果は、自由エネルギーに磁気弾性項
を加え、磁化 とひずみ (変位 )を同時に決める枠組みで定式化できる。 - 応力誘起の有効異方性は
の形で表され、単結晶では と方向余弦 、ひずみテンソル で記述される。 - 連成計算では、力学平衡(
)と LLG( )を、エネルギー微分で結び付けることで一貫したモデルになる。 (および )は、ひずみを与えた全エネルギーの磁化方向依存から決定でき、弾性定数と組にして磁歪へ変換できる。