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物理蒸着法(PVD)による薄膜形成の基礎

物理蒸着法(Physical Vapor Deposition; PVD)は、固体材料を真空中で気化させ、その粒子を基板上に堆積させることで薄膜を形成する方法である。電子デバイス、光学素子、工具コーティングから装飾膜に至るまで、多様な分野で利用される薄膜形成技術の中核である。

参考ドキュメント

  1. 鈴木基史「成膜の基礎」日本真空学会誌 57, 8 (2014).
  2. 武井厚「Physical Vapor Deposition」色材協会誌 68, 11 (1995).
  3. 信越クロム(現・シンクロンなど)「物理蒸着法(PVD)の各種成膜方法」技術情報ページ(Web, 日本語)。

1. PVDの位置づけと概要

PVDは気相成長法の一種であり、気相成長法は大きく物理的気相堆積法(PVD)と化学的気相堆積法(CVD)に分類される。PVDでは成膜に用いる原料として薄膜を構成する物質そのもの(または合金ターゲットなど)を用い、それを物理的な手段(加熱、イオン衝撃、レーザー励起など)で気化・スパッタし、基板上に輸送・堆積させる。

CVDが気相中の化学反応を利用して薄膜を生成するのに対し、PVDでは基本的には化学反応を利用せず、物理的な輸送と凝縮過程により成膜が進行する。ただし反応性スパッタリングや反応性蒸着のように、反応性ガスを導入して化合物膜を形成する方式も広く利用されている。

1.1 薄膜成長プロセスの三つの素過程

気相成長による成膜は、一般に次の三つの素過程に分けて考えられる。

  1. 原料の気化・スパッタ(発生過程)
  2. 気相中の輸送(輸送過程)
  3. 基板表面上での吸着、表面拡散、核形成・成長(堆積過程)

PVDでは、(1) において固体の蒸発あるいはスパッタリングにより原子・分子・イオンが生成され、(2) 真空中を飛行し、(3) 基板上に到達した後、吸着・拡散・再蒸発・再結晶化などの過程を経て薄膜として成長する。

2. PVDと他の成膜法の比較

PVD、CVD、湿式めっきなどの気相・液相成膜法は、それぞれ異なる特徴を有する。表1に基本的な違いをまとめる。

2.1 成膜法の比較

成膜法原料の形態駆動原理温度条件特徴(利点)留意点
PVD固体(ターゲット、蒸発源)物理的気化・スパッタ、凝縮中温~高温高純度、組成制御性、密着性、広い材料選択性真空装置が必要、段差被覆性に制約
CVD気体(前駆体ガス)気相化学反応による分解・成長中温~高温形状追従性に優れ、複雑形状にも均一膜形成が可能前駆体選択が重要、副生成物の制御
めっき等水溶液など液体電気化学反応や置換反応低~中温装置が比較的簡便、厚膜形成が容易不純物混入や環境負荷の制御

PVDは真空環境を必要とするため設備はやや複雑になるが、不純物制御や膜厚制御の自由度が高く、ナノスケールの薄膜形成に適する点が大きな利点である。

3. 気体分子運動論と平均自由行程

PVDプロセスの設計では、真空度と平均自由行程(mean free path)が重要な概念である。気体分子運動論に基づく理想気体の状態方程式は

PV=NkBT

で表される。ここで、P は圧力、V は体積、N は分子数、kB はボルツマン定数、T は絶対温度である。

平均自由行程 λ は、分子が衝突間に移動する平均距離であり、硬球近似では

λ=kBT2πd2P

と表される。ここで d は分子の有効直径である。PVDの真空蒸着では、蒸発源から基板までの距離 L に対して λL となる高真空(おおむね 105Pa 以下)が望ましく、この条件下では原子はほぼ直進的な飛行軌道をとる。

スパッタリングでは、不活性ガス(Ar など)を導入してプラズマを維持する必要があるため、圧力は一般に 0.11Pa 程度となる。この圧力では λ は基板・ターゲット間距離と同程度となり、散乱を伴う輸送が支配的となる。

4. 薄膜成長の表面過程

4.1 吸着・表面拡散・再蒸発

基板に到達した原子・分子は、一旦物理吸着した後、表面拡散と再蒸発を繰り返しながら安定な位置を探索する。表面拡散係数 Ds

Ds=D0exp(EdkBT)

で表され、Ed は表面拡散の活性化エネルギーである。基板温度 T が高いほど拡散が活発となり、結晶性や膜密度の向上に寄与するが、過度に高温では再蒸発が支配的となり成長率が低下する。

4.2 核形成と成長モード

薄膜の成長モードは、基板と薄膜の界面エネルギー関係により、次のように分類される。

  • 島状成長(Volmer–Weber 型):三次元島が成長するモード
  • 層状成長(Frank–van der Merwe 型):平坦な層が一層ずつ成長するモード
  • 準層状成長(Stranski–Krastanov 型):初期は層状、その後島状成長に移行するモード

PVDでは金属やセラミックスなど多様な材料系でこれらの成長モードが現れ、基板の結晶方位、格子ミスマッチ、基板温度、入射粒子のエネルギーなどが支配因子となる。

5. 基本的なPVD方式

PVDにはいくつかの代表的方式があり、薄膜物質の気化のさせ方により分類される。

5.1 主なPVD方式の概要

方式気化メカニズム圧力範囲の目安粒子エネルギー主な用途
真空蒸着(熱蒸着)抵抗加熱、電子ビーム加熱高真空(10⁻³–10⁻⁵ Pa)低~中(数 eV 程度)金属・有機膜、光学膜など
スパッタリングイオン衝撃によるスパッタ0.1–1 Pa中(10–数百 eV)微細配線、機能性薄膜、工具膜
イオンプレーティングプラズマ−イオン支援0.1–1 Pa高(数百 eV 以上)高密着・高硬度膜
パルスレーザー堆積(PLD)高強度レーザーアブレーション10⁻³–10⁻¹ Pa高(プルーム状態)酸化物、複合材料、高機能薄膜
分子線エピタキシー(MBE)分子線蒸着超高真空(10⁻⁷ Pa 以下)低~中高品質半導体超格子、量子構造体

以下では、広く用いられている真空蒸着とスパッタリングを中心に概説する。

6. 真空蒸着(熱蒸着)

6.1 原理

真空蒸着では、固体原料を抵抗加熱や電子ビーム加熱により蒸発させ、気化した原子・分子を基板上に凝縮させる。高真空中では平均自由行程が十分長いため、蒸発源から基板に向けてほぼ直進的な蒸発フラックスが形成される。

蒸発源からの粒子フラックス J は、気体分子運動論に基づくKnudsenの式で近似されることが多い。

J=αPv2πmkBT

ここで、α は蒸発係数、Pv は蒸気圧、m は原子質量である。成膜速度 R は、膜の密度 ρ とモル質量 M、アボガドロ数 NA を用いて

R=JMρNA

と関連づけられる。

6.2 特徴

  • 高真空中で行うため、不純物混入が少なく高純度膜が得られやすい。
  • 装置構成が比較的単純であり、金属や有機材料の薄膜形成に広く用いられる。
  • 一方向性のフラックスにより、線状遮蔽を利用したパターン形成が容易である。

一方で、成長は主として線状フラックスに依存するため、深い溝や高アスペクト比構造への段差被覆性は制約を受ける。

7. スパッタリング

7.1 原理とプラズマ

スパッタリングでは、不活性ガス(Arなど)を導入して低圧プラズマを生成し、その中で加速されたイオンをターゲット(カソード)に衝突させることで、ターゲット原子を弾き飛ばして薄膜を形成する。

イオン衝突によるスパッタ収率 Y は、入射イオンのエネルギー E、質量、入射角、ターゲット材料に依存し、一般に数 eV 以上で急激に増加する。ターゲット電流 I を用いると、単位時間に放出される原子数は

Φsp=IqY

と表される。ここで q はイオンの電荷である。このフラックスが基板に到達し、膜形成に寄与する。

7.2 マグネトロンスパッタリング

マグネトロンスパッタリングでは、ターゲット背面に配置した磁石により、ターゲット近傍に電子を閉じ込めることでプラズマ密度を高め、低圧・高効率なスパッタリングを実現する。これにより成膜速度の向上、基板へのダメージ低減、低温成膜などが可能となり、半導体産業や光学膜、工具コーティングなどで広く利用されている。

7.3 反応性スパッタリング

反応性スパッタリングでは、Arに加えて酸素や窒素などの反応性ガスを導入し、金属ターゲットからスパッタされた原子と気相中または基板表面で反応させることで酸化物、窒化物、炭窒化物などの化合物膜を形成する。

例として、TiターゲットとO₂ガスからTiO₂膜、TiターゲットとN₂ガスからTiN膜、Cを含むガスからDLC系膜を得ることができる。成膜中の反応ガス分圧、プラズマ状態、ターゲット表面の反応層形成は安定性に強く影響するため、ガス流量やパワーの制御が重要となる。

8. PVD膜の応用分野

PVDは多様な用途で利用されている。代表例を表形式でまとめる。

8.1 代表的な応用例

分野代表的材料・膜種要求特性
半導体デバイスAl, Cu, Ti/TiN, Ta/TaN電気伝導性、拡散バリア性、ストレス制御
光学素子SiO₂, TiO₂, Ta₂O₅, Al₂O₃屈折率制御、光学損失の低減
工具・部品TiN, TiAlN, CrN, DLC高硬度、耐摩耗性、耐腐食性
装飾膜TiN(金色)、CrN、合金膜色調・光沢、耐久性
バイオ・医療TiN, TiO₂,ハイドロキシアパタイト生体適合性、耐食性

日本国内でも、工具や金型、精密部品へのTiN・DLCコーティング、光学・電子部品への多層光学膜など、多数の産業分野で利用が進んでいる。

9. プロセス設計と膜特性の関係

PVDプロセスでは、装置構成と運転条件が膜特性に直結する。ここでは代表的な制御パラメータと、その影響を整理する。

9.1 圧力・ガス組成

  • 蒸着では、基板までの直進性を確保するため、できる限り高真空とする。
  • スパッタリングでは、プラズマ維持のため 0.1–1 Pa 程度のガス圧が用いられる。
  • 反応性スパッタでは、Ar と O₂ / N₂ / CH₄ などの混合比が膜の組成・相・密度に大きく影響する。

適切な圧力・ガス組成により、プラズマ安定性と膜質(密度、ストレス、組成均一性)を両立させることが重要である

9.2 基板温度とバイアス

基板温度の上昇は表面拡散を促進し、結晶性や緻密性の向上に寄与する一方、熱的に敏感な基板では制約となる。基板バイアスを印加すると、入射粒子のエネルギーが増大し、膜の緻密化やストレス制御に寄与するが、過度なバイアスは欠陥や損傷の原因となる。

9.3 ターゲット・基板配置

ターゲットと基板の距離、角度、基板の回転・スキャンなどにより、膜厚分布や組成均一性が左右される。蒸着では線状蒸発フラックスの分布、スパッタではプラズマ分布とスパッタエロージョンの形状が影響するため、装置設計段階での検討が重要である。

まとめと展望

PVDは、固体原料を物理的に気化・スパッタし、真空中で基板上に堆積させることで薄膜を形成する技術であり、真空度や平均自由行程、表面拡散などの物理量に基づいてその挙動を理解することができる。本稿では、気体分子運動論と表面科学の観点から、PVDプロセスの三つの素過程と主要な方式(真空蒸着・スパッタリングなど)、および膜特性との関係について整理した。

今後は、より複雑な多元系材料や機能性酸化物・窒化物・カーボン系材料への適用が進むとともに、プラズマ診断やシミュレーション、データ駆動型解析を組み合わせたプロセス制御技術が一層重要になると考えられる。また、カーボンニュートラルや省エネルギーの観点から、PVD装置のエネルギー効率化や環境負荷低減も重要な課題であり、国内外の研究開発動向を踏まえつつ、基礎物理と装置工学を結びつけた体系的な理解が求められるであろう。

参考文献

  • A. Baptista et al., “Sputtering Physical Vapour Deposition (PVD) Coatings: A Critical Review on Process Improvement and Market Trend Demands,” Coatings 8, 402 (2018).
  • Z. F. Kadhim, “Types of Physical Vapor Deposition: A Review,” Journal of University of Babylon for Engineering Sciences, Vol. 33, No. 1 (2025).
  • A. C. Stanley, “The growth, structure and electrical properties of PVD deposited thin films and nanostructures of bismuth and antimony,” PhD Thesis, Loughborough University.
  • 尾山卓司「ドライコーティング技術の過去・現在・未来」AGC技報 57-14 (2007).
  • 日本溶接協会「表面処理技術セミナー(気相めっき:PVDとCVD)」講演概要(2025年)。