ボロノイ分割法(Voronoi tessellation)
ボロノイ分割法は、原子座標(点集合)から空間を「最も近い原子に属する領域」に分割し、各原子の局所幾何(近接関係・配位多面体・空隙)を定量化する手法である。結晶のWigner–Seitz胞から、アモルファス・液体・ナノ多結晶・界面まで、構造の特徴量化に広く用いられる。
参考ドキュメント
- 非晶質合金の構造に関する最近の話題(ボロノイ多面体解析の流れを含む,PDF) https://tohoku.repo.nii.ac.jp/record/49777/files/1348-4052-2010-66(1-2)-33.pdf
- 金属ガラスと近似結晶の構造評価(Zr-Cu系などのボロノイ多面体頻度分布の例,PDF) https://www.imr.tohoku.ac.jp/media/files/research/reports/ado2011/0101sugiyama.pdf
- 卒業論文 アモルファス金属の構造特性の分子動力学的研究(Voronoi多面体の頻度比較など,PDF) https://www.fml.t.u-tokyo.ac.jp/img/graduation-thesis/2004b_nikkuni.pdf
1. 概要
ボロノイ分割法の主用途は以下である。
- 配位数を距離カットオフに頼らず幾何学的に定義する
- 局所多面体(ボロノイ多面体)の種類・頻度を統計化し、短距離秩序・中距離秩序を議論する
- 空隙体積・自由体積・局所密度を評価し、拡散・粘性・延性・相安定性などと関連付ける
2. 基本定義(ユークリッド距離のボロノイ分割)
原子(点)
で定義される。領域境界は、原子
補足(材料科学で重要な対応)
- 各
は(一般に)凸多面体になり、これをボロノイ多面体と呼ぶ と が面を共有する ⇔ と はボロノイ近接(Delaunay近接)である - 単一元素の理想結晶では、ボロノイ多面体はWigner–Seitz胞と一致する
3. 重み付きボロノイ(多元素系での実行)
多元素系では、原子半径の違いを無視した通常のボロノイ分割が「小さい原子が過剰に近接と判定される」などの偏りを生むことがある。そこで、半径(重み)
パワー距離(power distance)
重み付きボロノイ領域
実務ポイント
は金属半径・共有結合半径・イオン半径など目的に合わせて選ぶ - どの半径を採用したかは再現性のため必ず明記する
4. 何を計算するか
ボロノイ多面体から得られる代表的な特徴量をまとめる。
| 指標 | 定義・意味 | 典型用途 |
|---|---|---|
| ボロノイ配位数 | 多面体の面の数(facet数) | 近接原子数の幾何学的定義、結晶/アモルファス比較 |
| ボロノイ指数 | k角形の面の枚数 | 局所多面体の同定、短距離秩序(例:正二十面体) |
| 体積 | 各ボロノイセルの幾何量 | 自由体積、局所密度、拡散・粘性との相関 |
| 形状指標(球形度など) | 例:球形度 | 局所等方性、構造緩和・せん断帯の議論 |
| 隣接ネットワーク | facet共有のグラフ(近接関係) | 伝導経路、拡散ネットワーク、欠陥周りの位相解析 |
代表例(アモルファス金属で頻出)
- ⟨0,0,12,0⟩:五角形面12枚の局所構造(しばしば正二十面体的モチーフとして扱われる)
注意
- 「距離最近接の配位数」と「ボロノイ配位数」は同一にならない場合がある(特に熱揺らぎ・多元素・低密度領域)
5. 解析ワークフロー
- 入力準備
- MD/DFTから原子座標を用意(例:POSCAR, xyz, dump)
- 周期境界条件(PBC)の有無を確認(バルクはPBCが基本)
- ボロノイ分割の実行
- 単元素なら通常ボロノイでも良いことが多い
- 多元素なら重み付き(radical/Laguerre)を検討
- 特徴量抽出
- 全原子の
、 、 などを計算してCSV化 - 系全体の分布(ヒストグラム)と、空間マップ(原子に色付け)を作成
- 解釈・比較
- 組成、温度、焼鈍、歪、照射などの条件で分布の変化を見る
- 物性(拡散係数、弾性、損失、電気抵抗など)と統計的相関をとる
6. 応用例
6.1 アモルファス/金属ガラス
- 局所多面体頻度(特に五角形面の多さ)から短距離秩序を定量化
- 構造緩和・焼鈍に伴う「特定モチーフの増減」を追跡
- 自由体積(ボロノイ体積の空間不均一)と塑性変形・せん断帯の関連を議論
6.2 多結晶・粒界・界面
- 粒界近傍のボロノイ体積増大や配位の乱れを指標化
- 欠陥(空孔、転位芯、界面)周りの局所構造の“地図”を作れる
6.3 拡散・輸送
- 近接ネットワーク(Delaunay近接)を用いて拡散経路候補を抽出
- ボロノイ空隙(ボロノイ頂点や稜)をイオン伝導のボトルネック解析に使うことがある
7. 実装・ツール(使い分けの目安)
| ツール | 特徴 | 向いている用途 |
|---|---|---|
| OVITO | Voronoi解析と可視化が一体。MDトラジェクトリに強い | アモルファス/欠陥の可視化、統計 |
| Voro++ | 高速なボロノイ計算ライブラリ(C++系) | 大規模系の計算、スクリプト連携 |
| pymatgen | 結晶構造解析に強い。近接判定(VoronoiNN等) | 結晶・無機結晶の配位解析、MI前処理 |
| freud など | 解析寄りライブラリ(一部はMD向け) | 統計解析、特徴量抽出の自動化 |
運用のコツ
- 最初はOVITOで目視確認 → 大規模統計はVoro++やPython連携に移行、が失敗しにくい
- 解析条件(PBC、重み付きの半径、許容誤差)は記録して再現可能にする
8. 注意点
- PBCの設定ミス:表面を含む系でPBCを誤ると「無限に開いたセル」や体積異常が出る
- 熱揺らぎでトポロジーが跳ぶ:温度が高い、ノイズが大きいと指数の分布が不安定になり得る
- 重み(半径)依存:多元素ほど結果が半径選択に敏感。感度解析(半径を少し振って頑健性確認)を推奨
- 距離カットオフとの混同:ボロノイ近接は距離最近接と一致しない場合がある。比較するときは定義を揃える