Skip to content

ボロノイ分割法(Voronoi tessellation)

ボロノイ分割法は、原子座標(点集合)から空間を「最も近い原子に属する領域」に分割し、各原子の局所幾何(近接関係・配位多面体・空隙)を定量化する手法である。結晶のWigner–Seitz胞から、アモルファス・液体・ナノ多結晶・界面まで、構造の特徴量化に広く用いられる。

参考ドキュメント

1. 概要

ボロノイ分割法の主用途は以下である。

  • 配位数を距離カットオフに頼らず幾何学的に定義する
  • 局所多面体(ボロノイ多面体)の種類・頻度を統計化し、短距離秩序・中距離秩序を議論する
  • 空隙体積・自由体積・局所密度を評価し、拡散・粘性・延性・相安定性などと関連付ける

2. 基本定義(ユークリッド距離のボロノイ分割)

原子(点) i の位置を ri、空間の点を x とすると、ボロノイ領域 Vi

Vi={xxrixrj, ji}

で定義される。領域境界は、原子 ij の垂直二等分面(半空間の交わり)として与えられる。

補足(材料科学で重要な対応)

  • Vi は(一般に)凸多面体になり、これをボロノイ多面体と呼ぶ
  • ViVj が面を共有する ⇔ ij はボロノイ近接(Delaunay近接)である
  • 単一元素の理想結晶では、ボロノイ多面体はWigner–Seitz胞と一致する

3. 重み付きボロノイ(多元素系での実行)

多元素系では、原子半径の違いを無視した通常のボロノイ分割が「小さい原子が過剰に近接と判定される」などの偏りを生むことがある。そこで、半径(重み) Ri を導入した重み付き(ラジカル/Laguerre)ボロノイ分割が使われる。

パワー距離(power distance)

πi(x)=xri2Ri2

重み付きボロノイ領域

Vi(w)={xπi(x)πj(x), ji}

実務ポイント

  • Ri は金属半径・共有結合半径・イオン半径など目的に合わせて選ぶ
  • どの半径を採用したかは再現性のため必ず明記する

4. 何を計算するか

ボロノイ多面体から得られる代表的な特徴量をまとめる。

指標定義・意味典型用途
ボロノイ配位数 ZV多面体の面の数(facet数)近接原子数の幾何学的定義、結晶/アモルファス比較
ボロノイ指数 n3,n4,n5,n6,...k角形の面の枚数 nk を並べたもの局所多面体の同定、短距離秩序(例:正二十面体)
体積 V, 表面積 A各ボロノイセルの幾何量自由体積、局所密度、拡散・粘性との相関
形状指標(球形度など)例:球形度 ϕ=(36πV2)/(A3)局所等方性、構造緩和・せん断帯の議論
隣接ネットワークfacet共有のグラフ(近接関係)伝導経路、拡散ネットワーク、欠陥周りの位相解析

代表例(アモルファス金属で頻出)

  • ⟨0,0,12,0⟩:五角形面12枚の局所構造(しばしば正二十面体的モチーフとして扱われる)

注意

  • 「距離最近接の配位数」と「ボロノイ配位数」は同一にならない場合がある(特に熱揺らぎ・多元素・低密度領域)

5. 解析ワークフロー

  1. 入力準備
  • MD/DFTから原子座標を用意(例:POSCAR, xyz, dump)
  • 周期境界条件(PBC)の有無を確認(バルクはPBCが基本)
  1. ボロノイ分割の実行
  • 単元素なら通常ボロノイでも良いことが多い
  • 多元素なら重み付き(radical/Laguerre)を検討
  1. 特徴量抽出
  • 全原子の ZVn3,n4,n5,n6,...V,A などを計算してCSV化
  • 系全体の分布(ヒストグラム)と、空間マップ(原子に色付け)を作成
  1. 解釈・比較
  • 組成、温度、焼鈍、歪、照射などの条件で分布の変化を見る
  • 物性(拡散係数、弾性、損失、電気抵抗など)と統計的相関をとる

6. 応用例

6.1 アモルファス/金属ガラス

  • 局所多面体頻度(特に五角形面の多さ)から短距離秩序を定量化
  • 構造緩和・焼鈍に伴う「特定モチーフの増減」を追跡
  • 自由体積(ボロノイ体積の空間不均一)と塑性変形・せん断帯の関連を議論

6.2 多結晶・粒界・界面

  • 粒界近傍のボロノイ体積増大や配位の乱れを指標化
  • 欠陥(空孔、転位芯、界面)周りの局所構造の“地図”を作れる

6.3 拡散・輸送

  • 近接ネットワーク(Delaunay近接)を用いて拡散経路候補を抽出
  • ボロノイ空隙(ボロノイ頂点や稜)をイオン伝導のボトルネック解析に使うことがある

7. 実装・ツール(使い分けの目安)

ツール特徴向いている用途
OVITOVoronoi解析と可視化が一体。MDトラジェクトリに強いアモルファス/欠陥の可視化、統計
Voro++高速なボロノイ計算ライブラリ(C++系)大規模系の計算、スクリプト連携
pymatgen結晶構造解析に強い。近接判定(VoronoiNN等)結晶・無機結晶の配位解析、MI前処理
freud など解析寄りライブラリ(一部はMD向け)統計解析、特徴量抽出の自動化

運用のコツ

  • 最初はOVITOで目視確認 → 大規模統計はVoro++やPython連携に移行、が失敗しにくい
  • 解析条件(PBC、重み付きの半径、許容誤差)は記録して再現可能にする

8. 注意点

  • PBCの設定ミス:表面を含む系でPBCを誤ると「無限に開いたセル」や体積異常が出る
  • 熱揺らぎでトポロジーが跳ぶ:温度が高い、ノイズが大きいと指数の分布が不安定になり得る
  • 重み(半径)依存:多元素ほど結果が半径選択に敏感。感度解析(半径を少し振って頑健性確認)を推奨
  • 距離カットオフとの混同:ボロノイ近接は距離最近接と一致しない場合がある。比較するときは定義を揃える