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低次元物質の電子状態

低次元物質とは、電子の運動が 2 次元(面)、1 次元(線)、0 次元(点)へと拘束され、エネルギー準位や統計性が 3 次元と本質的に変わる物質群である。次元低下は状態密度・遮蔽・散乱・対称性の効き方を変え、ディラック電子、強励起子、トモナガ=ラッティンジャー液体、量子ホール、トポロジカル境界状態、モアレ平坦バンドなど多様な現象を統一的に理解する入口となる。

参考ドキュメント

1. 低次元化の定義と物理的背景

電子状態の「次元」とは、電子の運動自由度が有効的に何次元で記述できるかを指す概念である。結晶が 3 次元であっても、キャリアが界面近傍に閉じ込められれば 2 次元電子系(2DEG)として振る舞う。代表例は半導体ヘテロ界面、酸化物界面、表面状態、単原子層物質(原子層結晶)である。

次元低下が電子状態に与える影響は大別して次の 3 点に集約できる。

  1. 量子閉じ込めによるサブバンド/離散準位の形成
  2. 状態密度(DOS)と特異点(van Hove 特異性など)の変化
  3. 遮蔽の低下と相互作用・相関の増大(励起子、Luttinger 物理、相転移の多様化)

これらは「バンド構造が変わる」だけでなく、「同じバンドでも観測される応答関数が変わる」という意味を持つ。たとえば 2 次元では DOS のエネルギー依存性が変わり、光学遷移・輸送・不安定性(密度波や磁性)に現れるしきい値や発散の形が変化する。

2. 次元と状態密度(DOS)

自由電子近似(等方的で放物線分散 E=2k2/(2m))のもとで、次元 d の DOS は

gd(E)Ed21

で与えられる。具体的には

  • 3 次元:
g3D(E)=V2π2(2m2)3/2E
  • 2 次元:
g2D(E)=Am2π2

であり、エネルギーに依存しない定数となる。

  • 1 次元:
g1D(E)=Lπm221E

であり、バンド端(サブバンド端)で 1/E 型の発散を持つ。

  • 0 次元:離散準位の集合であり、概念的に
g0D(E)=nδ(EEn)

と表現される。

ここで現れる「発散」や「段差」は、現実の物質では散乱・有限温度・不均一性により丸められるが、低次元物質特有の鋭いスペクトル構造(STS のピーク、光吸収の縁、量子化伝導のステップ)を支配する基礎である。

2.1 次元による DOS と現象の比較

有効次元代表的な電子状態の形DOS の特徴代表的に現れやすい現象例
3D連続バンド、3D フェルミ面g(E)E通常の金属・半導体の輸送、3D プラズモン
2D2D バンド、2D フェルミ線定数(放物線分散の場合)量子ホール、2D 励起子、谷・ベリー曲率応答
1D1D 分散とサブバンド列バンド端で発散量子化伝導、Luttinger 液体、Peierls 不安定性
0D離散準位δ 関数的クーロンブロッケード、単一光子発光、人工原子

3. 量子閉じ込め:サブバンドと離散準位の生成

電子が厚み方向に閉じ込められた量子井戸(2D 系)では、運動は「面内 k と、面直方向の量子数 n」で分離して近似できる。

En(k)=En+2k22m

ここで En は面直方向の量子化エネルギーである。このとき DOS は 2 次元の定数となり、サブバンドが開くたびに段差状に増える。

量子細線(1D 系)では横方向がさらに量子化され、

En(k)=En+2k22m

が 1D 分散として現れる。各サブバンド端で DOS が発散するため、ゲートでフェルミ準位を掃引すると輸送や光学に鋭い構造が現れやすい。

量子ドット(0D 系)では全方向が量子化され、全状態が離散準位として現れる。電子数が少ない領域ではクーロン相互作用が支配的になり、充填のエネルギーは単純な 1 粒子準位差に加え、帯電エネルギーを含む。

4. 2 次元系の電子状態

4.1 グラフェン:ディラック分散と擬スピン

グラフェンは蜂の巣格子に由来する線形分散

E±(k)=±vF|k|

を持ち、低エネルギーでディラック粒子に等価な記述が成立する。放物線分散と異なり DOS は

g(E)|E|

となるため、キャリア密度や遮蔽、散乱の振る舞いが独特になる。さらに、2 つのサブ格子自由度が擬スピンとして現れ、K/K' の谷自由度と結びついて量子ホールや境界状態の理解に深く関与する。

4.2 TMD 単層:直接遷移ギャップ、スピン軌道、谷物理

単層遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD, MX2)は、バルクでは間接ギャップでも単層化により直接ギャップ化する系が多く、スピン軌道相互作用と反転対称性の破れによりスピンと谷が結合したバンド構造を示す。K 点近傍でのベリー曲率が輸送応答に現れ、円偏光励起に対して谷選択則が成立するなど、光学と輸送が強く結びつく。

4.3 強励起子:2 次元の遮蔽低下と束縛の増大

原子層半導体では誘電遮蔽が弱く、電子・正孔のクーロン束縛が強まるため、励起子(中性)およびトリオン(荷電励起子)が室温近傍でも安定に観測されることが多い。単純化した水素様模型では励起子束縛エネルギーは

EBμe42(4πε)22

μ は換算質量)に比例するが、2 次元では誘電環境(基板・封止層)により相互作用ポテンシャルが変形し、Rydberg 系列も 3 次元型からずれる。したがって、同一材料でも「周囲の誘電率」が励起子スペクトルを決定する重要因子となる。

5. 1 次元系の電子状態:トモナガ=ラッティンジャー液体と密度波

5.1 フェルミ液体が破れるという意味

3 次元金属の低エネルギー励起はフェルミ液体として準粒子で記述できるが、1 次元では相互作用の効果が本質的に強く、一般に準粒子像が成立しない。代わりに、電荷・スピンの集団励起が基本となるトモナガ=ラッティンジャー液体(TLL)で記述される。

ボソン化により、低エネルギー有効ハミルトニアンは

H=v2πdx[K(xθ)2+1K(xϕ)2]

と書ける。ここで v は励起の速度、K は相互作用強度を表す無次元パラメータである。相関関数は指数関数的ではなく冪則で減衰し、トンネル DOS も

ρ(E)|E|α

のように冪則で抑制されうる。これは STS や輸送の温度依存性に直接現れる。

5.2 Peierls 不安定性と電荷密度波(CDW)

1 次元ではフェルミ面が 2 点に縮退するため、フェルミ波数 kF によるネスティングが完全になりやすい。その結果、格子歪みや電子間相互作用を通じて 2kF の密度変調が生じ、フェルミ準位でギャップが開いてエネルギーが下がる(Peierls 不安定性)。電荷密度波はこの基本機構の代表であり、低次元化が相転移を誘起しやすいことを示す基本例となる。

6. 位相と境界

6.1 量子ホール効果:2 次元とゲージ場が作る精密量子化

2 次元電子系に強磁場を印加するとランダウ準位が形成され、ホール伝導度は

σxy=νe2h

と量子化される(ν は充填因子)。試料の詳細に依存しない量子化は、バルクの位相的量と境界の 1 次元エッジチャネルの存在が整合することで理解される。エッジ伝導は散乱に強く、輸送の「通り道」が境界に固定されることが低次元系の重要な特徴である。

6.2 トポロジカル絶縁体:バルクギャップと保護された表面ディラック状態

トポロジカル絶縁体は、バルクはギャップを持つが表面/エッジに散乱に対して保護された金属状態を持つ物質相である。時間反転対称性のもとで Z2 不変量により分類され、表面ではディラック型分散が現れる。これは「次元を 1 つ落とした境界」が本質的自由度として立ち上がる例であり、低次元電子状態の設計指針(バルク設計で境界機能を得る)を示す。

7. モアレ超格子

2 次元層状物質をわずかにねじって積層すると、長周期のモアレ超格子が生じ、元のブリルアンゾーンが折り畳まれてミニブリルアンゾーンが形成される。特定のねじれ角ではバンド幅が極端に狭い「平坦バンド」に近い分散が現れ、運動エネルギーが抑制されることで相互作用が支配的になり、相関絶縁体や超伝導などが現れることがある。

平坦化は一般に DOS の増強を伴い、van Hove 特異性の高次化(高次 van Hove 特異点)として記述される場合もある。したがって、モアレ系は「低次元+人工周期」という二重の構造制御を通じて電子相関を強調する舞台である。

8. 観測手法と理論枠組み

8.1 観測手法の対応関係

手法主に得られる量低次元系での強み
ARPESE(k)、バンド分散、自己エネルギーミニバンド、ディラック円錐、ギャップ開口の同定
STM/STS局所 DOS:ρ(r,E)van Hove 近傍のピーク、1D の冪則抑制、エッジ状態の可視化
輸送(磁場下)σxx,σxy、SdH 振動量子化、キャリア密度、散乱時間、トポロジーの指標
光学(吸収/PL)励起子準位、谷選択則、寿命2D 励起子系列、トリオン、層間励起子の評価

8.2 理論枠組みの使い分け

  • 1 粒子バンド理論:tight-binding、kp、第一原理(DFT)
  • 準粒子補正:GW によるバンドギャップ・有効質量の改善
  • 励起子:Bethe–Salpeter 方程式(BSE)や有効模型(Keldysh ポテンシャル)
  • 1D 相関:ボソン化、密度行列繰り込み群(DMRG)
  • トポロジー:ベリー接続/曲率、Chern 数や Z2 不変量
  • モアレ:連続体模型、ミニバンド TB、実空間緩和を含むモデリング

低次元では「どの自由度が有効に残るか」を見極めることが第一歩であり、必要な自由度だけを残した有効模型が実験の解釈力を高める。一方で、誘電環境やひずみ、ねじれ角の空間不均一性のように、低次元化によって外場・境界条件の寄与が相対的に大きくなる点も構造的特徴である。

9. 研究の最前線

  • 誘電環境と多体効果の同時記述:2D 励起子束縛、スクリーンの非局所性、プラズモン励起の統一記述
  • 不均一性の本質:モアレの局所変形、欠陥・界面粗さが作る局所 DOS と相関相の安定性
  • 位相・相関・対称性の交差点:平坦バンドでの超伝導対称性、トポロジカル相との共存
  • 1D における準粒子崩壊の実在系検証:TLL 指数、スピン電荷分離の分光学的決定
  • 2D の輸送における散乱と量子現象の切り分け:量子ホール、異常ホール、谷ホールの相互関連

まとめと展望

低次元物質の電子状態は、量子閉じ込めが作るサブバンド/離散準位、次元に依存する状態密度の形、遮蔽低下による相互作用の増大、そして位相が境界に現れるという四つの柱で整理できる領域である。今後は、モアレやヘテロ積層による人工周期制御と、分光・輸送・光学の統合計測、さらに多体理論と第一原理を接続する計算技術の進展によって、相関と位相を同時に設計する「低次元電子状態工学」が一層具体化すると期待される。

参考文献・参考サイト